第24話 ぷるんくんとのツーショット
銀座の料亭『辰巳』
銀座のどう見ても一等地に見えるところにある風情溢れる料亭『辰巳』。
高原さんの車から降りた俺とぷるんくんは、まるで別世界を彷彿とさせる古い建物に圧倒された。
古いけど、それすらも絵になってしまうほどのビジュアル。
「しゅごい……」
「ぷる……」
親が生きていた時、外食する際にはファミレスとか手頃な焼肉屋さんしか行ってなくて、こんな世界は料理の漫画やアニメでしか見たことがない。
親が亡くなって高校に入学してからはクラスの連中が、懐石料理だの料亭だの最上級料理だの自慢していたな。
俺に許される贅沢は、スーパーで売ってる高めのパック寿司が全部だったのによ。
それすらも給料もらった日に周りの様子を観察しながら50%シールが貼られるのを待っていたな。
思い返すと涙が出ちゃいそうだ。
俺の横で移動しているぷるんくんも、初めて見る光景に目を輝かせながら、いろんなところを見渡す。
そんな俺たちを見て辰巳さんが微笑みながら言う。
「ぷるんくんは大食いだから、一肌脱がないとね」
「あはは……すみません」
「いいってことよ。高原くん、いつものところに臼倉くんとぷるんくんを連れて行ってくれ」
「了解っす!」
高原さんは目も禿頭もキラキラさせながら、俺とぷるんくんを案内してくれた。
雰囲気のある個室。
緊張しながら座ったら、ぷるんくんが俺の膝に座った。
「そんな緊張しなくていいさ。スライムくんも座布団敷いてやっから、ちょっと待ちな」
と、向かい側に座っている高原さんは頬を緩めて俺の方へやってきては横に太い座布団5枚を敷いてくれた。
高原さんがぷるんくんを見て、その座布団を軽く叩く。
「ん?」
膝に座っているぷるんくんが俺を下から見上げてきた。
「あそこに座っていいよ」
「ぷるん!」
ぷるんくんは返事をしてジャンプをした。
そして、5枚敷かれた太い座布団の真ん中に見事着地。
結構高さがあるから向かいからもぷるんくんを見ることができる。
高原さんは満足げに自分の席に戻り、口を開いた。
「あ、言い忘れてた。報酬は明日の朝、口座振込で支払われるからよ。後で口座番号教えて」
「は、はい!」
「ははは!臼倉、よかったな」
「そうですね……」
「もう、お金の心配は当分なくなったから、ちっとは休めよ」
「い、いいえ!ぷるんくんを養うためにも、もっと依頼をこなして稼がないと!!」
「疲れてるよ。お前」
「……」
反論ができなかった。
今日はいろんなことがあって、緊張したり興奮したりしたから気づけなかったけど、俺は無理をしていたかもしれない。
葛西の連中にいじめられてながら必死に勉強してバイトもした。
そしてぷるんくんをテイムしてからは学校辞めて金稼いで、秋月のために万病治癒の花を探したり……
今日だって。
彼に言葉にドット疲れが押し寄せてくる気がした。
そんな俺に彼は、
「でも、休むのは、食ってからにしな!」
と、サムズアップをしてくれた。
なぜだろう。
高原さんの頭がより輝いているように見える。
それと同時に襖が開いて、女将さんや着物を着た若い女性たちが美味しいそうな料理を持ってきた。
「臼倉」
「はい」
「ベルト外しとけ」
「はい!」
ぷるんくんはというと、運ばれてくる料理の数々を見て、体をぷるんぷるんと揺らして「んんんん!」という期待に満ちた声を出す。
料理を運び終えた女将さんが礼儀正しく口を開く。
「臼倉様、主人から話は聞いております。本当に感謝いたします。なので、ダンジョンタラバガニを含めここで提供できる最上の料理の数々をどうか心ゆくまでご堪能くださいませ」
「い、いいえ!こちらこそ、ありがとうございます!」
「ふふ、ではごゆっくり」
と言って、着物を着た女性たちは礼儀正しく立ち去る。
高原さんは俺とぷるんくんを見て
「今日は恩師以外に客はないと聞いた。だから周りを気遣ったり緊張する必要はない。気になることがあれば俺に聞けばいい!さあ、食うぞ!」
「はい!いただきます!」
「ぷぷるぷるん!」
俺たちは食べ始める。
ちなみに、俺と高原さんの分は普通の量だが、ぷるんくんだけ異様に量が多い。
けたたましい量の前菜?を食べるぷるんくんは
「んんんんんんんんんん!!!!!!!!!!」
体をブルブル震わせて喜んでいた。
体をすばしこく動かし、皿ごと飲み込むが、料理だけ溶かして皿は吐き出す。
とても気に入っているようだ。
こんな別世界のような料亭に、もしぷるんくんとだけ入ったら、俺はきっと相当緊張したと思う。
けど、ここの常連である高原さんがいるおかげで、俺は心置きなく食べるのに集中することができる。
前菜?の次は
「お造りでございます」
