第19話 清算
翌日
土曜日
「ん……」
目が覚めた。
条件反射的にいじめへの恐怖と貧乏による絶望感と一人ぼっちであることによる孤独感が俺の心を蝕み始める。
「……」
顔を顰める俺だが、お腹に柔らかい感触が伝わった。
なので俺は薄い布団を慎重にのけると、
「ん……」
もちもちした黄色い塊が寝息を立てて寝ている。
『\ /』がなくなっていて、まるで純真無垢な子供のような表情をしている。
俺は安堵のため息をついた。
昨日はSSランクのダンジョンの奥深いところから抜け出して、万病治癒の花を秋月に渡して、スーパーに行ったんだった。
そこでぷるんくんが試食コーナーで売っているソーセージに興味を示して在庫にあるもの全部買い占めたな。
試食コーナーのおばさんの表情が圧巻だったな。
俺をnowtuberですかと聞いてきたくらいだから。
昨日はソーセージに野菜とドレッシングを加えてブドウジュースと豪勢だった。
ぷるんくんは昨日買った分のソーセージを全部食べちゃった。
毎度のことながら凄まじい食欲だ。
こんな40センチくらいのもちもちがあんなに食べるなんて。
「ん……」
俺はスマホを手に取り、寝息を立てて寝ているかわいいぷるんくんを撮影した。
今までなんの意味もなさない風景写真しかなかった俺の写真アプリに、ぷるんくんコレクションが追加される瞬間だ。
「朝ごはん作らないとな」
そう。
ぷるんくんは朝も食べる生き物だ。
俺はぷるんくんが起きないようにそっとぷるんくんを横に置いといて、キッチンへと向かう。
小さな冷蔵庫を開けたら、昨日買ったヨーグルトが15個あった。
俺はそれを全て取り出し、ぷるんくん用のでかいステンレス製のボウルに全部流した。
そして砂糖を入れて、ヘラでまじえまじえ。
あと昨日買っておいた5本入りのスティックパンも引き出しから20袋取り出して、全部木製のカゴに入れる。
俺の分も含めて全部持ってベッドの横にあるテーブルに置くと、ちょうど目が覚めたぷるんくんがベッドから「んんん!」とかわいい音を出しながら身震いする。
おそらく伸びみたいなものだろう。
「ぷるんくん、おはよう」
「ぷるる……」
ぷるんくんは返事をしてくれた。
『おはよう主人いいい』と言っているようだ。
「朝ごはん食べようね!」
「ぷるっ!」
ご飯という単語にぷるんくんは目力を込めてベッドからジャンプしてテーブルに着地。
着地した瞬間、『ぷるっ!』と音がした。
「いただきます」
ぷるんくんはというと、
ステーンレス製のボウルにある白いヨーグルトを興味深げに見つめる。
そういえばヨーグルトをあげたことは初めてだ。
一様ネットでスライムの飼い方を調べたことはあるが、最弱のスライムをわざわざペットにしようとする人自体がいないためか、ほとんど情報がないんだよな。
スライムは種類によってネチネチするものもいるし、人間の服を溶かすものもいるらしいから、子供以外はあまり歓迎されないイメージがある。
でも、ぷるんくんの触り心地はマシュマロより柔らかいから気持ちいんだよな。
そんなことを考えていると、ぷるんくんが白いヨーグルトに顔を突っ込んでペチャっと一口飲んだ。
すると、若干身震いしながら目を『><』にする。
「大丈夫?」
心配になり問うも、ぷるんくんは返事をせずにステンレス製のボウルに飛び込んだ。
「ぷるんくん!?」
びっくりしてステンレス製のボウルの中を覗き込むと、ぷるんくんは
「じゅうううう……」
音を出してヨーグルトを体で吸収した。
「ぷるん!」
ヨーグルトを食べ終わったぷるんくんは以前より光沢のある体になったことで大変満足したらしく、微笑む。
それから木製のカゴにあるスティックパンを見て、それを丸ごと体で飲み込んだ。
パンだけが吸収されていく光景を見て、俺は目を丸くした。
本当に不思議だな。
こんなに小さいのによくもここまで食べられるものだ。
やがてぷるんくんは木製のカゴをペッと吐き出した。
木製のカゴはキラキラしている。
「ぷるっ!」
いつものもちもちしたぷるんくんに戻って俺を見つめるぷるんくん。
どうやら『ご馳走様!主人いいい』と言っているようだ。
「俺も食べよう!」
食後は皿を洗って、着替える。
今日はやることがいっぱいあるのだ。
身支度を整えて玄関へ行くと、ぷるんくんがついてきて靴を履く俺を見上げてきた。
「……」
「ぷるんくん……」
ぷるんくんは真っ直ぐ俺の顔を穴が開くほど見つめ続ける。
俺はそんなぷるんくんに笑顔で言った。
「一緒に行こう!」
「ぷるるるるるん!!!!」
すると、ぷるんくんは喜びながら飛び上がり、俺の胸にピタッとひっつく。
俺はぷるんくんをなでなでしながら家を出る。
移動はもちろん古い自転車。
ぷるんくんは前かごに陣取っており、住宅街の建物や並木、通りすぎる人々や車などを見ている。
俺は和菓子屋さんに行って和菓子セットを買ったのち、大家さんのところへ向かった。
「家賃、三ヶ月も滞納して本当に申し訳ございませんでした!!」
「おほほほ、大丈夫よ」
白顔のおばさんは俺の謝罪に笑顔で答えてくれる。
「むしろ偉いね。高校生なのに一人でちゃんとできて」
「……これからは滞納せずにちゃんと払いますんで!」
「ふふふ、もし何かあれば連絡してね。心配してたわよ」
「ありがとうございます!」
家主さんが優しくて本当に助かる。
大家さんは俺の事情をざっくりではあるが、把握はしている。
なので俺は再び頭を下げて和菓子を渡した。
「ありがとう。えっと、ところで臼倉くんの頭の上にいる黄色いのは何?」
「あ、この子はぷるんくんです!めっちゃ強くてかわいい俺の相棒です!」
「あら、こんなに小さいのに強いのね!」
「ぷるん!!」
ぷるんくんは俺の頭の上でドヤ顔をした。どうやら『私、強いいいいい』と主張しているようだ。
大家さんはにっこり笑顔で、ぷるんくんを見て優しく口を開く。
「主人のことちゃんと守るのよ」
大家さんの言葉にぷるんくんは微かに微笑んで頷いた。
大家さんの次はバイト先だ。
「そうか……だから仕事をやめるのか」
「はい……いきなりで本当に申し訳ございません」
俺は小さな個人経営のカフェであるここでバイトをしていた。
俺はイケメンおじさん店主に事情を説明して頭を下げた。
探索者になってもっと金を稼がないといけないからやめると。
ぷるんくんが来る前は身も心もボロボロだったので、シフト入れなかったけど、それが返って好都合になったな。
まあ、でもいきなりすぎるから怒ると思うが……
「ふっ、優秀なバイトがいなくなるのは寂しいな」
「い、いいえ!俺、全然優秀じゃありませんし……」
「ううん、君は誠実で真面目で思いやりのある子だ」
「……」
「また働きたくなったらいつでも連絡してくれ。臼倉くんなら大歓迎だ」
「……ありがとうございます」
イケメンおじさん店主は俺を見て微笑んでくれた。
そして、ぷるんくんにも微笑みをかけてくれる。
「このスライムとダンジョンを攻略するのか?」
「は、はい!ぷるんくんは強いので、BランクやAランクといった上級ダンジョンも問題なしです!」
「そうか……じゃ、もし時間があれば、上級ダンジョンコーヒー豆とか持ってきてくれないか?」
「上級ダンジョンコーヒー豆ですか?」
「ああ。AランクやBランクのダンジョンでしか手に入らない豆でね、ダンジョン協会に依頼を出しても貴重すぎて全然引き受けてくれる人は現れないし、人脈がないからダンジョン関連の会社にも頼めない。もし、持ってきてくれたら高値で買い取ってやるさ!俺は貴重なコーヒー豆が手に入るし、臼倉くんは金をいっぱい稼げる。これはwin-winだろ!」
「そ、そうですね!わかりました!」
俺はしばしイケメン店主と話したのち、別れた。
そして、ぷるんくんを自転車に乗せて日本ダンジョン協会立川支部へ。
「いや〜本当にヒヤヒヤしたよ」
「ぷる?」
「きっとこっぴどく怒られると思ってたからさ。家賃は三ヶ月も滞納したし、急に仕事をやめますとか言い出すしで……」
俺の言葉を聞いて、前方を見ていたぷるんくんがぷるんと体を動かし、自転車を漕いでいる俺の顔を見てきた。
「でもさ、怒るどころかむしろ慰めてくれてね。ほっとしたよ」
ぷるんくんとダンジョンを攻略して稼ぎまくってやりたいことをやる。
その輝かしい未来を夢見たから、俺はちゃんと自分の意見をバイト先の店主さんに伝えられたし、家主さんにもちゃんとした謝罪ができた。
なんか自分が成長した感じがして、とても気分がいい。
俺はぷるんくんとアイコンタクトして言う。
「ぷるんくん」
「ん?」
「ありがとう」
ずっと俺を見つめるぷるんくんは
「ぷるっ!!」
ドヤ顔を浮かべる。
なので、俺もぷるんくんに釣られる形でドヤ顔を浮かべ、
「ぷるんくん、これからはいっぱい稼ぐぞ!!」
X X X
秋月家
花凛の部屋
「体に気をつけてね!ママ!また電話するから」
花凛は母である彩音との2時間にわたる長電話を終え、ベッドに横たわる。
「……」
余韻に浸るように熱い息を吐いて自分の胸に両手を乗せる花凛。
「臼倉くん……私、幸せすぎる……」
目を潤ませる花凛は初めて臼倉くんにあった時を思い出す。
追記
次回は花凛ちゃんとぷるんくんのかわいい姿が見れますw
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