更なるトラブル

「なんですってえええええええええええええ!?」

 ギルドマスター室からライラさんの怒号が聞こえてきた。先ほど騎士団の早馬が駆けこんできたので何か悪い知らせだったんだろう。


「ぴぽ、にいたま。ライラねーたまが呼んでるの」

「あ、ああ。わかったよ」


 カナタちゃんと共にギルドマスター室へと向かう。ドアをノックするとすぐに返事があったのでそのまま部屋に入ると、応接のソファーには騎士団の伝令がへたり込んでいる。

 デスクの裏の窓からはさんさんと日光が差し込み、逆光でその表情は見えない。しかし、わずかにその組んだ手が震えていた。


「ベルツ、参りました」

「待ってたわあ、ベルツさん!」

 デスクから立ち上がると俺の両手をとって歓迎するようなそぶりを見せる。そして隣にいるカナタちゃんが静かにため息をついていた。


「で、なにがあったの?」


 ひたすら「うふふふ」と笑って俺に仕事だけを押し付けようとするライラさんにカナタちゃんがツッコミを入れていた。


「えーっと、ね。実に困ったことになったのよ」

「ぴ、詳細を説明するの」

「ええっと、ね。輸送の馬車が……山賊に襲われて遅延してるのよ。困ったわねえ、おーほほほほほほほ!」


 その言葉に俺の口はあごが外れそうなほど開いた。輸送の馬車は買取で支払うべき現金を持ってきていた。最近レグルスのダンジョンの景気が良いと噂になっていたのだろう。金や魔石が大きく動くとなればそこを狙うのはある意味で当然だった。


「しまった。見通しが甘かったか!?」

 馬車の護衛を増やすべきだったと嘆いても後の祭りだ。

「ぴー、ここでぼやいても仕方ないの」

「カナタちゃん。アイリーンさんを派遣、山賊を討伐させて!」

「がってんしょうちなの!」


 アイリーンさんは元魔王という勇名があり、事務仕事にあまり向かないのでギルドの治安維持を担っていた。要するに用心棒だ。

 同じ役割をラオさんも担っていたけど、最近はダンジョン付近で警備任務に就いていてギルド本部にはいない。


「アイリーン、召喚に従い参上した!」

 フンスと胸を張り、手にはギルド警備兵の持つワンドを構えている。


「アイリーンさん。頼みたいことがありまして」

 かくかくしかじかと事情を説明する。

「うむ、事情は理解した。すぐに部下を率いて向かおう」

「よろしくお願いします!」

 アイリーンさんは数人の警備兵を率いて即座に出立した。オークの山賊ならばそれこそどれだけいても問題ないはずだ。


「アイリーンねーたまなら間違いはないの。いつものうっかりが出なければ……だけど」

「買い取り代金はどうするかが問題だね。今の残高だと……3日くらいか」

「うぬぬなの。まずいの」

 ライラさんは有能である。俺たち二人が確認している状況なんかは報告を受けた時点で即座に理解しているだろう。

 

「対策は?」

「だめね、私じゃ思いつかないわ。だから相談役にお任せします」

「承知しました。案を考えます」

「夕方までにお願い」

「わかりました」


 現金に替わるもの、というか現金の汎用性が高すぎて別のものに換えるとするならなにがしかのメリットがいる。現物支給も難しい。

 

「っく、何で今日に限って……」

 魔石の買取は今日はやたら件数が多い。3日分の現金の半分近くがすでに出て行っている。

 そうこうしているうちに日は傾き、良さげな案も出ないまま刻一刻と時間は過ぎていく。


「ただいま帰還した!」

 アイリーンさんが帰ってきた。その報告にギルド内の雰囲気が一気に明るくなる。「やった!」「助かった!」というような声が上がる。

 そうしてアイリーンさんは俺のもとへと歩いてきた。


「報告をお願いします」

「う、うむ。オークどもは全滅させた……ぞ」

「さすがです!」

 称賛のまなざしを向けた瞬間アイリーンさんはふいッと目をそらした。

「あー、それで、だな。もう一つ報告が、あって、だな」

 口ごもりつつ告げる態度に嫌な予感が膨れ上がっていく。

「……聞きましょう」

 ぐびりと口の中に嫌な味がせりあがってくる。胃液の苦みはすでに馴染んだものではあったが好きではない。


 あーうーと意味のない声を出しつつ、視線をきょろきょろと彷徨わせたあげく、アイリーンさんは口を開いた。


「馬車も一緒にフッ飛ばしちゃった。てへ?」


 どんがらがっしゃーんと周囲から音が聞こえてくる。

「めでぃーっく! ライラさんがアワ噴いて倒れたの! ぴいいいいいいいい!」

 そこらじゅうで別方向の騒ぎが起きていた。

「いかん、心臓マッサージだ!」

「何を言うか、人工呼吸が先だろうが!」

 ここぞとばかりに空気を読まずにライラさんに殺到する男性職員を女性職員がけん制する。


「ぴ、アホどもは放っておくの。大事なのは今打つ手なの」

 ライラさんの貞操をサラッとぶった切ってカナタちゃんが告げるのを聞いて、ぶるりと背筋に冷たいものが走った。何なら俺も参戦しようとしていたからだが、さっくりと機先を制された形である。


「えーっと、今から本部に現金を送ってもらうには?」

 ごまかすように言うと、アイリーンさんにぶった切られた。

「ああ、うむ。早馬を走らせているが……」

 仮に最速の2日で着いたとしても間に合わない。その前にギルドの現金が尽きる。天候の悪化などのトラブルも加味すべきだろう。

 魔石の買取は現金買取が基本、それ以外でなければ冒険者たちは買取に応じないだろう。


「どうする……? どうしたらいい!?」

 今日の買取は皮肉にも好調で、普段の5割増しの量が持ち込まれている。


 猶予は明日1日。仮に何らかのシステム変更を行うのはカナタちゃんのスキルがあるので何とかなる。

 その打つべき手を考えて、俺は思考に没頭した。そして一つの手が思い浮かんだのだ。


「そうか、お金も電子化するんだ!」

 俺の言葉にカナタちゃんは理解してくれたのか表情がほころぶ。そして疑問符を頭上に大量に浮かべたほかの職員と、今だぶっ倒れて現実逃避しているライラさんがいた。

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