第39話 寸胴鍋すき焼き

スーパーにて


「すごい量買うなあの子たち」

「てか女の子めっちゃ可愛いよね」

「隣にいるのは彼氏?」

「ないない」


 見たいな声が聞こえる中、俺とぷるんくんと花凛は買い物をしている。


 カートには堆く食材が積まれており、ぷるんくんは俺の頭の上乗って他の食品などを見て興味津々な目をしている。


 花凛とは普段学校でしか会うことないから、ちょっと、いやめっちゃ緊張している。


 俺と彼女との繋がりは葛西たちのいじめによるところが大きい。


 つまり、きっかけがなくなった今、こうやって彼女と一緒に買い物をするという行為は俺にただならぬ違和感をもたらしていた。


「すごい量ね……毎回ぷるんくんの食事を用意しているの?」


 彼女が手を後ろに組んで俺を横目で見て問う。


「時間ない時はお店で食べるけど、やっぱり直接作った方が美味しいし、ぷるんくんも喜ぶから」

「ふふ、料理できるのね」

「あはは」

 

 俺にとって料理は死活問題だよな。


 ぷるんくんに会う前は、お金がなさすぎて自分でいっぱい料理をして食べた。


 餃子の皮とキャベツとニラとひき肉で餃子を作ってそれだけで一ヶ月間は凌いだこともある。


 やがてすき焼き用の食材の代金を払い、外へ出る俺たち。


「あの……臼倉くん?」

「ん?」

「これって、全部持ち帰れるの?」


 ビニール袋の中に入っているものを見ながら花凛が心配そうに問うてきた。


「問題ないよ」

「……」


 と言って俺はビニール袋を下ろし、周りを見渡す。


「ぷるっ!ぷるっ!」

  

 人たちを念入りに観察する俺に釣られる形で、ぷるんくんをドヤ顔をし手を生えさせ額に手を当てながら人間観察を始める。


 よし。


 俺たちを見ている人はいない。


 目立つのは嫌だしな。


 今だ!


 俺は早速収納ボックスを生じさせ、荷物を入れ始める。

 

 いつしかぷるんくんも手伝ってくれている。


「ありがとうね!ぷるんくん」

「ぷるっ!」


 作業をする俺とぷるんくんを見て、


「収納を使えるの!?!?!」


 そう言って口をぽかんと開ける花凛。


「ああ。こうやった方が便利だしな」


 俺が何気なく返したら、花凛は戦慄の表情を浮かべている。


 まあ、確かに収納はめっちゃレアスキルだしな……


 花凛には俺のスキルの一部を見せてもいい。

 

 駐輪場に行って自転車を出した俺。


 俺は重要な事実に気がついた。


 俺の家に行くのはいいけど、


 花凛はどうやって行けばいいんだ!?


 自転車は一台しかない。


 うん……これは参ったな。


 早く解決策を出さねば……


 そんなことを考えていると


「ね、大志の家ってここから遠い?」

「ん……自転車で15分くらいかな」

「そっか……じゃ」

「え?」


 花凛は俺の自転車の後ろにそっと腰をかけて俺にジト目を向けてきた。


「ちょっと距離あるから、乗せてよ……」

「わ、わかった」


 俺はぷるんくんを前かごに乗せて、さらに花凛を後ろに乗せたままペダルを漕ぐ。


 彼女は後ろにいるから表情は見えないけど、俺は細心の注意を払って自転車を走らせた。


 時々俺の肩を掴む花凛の手の柔らかさを感じるたびに動揺してしまう。


 玉川上水の美しい緑も今や全然目に入ってこず、ただただ後ろにいる花凛を意識してしまう。


 ボロボロな家に着いて俺たち。


 俺はめっちゃ緊張している。


 女の子が俺の家に入るのは初めてだ。


 しかも、相手は華月高校のマドンナと呼ばれる花凛。


 いくらぷるんくんがいるとはいえ、緊張しない訳が無い。


 親の居ない家に高校生男女が二人。


 これってヤバい展開なのでは?


「……」

「大志?どうしたの?」


 いや、待て。


 花凛は俺を助けてくれた恩人だ。


 そんな人に向けていやらしい気持ちを抱くのは筋違いだ。


 俺のやるべきことは……


 俺のやるべきことはあああ!


 !!!!


「う、大志!?」


 闘志を燃やしている俺に花凛は頬をピンク色に染める。


 俺はお構いなしに玄関ドアを開けた。


 そして花凛とぷるんくん向かってサムズアップした。


「美味しいすき焼きを作ってあげるから部屋で待ててくれ!ぷるんくんもな!」

「う、うん!」

「んんんんんんん!!!」


 お茶を出してから俺はキッチンに行って気合い入れまくった後、料理を始める。


 おううううううう!!!


 おおおおおおおおお!!


 あだだだだだだだだだだだああああああ!!


 圧力炊飯器に研いだ米を入れたらすき焼き用の割り下を作る!

 

 醤油とみりん、水、砂糖を小さな鍋に入れて沸騰させりゅうう!!


