第38話 花凛とばったり会ってしまった
すき焼きを作るためにはやはり食材がいる。
特に牛肉が必要だ。
俺とぷるんくんは家を出て自転車に乗った。
そして玉川上水沿いの道を進む。
緑あふれる道には部活帰りの学生たちや子供たち、柴犬と散歩しているお年寄りなどがいる。
すでに黄昏色に染まった夕暮れの空のグラデーションは美しい。
自転車の前かごに座っているぷるんくんは空や木々や人々を見ている。
こんなぷるんくんをみていると、なぜか心が落ち着く。
玉川上水のせせらぎと自転車のチェーンの音に耳を
「南ちゃん……今日は一緒に飯でも食いに行こうぜ……奢るから」
「う、うん……食後はカフェ行こうね。私が奢るから……」
二人は手を握っていた。
初々しい。
いや、高校生の俺が初々しいというのもおかしな話だ。
俺は普通の学校生活が送れない。
あんな甘酸っぱい思い出を作ることはできないだろう。
でも悪いことだらけではない。
俺にはぷるんくんがいる。
話題を逸らそう。
「そういえばダンジョン産の肉が切れてるな……彩音さんの依頼もあるし、活動報告書の件もあるしで、明日はSSランクのダンジョンに行くか」
と、俺は呟いて速度を上げた。
あの二人、幸せそうだな。
玉川上水に沿ってしば走って右側に真っ直ぐいけば、国分寺駅が出てくる。
俺は近くの駐輪場に自転車を停めて、ぷるんくんを抱えたまま駅前にやってきた。
いつもの風景。
スーツを着た人々と制服を着た生徒たちが行き交う賑やかな場所。
華月高校の制服を着ている子も結構いるな。
その中でも異彩を放つ存在がいた。
「本当におしゃれだったね〜オンスタ映え間違いなしだよ」
「ふふふ」
「うんうん!あの店は大当たりよ!」
華月高校の制服を着た女性三人が楽しそうに談話を交わしている姿が見える。
赤いみかかった小さな子、そして黒髪ロングが印象的なおっとりとした感じの女の子、そして、
亜麻色の髪を靡かせ、恵まれた美貌と体を持つ美少女。
花凛といつも連んでいる彼女の友達だ。
彼女らは単に会話をしているだけなのに、美貌ゆえか、道ゆく男子たちがチラチラ視線を送ってくる。
それほどあの三人は目立つのだ。
特に花凛は……
こうやって離れたところから見ると本当に綺麗だ。
クラスだと一度もあんな幸せそうな笑顔なんか見せた事ないのに。
俺が固まっていると、花凛と目があった。
「あ、」
「ん?」
俺は口を半開きにしていると、花凛は若干動揺したのち、
「大志いいいいいいいい!!!!!!」
俺の名前を叫んで、猛烈な勢いで走ってきた。
「花凛……こんばんは」
「こんばんは!!大志、どうしてここに!?」
「あ、それはね……」
俺が言おうとすると、花凛の友達二人がやってきた。
「大志っつ!こんばんは!」
「ふふ」
赤い髪の小さな女の子は小悪魔じみた表情で手を上げて俺に挨拶をし、奥ゆかしい感じの黒髪の子は俺を見て優しく微笑んでくれた。
俺は緊張しながら苦笑いを浮かべると、赤髪の子が口を開く。
「ひひっ!私は神谷奈々。奈々でいいよ。こっちは西田詩織!にしても、噂をすれば影がさすとはよく言ったものね!」
「ん?」
「ちょ、ちょっと奈々!」
奈々の意味ありげな言葉に花凛が困ったようにしている。
奈々は花凛の様子を気にすることなく口を開いた。
「さっきまでずっと三人で大志っちの話してたからね〜」
「お、俺の話!?」
女の子三人で俺の話。
ガールズトーク。
うん……
どう考えても悪いイメージしか湧かない。
どう反応していいのやらと困ってしまう俺。
西山先輩みたいな人ならきっとこの場を盛り上げることもできるだろう。
俺は女友達どころか男友達もいないから、この三人と話すのはなかなかハードル高い。
でも、ぷるんくんが見ているんだ。
今度こそ格好いい主人アピールをしないと!
「俺の話か……き、気になるな……」
なに聞いてんだ……
ここは余裕かまして、むしろ俺から面白い話題を振るべきだろ!!
芸能人の話題とか、好きな音楽とか、もっとこの三人に合わせた話をするべきだった!!
いやまて、俺がふんぞりかえって女の子三人とうまく話してる姿を想像すると逆に気持ち悪いな。
あんな俺は、俺じゃない。
みたいなことを考えていると、また奈々が小悪魔じみた表情で言う。
「ふふ、気になるんだ」
うわ……これは絶対言わないやつだ。
女の子がマウント取る時のあれだ。
ぷるんくんごめんよ。
俺、主導権握られたわ。
困っている俺に奈々は目を細めて口角を吊り上げてから言う。
「大志っちが悪い男だという話をしたんだ」
「え、ええええ!?!?俺が悪い男!?そ、そんな!俺、悪いことした!?」
目を丸くして口をぽかんと開けたまま、俺は三人を見る。
花凛は頬を若干ピンク色に染めて頭を抱えて困り顔だ。
おっとりとした感じの西田さんは相変わらず俺に微笑みをかけている。
「ぷっ!はははは!!大志っちと花凛っちの反応マジおもろ!超ウケるんだけど!」
ん?
これって面白いシチュエーション?
俺も笑えばいいのか?
俺がキョトンとしていると、奈々は花凛の肩をぽんぽんと叩いて彼女に耳打ちをする。
「チャンスよ。花凛っちは重要な場面で引っ込み思案なんだかんね。もっとぐいぐい行き」
「うう……」
なんだか花凛が唸り声を上げている。
一体なにを言われたんだ。
と、俺が考えていると、奈々が何かを思い出したように目を丸くして口を開ける。
「あ、そういや、私急用があるんだった」
奈々の言葉を聞いて西田さんも口を開く。
「私も……家同じ方向だから一緒に行こうね」
「イエッサー!ってことだからまたね〜二人とも!」
「なっ!?奈々!詩織!」
二人は手を振って早足で去っていく。
取り残された俺と花凛(+ぷるんくん)。
もしあの二人がいなかったら、普通に花凛と喋ってたかもしれないけど、今はちょっと気まずい。
だが、ここは俺が話しかける番だ。
ぷるんくんよ、今度こそよく見ておけ!!
この気まずい雰囲気をぶち壊してみせるさ!
スカートをぎゅっと握り締めている花凛。
そんな彼女の俺は自信満々に口を開いた。
「花凛」
「ん?」
「今日は一緒に飯でも食いに行こうな……奢るから」
んん?
んんんんん?
んんんんんんんんん?
俺は一体なにを言ってるんだ……
なんで花凛を誘ってんだ。
俺なんかにそんな甲斐性あるわけなかろうに。
おのれ……さっき玉川上水の緑道を歩いていた高校生カップルども……
俺は手をぶんぶん振った。
「い、いや……違う!今日は家でぷるんくんのためにすき焼きを作ってあげようと思ってな!あははは」
俺が作り笑いしていると、花凛は
「家の食事に誘ってくれるの!?わ、私!行く!行くから!!!」
花凛はガッツリと握り拳を作り、俺とぷるんくんに熱々な視線を向けてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます