第14話 希望

病院


 ぷるんくんと共に秋月さんについて行けば、大きな病院が出てきた。


 エレベータに乗って秋月さんはとある個室に入った。


 見えてくるのは紺色の髪をしたスーツ姿のイケメンおじさんが患者用ベッドで横になっているやつれ果てた灰色の髪をした女性の手を握っている姿。


「ママ……」

「花凛ちゃん……っ!」


 秋月さんは自分の母の空いている方の手をぎゅっと握る。


 彼女の母は顔を歪ませた。


 明らかに重い病気にかかっていることがわかる。


「本当に死んじゃうの?」

「……ごめんね、花凛ちゃん……」

「なんで謝るのよ……ママは悪くないもん……」


 秋月さんは目を潤ませて向かいにいるスーツ姿のイケメンおじさんに話しかける。


「パパ……最近入手した最上級治療草を使ってもママの癌は治らない?」

「試したけど……すまない」

「パパは頑張ったじゃん……謝らないで……」

「これは、全部俺のせいだ……俺は……俺は……」


 秋月さんの父は口を噛み締めて握り拳を作り悔しがっている。


 確かにものすごくイケメンではあるが、目の下にはクマができており、全体的に疲れている印象を受ける、


 それにしても、秋月さんの母って癌だったか。


 彼女は秋月グループの社長の奥さんだ。 


 きっとありとあらゆる方法を試したんだろう。


 最上級治療草。


 Sランクのダンジョンにある薬草で、お金持ちや政治家の間で流通する極めて貴重なものだと聞く。


 それを使ってもダメなら、おそらく末期なのだろう。


 秋月さんは父の顔を見てから再び母を切なく見つめて涙を流した。


「ママ……もういなくなるの?それは嫌だ……やだやだやだ!!ママ……行かないで……どこにも行かないで!私が立派なダンジョン研究者になる姿、見てくれるんでしょ……」

「花凛ちゃん……ごめんね……本当に、本当にごめんね……」


 秋月さんは自分の母の胸に顔を埋めて悲しく泣き始める。


 ぷるんくんはそんな母娘の様子を床から静かに見上げていた。


 こんな光景を見てしまったら、俺の心まで締め付けられるように痛くなる。


 華月高校の入学式の時、事故で死んでしまった親のことを思い出してしまいそうだ。


 勉強熱心で厳しい親だったけど、いざいなくなると本当に辛かったな。


 本当に……本当に辛いよ。


 俺はもどかしい感情を感じながら秋月さんの父に話しかける。


「秋月さんのお父さん」

「ん?君は?」

「俺は秋月さんにずっと世話になっている同じクラスの臼倉大志です」

「……君が臼倉くんか」

「教えてください。秋月さんのお母さんっていつまで生きられますか?」

「……それは……」

「お願いします」


 俺は丁重に頭を下げた。


 そして頭を上げて秋月さんの父を見つめる。


「……あと一週間ってところか」

「そうですか……」


 彼は戸惑っている表情を浮かべる。


 それもそのはずだ。


 見ず知らずの男子がいきなり上がり込んであなたの奥さんいつまで生きられますかって聞いたら、そりゃ驚くわ。


 俺は意を決したように頷く。


「臼倉くん?」


 目元が赤く腫れている秋月さんが俺を見てきた。


 そんな彼女に向かって俺は口を開く。


「秋月さん、恩返しするから」

「え?」


 そう言い、俺は床で秋月家の人たちを見ているぷるんくんを拾ってここを出た。


X X X



「ああは言ったものの……どうすればいいか全然わからない」

「ぷるん……」


 こたつ布団をとっぱらったテーブル座って腕を組み考え込む俺とテーブルの上で俺を見つめるぷるんくん。

  

 なんで俺、秋月さんにあんな思わせぶりなこと言ったんだろう。


 秋月さんの家は金持ちで権力もある。


 そんな偉い人たちが頑張ったけど、結局彼女の母を救うことはできなかった。 

 

 親なし金なし力なしの俺が身の程弁えずに放った言葉を聞いて、きっと変に思ったに違いない。


 そもそも、ぷるんくんと秋月さんは接点がない。


 ゆえにぷるんくんを付き合わせるのは筋違いな気がしてならない。


 でも、俺は秋月さんを助けたい。


「ぷるんくん」

「ん?」

「俺さ、秋月さんのお母さんを助けたいんだ」

「……」

「もちろん、助けたからといって、何かを得られるわけではない」

「……」

「でもさ、大事な人がいなくなるのはとても辛いことだよ。ずっと俺を助けてくれた秋月さんにその辛さは今味わってほしくない。俺のわがままかもしれないけどな……」

「ぷる……」

  

