第11話 秋月からの電話

「上級マナ草が150本だと!?」


 洞窟の中にある上級マナ草のうち、数本をニートのお兄さんにあげ、残りの上級マナ草の全てをダンジョン協会のヤクザっぽいお兄さん(高原さん)に与えたらショックを受けている。


 俺と一緒にきたニートのお兄さんはぷるんくんの強さに惹かれたらしく、ダンジョン協会の中にいる人たちに言いふらす。


「あの子とスライムはすごいぞ!!Bランクのダンジョンのモンスターを一瞬にして倒したからよ!!嘘じゃない!!キングワイルドボアを一発でやっつけたんだ!俺はニートだ!だから普段はこんなに大声で言わないけど、あの子は本物だああああ!!!!」


「ええ?マジかよ!?」

「じゃ、神社にあるBランクのダンジョンって攻略済みってことかな?」

「あんな若い子とスライムがBランクを!?」

「Bランクのモンスターを倒せるスライムって聞いたことないぞ」


 と、周りにいる人たちは目を丸くして驚いた。


 なんか他人に言われるとちょっと恥ずかしい……


 ニートお兄さんの言葉を聞いて受付の高原剛一さんが口をぽかんと開けた。


「マジかよ……」


 そんな高原さんに俺は自分の頭に乗っているぷるんくんを手でなでなでしながらいう。


「はい!」

「……」


 ハゲた高原さんは驚いた面持ちで俺を見つめたのち、優しく微笑んだ。


「よかったな」


 離れたところから見ればハゲた怖いヤクザではあるが、なぜか怖くなかった。


 高原さんはレジを開いて、紙幣を数えて俺に渡した。


「買取金額は60万円だ。ほら」

「ありがとうございます!」


 分厚い束をもらった俺は、心臓が爆発寸前だ。


 いつも学校を通いながらバイトをやってきた。


 いくら頑張っても、もらえる給料は10万円前後だ。


 なのにたった一日60万円ももらったのだ。


 嬉しがる俺に高原さんが問うてくる。


「その年で60万円は大金だ。どこに使うつもりだ?」

「そ、そうですね……まず滞納した家賃と水道電気ガス代を払わないと」

「君……その年でどういう生き方してんだ……色々あるんだな、君も」

「あははは……」

「さっきも言ったが、何かあればアインで連絡しろよ」

「あ、ありがとうございます」

「あと、日本ダンジョン協会立川支部のonstarも登録しておいた方がいい。お得な依頼内容を掲載しているからよ」

「はい!」


 高原さんは見た目の割には優しい。

 

 俺がにっこり笑って周りを見つめていると、ニートのお兄さん含む他の探索者たちが俺に慈愛の視線を向けてきた。


「高校生なのに家賃払うのか?」

「どんな生活送ってるんだ……」

「ちくしょ……そろそろ僕、ニート卒業しちゃおっかな……」


 みんなに見守られる中、俺は頭にいるぷるんくんを下ろして右腕で抱えながら言う。


「ぷるんくん!今日は美味しいものいっぱい作ってあげるね」

「っ!!!ぷるるるるるん!!」


 ぷるんくんは目を輝かせて喜んだ。


 どうやら『主人いいい美味しいものだいしゅきいい!』って言っている気がした。


 ニートのお兄さんにバレないようにキングワイルドボアは収納で持ってきてある。


 鑑定した結果、キングワイルドボアは美味しい食材とのことで、今日はこいつを使った料理と行こう。


 なので俺は60万円を財布にねじ込んで日本ダンジョン協会立川支部を後にした。

 

 カバンも収納ボックスに入れたので、身軽な俺はぷるんくんを古い自転車の前かごに乗せて走らせた。


 時間的には午後4時30分ほど。

 

 まだ外は明るく、気持ちの良い微風が頬を俺の頬を優しく撫でる。


 ぷるんくんはというと、


「ぶる……」


 聳り立つ建物や通り過ぎる車や人たちを興味深げに見つめていた。


 ずっと見ててもいいぞ。


 ダンジョンではなく、この世界で俺たちは一緒に生きていくわけだから。


 俺はATMに行き、滞った家賃を払った。


 そしたら12万円が消えた。


 あとはお買い物だな。


 ぷるんくんを頭に乗せたまま国分寺駅近くにある複合施設に行って、でかいフライパン、調味料、野菜、お米などを購入。あとは服屋だな。


 学校の制服と体操着くらいしかろくな服がない俺だが、もう学校やめるつもりだし、これから私服を着ることになるだ。だから俺はモデルが着ている春のコーデに習い、服を購入した。


