技術革新

「んー……」

 俺は頭を抱えていた。受付をこなせばこなすほどにカウンター内部で書類が積みあがる。受付を終わらせてそれで終わりじゃない。集計作業と言うものがる。

 それは個人別、日別、週、月と積み上げられ、膨大な作業量となってのしかかってくる。

 もちろん簡易の集計システムはある。それでも問い合わせがあればその資料を探すのには多大な手間がかかり、数字のミスも多い。そしてそのミスを修正するのにまた多大な手間がかかる。

 今は人的リソースのほとんどを受付に回して何とか処理しているが、この膨大な、山と積みあがった書類を集計する、すなわち収支報告作業の締め切りは刻一刻と迫っていた。


「にいたま、どうしたの?」

「あー……」

 カナタちゃんが頭を抱える俺を見て声をかけてきた。俺はその問いかけにちらりと書類の山に目線を送ることで応える。


「あー……なの……」

「そういうこと。とりあえず今月の締め作業が迫ってるんだけど……」

「間に合うわけないの」

「ライラさんが本部に掛け合って引き延ばしてくれないかって交渉はしてくれてるんだけどねえ」

「ぷー、たぶん無理なの」

「だよねえ」


 そこで愚痴をこぼすくらいのつもりで、書類のデータ化について話してみた。スキャナで取り込むように画像データを保存する。

 書類の形式は業務改革の初期段階で揃えていたので、拾うべき数字を指定してやればいい。冒険者のカードには固有の番号が振られている。

 その番号を拾えば個人は特定できる。パーティについても同じで、結成のときに固有の番号を発行していた。書類には通し番号を記載してあるから全く同じ内容の書類ができても問題はない。


「ぴぴぴ! にいたま、もっと詳しく話すの!」

 カナタちゃんがなんかすごく食らいついてきた。先ほどの考えを説明した。カナタちゃんの目が爛々と輝いていく。


「ぴぽ、こんな感じでいい?」

 カナタちゃんは紙によくわからない文章を描いていく。それはどうやらプログラム言語のようなものらしい。

 書いた文章をカードに読み込ませる。カメラ機能があったんだこれ……。

 というか聞かれても……あれ? わかる。この謎の文言の意味が分かる。

 であれば……。


「ここにこの機能を付けられる?」

「ふむ、ならこうするの!」

「おお、すごい!」

「ふふーん。崇めたて奉るがいいの」

「ありがたやありがたや」

「ぴー、心がこもってないの!」

「ははははははははは」

 軽いやり取りをしながらもカナタちゃんの手元は高速で動き、俺は疑問や改善点を指さす。

 こうして、ギルドカードに新機能を持たせる作業は夜更けまで続いた。


 そして……。

「できたの!」

「いけるかも……いや、行ける!」

 俺はカナタちゃんの知られざるスキルに感謝しかなかった。



「受付カウンターの向こう側は何とか収まりました。しかし今度はカウンターの中が疲弊しています」


 ギルドのミーティング室で俺は熱弁を振るっていた。


「ギルドカードを使用して、受付前端末とします。もともとが魔道具で、魔方式を書き換えることでそういった機能を持たせることができると聞きました」

「はいはーい、魔道技師カナタちゃんなの。にいたまのアイディアをもとにちょっと作ってみたの」


 手元のギルドカードの大きさはいわゆるスマホほどの大きさで、そこに触れることで持ち主の情報を確認できる。

 俺自身も職員用のカードを持っている。そこには対応件数や買い取った魔石の査定精度などを基にしたギルド貢献度がポイントとして算出されていた。


「冒険者だとこうなります」

 俺の後ろにある巨大ガラスの画面にサンプル画像が表示される。

 そこには魔石納品数や倒したモンスターのランクや種類が記載されている。カードの上で縦に指を滑らせると画面がスクロールして新たな情報が表示されていく。


「そして、こう」

 俺がカードの上で指を横に滑らせると……。


「ははー、そういうことね」

 ライラさんがつぶやいた。その目線の先には……受付メニューが表示されていた。


「こうです」

 受付メニューのボタンをタップすると「魔石鑑定」「昇格査定」「クラン結成」などから……「貸付依頼」といった裏メニューまで表示されていく。

 ちなみに貸付依頼は、負傷などでダンジョンに入れないときの生活費や治療費を貸し付けるシステムである。


「なるほど、あらかじめここで受付をすると待合番号が発行されるわけね」

「そうです、最終的にはすべてこのカードを使ったシステムに移行します。そうすれば……書類が無くなります」


 ほかにも同じ冒険者の書類データをまとめる機能、その日のデータをまとめる機能など、データを作成することで事務処理が大きく削減されることを伝えるとミーティングルームが沸いた。


「すごいの! さすがにいたまなの!」

「書類運ぶのって地味にしんどいんだよな」

「まとめた決算書類作るのも面倒でな」

「計算ミスが減る……素晴らしい」


 そして事前告知を行う。チラシを配布したり窓口で説明していった。ギルド職員も実際に端末を操作してやり方を学び、マニュアルの整備を行った。


 そうして、端末を使った受付初日……成果は3件だった。


「は?」

 朝から受付の後ろで待機するが全くと言っていいほど仕事がない。というか、行列は相変わらずで、クレームはないものの大混雑の様相は変わらない。

 メリットも伝えていた。番号が近くなればギルドカードから呼び出しが来るからほかの用事を済ませられる。待合番号を見せれば食堂で割引を受けられる。


 それから数日、同じように告知を続けたが、ギルドカードの利用率は思ったほど上がって行かなかった。

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