第18話 奇跡が起きました
万病治癒の花を手に入れた俺はぷるんくんとダッシュでこのダンジョンを抜けた。
少しでも遅れたら秋月さんの母が死ぬかもしれないという強迫観念に駆られて俺たちはひたすら走った。
途中で疲れたら最上級ダンジョン松茸を食べて疲労回復。
そしてぷるんくんのお腹が空いたら菓子パンでエネルギー補充!
こんなに走ったのは昔のぷるんくんを救った時以来かもしれない
この万病治癒の花を食べて元気になる彼女の母の姿を想像すると力が漲ってきた。
やがて入口に到着した俺とぷるんくん。
俺は近くに停めておいた昭和時代を匂わせるママチャリの鍵を開け、ぷるんくんを前かごに置いて全力で病院へと走る。
時間的には午後5時半。
俺は病院に着いた後、ぷるんくんを抱えて全力で階段を登り、秋月さんの母がいる個室へと入った。
照明がついてない個室には暮れなずむ斜陽が悲嘆にくれる三人を照らしていた。
前より目のクマが大きくなった秋月さんの父、やつれ果てて口を動かすのもやっとな秋月さんの母。
そして、目元が腫れ上がって絶望の表情を浮かべながら自分の母の手を強く握る秋月さん。
「はあ……はあ……はあ……間に合った……」
「う、臼倉くん!?」
「君は……」
秋月さんと彼女の父は息を激しく切らす俺を見て目を丸くした。
途中、警備員らしい人が俺を止めに入ったが、彼女の父が彼らに視線を向けて追い出した。
俺は万病治癒の花を秋月さんに見せる。
「これをお母さんに食べさせて。そしたら治る」
「え?何を言って……」
「早く!時間がない」
俺は秋月さんを睨んでキツめに言った。
ちょっと申し訳ないが、状況が状況だけに仕方ない。
秋月さんは口を半開きにして若干驚いた様子だ。
だが、
何かを決心したように目力を込めて
「わかったわ!」
俺から万病治癒の花を受け取った秋月さん。
「ママ……これ、食べてね」
「……」
やつれ果てた彼女の母は俺と秋月さんを交互に見ては少し頷いてから口を開いた。
彼女の母は口を動かして万病治癒の花を食べ始める。
彼女の母は苦しそうに口を動かしている。
ちょっと動くだけでもあんなに苦しむなんて、本当にやばい状況だったな。
俺に抱えられているぷるんくんは彼女の母をじっと見つめている。
彼女の父は万病治癒の花を食べている妻を不思議そうに見つめている。
「ママ……とろみをつけたお水も飲んでね」
「ん……」
やがて万病治癒の花を全部食べた秋月さんの母。
水を飲んだ彼女は
「っ!!」
目を大きく開ける。
「ママ!?」
「彩音?」
青白い枯れた肌は秋月さんと同じく元気溢れる肌に変わり、パサパサして水分のない亜麻色の髪はシャンプーのモデルばりに光沢溢れる髪に変わる。
色褪せた瞳は元の色を取り戻したようにイキイキしていて、悲しい表情はいつの間にか驚きの表情に変わる。
「私、私……お腹が空いたわ……食欲が戻ってる!?」
「ママ……大丈夫?」
「うん……信じられないけど、元気になったわ。体がとてもスッキリして、まるで昔みたいな感覚よ……本当に……本当に信じられないわ」
「彩音……」
「ママ……ママ!!!!」
「っ!花凛ちゃん……」
秋月さんは感極まったように泣いて母の胸に飛び込む。
彼女の母はそんな自分の娘に愛のこもった視線を送り、優しく抱きしめてあげた。
秋月さんの父はこの光景が信じられないのか、固まったまま微動だにしないが、やがて自分の妻と娘を優しく抱きしめる。
まだ彼女の母は痩せているが病気は治っているはずなので、ちゃんとした食事さえ摂れば元の元気な時代の体を取り戻すことができるはずだ。
本当によかった。
本当に……
やっと恩返しができた。
ちゃんと秋月さんの役にたつことができた。
でも……
『たいちゃん!勉強も大事だけど、ちゃんとご飯も食べるのよ!今日はたいちゃんが大好きな親子丼だからね!』
『大志、ご飯食べ終わった後は俺とキャッチボールやらないか?』
『うん!やる!えへへ』
俺の父さん母さんとの思い出が蘇ってきた。
俺は心が痛くなった。
