第34話 孫たちが見たい彩音
「こ、これがキングバッファローのステーキ……」
「嗅いだことのない匂いだわ……しかも、松茸っぽいキノコもあるし……」
机に座っている二人はステーキ皿においてあるキングバッファローのステーキを見ながら目を丸くしている。
まあ、メニュー自体はステーキ、最上級ダンジョン松茸焼き、ご飯、サラダーと至ってシンプルだが、肉があれだもんだ。
大企業の社長とその奥様さえ味わったことのない肉なのだ。
「変なものは入ってませんので、どうぞ……」
俺が言うと、花凛の父が固唾を飲んで自分の皿にいるステーキをフォークで刺したのち、それを口の中に入れた。
緊張した面持ちで彼が咀嚼すると、
「っ!!!!」
体に電気でも走ったかのように目を大きく開けて驚く。
「な、なんて肉だ!!!これ……これは……美味しいすぎる……まるで最上級の牛肉を感じさせるが、この肉だけが持つ独特の風味が口の中に広まって……噛めば噛むほど肉汁が口の中に溢れてくる。しつこくないけど、地味でもない絶妙なバランス……歯ごたえもさることながら、肉全体がとても上品だ」
感動しながら食べる彼を見て彩音さんも挑戦する。
「な、なにこれ……こんな美味しい肉があるなんて……すごいわ……本当に美味しい」
ほっぺたに手を添えて驚く彩音さん。
彩音さんはステーキの横にある最上級ダンジョン松茸もフォークで刺して口に入れた。
すると、
「こ、これは……力が漲ってくる……すっごい!!!」
「彩音!?」
彩音さんはフォークを落として恍惚とした表情のままだ。
十数秒経つと、ただでさえツヤツヤだった皮膚に光沢が増し加わる。
「なんだか前より明らかに調子が良くなった気がするけど……しかもすごく美味しかった……」
彩音さんは自分の腕やら手やらを見たのち俺をチラ見する。
「最上級ダンジョン松茸には美肌、疲労回復、滋養強壮の効果がありますので」
俺が説明すると、花凛の父が話す。
「この松茸ってどこで手に入れたんだ?」
「え、えっと……SSランクのダンジョンで……」
「SSランク……そうか……どれどれ、俺も……っ!!!!」
彼も最上級ダンジョン松茸を食べてショックを受ける。
「な、なんだこれは!!この松茸も美味しすぎるだろ!!!!こんなの食べたら今まで俺が食べてきた最上級松茸なんか嫌になってしまう!!!」
と言って、彼は松茸やらご飯やらステーキやらをものすごいスピードで食べ始める。
「ぷるん……」
勢いよく食べる二人を満足げに見ていると、柔らかいぷるんくんが俺の腰を突いてきた。
「あ、ぷるんくん、俺たちも食べようか!」
「ぷるん!!」
「ではいただきます」
俺が食事を始めると、ぷるんくんはステンレス製の大きなボウルに入っている凄まじい量のステーキを体内に入れては吸収する。
「んんんんんんんん!!!!!!」
ステーキを食べたぷるんくんは、炊飯器に飛んできて白米を食べてゆく。
この部屋には咀嚼音と喜ぶ声で満ち溢れていた。
X X X
「実に美味しい食事だった」
「本当よ。まさか、こんなに美味しいなんて」
「お気に召されたようで何よりです!」
お肌がツヤツヤになったお二人は笑顔を見せながら満足げにお茶を飲んでいる。
俺が安堵していると、花凛の父が咳払いをしたのち口を開く。
「ところで臼倉くん」
「はい?」
「一つ聞いてもいいか」
「は、はい」
「君はどうやって、SS級の食材を入手できたんだ?答えたくなかったら答えなくても構わない。場合によっては不快に感じられる質問かもしれないから」
「え?全然不快とは思いませんよ。あれって普通にSSランクのダンジョンに入って、モンスターを倒したりして得た食材ですよ」
「ん?今なんて言った?」
「SSランクのダンジョンに入って、モンスターを倒したりして得た食材ですよ」
「ふむふむ」
彼は最初こそ納得したようにうんうんと頷いたが、
やがて
「なあああああああにいいいいいいいい!?!?!?」
「はあああああああああ!?!?!?」
呆気に取られたように机を叩いて驚愕する。
