第40話 こびりついた感情
「こんなにいっぱい食べたのは久しぶりかも」
「ぷりゅう……」
花凛が息をついてお腹をさすっていて、ぷるんくは満足そうにテーブルの上で体を震えさせている。
ちなみに皿洗いはぷるんくんの水魔法であっという間に片付いた。
「ご両親に連絡とかしなくても大丈夫?もう夜だから」
俺が訊ねると、花凛はさりげなく話す。
「あ、いいよ。ママに連絡しておいたから。泊まって行きなさいとか言ってるけど、本当にママはしょうがないよね……昔から」
「そ、そうか」
親の許可を得たのなら別に問題はないが、俺も一応男なのにあっさりOKするあたりちょっと複雑な気持ちだ。
しかも泊まっていけって……
でも、花凛は嬉しそうに微笑んでいる。
昔からか。
昔の母を思い出して懐かしい気持ちを感じているのだろう。
俺が花凛から目を逸らしていると、花凛はぷるんくんに視線を向けている。
「……」
「ん?」
ぷるんくんも彼女の視線に気がついたのか、花凛を見つめる。
どうやら花凛はぷるんくんに興味があるようだ。
だが、
「ぷる……」
ぷるんくんは彼女の視線に慣れてないらしく、俺の肩によじ登ってきて、彼女を密かに覗き込んでいる。
「私、ぷるんくんに好かれてないのかな……」
彼女がしょげこんで顔を俯かせる。
「ううん。そうじゃないよ。ぷるんくんは多分ずっとダンジョンで暮らしてたから人に慣れてないだけだと思うんだ」
「そ、そうなんだ」
花凛は俺の肩に隠れたぷるんくんを見たのち、真面目な表情で俺に問う。
「大志はぷるんくんとどうやって出会ったの?」
「……」
「私、ずっと気になってたの」
彼女の曇りない澄み渡る瞳には俺の顔が写っていた。
彼女なら、俺の過去を話してもいいのだろうか。
ずっと一人で抱え込んでいたこのストーリーを伝えていいのだろうか。
そんなことを思っていたが、花凛の瞳があまりにも綺麗で真っ直ぐだったので俺は重たい口を開いた。
「ぷるんくんとは6年前に出会ったんだ」
「6年……随分と昔ね」
「道に迷っててそのままSSランクのダンジョンに入ってね……その時ぷるんくんがキングブァッファローに狙われてたんだ」
「キングブァッファロー……SSランクのモンスターの中でもかなり強い方じゃん!」
「うん。ぷるんくんとても怯えていたから、俺はそのままぷるんくんを抱えて必死に逃げたんだ。それで、父さんと母さんにぷるんくんを飼いたいとお願いしたら絶対ダメだと言われて……そのままぷるんくんをSSダンジョンに戻しておいた」
「そ、そんな……」
「あの時の俺は何も分からなくて、ダンジョンの事とかランクの事とかスキルとか……なのに弱々なぷるんくんにお互い強くなって俺がテイムできるようになったら、会いに行くと約束して……でも、俺はスキルを使うための魔力は持っているけど、属性を持たない才能なしだったんだ。だから俺は全然約束を守れなかった……っ」
「大志……」
あれ、
なんだろう。
なんで涙が……
どうして花凛に言ってるだけでこんなに感情が込み上げてくるんだろう。
「父さん母さんも死んで、おじさんは仕送りを全然してくれないし……一人で必死にバイトしながら切り盛りしていた……葛西のやつはめっちゃいじめてくるし、家賃と水道光熱代は数ヶ月も滞納するし……勉強もやらなきゃだし……」
情けない。
お客に何言ってんだ。
でも俺の口は止まらない。
「葛西のやつに煽られてSSランクのダンジョンに行ったことを覚えてるよな」
「う、うん……覚えてる」
「あの時はレッドドラゴンに命を狙われてね、もう終わりだと思った。でもさ」
「うん」
「めっちゃ強くなったぷるんくんが一発でレッドドラゴンをやっつけて俺を救ってくれたんだ」
「……」
「ぷるんくんは俺に必要なものを全てくれた……テイムスキルも収納スキルも、もっとすごいものも……俺はなんの資格もないのに、ぷるんくんに救われる資格も、ぷるんくんをテイムする資格も何もない……俺は……俺は!!!!」
ぷるんくんの主人として頑張らないとって思っても、心の奥底では消えない罪悪感がいつも残っていた。
簡単には消えてくれないドス黒い何かが。
きっと花凛はドン引きしているだろう。
こんなに涙を流しながら必死に訴える男なんて格好悪い。
