それから

 モンスターの暴走事件からひと月が過ぎた。そのあとのことをかいつまんで説明すると、まず近隣に駐屯していた騎士団が警戒のために駐屯してくれることになった。それで安心感を取り戻したことで訪れる冒険者は減らずに済んだ。

 暴走を起こしたダンジョンは安全が確認されるまで冒険者の立ち入りが禁止される規定だが、閉鎖は思った以上に早く解除された。騎士団の戦力のおかげで彼らが素早く動いたのはどうもアイリーンさんのコネらしい。


「魔王様! 召喚の命に従いはせ参じてございます!」

「うむ、ご苦労。じゃがのう、我はもう魔王ではない。弟にその座を譲った故な」

「ははっ。されど我らはアイリーン様に受けた御恩を忘れてはおりませぬ」

「殊勝なり。じゃがのう、その忠義は弟に向けてくれはせんかの?」


 ズビシッと敬礼をキメるごついフルプレートのオッサン相手に鷹揚な受け答えをするアイリーンさん。はっきり言ってライラさんより貫禄がある。この騎士団の団長は以前アイリーンさんに仕えていたらしい。

 騎士団を呼び寄せたことでアイリーンさんの評判がうなぎのぼりである。そんな姿を見て物陰でハンカチを噛みしめて「ぐぬぬ」と悪役令嬢ムーブをかますライラさんは今日も素敵だった。


 さて、その後、なんかすごいのが来た。というか彼の訪問が閉鎖解除の決め手と言っても過言じゃない。


「国家認定勇者のライルです。よろしくお願いしますね」


 ミスリルの鎖で編まれたチェーンメイル、ホーバークとか言うらしい、を着込んで柄にでっかい宝石がはめ込まれた両手剣を背負っている。

 金髪碧眼の絵に描いたようなイケメンに、ギルドの女性職員の皆さまがそわそわしていたが、カナタちゃんは平常運転だった。ほっ。


 ライル君はなぜかビキニアーマーに巨大な斧を担いだ戦士、ネコミミが可愛い弓兵、そしてエルフの賢者。ドキッ、美女だらけのハーレムパーティを率いて意気揚々とダンジョンに潜りはじめ……3日後、とんでもない報告を上げてきた。

 なおパーティメンバーの職業はギルドカードで確認している。ちなみにランクは全員Sランクだった。


「あー、すいません。ちょっと報告があるんですけども」


 窓口にやってきたフードの青年はライル君だった。ようするに顔が見えるような格好だと女性職員に取り囲まれるからだろう。


「あー、はい。なにがありました?」

 なるべくにこやかな笑みを浮かべてライル君に応対する。

「え、ええ……10階層まで降りたんですよ」

「おお、さすがですね。それで?」

「カミラ、ああ戦士の彼女なんですけど」

「ええ、ギルドカードでお名前は存じ上げております」

「彼女が……トラップ床を踏み抜きまして」

「なんですと!」

 ダンジョンのトラップはインクが降り注ぐ嫌がらせレベルから、テレポーターから「いしのなかにいる」のような即死トラップまで様々だ。

 要するに命の危険があるということである。


「ああ、いや、トラップというか仕掛けだったんですよ。何かの魔法のからくりが動いて壁が光りだしたんです、そこでセリーがディスペルをかけると……壁の向こうに通路が」

 セリーというのはエルフの賢者のことだろう。ちなみに彼女は大平原の小さな胸の異名を持ちその名で呼んだものは二度と帰ってくることはないと恐れられていた。


「はああああああああああああああああああああああああ!!!??」


 ダンジョンに新たな通路や階層が見つかることはたまにあるそうだ。ただここレグルスのダンジョンはすでに完全踏破済みとされている。完全マッピングがされているわけだ。

 俺の大声にギルド内が少しざわつく。俺が応対しているのがライル君だと気づいた女性職員からの視線がやばいことになってきた。


「カナタちゃん! 応接室の準備お願い!」

「がってんなの、にいたま!」

 カナタちゃんはダッシュで空いている応接室を確認し、3番応接室を確保して手招きしている。

 俺は足早にそちらに向かおうとすると、ライル君にガシッと手をつかまれ、瞬きした次の瞬間には部屋の前にいた。なおライル君のパーティメンバーもいつの間にか部屋の中にいる。

「短距離転移ですわ」

 無表情で種明かしをしているのがおそらく賢者セリーだろう。


 ドアノブに立ち入り禁止のプレートを出し、ライラさんを呼んでもらう。

 数分後、カナタちゃんがライラさんを連れて戻ってきた。手に乗ったトレーには人数分のお茶が載っている。

「これで部屋に入る口実は無くなったの」

 フンスとドヤ顔をするカナタちゃんはとてもとても可愛かった。


「なるほど、話は分かりました。すぐに国に報告をあげさせていただきます。ダンジョンに新たなエリアを発見した功績はすごく大きいです! これで私の評価も……うふ、うふふふふふふふふ、ひゃっはああああああああああああああああああ!!」

 欲望駄々洩れのライラさんはとてもいい笑顔をしていた。


「え、ええ。ありがとう、ございます?」

 ライル君はちょっと引き気味だった。ライラさんの美貌を見たパーティーメンバーの皆さんも安堵の息を漏らしている。


「なーなー、おっちゃん」

 ネコミミの少女が話しかけてきた。

「はい、なんでしょうか?」

「今回の報奨金、どれくらいになるのかニャ?」

「そうですねえ……ギルドの規定なら300万イエンかと」

 ギルドの規定をめくりながら応えると、彼女、シーマの眼が分かりやすく¥マークになる。

「えーと、ベルツさんニャ。これからもひいきにさせてもらうニャ」


 あとで聞いた話だが、報奨金を値切ることが多いらしい。正直に規定額を伝えた俺は誠実であると思われたようだ。


 そうして、翌日、帝国全土にレグルスのダンジョンに新たな領域が見つかったことが告知された。

 これも後で聞いた話だが、そもそも帝国全土で新たなダンジョン領域が見つかったこと自体が数十年ぶりで、未踏の領域にはまだ見ぬ宝などが眠っている可能性がある。

 そして魔石を回収するのを生業とする「抗夫」ではなく、本当の意味での冒険者たちはこぞってレグルスのダンジョンに向かうことになった。


 そして……。


「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 カナタちゃんの絶叫がギルド内に響き渡っていた。

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