第31話 決闘試合とママ
西山side
放課後
保健室
「ん……」
目が覚めた。
すると同時にお腹に激痛が走った。
「一体どういう……」
サッカー部のキャプテン兼エースである彼はさっき起こったことを思い出す。
幸せに臼倉と話す花凛を見て怒りが込み上がってきて彼に決闘試合を申し込んだ。
自分と話した時の花凛はいつも冷静で、壁を感じさせる話し方だった。
だから、自分と臼倉で反応が違いすぎる花凛を見て余計に腹を立てたのかもしれない。
自分は裕福な家に生まれ、なんの不自由のない生活を送ってきた。
そして自分はBランクの探索者で、風と土、二つの属性を持っている。
自分で言うのもアレだが、イケメンという評判で幼い頃から女子からモテた。
つまり、自分が欲しいものはそれが物であろうが人であろうが全部手にしてきた。
だけど、花凛だけは……
あのいじめられっ子の臼倉より劣っているところは何一つない。
だけど、花凛が臼倉に向けるあの視線……
その視線の意味を身をもって知ることができた。
決闘試合。
それは生徒たちの戦闘能力を伸ばすために華月高校が導入したシステム。
自分が目をつけていた女の子にちょっかいを出す臼倉、そんな彼に現実を教えてやろうという意味も兼ねて、友達を全部呼び出して行われた決闘試合。
そこで自分は
3秒で負けた。
試合が始まった途端に彼のスライムが目に見えないスピードで近寄ってきて、手を生えさせ、その手で攻撃をした。
単なるスライム如きに何ができると嘲笑っていたが
『ぷるん!』
という音を出して、自分のお腹にクリティカルヒットを食らわせた。
凄まじいダメージだった。
これまで会ってきたモンスターとは比べ物にならないほどのパワーだった。
自分はそのまま試合場の壁に飛ばされていった。
こんなスピードで壁に突っ込んだら自分は確実に死ぬ。
そんな恐怖を与えるに足る一撃だった。
だけど、そのスライムは謎のスキルを俺にかけて、壁にぶつかってもそんなに痛みを感じることはなかった。
おそらく臼倉の命令なのだろう。
自分はお腹を抉り取るような痛みを感じて気を失ってしまった。
あのパンチがもしミソオチに刺さったらと思うと鳥肌が立つ。
「……」
自分が喧嘩を打っておきながら相手に3秒で負けた上に、命まで救ってもらった。
そして、そんな自分の醜態を友達や知り合いの後輩に晒してしまった。
なんてことだ。
下だと思っていた人が、実は自分より上だった。
自分なんかと比べ物にならないほど上だった。
そもそも上とはなんだ。下とはなんだ。
人をそんなふう見てきた自分が情けなくなってしまった。
あんなに強いモンスターをテイムしたのに、威張ることなく、自慢だってしない。
「本当に、僕の完全負けだな」
自分は彼より背も高いし、イケメンだ。
けど、自分は彼より劣っている。
劣りすぎている。
そんな自分に花凛が靡くわけがない。
当たり前だ。
「はあ……」
自分が恥ずかしくなる。
彼に謝りたい。
『西山先輩。強さにおいても、優しさにおいても、あなたは臼倉くんの足元にも及びません』
花凛の言葉を聞かずに、彼に無礼な態度を見せた。
花凛が最後に放った言葉が蘇ってくる。
『臼倉くんはSSランクのダンジョンにも行けますし、私を救ってくれましたから。ではさようなら』
「……」
自分の無知を呪い殺したい気分だ。
そもそも、自分が入り込む余地すらなかったのだ。
X X X
放課後
「はあ……」
「どうした?」
「なんか、疲れてな」
「そうね。今日は葛西くんの件、西山先輩の件もあったからね」
俺は前かごにぷるんくんを入れて、自転車を手で引きながら花凛と一緒に歩いている。
今日は本当に散々だった。
活動報告書の件で学校に来たはずだが、葛西と西山先輩に絡まれる羽目に。
まあ、最も疲れているのはぷるんくんだろう。
だが、ぷるんくんは疲れる様子を見せず、周りの風景を見ている。
うん……
花凛にはちょっと申し訳ない気がする。
今朝の花凛と西山先輩は楽しそうに話していた。
なんか、途中で花凛の頬が緩んだりもしたんだから、おそらく二人の間には俺が知らない秘密がたくさんあったりして……
やだな。
人間嫌い。
ぷるんくん大好き。
俺はげんなりした顔で、花凛に言う。
「なんか、悪い。花凛と西山先輩って仲良さげだったのに、あんなにボコボコにして……」
「は?私と西山先輩が仲良さげ?」
俺の言葉を聞いて、花凛が真顔になり、視線で続きを促してきた。
