第37話 ぷるんくんが望むこと

「いつもありがとよ!また来てな!サービスでチャーシューいっぱい乗っけてやるから!」

「ありがとうございます!」

「ぷるん!」


 ぷるんくんといつも通っているラーメン屋さんでたらふく食べたのち、早速不動屋さんへと向かう。

 

 立川あたりだからそんなにかからないはずだ。


 昼下がりの心地良い日差しが古い自転車と俺とぷるんくんを照らす。


 錆びついたチェーンからはキコキコという音が聞こえてくるがそれさえも心地よく、前カゴにいるぷるんくんは自転車の揺れによってぷるんぷるんしている。

 

 よし。


 今度こそ、ぷるんくんに格好いいところを見せるぞ!


X X X


不動産屋


「おお!あなたが臼倉様っですかっ!?お待ちしておりたよっ!」

「は、はい……」


 やけにキレッキレな動きのスーツ姿のお兄さんが迎えてくれた。

 

「それでは臼っ倉様とぷるんっくん様が快適に暮らせる部屋を早っ速ご案内いたしまっしょう!」

「……」


 このお兄さんはぐるぐる回りながらポーズを決めて外を指差す。


 俺は不動産のお兄さんの車に乗った。


 しばし走ると一件目の物件が出てきた。


「た、高い……」


 聳り立つタワーマンションが俺を圧倒した。


「中へどうぞ!」


 は、はい……


 お兄さんはカードキーを取り出してエントランスのドアを開けた。

 

 俺の住んでいるボロボロなアパートとは大違いである……


 俺はぷるんくんを抱えながら部屋の中に入った。


「すごい…広くて快適!」

「そうでっすよ!ここはまだ一年しか経ってないタワーマンションでしって、日当ったりもいいし、全っ体的に広いのが特徴となっておりまっす!」

「俺、こんないいところに住めるの?」

「ふふふ、だいぶ満足いただけたようでっすね!」


 不動産のお兄さんは厨二病のように指を額に当てて満足している。


「ぷるんくん!ここにしようか?」

「ぷるん?」


 俺の腕に収まっているぷるんくんは小首を傾げた。


 どうやら俺の言葉を理解してないようだ。


「今俺たちが住んでいるところは古いから、ここに住んだ方がいいよね?」


 と、俺が再度ぷるんくんに訊ねる。


 すると、ぷるんくんは俺の腕から降りて、部屋中を見て回る。


 やがて俺の方へ戻ってきたぷるんくんは


「ぷるん……」

 

 元気がなさそうだ。


「ぷるんくん?」


 俺はぷるんくんを持ち上げて見つめる。


 すると、「んんん……」と力なく俯いて元気のない声を出した。


 どうやらここが気に入ってないようだ。


「ん……ここは嫌?」

「……」

「んじゃ、他の物件を見に行くか!」


 俺はぷるんくんを抱えて不動産のお兄さんに目配せする。


 すると、お兄さんがぐるぐる回転して、またしゅぱっと止まって玄関を指し示した。


 きっとぷるんくんのお気に入りの場所があるはずだ。


 でも、


「んんん……」

「ぷるんくん……」


 2件目の物件も。


「ぷりゅ……」

「ここもか」


 3件目も物件も。


 ぷるんくんはずっと元気がなかった。


 物件はまだたくさんある。


 4件目も5件目も……

 

 だが、ぷるんくんの表情は暗いままだった。


 最後の6件目を見ようとしたけど、お兄さんが用事があると言って一旦事務室に寄った。


「ごめんなっさいね!すぐ処理して、6件目の部屋に案内しまっすんで!」

「ゆっくりでいいですよ」


 と言って、事務所の椅子に俺が座っていると、


「ぷりゅりゅ……」


 俺の膝からぷるんくんが降りて、ゆっくりといったスピードで移動し、事務所を出た。


「ぷるんくん?」


 俺はぷるんくんの後を追った。


 ぷるんくんが向かった先は俺の自転車だった。


 ぷるんくんは錆びついた自転車の前かごにジャンプして収まる。


 そして目を瞑っては安らぎ始めた。


 今は午後4時30分。


 心地の良い微風が俺の顔を掠め、ぷるんくんの柔らかい体を撫でているような気がした。


 今のぷるんくんはさっきと比べて安定しているように見える。


「あ……俺は……」


 一つの可能性に気がついた。


 ひょっとして俺はぷるんくんに対して間違いを犯しているのではないだろうか。


 良かれと思ってやったことが、ぷるんくんに返って迷惑になったのではないだろうか。


 ふと、そんな不安が脳裏を過ぎる。


 俺はぷるんくんに近づいて口を開いた。


「ぷるんくん」

「ん……」


 ぷるんくんは目を瞑った状態で、自信なさげに顔を俯いている。


 そんなぷるんくんに俺は言葉をかける。


「俺たちの家に帰るか?」

「っ?!」


 ぷるんくんは目を見開いて俺の顔を真っ直ぐ見つめてきた。


 澄み渡る目、期待に満ちた表情、嬉しさの現れである体の震え。


「家に帰ろう」


「ぷるるるるるるん!!」


 ぷるんくんは嬉しそうに前かごからぴょんぴょん跳ねる。

 