見るからに美味しそうな新鮮な刺身が目白押しだ。
光沢といい、鮮度といい、スーパーで売ってるものとは根本的に違う。
おひとつ紅葉おろしにつけて口の中に入れると、
「う、うまい!!!!」
こんなうまいものがこの世の中にあるなんて……
もちろん、レッドドラゴン肉もキングワイルドボアの肉もキングバッファローの肉も美味しいが、これは海鮮料理だ。
衝撃を受ける俺。
横にいるぷるんくんを見ていると、
「ぷる!ぷるぷるぷる!!んんんん!!ぷるっ!んんんん!!!んんん!!!」
すごい量の刺身を吸収するように食べている。
刺身醤油とか紅葉おろしなどが、あらかじめ刺身についている分、辰巳さんの心遣いが伺える。
お造りの次は
「大変お待たせしました!ダンジョンタラバガニでございます」
「うあああああ!!すっげ!!!!マジででっけえええ!!まさか、ダンジョンタラバガニを食べる日が来るなんてよ……」
高原さんは感動したように目を潤ませる。
彼の目に反射される光より、頭に反射された光の方がもっと眩しい。
「ぷる……」
ぷるんくんは目を輝かせて俺を見つめる。
「ぷるんくん!いっぱい食べてよな!」
「ぷるるるるるるん!!!!!」
ぷるんくんは興奮したように、ぴょんぴょん飛びながら太い脚に引っ付いて、体内でそれを吸収する。
すると、
「んんんんんんんんんん!!!!!!」
ぷるんくんは個室を飛び回る。
「ぷるんくん!?」
ひとしきり走ったぷるんくんはジャンプして、俺の胸にピタッと引っ付いた。
そして、
「ぷりゅりゅん……」
上目遣いして、俺の顔に自分の体を擦ってきた。
どうやら『こんな美味しいもの食べさせてくれてありがとおおおお』と言っている気がした。
「うう……うまい……うますぎる……臼倉……ありがとよ。生まれてこんなうまい蟹を食べたのは始めた。本当に、本当にありがとよ!!この味は一生忘れやしないぜ……」
いつの間にか高原さんは小さな足(それでも大きい)を手に持ってそれを食べながら泣いている。
「お、大げさですよ!俺も食べてみようかな」
そう思い、俺も小さな方の足(それでもでかい)を手に持ってぱくつく。
「っ!!!!!」
口に入れた瞬間、宙に浮いたような感覚が俺を支配する。
最上級食材を一流の料理人が丹念込めて作ってくれた味。
ああ……
これは泣くわ。
宇宙の神秘にも似た奇妙な世界を知った俺の心に、もっと美味しいものをぷるんくんといっぱい食べたいという願望が芽生えてきた。
そして
「んんん!!!ぷるぷるぷる!!んん!!!ぷる!!!んんん!!」
幸せそうに食べるぷるんくんの姿を見ると、俺まで口角が吊り上がって幸せになる。
なので、俺は食べるのを止めてスマホを取り出した。
そしてカメラアプリを立ち上げ、ぷるんくんが巨大なダンジョンタラバガニのはさみを加えながら肉を吸い出すところを撮る。
他の姿もたくさん撮った。
幸せなぷるんくんの姿がいつでも見れるようにしたい。
辛い時も、悲しい時も、寂しい時も、このぷるんくんの写真を見ていると、負の感情がなくなる気がしてたから。
そう思っていたら、高原さんが急に話しかけてきた。
「おい、臼倉!」
「はい?」
「スマホくれ!撮ってやる」
「え?」
「スライムくんと一緒に撮れよ」
「え?は、はい」
これまで俺が映った写真は撮ったことがなかった。
だからぷるんくんと一緒に撮るという考えを全くしなかった。
「さ、とるぞ!」
「は、はい!ぷるんくん、こっちきて」
「ぷるん!」
ダンジョンタラバガニの足を加えているぷるんくん。
そんなぷるんくんを抱えてぎこちなく笑っている俺。
これが、俺とぷるんくんによる初めてのツーショットだ。
X X X
「今日は本当にいろんなことがあったな」
「ぷりゅん」
たらふく食べた俺とぷるんくんは、高原さんと辰巳さんに感謝の言葉を言ったあと解散して電車に乗った。
立川駅に行って日本ダンジョン協会立川支部の駐輪場に止めておいた古い自転車を出して家めがけて走っている俺。
前かごに乗っているぷるんくんは、夜の立川の風景を見ている。
塾から帰る学生、残業帰りのサラリーマン、店を閉める人、LEDパネル、走る自動車などなど。
どうやらぷるんくんはこの世界に興味津々のようだ。
「ぷるんくん」
「ん?」
「明日は遊びに行くか」
「ん???」
ぷるんくんは俺を見て理解ができないように首を傾げる。
どうやら『遊び』という単語が理解できてないようだ。
「明日も一緒に美味しいものいっぱい食べようね」
「ぷるん!!」
ぷるんくんは嬉しそうに目を『^^』にする。
追記
次回は秋月家の人が出てきます!
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