電子マネー
「ライラさん、起きてください!」
目を回しているライラさんの肩をつかんで揺さぶると、彼女はパチッと目を開いた。
「ベルツさん! 何か思いついたのね! さすがよ! すぐに手を打って!!!」
がばっと上体を起こすと、矢継ぎ早に内容を聞きもせずにすぐやれと指示してくる。
「その前にお聞きしたいのですが、現金に替わる、例えば手形みたいなものはありますか?」
「手形?? ああ、商人たちが使っているわね。でも例えば貴族の御用商人とかが使うような大きな取引で、発行も国の認可がいるやつじゃなかったかしら」
「なるほど、制度としてはあって国の認可がいると」
「ええ、そうね。……そういうこと?」
「はい、ギルドカードの機能を追加して買取時の代金を現金相当の手形、すなわちポイントとして入金します」
俺の提案にライラさんは少し考えて、それほど間を置かずに頷いた。
「……背に腹は代えられないわね。カナタ、できる?」
「ぴぽ。もう取り掛かってるの。にいたま、これでいい?」
差し出してくるプログラム構文を見ると、書類の読み取り機能を地用して報酬額をチャージできるようになっている。
支払い時のセキュリティもよく考えられていた。
例えばギルドカードの盗難、紛失はそこそこある話で現金がチャージされた状況でそれが起きると、財布を落としたのと同じ状態になる。
魔力には固有パターンがあり、一人として同じものはない。それを模倣したりと言う事はできないとされていた。
「ぴ、ギルドカード作成時に固有魔力パターンを使うの。これでなりすましはできないの」
「酔いつぶれてるときとかはどうするの?」
ギルドカードに触れた状態で支払い操作をすればお金は引き落とされる。ライラさんの指摘はある意味でもっともだったが……。
「そこまでは無理なの。自己責任なの」
「ま、そうだよなあ」
さらっと流されて基本方針は定まった。
「この手形はいつでも換金できるって保証が必要になりますが、財源が……」
「そうねえ。そればっかりは換金手続きが最初は数日かかるって体にするしかないわねえ」
「そうなれば現金が到着するってことですね」
「そういうこと。どの程度の効果が見込めるかわからないけどまずはやってみましょう。認可の保証人はわたしがなるわ」
ここで言う保証人とは、要するに換金できなかったときにその責任を負うということである。手形の信用が崩れればその負債を統べて負うという意味に他ならない。
「いいんですか?」
「いいのよ。それにベルツさんならうまくやってくれるでしょ?」
信頼に応えねばと身が引き締まった。
すぐにカナタちゃんと顔を突き合わせて詳細を詰める。そうして、何人かの部下にもクロスチェックをしてもらい、リリースにこぎつけたのは次の日の朝だった。
「ぬーん、なの」
「どうしたの? 何か問題?」
「機能の追加は問題ないの。ただ、この変更はこっちの都合なの」
その一言にハッとした。なるほど、そういうことか。
「ライラさんに相談してくる」
「ぴ、それがいいの」
ギルドマスターの部屋をノックして同時にドアを開ける。ライラさんは普通に書類にサインしていた。
「あら、どうしたの?」
「はい、相談したいことがありまして……」
カナタちゃんの指摘をそのまま伝えた。現金以外の受け取りにすることにメリットが無い事。
「なるほど。ギルドカード受付もあまり浸透していないしね」
「そうです。事務処理の軽減はこちらの都合で、手続きが速くなることもメリットとしては弱いと言わざるを得ません」
「なるほどね。で、何か案があるんでしょう? ただそんな愚痴にしか思えないことを言いに来るなんてベルツさんらしくないもの」
にっこりと笑みを浮かべ、俺の肩に手をポンと置く。たったそれだけのボディタッチでテンションが上がってしまう俺はちょろいのだろう。
「はいっ! 資金はかかりますが、うまくすれば大きなリターンの可能性があります」
リターン、すなわち利益の一言を聞いたライラさんは、その形の良い唇を笑みの形に曲げた。
「聞かせて。貴方の素晴らしい提案を」
「まず手形払いのときですが……」
手形払いにするメリット、それはポイント増量だ。手形買取のときには買い取り額の5%をポイントとして増やす。ポイントは使用期限を30日として、ギルド協賛の酒場や宿屋で使えるようにする。それらの店にはギルド負担で支払い用の端末を設置する。
また、現金をチャージして手形に変換する際にも5%のポイントを付ける。もちろん手形を現金に換金することはできるが、その場合はポイントはつかない。
「おっけー、それで行きましょう。共産の店に対するポイント分の支払いは……各月の30日締めにして翌月10日にお店に支払うことにしましょう」
「わかりました。ではすぐに取り掛かります」
さすがライラさんだ。俺が次にいおうとしていたことを先取りして言ってくる。称賛のまなざしに気づいた彼女はぱちりとウィンクしてきた。
いろいろと時間が足りていないが、端末はすぐに用意できる。受付用の予備の端末に機能を追加できる。ちなみに通信機能は元々ついていて、距離は関係ないらしい。何このチート機能。
問題は告知の時間が足りていないことだ。
「すぐにでもポスター作りましょう!」
「わかりました!」
いくつかの成果で俺にもスタッフが付いている。書類のコピー機能を持たせた業務端末で、大き目の紙にポイント付与を大々的に告知した。
「ちょっと窓口で説明の時間が取られるから、待合時の割引を増やそう。30日限定で」
「わかりました。各店に伝えます」
「説明用のマニュアルは?」
「ぴー、これでどう?」
内容を確認する。冒険者向けの説明内容と、質疑の内容。また受付向けの操作マニュアルもしっかりとした内容になっていた。
「はい、これはですね……」
受付では質問が相次いでいる。魔石の買取の5%が上乗せされるのだ。例えば1万イエンの買取で500イエン分のポイントが付く。
ギルド併設の酒場ではちょい呑みのエールに簡単なつまみが付いて500イエン。このポイントバックを狙ったセットだ。
さらに、もう一つ。スタンプシステムを導入した。ギルドカード受付をするとスタンプが加算される。そのスタンプをためると特典が付く。
「ぴ、にいたまのセンスはさすがなの」
スタンプの景品は色々あったが、サバイバルセット、すなわちポーションやビーコンの魔道具。あとはコストはかかったが水の出る魔道具が実に好評だ。ランクが低い冒険者の生還に寄与したと後日表彰されることになる。
そうしてスタートした手形買取は好評で現金の減少には歯止めがかかった。ただし、当日の混雑はすさまじいことになって、久しぶりに待ち時間に対するクレームが入って、ライラさんの笑みが少し引きつっていた。
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