大混雑再び

 ただ買取をするだけで5%のメリットが付く。この噂は近隣に広まった。その不予額は多くも少なくもない絶妙な設定であったと後にいわれることになる。


「おい、まだかよ!」

「もう少々お待ちくださいいいいいいいい!」

 買取のポイントシステムと、手形という名の電子マネーシステムはよそから大量の冒険者が流入する結果を招いた。大混雑再びである。現金不足による破綻は避けられ、施策は好評でさらにギルドは繁盛している。買取額は右肩上がりでライラさんの高笑いもとどまることはなかった。

 

 それこそギルドの外まで人が溢れる状況に逆戻りで何ならよそから魔石を持ち込んだ連中もいた。ただしレグルスのダンジョン産のものに比べると質が落ちるため買取価格は低い。それもまたクレームを招いたが、アイリーンさんのひと睨みで収まる程度のものだった。別に買い叩いてるわけでもないしな。


「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 今日も今日とてカナタちゃんの悲鳴がギルド本部内に響き渡る。原因は大混雑だ。

 レグルスのギルドでギルドカードの機能を使うには、まず受付でそのシステムをインストールしなければならない。逆にそれさえひと段落着いてしまえば混雑は解消される。要するに先行きが見えていることと、一度は経験している状況なので、ギルド職員たちの士気は下がっていない。

 それでも厄介ごとは舞い込むもので……。


「そんな話知らねえぞ!」

「なんとかしろやあ!」

 初顔の冒険者、特にベテランと言われるような……いわゆるおっさん二人が騒いでいた。混雑のざわめきをかき消すかのような怒号にギルド内の注目を集める。受付からの「救援求む」のコールを見た俺は対応のためそちらへ向かった。


「どうされましたか?」

 上級職員のバッジを付けた人物、すなわち俺のことだ、が現れると叫んでいる冒険者たちがこちらに顔を向ける。


「なんだこの面倒な仕組みは! こんなの聞いたことねえぞ!」

「はい、当ギルドで始めました。新しい取り組みでございます」

「知らんわ!」

「まあまあ、落ち着いて。君、こちらの方にお茶を」

 最初に対応していた女性スタッフを逃がすために用事を言いつける。

「は、はい、ただいまー!」

 ハンドサインで緊急対応と申し送りさせる。

「茶じゃなくて酒出さんかい!」

「受付での飲酒は禁止させていただいております。申し訳ありません」

「なんでだよ」

「受付で執り行うのは買取「契約」です。そこに一点の疑いがあってもお互いに良いことはありませんからね。もちろん、それが終わった後でならば祝杯を挙げていただくにやぶさかではありませんよ」


 契約の言葉を強調すると、おっさんは口をつぐんだ。良くも悪くもベテランということだろう。評判のよくないギルドで報酬のごまかしなどはよくある話である。

 そういう意味で、赴任してすぐにそういった悪しき慣習を取り払ったライラさんは有能であった。


「では説明させていただきます……」

 カウンター越しに話を始めると、おっさんの後ろの方にアイリーンさんが立ったのが見えた。よし、これでこのおっさんが暴れても大丈夫だ。

 

「なんだと! それじゃあ割り増し分はここでしか使えねえってことかよ!」

「そういうことですね」


 そもそもこのギルドに冒険者を定着させることが目的である。冒険者の数は有限で、有能な者はそれこそギルドで奪い合いは日常だ。

 新領域の発見による冒険者の流入も、一時的な現象に過ぎない。もちろんそれでトラブルが起きたことによるマイナスもあるが、基本的には買取件数や金額は大きく伸びている。

 これはそのままギルドの功績になり、ひいてはマスターであるライラさんのお手柄となる。


 そうして話は続いた。

「っち、目算が狂ったな」

 ガシガシと乱暴に頭をかきつつおっさんはぼやいた。


「それにつきましては申し訳ありませんが……」

「仕方ねえ。んで、聞くがそのポイントとやらは武器屋では使えないのか?」

 ここでひとつ、目からうろこが落ちた。なるほど。


「なるほど、貴重なご意見です。少々お待ちください」

 呼び鈴を鳴らすと部下の職員が足早にやってくる。


「カナタ・リーをこちらに」

「はいっ!」

 そのやり取りにおっさんが動揺したのかガタッと椅子が動いた。


「ちょっと待て、リーだと?」

「ああ、申し遅れました。ワタクシ、ギルド相談役のベルツ・リーと申します」

 ラオさんの名前を借りて最大限に脅しをかける。ラオさんはこの国最強の一人と目されていて、そして一族に仇を成す者を族滅したエピソードは知られていた。


「ぴぴぴ、にいたま、お呼びなの?」

「ああ、ポイント利用の対象だけども、宿屋と酒場だけじゃなくて武器屋、鍛冶屋、道具屋にも広げたいんだけど、どうかな?」

「なるほどなの。いい考えだと思うの。すぐ取り掛かるの!」

「ああ、マスターにも話を通しておいてくれ」

「ぴー、がってんなの!」


 俺たちのやり取りを見ておっさんは目を丸くしている。リーの一族がギルドで働いてるなんて聞いてねえとか顔に書いてあるようだ。


「お、おお。素早い対応に感謝を」

 ぺこりと、入ってきたときのふんぞり返った態度とは大違いだ。たまにアイリーンさんが殺気を飛ばしているのでそのせいもあるのかな?


「いえいえ、良ければしばらくこちらを拠点に活動をお願いしたいです。無論ポイントで交換したものの持ち出しは制限しませんよ」

「ああ、うむ。そうだな、世話になる」


 さっきから口ごもってばかりだ。動揺してるんだろうか。

 こっちとしてはアイディアをもらった分は優遇したいとすら思ってるんだけどな。騒ぎを起こしたとして目をつけられていると思っているのかねえ。


 ギルドカードの機能追加を終わらせると、そのまま四苦八苦しながら受付の操作をしていた。そして、なんとか処理を終わらせ、スタンプが付与されると、おっさんはこわもてを笑み崩れさせるのだった。


「おお、できたぞ!」

 脳みそまで筋肉で埋まっていそうなおっさんでもできたと評判が広がり、俺たちの作り上げたシステムはレグルスのギルドに来た冒険者たちに急速に広まっていくのである。

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