過ぎ去りしあの日々

 転生して毎日が充実していた。上司からは信頼されて仕事を任され、同僚からは頼られる。仕事量はアホほど多いが、こなすほどに評価されて給料も上がる。


 ……以前とは大違いだった。思い出したくもないが脳裏には過去の記憶が溢れるように出てくる。


「何やってんだボケ!」

 自分の責任ではないことで罵倒される。今回は上司の機嫌が悪かっただけだった。特にミスではない。

 自分の仕事を終わらせると上司の仕事がやってくる。就業間際に仕事を振られても、もちろん残業代なんかつかない。

 自分の時間は削り取られ、帰宅すると同時に倒れ込むように眠り、目覚めると次の朝でまた仕事に出かける。

 休みは月に1度あればいい方で、その休みも死んだように眠って過ごすことが常だった。


 そうして疲労困憊のままふらふらと歩き、トラックにはねられたというわけだ。そう思っていた。


「ぴー?」

 少しぼーっとしていたようだ。手元のペンの動きが止まっていたのを見てカナタちゃんが俺を見上げてくる。


「ん、大丈夫。考え事してただけだよ」

 思わず手を伸ばしてカナタちゃんの頭を撫でると、ズキンと頭痛がした。何かを忘れているような、そんな気がした。


 前世の思い出はひどいものが多かったが、役に立つ経験でもある。

 最後に取り掛かっていた仕事は……業務の効率化とデジタル化だ。


「そんな役に立つかわからんものに金がかけられるか! どうしてもやりたければお前が自分でやれ!」

 俺に仕事を指示した上司に業務改善の概要と、デジタル化に伴うハード、ソフトの導入に掛かる見積もりを出すと、全力で怒鳴られた。

 10年前のパソコン。バージョンが古すぎて機能不全を起こすソフト。これらを現行のものにするだけで業務は劇的に効率化される。

 あとは、20年前に作成された社内の管理システムを現行のOSに合わせて再構築する。

 何も特別なことはしていない。普通の会社なら当然のように実施しているアップデート作業だ。


 そういえば、最後に出勤した日、すなわち俺が交通事故に遭った日。デジタル化に反対する上司の本音は……勤怠システムが電子化されることが嫌だったということを聞いた。要するに不正に改ざんすることができなくなる。

 うちの部署は、社内でも特にコスパがいいと評価されていた。なんのことはない経費を極限まで削り、サービス残業の人海戦術で成り立たせていたわけである。


 社内通報システムに俺はそれまでの経緯を送信した。


 そしてその帰り道、事故に遭った。


「受付のシステムはどうかな?」

「みゅーん、一部のおっさんどもが騒いでるの」

「代筆してもらってた連中?」

「そう、字が書けないか、へたくそで読めないの」

「なるほど。かといって代筆だけの窓口作るわけには行かないなあ」

 うむむと頭を抱える。

「んー、こういうのはどうかな?」

 

 カナタちゃんから上がってきた案は、簡単なものだった。名前はギルドカードを確認して代筆する。

 そして、そのほかの用件などは選択式にする。選択肢を並べて丸を付けてもらうのだ。

 紙の枚数は増えるが事務手続きは簡略化されるだろう。


 この方策もうまく行った。受付の速度は上がり、クレームも減った。そして……。


「うみょおおおおおおおおおおおおお!」

 あほみたいに積みあがった書類が崩れカナタちゃんが雪崩に飲まれた。

 その姿に一つの記憶が呼び起こされた。



「書類のデジタル化?」

「はい。書式のベースを統一し、PCやタブレット端末で操作します」

「ふうん、それで?」

「メリットは業務の時短。書類を探すなどの時間がほぼ無くなります」

「ふむ」

「書類自体を保管するスペースもなくすことができます」

「なるほどな」

「いかがでしょうか?」

「かかるコストは?」

「先日出させていただいた機材の導入コストにソフトウェアの費用を加算したものになります。これが見積書となります」


 上司は俺の差し出した書類を一瞥するとその場でびりびりに破った。


「こんな金額だせるわけねえだろうがああああああああああ!! 知恵を絞れつったよな! 金かけりゃ成果が出ますって当たり前のこと言ってんじゃねえ! 金をかけずに何とかしろって言ってんだろうが!!」

 

「ふぉ、ふぉおおおおお。にいたまからなんか黒いオーラがでてるの」

 回想から戻ったら書類の雪崩から抜け出したカナタちゃんが呆然と俺を見ていた。

「……やろう」

「ふぉ!?」

「やってやるぞおおおおおおおおおおおお!!」


 やり残したことを思いだした。俺を認めて仕事を任せてくれているみんなのためにも何とかしてやろう。そう思った。


 そして記憶の最後、俺の背中を突き飛ばした誰かの顔をはっきりと思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る