時間稼ぎ

 ギルドマスターの部屋でさらさらとライラさんがペンを走らせている。最後にサインを入れ、簡易ながら辞令が発動された。


「ギルドマスターの権限により臨時ですがベルツさんを相談役に任命します。権限はマスターに次ぐレベル、任期は……そうね、目安として半年。最終的には今の問題を解決するまでとします」

「はい、謹んで拝命しぶぎゃ」

 任命書を受け取ろうとしてカナタちゃんに止められた。

「ねーたま。お賃金について書かれてないの」


 にこやかながら微妙に目が笑ってない。

「あ、ああ私としたことがうっかりしてたわ。月給で50万イエンでどうかしら」

 

 これまでの給料が20万イエンだから一気に倍以上だ。


「労働条件があいまいなの」

「ぐぬ……総労働時間は今までと同じ。そこからはみ出した分については別途手当を支給します。これでいいかしら!」

「おっけーなの」

 こっちを向いてにっこりしながらウィンクしてくるカナタちゃん。すごくかわいいが同時に底知れないおそろしさを感じた。


「にいたま。美人に騙されちゃダメなの」

「はい、気を付けます」

 カナタちゃんはドヤ顔でフンスと胸を張っていた。ピクリとも揺れていなかった。


「というわけで、何をどこから手を付けたものかしらねえ……」

 カナタちゃんは聞こえてきた怒号に対応するため受付へと戻って行った。

 俺は応接用のテーブルでライラさんと向かい合っている。


「予算どのくらい取れますかね?」

「国から報奨金が出てるわよ。五千万イエンね。この際全部使っていいわ」

「なるほど」

 ギルドの運営が円滑に回ればもっと稼げると踏んでいるのだろう。ライラさんは気前よく使っていいと言ってきた。


「しかし、なんで俺なんですかね?」

「だってあなた「異邦人」でしょ?」


 異邦人とはこの世界の外から流れついた者の総称だ。ラオさんは前世では武芸者として名を知られた存在だったそうだ。

 この世界にない知識やスキルを持っていることが多いということで、異邦人を取り込もうとする権力者は多い。

 なお、ラオさんはギルド付き武官ということらしい。そう言いかえると俺はギルド付き文官とでもいう立場になるんだろうか。

 

「まあ、そういうこと、ですね」

「ええ、私は伝手で過去の文献を探してみるわ。混雑解消のやり方が載ってるかわからないけど」

「ふむ、何をするにしても余裕がないですよねえ。ではこうしましょう」


 俺のアイディアは単純なものだった。ギルド入り口に通し番号で番号札を用意する。そしてその番号順に呼び出し受付をするようにした。

 要するにどれだけ待てばいいのかわからないからイライラするのである。待ち時間に目途がつけば少しは気分も楽になるだろう。


「98番の方、3番窓口へどうぞなの」

「おう、俺だ。買取頼むよ」

「はい、ありがとうございます」


 次に近隣の飲食店に協力を依頼した。番号札を持っている人は割引で食事ができるようにしたのである。ただボケーッと待つのではなく、安く食事ができるとなれば待ち時間も苦痛にならないだろう。

 なお割引分はギルドの負担である。いずれ売り上げが伸びるようであれば、負担割合を折半くらいに持っていきたいものだ。


 待ち時間の長いことによるクレームは目に見えて減少した。また近隣の飲食店も来客が増えて繁盛しているようだ。


「よくやったわベルツさん! 苦情は目に見えて減ったわよ!」

 これまで毎日100件ほど上がっていたクレーム件数は10件未満と目に見えて減少した。

「そうですね。けどこれって目先を逸らしただけです。職員の過重労働が解消されたわけじゃないので」

「むむ、たしかに」

「残業代で破産、とまでは言いませんがかなり経費を圧迫しています。それにお金もらっても使えなきゃ意味がないですからね」

「なるほどね。けどギルド職員を雇うにしても難しいわよ。審査も厳しいし」

 ギルド職員の不正が相次いだ時期があったそうだ。動くお金も大きいしちょろまかすやつが出ても不思議ではないと思う。

 対応としてはギルド職員の待遇改善と厳罰化を行ったそうだ。ちなみに不正をすると物理的に首が飛ぶ。いわゆる打ち首というやつだ。


「作業内容を洗いなおしましょう。効率化できるところを探すんです」

「効率化、ねえ……」

「要らない手間を減らすだけでも現場は楽になります。それともあれですか? 楽させたらさぼるとか思ってないですか?」

「いやあねえ、そんなことは思ってないわよ。おほほほほほほほ」

「というかですね、誰か一人でも倒れたり辞めたりされると、一気に詰みますからね?」

「ぐっ、わかってるわよ……」


 業務内容の洗い直しは大急ぎで進められた。クレームによる精神的ストレスが減少しているにしても、疲労は蓄積する。全員の協力でぎりぎりのところで保っている均衡はいつ崩れてもおかしくない。誰かが離脱してバランスが崩れれば、一気に現場は崩壊する。そのことは全員の共通認識でもあった。


 受付書類は形式が決まっていて窓口で記入してもらっている。それを入口すぐの所に書類記入のスペースを作り、受付番号が出た人はそこであらかじめ書類を書いてもらうことにした。

 

 受付担当者が査定を含めて全部の業務を行っていたが、不正防止という名目で査定を分業した。対応が得意でも査定は苦手という人もいるし、その逆もあった。故に得意分野で分業したわけである。

 

 この2点の対策で受付の回転率がわずかではあるが向上した。そうすると別の問題は浮上して来たのである。


「みょおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 山のように積みあがった書類が崩れてきてカナタちゃんが上げた悲鳴で俺はその問題に気付いたのだ。

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