第20話 花凛と臼倉とぷるんくん
ママが癌だというのを知ったのは中学3年生の終わり頃。
元々虚弱体質ではあったけど、ちゃんと自分を愛してくれたママ。
パパがいつも仕事で忙しいから、ママは自分の話し相手になって、友達のように、お姉さんのように自分の話を聞いてくれた。
今になって思い返したら、ママは自分の辛さや痛みを決して他人には言わないタイプの人間だったと思う。
家族であっても。
表情こそ柔らかいが、パパと私を支えたいという気持ちは誰よりも強い自分のママだ。
そんなママは癌になった。
癌の中で死亡率が高い部類の癌を患ってしまった。
治療を受けても、だんだん調子が悪くなる自分の母を見ながらも自分はいつも希望を持っていた。
頑張って生きていけばきっといいことがあると。
パパは努力して秋月グループをまとめてくれる尊敬できる男性だ。
パパはいつも言ってくれた。
努力を怠るな。
頑張り続ければ勝利の女神は自分のものだ。
でも、
もしママがなくなったらどうなるんだろう。
そんな嫌な考えも脳裏を過り、不安と悲しみと恐怖を感じる。
だが、勢いで自分の感情を押し殺してなんとかやり過ごした。
そしてパパの期待通り、名門校である華月高校に入学した。
そこで彼に出会った。
彼と自分は一年生の時も同じクラスだった。
彼はどっちかというとパッとしないタイプの男子だった。
とても表情が暗くて、口数少なめで、いわゆる陰キャのような子だった。
だけど、彼を見ているたびに、なぜか心が窮屈になった。
彼の暗さが自分の中にもあるんじゃないかと、そんな気がしてもどかしい気分だった。
そんな時、
『こいつさ、ど貧乏な家で育って、両親も死んだってよ〜加えてろくなスキルも使えない最弱だし、まじなんでこんな名門校にいるの?場違いにも程があるだろ』
入学時から自分にちょっかい出してきた葛西翔太くんが臼倉くんをいじめてきた。
『勉強しか取り柄がないから辛うじて合格したんだろうけど、こんなクソと同じ学校ってのがウザいんだよ!』
葛西くんは臼倉くんを蹴り上げた。
力なく倒れる臼倉くん。
『お前、この学校通いたければ俺のパシリになれ。金も力も親もない人間クズが』
我慢ができなかった。
パパもママも死んでしまった臼倉くんの見せる表情が、自分の未来を物語っている気がした。
『何やってるのよ!』
自分は勇気を振り絞って臼倉くんを庇った。
だけど、葛西くんはやめなかった。
先生にちくったけど、先生は見てみぬふりをした。
だが、この理不尽な結果は自分の心にむしろ火をつけた。
なんで、立場も実力も上の人が下の人をいじめるんだろう。
もし、葛西くんの両親が重い病気になって死ぬかもしれない状況になっても同じく人をいじめるのか。
自分は辛い気持ちと悲しみを押し殺して前に向かって歩いているというのに……
だから自分は臼倉くんをずっと葛西たちのいじめから助けた。
臼倉くんはそんな私をみて、顔を歪ませて悲しんでいた。
いじめから解放されたというのに、臼倉くんはとても悲しんでいた。
でも、自分は諦めなかった。
自分が彼を助けて、きっと彼を自由の身にすると。
そしたら、ママの病は治って幸せな日がやってくる。
そんな盲信にも似た希望を抱いて自分はずっと臼倉くんを助けた。
だけど、
ママの病気は治らずにだんだんやつれて行く。
うちなる自分が悲しい真実を告げても自分はまたそう言った感情を押し殺した。
2年生になった。
臼倉くんの表情は回復不能になるくらいボロボロになって行った。
自分の心のボロボロになっていく。
だけど、なんとか表面上は大丈夫なふりをしてやり過ごした。
ある日
臼倉くんが葛西くんたちに煽られ、SSランクのダンジョンに行った。
普段は彼らに恐怖を感じて、何も答えられない臼倉くんだったが、あの時の彼は一味違った。
いつもは死んだ魚のような彼の瞳からは、強い意志が放たれているように見えた。
そして次の日、
臼倉くんは小さなスライムを持ってきた。
周りのみんなは爆笑して嘲笑ったけど、私は確信した。
『ぷるんくんを悪いくいうな!ぷるんくんは可愛くて強いんだ!』
臆病者で弱くていじめられっ子の彼が、自分が最も恐れる人に対してあんなに必死に訴えてきたのだ。
彼の表情、瞳、オーラ。
彼は間違いなくSSランクのダンジョンに行ってきて、あのスライムはとても強いんだ。
そう信じ込ませるような雰囲気を自分は感じ取ることができた。
ずっと彼をみてきたから。
かわいいぷるんくんは葛西くんたちを徹底的に潰した。
二度と付け上がることができないほどに。
自分は雷属性だと自慢して臼倉くんをいじめた葛西くんは、臼倉くんによって属性スキルが使えなくなったのだ。
臼倉くんとぷるんくん。
まるで、ずっと前から知っているように、臼倉くんとぷるんくんは互いを支えあっているように印象を受けた。
これで臼倉くんはいじめから完全に解放された。
彼は学校を辞めると言ったけど、自分は彼が気になった。
彼が歩む人生がどういうものになっていくのか、それが知りたかった。
きっといいことがあるよ。
臼倉くんにも自分にも。
だが、
ママの手術が失敗し、さらに臼倉くんと話している時に、もうママの余命が一週間も残らなかったと言われた。
自分がとても小さな存在のように思えて、自分が痩せ我慢して築いてきたものが、実は倒れる寸前のジェンガより危うい存在だと気付かされた。
パパが掲げた正義と自分の人生は完全に間違っていた。
自分はただ臼倉くんを利用して自己満足していただけだ。
ママが亡くなるのが辛くて、現実を受け入れたくないから、自分は現実逃避をしていただけだ。
笑顔でごまかし、正義感の強い人を演じてきただけで、自分は軟弱な存在だ。
そんな虚しい気持ちが自分を支配して、悲しみながらママの死を受け入れようとしたところ、
彼が現れてママを救ってくれた。
奇跡が起きた。
力も権力も親もない彼が、自分を……家族を救ってくれた。
彼は何も欲することなく静かに去った。
そして電話で
『家族と楽しい思い出、いっぱい作ってね!』
胸がキュンキュンした。
頭とお腹が熱くなった。
こんな気持ちは始めだ。
親を亡くした彼の言葉だからこそ、重みがありすぎて、それが自分の心を締め付けてきた。
こんなの……
こんなの……
「……臼倉くん」
ベッドで横になったままの花凛はスマホをいじり始める。
そしてnowtubeを立ち上げて何かを検索する。
『好きな男を落とす方法』
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