彩音さんに至ってはお茶を吹いて口をぽかんと開けていた。
そんな二人に俺はドヤ顔で言う。
「ぷるんくんは強いんで、SSランクのモンスターも簡単に倒しちゃうんですよ」
ああ……
出来る子を持つ親の気持ちが分かる気がする。
「じゃSS級のアイテムも持っているのか?」
「は、はい……一応持っているんですけど……」
「み、見せてくれないか」
花凛の父は唇を震わせながら問うてきた。
「いいですよ」
俺は諦念めいた表情で収納ボックスからレッドドラゴンの鱗の一部、キングバッファローのツノの一部、最上級マナ草を取り出した。
すると、また彼が叫んだ。
「収納を使えるんだと!?!?!?」
「大志くん……すごい……すごいと言う言葉しか出てこないわ……」
「ちょ、ちょっと待て!あの赤い鱗は!?」
花凛の父は俺の方にやってきて、レッドドラゴンの鱗を触りながら感極まっている。
「間違いない!これはレッドドラゴンの鱗だ。しかもとても上品な……こんなに保存状態のいいものを見るのは初めてた……これを捕まえるために、エリート探索者たちを雇っても、全部失敗したのに、こんな……」
彼の手は震えている。
俺はため息をついてから物憂げな表情で言った。
「俺なんかが持っていても無意味です。ダンジョン協会はSランク以上のアイテムは取り扱ってないし、俺Fランクなので、業者に持ち込んでも怪しまれます。なので必要ならお金は結構なので持って行っても構いません」
と、俺が言うと彩音さんが頭を横に振ってくれた。
花凛の父はというと
怒った表情を俺に向けてきた。
「臼倉くん、これをタダで持っていけと?」
「は、はい!俺が持っていても荷物になるだけですし」
「君は秋月グループの社長である俺をなめているのか!?」
「ひいいっ!違います!俺は決して……」
「俺の妻の癌を治して、さらにこんないいものまでタダであげる……一体、この俺になにを求める気だ!?」
「えええええ!?別になにも求めてませんよ!」
「恐ろしい……実に恐ろしい子だ。もし、俺がこのレッドドラゴンの鱗をタダでもらったことが、他の会社の経営者や政治家にバレたら、とんだ恥晒しだ!!も、もしや……ほしいのは俺の娘……」
「一体なにを言ってるんですか……」
彼の言っていることが全然分からずにいると、彩音さんが涙を浮かべて口を開く。
「そうね……Fランクのコネのない探索者だと、誰も信じてくれないものね。大志くんは檜舞台に立って活躍しないといけない強い子なのに、社会通念が大志くんをずっと縛っていたのね」
「……」
彩音さんの慰めの言葉に俺はなにも返すことができなかった。
「臼倉くん!」
「はい……」
「このレッドドラゴンのサイズを教えてくれ」
「えっとざっくりで20メートルでしたね」
「そうか。なら、俺はこれを3億円で買い取る」
「はい?さ、さんおく?」
X X X
秋月夫婦side
ものすごく高そうな黒い車の中には花凛の父と母が後ろ座席に座っており、興奮気味である。
「臼倉くん……なんていい子だ……あの子は俺たちにとって祝福だ。天使だ……ああ……もっとあの子と話がしたかった。もっと臼倉くんが知りたい!」
「そうね。花凛の優しさに甘える事なく花凛が最も満足する形でお返しする優しさと行動力、自分を謙ってぷるんちゃんを立てる謙虚さ……それと……」
彩音は一旦切って、自分の巨大な胸に手をそっと載せた。
「親がいないという寂しい気持ちと切ない感情を隠して前へと進む明るさと弱さ」
「そうだな……本当に辛い過去を持っているのに、あんなにいい子に育つとはな」
「大志くんには家族がいないから、私たちが家族になりましょう」
「う……」
「あんな子他にいないよ。わかるでしょ?あぐらをかいていると他のところに取られちゃうわ」
「それはだめだ!!臼倉くんが他のとこに行くのはこの俺が絶対認めん!!!絶対だああ!!!!」
「うふふ、早くかわいい孫たちの顔が見たいわ」
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