 合わせて3万円ほどが消えた。


 うん……金の減り具合が早い気がする。


 別の依頼を探さないとな。


 複合施設を出た俺はこっそり買ったものを収納ボックスに入れて、再びぷるんくんを自転車の前かごに置いて手でゆっくり押しながら家に帰ろうとしている。


 ぷるんくんはまた建物や通りゆく人々を見ている。 


 だが。


「ぷるっ!?」


 ぷるんくんは特定の場所に視線が釘付けになってしまう。


 俺も気になってぷるんくんが何を見ているか確認してみたら、そこにはケーキ屋さんがいた。

 

 自転車によって移動させられても、ぷるんくんはずっとケーキ屋さんを見つめていた。


 俺は方向を変え、ケーキ屋さんへと向かう。


「いらっしゃませ!あら!かわいいスライムちゃんですね!」


 女性の店員さんが笑顔で俺たちに挨拶してくれた。


 ぷるんくんがかわいいって言ってくれるなんて……本当に優しい店員さんだ。


 いや、ぷるんくんは元々かわいいから当然の反応だ!


 ぷるんくんは「ん?」と店員を一瞥したのち、俺を見上げてきた。


「ずっと食べたそうに見つめていたからな。今日は頑張ってくれたからご褒美に買ってやるよ。あ、でも、1台だけだからな」

「ぷるん……」


 ぷるんくんは頷いたのち、不思議そうにショーケースに並んでいるケーキを見つめてきた。


 やがてぷるんくんは目をキラキラさせてジャンプし、ショーケースに引っ付いて、生クリームといちごがかわいくデコレーションされているいちごケーキをガン見する。


「ぷるんくん……」

「あはは……いちごケーキが好きみたいですね」

「そうですね。じゃそれでお願いします」

「はい!かしこまりました!」


 店員さんからケーキを渡された俺はこっそり収納ボックスに入れてから進む。 


 そしたら、スマホが鳴った。


「ん?」


 なんだろう。俺に連絡するような人っていないはずだが。


 気になった俺はスマホを取り出し画面を見る。


「あ、秋月さん!?」

 

 秋月さんがアインでメッセージじゃなく電話をかけてきた。


 俺はいそいそと電話に出た。


「も、もしもし」

『臼倉くん……いま大丈夫?』

「ああ!大丈夫だよ!んで、どうした?」


 なぜだろう。元気がない声音だ。


『不登校になった臼倉くんがどんなふうに過ごしているのか知りたいから電話かけたの!』

「お、おう」


 さっきのは聞き間違いなのか、秋月さんの声はいつも通りだ。


「まあ、今日はちょっと忙しかったかな。ダンジョン協会に行って、依頼をこなしたりしたから」

『真面目だね』

「いや、真面目っていうか、金を稼がないとダメだから」

『もし、本当にお金に困るなら、私に言って。協力してあげる』


 本当に秋月さん……優しすぎる。

 

 でも、秋月さんの優しさに甘えちゃだめだ。


「ううん。いいよ。気持ちだけもらっておく」

『そう……ふふ、

「俺らしい?」

『あ、それよりさ、今日の葛西くん本当に面白かった!』

「か、葛西か……」

 

 思い出したくもない悍ましいやつ。


『葛西くんスキルがずっと使えないから泣いていたの』

「あの葛西が泣く!?嘘!」

『本当よ。でも臼倉くんとぷるんくんに謝るつもりないと言い張るからまだ反省してないかな』

「ほっとけ、そんなやつ」

『ふふ、そうね。あんな子は本当に私が一番嫌いなタイプよ』

「そっか」


 なぜなろう。


 普段なら声もかけられないような秋月グループの社長令嬢だが、今日はまるで友達のように普通に会話ができている。


 でも、ちょっと気になる。


 こんな他愛もない話をしにわざと電話をかけてきたのか。

 

 そんなことを考えていたら、秋月さんが自信なさげな声音で訊ねてきた。


『ね、一つ聞きたいことがあるの』

「ん?なに?」

『……臼倉くんの両親は事故でお亡くなりになったよね』

「……うん」

?』


 驚いた。


 まさか死んだ父さんと母さんのことを聞いてくるとは。


 俺は物憂げな表情をしてため息をついた。


「本当に……めっちゃ辛かったな」

『そうよね……それが当たり前よね……もう会えないからね……』

「……うん」

『ご、ごめん!変なこと聞いちゃって!』

「いいよ。気にすんな」

『……私、もう夕食だからまた連絡するね!』

「お、おう……またな」


 秋月は電話を切った。

 

「ぷるん?」


 ぷるんくんはいつしか自転車の前かごから俺の手に登ってきて心配そうに俺を見つめた。


 なので俺はぷるんくんをなでなでしながら笑顔でいう。


「家帰ろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る