ギルドは大混乱に陥りました
「おい、まだかよ! 早くしてくれよ!」
受付カウンター前は冒険者でごった返していた。ダンジョンの未踏領域が発見されたのは国の発表によるとおよそ50年ぶりのこと。
その時は皇帝陛下に献上されるほどの巨大な魔力結晶が見つかったらしい。ちなみにそれを見つけた冒険者は男爵になってダンジョンを含むいくつかの街を領地としているそうだ。
要するに一山当てれば貴族様である。そりゃあ目の色も変わるよな。
また、未踏領域から出てくる魔石は純度が高く、買取価格も高い。質の良い魔石を多く産出するということであればギルドの功績も上がる。ライラさんはしばらく笑いが止まらない様子だった。
「おーーーーっほほほほほほほほ! 私の未来は明るいわあ!」
笑いかたが微妙なのは、これまでの功績と合わせて男爵くらいは確実と思っているようで、そうなれば貴族っぽいしゃべり方にしなくてはいけないと熱弁された。別に普段通りでいいと思うんだけどねえ。
さて、こちらは現場です。ギルドの建物に収まりきらず、外にまで人が溢れています。一番後ろの方では「最後尾です」と書かれたプラカードを受け渡ししています。
行列の長さを見て明らかに顔をしかめるこわもての皆さん。さっき怒鳴ってた方はまだ建物の中なので比較的ましなのかもしれません。
「ぴうー、目が回りそうなの」
カナタちゃんも疲労困憊で普段の軽快な足取りではなく、ズリズリと引きずるように足を前に運んでいた。他のメンバーも目がうつろだったり何かをつぶやいていたりとまともな状態じゃないのが分かる。
え? 俺? ブラック企業勤めをなめたらいかん。この程度のデスマでどうこうは……嘘です。ホワイトな職場環境が恋しいです。
ギルドと言うものは終日営業で時間帯によって窓口を縮小したりはするが基本的に開いている。行方不明者の救出や、事故、トラブルへの対処などの業務があるからだ。
しかしここ数日の混雑で、ギルド前には常に行列ができてしまい、職員も切れ切れの休息しか取れていない。
「アイリーンさん! ここ数字違ってます!」
「なっ!? 我は何ということを……くっ、殺せ!」
俺の指摘に顔面蒼白になりながら物騒なことを叫ぶ元魔王。苦情を入れてきた冒険者もその言葉を聞いて顔色が白くなっていく。
「計算ミスなんて誰でもやります! これは直しておくので自害する暇があったら次の受付捌いてください!」
「あ、ああ。すまん。死に逃げるなど卑怯者のすることであったな。次のかた、こちらへどうぞ!」
ころりと表情を変え、お手本にしたいような営業スマイルで次の冒険者に声をかける。しかし先ほどのくっころで冒険者たちはせっかく開いた窓口を前に立ちすくむのだった。
アイリーンさんの伝手で騎士団の事務の人が手伝いに来てくれたことで業務の速度があがり、臨時措置として魔石の買取は一人1日1回としたことで、混雑はなんとか収まりつつあった。しかし、問題の先送りにすぎず、買い取り業務が滞れば、場合によっては他のギルドに持ち込まれる可能性がある。
買取量はそのままギルド評価につながるのだ。それが低下するということになれば、せっかく上がった評価も意味がなくなる。場合によってはマスターの更迭とかもあるそうだ。
「なんてこと……」
ライラさんがわなわなと震えていた。手には先ほど届いたやたら立派な封筒と、縁に装飾が施されたこれも立派な羊皮紙がある。
魔法技術で偽造防止措置が取られている最高級の紙で、公式文書などで使われているものらしい。
最初はふんふんと鼻歌でも歌いそうな雰囲気で封蝋をナイフで切り、中の書状の縁取りを見て歓喜のため息を漏らしていたライラさんはの顔色はいまやその紙くらい真っ白だ。
「ベルツさん!」
ライラさんは切羽詰まった声で俺を呼んだ。今は受付から離れて書類の整理をしていたので、ひとまず確認済みの書類の上に重しを置いてライラさんのもとへ向かう。
「はい、どうされましたか?」
「これを見て」
すっと羊皮紙が差し出される。そこには多数の冒険者から苦情が上がっているので何とかしろと言う内容がやたら持って回った言い回しで書かれていた。
お役所文章だなあと思いつつライラさんに手紙を返す。
「なるほど、しかしずいぶんな無茶振りをしてきますねえ」
「無茶振りでもなんでもやらなきゃいけないのよ」
デスクに肘をつき、組んだ手の上にあごを乗せてふくれっ面をしているライラさんはなんか妙に可愛かった。
「で、何か考えはあるのですか?」
「ええ、デキる上司は部下を信頼して仕事を任せるって言うわよね」
その瞬間なんか嫌な予感がした。前世のブラック上司と同じ波動を感じた。
「ほ、ほう。それでどのようにされるのでしょう?」
ライラさんは立ち上がり、笑顔で俺の両肩に手を置いた。
「私の最も信頼する部下のベルツさんに任せます。よろしくお願いしますね?」
満面の笑みを浮かべてそう言い放つと、くるっと踵を返して裏口へと向かって見事なスプリントを決めようとした。
「ぴう」
つい今ほどまで窓口にいたカナタちゃんがそれこそ転移でもしたかのように裏口に現れると、すぱーんとライラさんに足払いを決めた。
「qあqwせdrfちゅいこlp@!!1!」
ドアノブに手を翔けようとしていたタイミングで足元を払われ、声にならない不明をあげつつ顔面をビターンとドアに打ち付ける。
「ぴぴぴ、逃がさないの」
「あ、あら、カナタ。あなたの大好きなにいたまが出世したのよ? 喜ぶべきじゃない?」
「ならきちんと引継ぎをして肩書も付けるの。にいたまに丸投げして逃げようとしたようにしか見えないの。そもそも、権限の範囲が分からなきゃ何にもできないの」
「今任せると言ったじゃないの!」
「何をどこまで? ってこれはさっきも言ったの。それよりも……一人だけ逃げるのは許さないの。リーの一族舐めたらどうなるかわかってるの?」
じりじりとそれこそ鼻と鼻がくっつきそうな位置関係でライラさんを問い詰めるカナタちゃん。
なんかキャラ変わってないか?
最後のよくわからない脅し文句にライラさんは降参とばかりに両手をあげた。
そうこうしている背後では再び伸び始めた行列から待たされた冒険者たちの怒号が聞こえてきた。
ああ、受付に戻らないと、アイリーンさんがまたくっころ言い出すぞ。
そういえばかなり強烈に顔面をぶつけたはずなのに、ライラさんの顔はそれまでと変わらず綺麗で、それもなんかすごいなと場違いなことを思いつつ俺は考えるのをやめようとしたが……。
「大丈夫、にいたまなら何とかしてくれるの」
根拠のないカナタちゃんの一言に現実にいやおうなく引き戻されるのだった。
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