俺が花凛でもドン引きする。
もうこの話はやめよう。
墓場まで持っていこう。
ぷるんくんと俺のストーリー。
そこからくる感情は俺一人で背負うべきだ。
そう思っていると、
「大志には資格があるの!!!」
そう叫んだ花凛が俺に飛び込んで抱き締めてきた。
俺は仰向けになり、花凛が上になっている。
「ぷるんくんが大志に出会わなくても強くなったと思う?」
「……」
「SSランクのモンスターを簡単にやっつけるほど強いぷるんくんがなんで弱い大志にテイムされたと思うの?」
「……」
「私はぷるんくんじゃないから正解じゃないかもしれないけど、きっとぷるんくんは大志の優しさを知ったから頑張れたと思う!」
「俺が優しい?」
「そう。大志はとても優しいの。こんなにボロボロになっていたのに、私のママを救ってくれたじゃん……そんな人他にいないよ」
「……」
花凛も涙を流し始める。
ボロボロになったのは花凛も同じではなかろうか。
「もう大志は一人じゃないの。私がいる。ぷるんくんもいる!」
「……」
「これからいっぱい一緒に遊ぼうね。もっと仲良しになろうね」
「……うん」
花凛は俺の頭に手を回しそっと自分の胸に持って行った。
柔らかい。
花凛の胸、本当に柔らかい。
そして、柔らかい物体がもう一つ。
「んんんんん……んんんんん……」
いつしかぷるんくんも俺の顔に自分の体を優しく当てながら泣いていた。
ぷるんくんの涙の量は凄まじく、床を濡らしている。
こんなにぷるんくんが泣くのは初めて見る。
俺も花凛もぷるんくんも泣いている。
花凛のおかげで、心の中でこびりついた感情を吐き出せた気がする。
花凛が天使のように見えた。
花凛をもっと大切にして行こう。
ぷるんくんも以前よりもっと大事にしていこう。
俺は
ぷるんくんの主人だ。
X X X
「花凛、今日はありがとう」
「ううん!私こそ!また遊びにくるから!」
「ああ。いつでも大歓迎だよ」
「大志も全然誘っていいからね!」
「うん!誘うよ」
満足そうに笑顔を湛える花凛は高そうな黒い車に乗ろうとする。
だが、何か思いついたように俺の方に向き直っては、俺の隣にいるぷるんくんを見つめてきた。
「ぷりゅ……」
彼女の視線に気がついたぷるんくん。
だが、ぷるんくんは俺の肩に逃げない。
ぷるんくんも真っ直ぐ花凛を見つめている。
花凛は緊張した面持ちでぷるんくんの方へ歩いてきた。
そして腰をかがめて慎重に手を伸ばした。
やがて花凛の細い手がぷるんくんの頭の上に触れた。
ぷるんくんは一瞬ビクッとなったが、花凛の手を受け入れる。
「ぷるんくん、これからもよろしくね」
「ん……」
ぷるんくんに表情の変化はなく、花凛をずっと見つめ続ける。
だが、
時間が経つにつれて
ぷるんくんは微笑する。
反応こそ俺の時と比べて多少抑えめだが、ぷるんくんは花凛の手を拒むことなく、微笑んでくれた。
撫で終わった花凛はとても嬉しそうにはしゃぎながら車の中に入る。
挨拶をすませると、黒い車は動き出し、やがて点となった。
「ぷるんくん」
「ん」
「明日はSSランクのダンジョンを攻略しに行くぞ」
「ん!」
ぷるんくんは期待に満ちた目で俺を見上げた。
そんなぷるんくんに俺はサムズアップして
「ダンジョンにいるモンスターの肉と食材を使って美味しい料理、いっぱい作ってあげる!」
「ぷるるるる!!」
ぷるんくんは興奮した様子で俺の周りをぐるぐる回り、また俺の胸にペチャっとひっついた。
「そんなに俺の胸が好き?」
「ぷるっ!!」
「家に戻ろうね」
ぷるんくんと俺は家に戻った。
X X X
花凛side
「お嬢様、何かいいことでもありましたか?」
「え?あ、あはは……」
「ふふふ」
運転手さんは明るい花凛を見て微笑む。
花凛はパワーウィンドウを開けて夜風を感じる。
そして夜空に浮かぶお月様を見て思うのだ。
大志とぷるんくんには見えない絆が存在する。
その絆はとても強力で美しい。
だから、まずぷるんくんに気に入ってもらい、それから大志に猛アタック。
花凛の瞳には闘志と炎が宿っている。
追記
次回はあのキャラが出るかも
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