 ぷるんくんは徐々に俺の方へ寄ってきた。


 そして、俺の顔を見てくる。


 ぷるんくんは目を潤ませた。


 やがて泣き始める。


「ぷるん……」

「ぷるんくん!?」


 ぷるんくんは泣きながら俺の胸に飛び込んできた。


「ぷるるるりゅ……」


 気のせいかもしれないが、『主人がいなくなるのいやああ……』と言っている気がした。


 俺はそんなぷるんくんを優しく抱き抱えてなでなでしてあげた。


 本当、最強スライムではあるけど、感情豊かだな。


 そこがぷるんくんらしくて好きだけど。


 しばしぷるんくんをあやした。


 落ち着いたぷるんくんは再びテーブの上に戻った。


 そして


「ぷ、ぷるっ!」


 何か思いついたように目を見開いたぷるんくんは、頭の上に一本の花を生じさせた。


 ぷるんくんは黄色いので花も透明で黄色いが、ちゃんとした形をしている。


「ぷるんくん?それ何?」


 俺が問うと、ぷるんくんは自分の体の形を変え、ふにゃふにゃした状態になった。


「ぷりゅ……」

「ど、どうした?急に元気がなくなったけど」


 俺の問いをスルーしたぷるんくんは、頭の上にある花を体で飲み込んだ。


 そして数秒後


「ぷるっ!」


 ぷるんくんはいつもの弾力のある元気な体になり、目を輝かせて俺を見つめてきた。


 ほお……


 つまり


「ぷるんくんが見せてくれた花みたいなものを食べれば、秋月さんのお母さんの病気は治る?」

「ぷるん!」


 ぷるんくんは頷いた。


「ほ、本当!?」

「ぷるん!!」


 ぷるんくんは2回頷いた。


 マジかよ……


「ちなみに、その薬草ってSSランクのダンジョンにあったりする?」

「ぷるん!!!」


 ぷるんくんは3回頷いた。


「お、おおお……おおおおおお!!!ぷるんくん!!その薬草を採りに行くぞ!!」

「ぷるるるるる!!!」

 

 俺とぷるんくんは拳を突き上げた。


 だが、




 ぐううううううううううううう


 


 ぷるんくんのお腹が鳴った。


「ぷりゅん……」

「そういえば今日は朝ごはん以外、何も食べなかったな」


 その朝ごはんも、ぷるんくんにとってはとても少ない量のはずだ。


 もうそろそろ晩御飯食べる時間だしな。


「よし!ぷるんくん!その花を採りに行くのは明日の朝だ!だから明日に備えて食べるまくるぞ!!」

「ぷるん!!」


 ぷるんくんはテーブルからぴょんぴょん跳ねる。


 今日は余っているレッドドラゴン肉とキングワイルドボアの肉をふんだんに使ってポークチキンカレーだあああ!!

 

 そして食後はSSランクのダンジョンで料理を作るためにアウトドア用品を売っているお店に行って一式を購入!!


 あと食材もいっぱい買っとこ!


 ついでにぷるんくんが大好きな菓子パンを大量買いだああ!!


 結構お金を使ってしまったけど、大丈夫。あとて稼げばいいんだ。


 まずは秋月さんのお母さんを助けることだけを考えろ。

 

 電気水道ガス代は……時間ないから後で払うことにしよう。


 あとは風呂に入って体をごしごし洗って、ぷるんくんを抱きしめながら寝るんだ!


「明日は頑張ろうね!ぷるんくん!」

「ぷるん!」


 SSランクのダンジョン……


 行くのは3回目だ。


 俺にはぷるんくんがいるけど、SSランクのダンジョンはモンスターたちが強すぎるのでまだ攻略が全然進められてない状況だ。


 だから気を引き締めて、今回は最強スライムのぷるんくんの主人としてSSランクのダンジョンへ向かおうではないか。


 と、ベッドで横になりながら意気込んでいると、


「……」


 荒んだ顔の秋月さんの父と、とても悲しんでいた秋月さんと彼女の母の顔が脳裏をよぎる。



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