 そして長ねぎを1~1.5センチ幅の斜め切り、玉ねぎを1~1.5センチ幅の半月切りに!


 軸を落とした椎茸は半分に切って、しめじはほぐしておく!


 他にも白滝、絹さや、焼き豆腐も食べごろサイズに切る。


 あとは寸胴鍋の登場だあああ!!


 寸胴鍋に油をたっぷり引いて切っておいた長ネギと玉ねぎを投入!

 

 焼き色が付いたら割り下を入れ、肝心の最上級和牛を出し惜しみせず投下!!


 あとは具材を全部入れてぐつぐつ言ってきたら出来上がりだあああ!!


(大志の凄じい勢いに気圧される花凛)


 料理を終え、食事の時間が始まった。


「んんん……んん!!んん!!!」


 ぷるんくんは期待に満ちた目で寸胴鍋に夢中だ。


「ものすごいビジュアルね……」


 花凛はテーブルにある寸胴鍋を見てげんなりしている。


「好きなだけどうぞ!あ、まずぷるんくんの分よそるから」

「う、うん!お先にどうぞ」


 俺はぷるんくん専用のステンレス製のボウルにすき焼きをたっぷり入れてそこに生卵をかけてあげた。


 すると、ぷるんくんはボウルに飛び込み、思いっきりそれらを吸収する。


 ぷるんくんはとても幸せそうに目を『^^』にしたのち


!!!!!」


 ぷるんくんは興奮したように部屋中を駆け回り始める。


「た、大志くん!ぷるんくん大丈夫?」


 花凛が心配そうに聞くがご心配は無用だ。


「大丈夫」


 そう短く告げてしばし待つと、凄まじい勢いで走り回っているぷるんくんが俺の胸にペちゃっと引っ付いた。


「すき焼き、気に入ったんだんね」

「ぷるるるるるん!!」


 ぷるんくんは俺の顔に自分の体を猛烈な勢いですりすりしてくる。


 ああ、可愛い……


 こんなによろくんでくれるなんて……


 よかった。


 今日はぷるんくんを不安にさせたから申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、今のぷるんくんの反応を見たら心のわだかまりりが解ける気分だ。


 俺は微笑んでぷるんくんを優しく抱きしめて十字傷をなでなでしてあげた。

  

 そしたらぷるんくんは目を瞑って気持ちよさそうに体をブルブルさせる。


「ぷるんくん、まだご飯はいっぱいあるからね」


 そう言って俺がぷるんくんをテーブルに下ろした。

 

 花凛はそんな俺たちを見て感動したように目を潤ませて言う。


「大志……やっぱり優しい」

「い、いや、これは……うう……」


 ちょっと恥ずかしい。


 俺とぷるんくんのこういう姿を女の子に見られたのは初めてだからな。


 俺は話題を逸らすべくぎこちない笑顔を浮かべて口を開いた。


「あはは……花凛もいっぱい食べてね」

「っ!」


 なぜなろう。

 

 花凛の体が一瞬びくってなった。


「う、うん……じゃいただきます」

 

 花凛はお肉を生卵につけてそれを口の中に入れた。


 もぐもぐ


「お、美味しい……本当に美味しい……!!」


 3回も美味しいって言われた。


 ぷるんくんも昨日の花凛のご両親もそうだけど、自分が作った料理を誰かが食べて美味しいって言ってくれるのは本当に気分がいい。


 特に学校のマドンナと呼ばれる綺麗な子がこんなボロボロな家に住んでいる俺が作った料理を美味しく食べるってのが不思議だ。

 

 信頼されているのだろうか。


 さっきのいやらしい気持ちを抱えた自分を殴ってやりたい。


 俺は気を取り直して言う。


「俺も食べよっか」


 俺たちは食事に集中した。


「んん!!ぷるぷる……んんんん!!!!ぷる!んんん!!!」


 美味しそうに食べるぷるんくん。


「この白滝も、椎茸も美味しい!」


 目を輝かせて箸を握っている手を休ませない花凛。


 そしてぷるんくんと花凛の喜ぶ姿を見ながらすき焼きを食べる俺。


 ここは三人の咀嚼音で満ち溢れている。


『たいちゃん!こぼしちゃだめよ!』

『うぐうぐ……らって、お母さんの料理、美味しいんだもん!』

『全く……仕方ないわね。ほら口拭いてあげるから』

『大志、このピーマンも食べなよ』

『ふええ?それって父さんのものでしょ?』

『野菜をいっぱい食べると、健康な体になれるからね!ほら大志、ああん』

『いや、それって父さんが食べたくないから俺に押し付けてるだけじゃん』

『うっ!ちちが……』

『あなた、息子相手にゲスな真似しないで自分で食べてよ』

『ぐぬぬ……』

『ぷははは!!父さんの顔面白い!』



 面白い思い出。


 でも……


「……」


 押し寄せてくる胸の痛み。


 俺は一瞬咀嚼を止めたが、我慢して食事を再開する。





追記


次回、大志の心が少しは満たされるかも




 

 

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