「ほら、今朝一緒に登校してただろ?なんか、いい感じだったから」
「大志」
「ん?」
花凛は冷め切った声音で俺の名前を呼んでは足を止めた。
気になった俺が自転車を止めて後ろを振り向いたら、
花凛の顔がヤバい。
「私、西山先輩になんの思い入れもないの。本当にこれっぽちもないから。今朝だって先輩が勝手に近づいてただけだし、何回もしつこくデートに誘ってくるけど全部断ったし、ちょっと顔がいいだけで優しいふりをして女を釣ろうとする性格マジ無理」
「……」
女こえー……
まじ怖すぎだろあれ。
「お、おお……わかった」
なんか一瞬、西山先輩が可哀想に見えた。
まあ、あの先輩はモテまくりだからいらん心配だろう。
また歩き出す俺たち。
数分間進むと大きな通りが出てきて、黒い車が現れた。
「大志、私もう行くね」
「ああ。気をつけれ帰れよ」
「……連絡するから」
「うん!またな」
花凛は黒い車のドアを開けて中に入った。
そして車の窓から顔をぴょこんと出して手を振ってきた。
「ぷるんくんもまたね!!」
俺とぷるんくんが手を振ってあげると、黒い車は走り出す。
点となった車を見て俺は思う。
何気なく喋っているけど、花凛は大企業の社長令嬢だよな。
時々可愛い顔を見せたり、真面目な表情をしたり、やばい顔をしたりと、今日は花凛のいろんな姿が見れた気がする。
俺はぷるんくんの頭に手を乗せる。
「ん?」
「ぷるんくん。家に帰ろう」
「ぷるん!」
X X X
花凛side
病院
彼と別れてから花凛が向かったのは病院だった。
ママに会えるという事実に胸が高鳴る。
今日は話したいこともいっぱいある。
そんな気持ちを抱いて個室に行くと、ママとスーツを着たパパが楽しく談話を交わしている。
「あら!花凛!おかえり!今日はパパもいるわよ!」
「花凛、仕事が早く終わったから早速きてみた」
両親は笑顔で自分を迎えてくれる。
日増しに健康になっていく母を見るたびに口角が吊り上がる。
花凛はママのいるベッドに行って、ドヤ顔をした。
「ママ!パパ!大志、本当にすごいよおおお!!本当、本当にすごいから!」
「ふふ、下の名前で呼んじゃって、一体何があったのかしら?」
花凛のママ・彩音は妖艶な表情で自分の娘に続きを促す。
「Bランクの先輩との決闘試合で余裕で勝ったり、この前はダンジョンタラバガニを捕まえてお腹がいっぱいになるまで食べたらしいよ!」
「ダンジョンタラバガニだと!?」
花凛の父が目を丸くして花凛の両肩を押さえた。
「ぱ、パパ!?」
「最近噂になってるんだ。日本ダンジョン協会立川支部にFランクの強者が現れたとな」
「え?」
「でも、不正競争防止法で教育機関以外だと、個人情報を手に入れるのは不可能に近い」
「お、おお」
「噂によると、そのFランクの強者は上級マナ草を大量に見つけたり、Bランクのダンジョンを簡単に攻略したり、ダンジョンタラバガニを捕まえて、それを辰巳という有名な銀座の料亭に卸したそうだ」
パパの話を聞いた花凛は大志との会話を思い出す。
『あんなに食べると、食事代結構かかるよね』
『ま、まあ……そうだけど、その分稼げば良いしな』
『大変じゃないの?』
『ううん。ぷるんくんがいるから大丈夫だよ。依頼を受けて、モンスターを倒して、そのモンスターの肉を調理して食べればなんとかやっていけるさ』
うん……
大志のランクはFだ。
そして、日本ダンジョン協会立川支部に現れたランクFの探索者。
そのランクFの人がランクの高い依頼をクリアして、大食いのスライムくんの食事代を稼ぐ。
これより完璧なシナリオは存在しない。
花凛はパパを見ていう。
「それ、大志で間違いないわ」
「そ、そうか!これは急がないとな!じゃないとライバル会社に取られる!噂が広まっているから……最近は人材流出が深刻で……ダンジョンタラバガニを一人でやっつけられるほどの腕だと、エリート中のエリートだ。花凛!臼倉くんの住所を……」
血迷った表情のパパ。
そんなパパに待ったをかけたのはママだった。
ママはパパの頭にチョップをする。
「っ」
「あなた。落ち着いて」
「……すまん。つい、昔の癖が」
「そうね。今日は精密検査の結果も出たことだし、今週中に退院してもいいと医者さんに言われたからね。退院したら早速臼倉くんに会いに行こうかしら」
そういう彩音の表情は獲物を狙う鷹を彷彿とさせるほど鋭い。
追記
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