秋月さんの母を助け、喜ぶ三人を見て安堵する俺。
親がいない俺。
「……」
俺は三人にバレないように踵を返して病院を後にした。
駐輪場に向かう俺。
無意識の内に俺の腕に収まっているぷるんくんを見ていると、
ぷるんくんはずっと俺を見つめていた。
「ぷる……」
「ぷるんくん……」
黄色いもちもちした体を持つぷるんくん。
目の横に十字傷がついているぷるんくん。
俺と交わしたとんでもない約束を守ってくれたぷるんくん。
親はいないけど、俺にはぷるんくんがいる。
俺は心の痛みを吹き飛ばすように大きく息を吐いてはぷるんくんを自転車の前かごにそっとおいて口を開く。
「ぷるんくん、そろそろご飯にするか?」
「ぷるっ!」
ご飯という単語が出た途端、ぷるっと目を大きく見開いて俺を上目遣いしてきた。
「昨日はダンジョン産の肉を食べたから、今日はこの世界の食材を使った料理と行こうか!」
「ぷるるるん!!」
前かごにあるぷるんくんはぴょんぴょん跳ねて息巻いた。
気のせいかもしれないが、「この世界の料理だいしゅきいいいいい!」と言っている気がした。
俺は自転車に乗ってスーパーへとゆっくり移動する。
雲が一点もない黄昏色の空はいつまでも広がっていて、俺の鼻を優しく撫でるこの街の匂いはいつまでも覚えられそうだ。
X X X
秋月家の人たちside
「これは奇跡ですよ!体内にあるがん細胞がなくなりました!」
「ほ、本当ですか?」
秋月彩音が驚いたように自分の体に手を添えている女医に問うた。
「はい。精密検査を受ける必要はあると思いますけど、少なくとも私の医療スキルだと、秋月彩音様の体内にがん細胞らしきものは探知できません……ありえません……こんなの……」
メガネをかけた女医がショックを受けた表情をしている。
女医と秋月彩音はしばし話したのち、精密検査の日を決めた。
「それでは失礼致します」
女医が去った後、数秒間の静寂が訪れる。
だが、この静寂は花凛によって破られた。
「ママ!!臼倉くんが……臼倉くんがママを救ってくれたの!!ママのがんを治してくれたの!!!」
「そうね、ふふ」
「そういえば臼倉くんどこ行ったんだろう……ちょっと電話かけてみる」
花凛は嬉々としながら臼倉に電話をかけた。
『もしもし』
「臼倉くん!!!!!!!!」
『っ!びっくりした……秋月さん……どうした?』
「今どこ?」
『今、ぷるんくんと一緒にスーパーで買い物中だよ。そろそろご飯作らないといけないし』
「え?病院じゃないんだ……」
『あ、ああ……悪い。何も言わずに帰っちゃって……ちゃんと伝えるべきだった』
「もう、なんで謝るのよ……」
『……』
「臼倉くん」
『ん?』
「私のママを救ってくれてありがとう……本当に……本当にありがとう!!!!!!!!!!!!!」
『うう……耳が……』
「あ、ごめん!声大きかったよね」
『ふふ、秋月さん』
「ん?」
『家族と楽しい思い出、いっぱい作ってね!』
「うん!いっぱい作る!」
『それじゃまたな』
「また連絡するから」
臼倉は電話を切った。
制服姿の花凛は名残惜しそうにスマホをポケットにしまい、両親の顔を見る。
通話内容はスピーカーフォンだったため、彼女の両親は全部聞いている。
両親はもどかしそうに悶々としているが、やがて目力を込めて母が先に自分の娘に訊ねる
「花凛ちゃん!」
「ん?」
「ご飯食べた後、臼倉くんの話、聞かせてもらえるかしら?」
「もちろんよ!」
「いっぱい……いっぱいいっぱいしてくれてね。花凛ちゃんが知っていること全部」
「うん!いっぱいする!めっちゃいっぱいする!」
「うふっ」
彩音は目を細めて口角を釣り上げた。
そしたら、花凛の父が急にスマホを取り出した。
「俺だ。今日の予定は全部キャンセルで」
そう簡潔に伝えたのちスマホをポケットにしまっては自分の娘を見て
「俺も聞きたい」
目に相当大きなクマができているが、彼女の父の目は輝いていた。
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