「ちょっと待っててね」


 俺は別れの挨拶を済ませるために事務所の中に入った。


「すみません。俺たち、もう帰ります」

「そうですか?」

「はい。せっかく案内して下さったのに、申し訳ございません」

「いいっすよ!お気に入りの部屋がないのでしたら、仕方ありませんね」

「……」

「ふふ、あなたはぷるんくん様をとても大事にされているのですね」


 不動産のお兄さんは微笑みながら問う。


「……いいえ。まだまだです。俺はまだぷるんくんのことをわかってませんから。自分のことばかり考えて……」

「あなたはとても優しいお方ですね」

「いや……俺は……」

「またきてくださいね。いつでも待っております」


 お兄さんは優しく笑い、頭を下げてくれた。


 挨拶を終えた俺は自転車に乗って必死に漕いだ。


 死に物狂いで漕いだ。


 何も考えずに、ただ家に帰りたいという一心で自転車を走らせた。


「ふう……太ももがパンパンになった……」


 いつものボロボロの家の前に着いた俺は鍵を開けて玄関ドアを開ける。


 すると、


「ぷるん!!!」


 ぷるんくんが喜びながら部屋の中に入る。


 俺が靴を脱いで部屋の中に入ると、ぷるんくんは俺のベッドにいる。


 斜陽に照らされた黄色いぷるんくんは、まるで宝石のように黄金のように輝いていた。

 

 俺は心が痛くなった。


 罪悪感を覚えた。


 ぷるんくんにいい環境を与える。


 快適な環境を与える。


 その気持ちの裏にある本音。

 

 


 俺はぷるんくんのためじゃなくて自分のために動いたかもしれない。


 その行動がぷるんくんを不安にさせたかもしれない。


 俺は黄色く光るぷるんくんの頭を撫で撫でしてベッドに腰掛けた。


「ぷるんくん、ここがいい?」

「ぷりゅるるるるる!!」


 ぷるんくんは『ここがだいしゅきいいい』と言っているようだ。


「じゃ、ここで住むか」

「ぷるん!」

「今日はごめんね。ぷるんくんを不安にさせちゃって」

 

 俺がぷるんくんに謝ると、ぷるんくんは俺の肩に乗ってきて頬を擦ってきた。


 俺はここで本当に辛い時間を過ごしてきた。


 両親が死んでからここに引っ越して一人で働きながら勉強も頑張って、いじめにも耐えて、それでも前を向いて走ってきた。


 俺の心が徐々に枯れてゆく嫌な感覚を味わいながら。

 

 でも、俺はこの場所でぷるんくんといろんな思い出を作った。


 美味しいものを食べたり、泣かれたり、悩んだり、休んだり。

 

 辛い気持ちがぷるんくんによって上塗りされてゆく。


 確かにここはボロボロすぎていつ倒れてもおかしくないが、ぷるんくんがここがいいと言ってくれた。


 ここより家賃が5〜10倍も高い高級マンションより、ここが好きだと言ってくれた。


 だから俺はここでぷるんくんともっといっぱい思い出を作って、悲しい過去なんか塗りつぶそう。

 

「ぷるんくん」

「ん?」

「買い物に行こう!!今日は最上級和牛をふんだんに使った寸胴鍋すき焼きだあああああああ!!!!!!!」

「ぷるるるるるるるるるん!!!!!!!」


 ぷるんくんは嬉しそうに体を震わせている。


 俺はぷるんくんをまだ知らない。


 だから共に歩もう。


 ぽっかり空いた6年という時間を埋めていこう。

 

 



X X X


華月高校のグラウンド



 サッカー部の練習が終わり、みんな体操着姿で帰路についている。


「今日の西山先輩、超格好よかったわ!」

「はあ……今日こそ告白を……」

「いや、ダメだよ。西山先輩は決闘試合があってからだいぶ落ち込んでいるわよ!」

「弱ってるところにつけ込んで心をガッツリ掴むってのもありじゃん!」 


 後輩女子高生たちが西山の後ろ姿を見て目を輝かせている。


 西山はそんな女子高生の視線なんか感じるとことなく黄昏色の空を向いた。


 そして呟く。


「臼倉くん、いつ学校くるかな……」


 と言ってから彼はため息を吐いて地面をみながら歩いた。

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