魔物の暴走事件
「にいたま、すぐギルドに来てほしいの。緊急招集なの。なので先に行ってるの!」
早口で用件を告げたカナタちゃんはすぐに踵を返して宿舎から走って出て行った。俺もとりあえずベッドの脇に置いてあったビスケットをほおばり、水で流し込む。
すぐに身支度を整えるとカナタの後を追うように部屋を出た。
ダンジョンから魔物があふれ出すことは古来から在る事故の一つだった。なぜそれが起きるのかはわかっていない。
ダンジョン内部で冒険者とモンスターの間に戦闘が起きると、魔力が放出される。ダンジョンはそれを吸収して徐々に成長する。
もちろんそれに対する備えもあり、ダンジョンの入り口は一か所に制限され、防壁と矢倉が置かれ、国軍の部隊が配備されている。
ガンガンガンと鐘が打ち鳴らされ、宿屋とか酒場から冒険者たちが飛び出してきてギルドへと向かう。俺も彼らの後を追うようにギルドへと向かった。
「緊急クエストを発令します! 冒険者の皆さんはダンジョン入り口で防戦に当たってください。報酬はモンスター撃破に応じて規定額をお支払いいたします」
ライラさんはギルドマスターの印章を掲げてギルドの前に集った冒険者たちに宣言していた。ギルドに登録されている冒険者は宿の割引とか食事補助とかの恩恵を受けられる。半面、ギルドからの緊急クエストと言った非常事態の対応を強制される。
彼らは手にそれぞれの得物を持って、ダンジョン入り口へと向かった。俺もギルド職員として後方支援に当たる。やることは単純で負傷者に回復ポーションをぶっかけ、休憩している人たちに食べ物と飲み物を配って回るわけだ。
ぎゃーとかきしゃーとかモンスターと思われる謎の咆哮と、冒険者の雄たけびと悲鳴が交差する。ここはまさに戦場だった。
「「うわあああああああああああああ!!」」
多くの冒険者の悲鳴が聞こえた。ダメージを負ったような声ではなく、単純に驚いているような感じだ。直後、ずしんと腹に響くような音がした。むしろ足元から振動が伝わってきた。不安感に突き動かされ、後方の物見やぐらに登ると……明らかにダンジョンの入り口を超えるサイズの巨大な魔物が門扉に体当たりしようと突進してきていた。
「ひいいいいいいいいいいいい!」
口から悲鳴が上がる。だいぶ距離があるはずなのに、巨大な魔物の威圧感だけで俺の心はへし折られていた。来る前にトイレ行っておいてよかったと他人事のように考えた。
「なんでアイアントータスがこんなところに!?」
「知らねえよ!」
「あれ10階層にしかいないはずだろ!?」
中級クラスの冒険者たちが悲痛な声をあげている。中にはへたり込む者もいたが、果敢に攻撃を仕掛ける者もいた。
「ぬうううううううん! ヘヴィショット!」
大弓を構えた大男が気合を込めて矢を放つ。
ガキンと金属質な音を立てて矢は甲羅に弾き返された。
「火球よ!」「氷弾よ!」「雷鳴よ!」「疾風よ!」
魔法使いたちが呪文を唱え、いろんな属性の魔弾が降り注ぐ。それも甲羅に弾かれ傷一つつかない。
「まて、あれミスリルトータスじゃねえか?」
これは後で聞いた話だが、アイアンであれば魔法は通るらしい。魔法すら通じないのはアイアントータスの上位種であるミスリルトータスだからだった。
そしてついに大型モンスターは冒険者たちが守る門にたどり着き、体当たりを敢行する。
さすがに一度では門が突破されることはなかったが、まったく無傷というわけには行かないようだ。
「災害級じゃねえか!」
災害級のモンスターは軍を派遣する決まりらしい。はっきり言えばここの警備兵と冒険者では絶望的なまでに戦力が足りていない。
どうすんだこれ、詰んだ!?
ふと防壁の方を見ると度重なる体当たりで門扉はゆがみ、壁を支える柱もいくつかへし折れている。
「ぴいいいいいいいい! ライラねーたま。これ無理。逃げるの!」
「え、けど、ここで逃げたら私の査定が!」
「生きてれば取り返せるの! 命あっての物種なの!」
「なんでよ、なんでこうなるの。一生懸命頑張ってきたのに……」
門の側で指揮を執っていたライラさんは呆然としながらカナタに引きずられるように歩いていく。そんな時だった。
かすかに人影とわかるような速さで走ってきた人物がくるりとトンボを切りながら防壁を飛び越えた。
その人影は小柄な男に見えた。鎧すら纏っておらず武器を抜き放つ気配もない。かといって呪文を唱える様子もない。ただ棒立ちになっているように見えた。
巨大なモンスターと小柄な人物。俺の前世最後の記憶がよみがえってきて、吐き気がせりあがってくる。
「あぶない!」
俺の叫びを知ってか知らずか、その人影は両足を左右に開き、腰を落とした。まるで馬に跨るような格好だ。
そして地響きを立てて迫るミスリルトータスの鼻面にトンと掌を当てた刹那、手首から先が消えたように見えた。
「へ?」
その瞬間地響きが途絶えた。これまで雄たけびを上げ、荒れ狂っていた巨大なモンスターが動きを止めたのである。
「貫け、蒼穹の礫よ」
呪文の詠唱が聞こえたと当時にミスリルトータスの前に立ちふさがった小柄な人影が飛びのく。その手が触れていたモンスターの額で鱗が大きく割れていた。
キュドッと腹に響くような音と共に上空から落ちてきた何かがミスリルトータスの頭を打ち砕いた。
「ふむ、我の腕もまだ衰えてはおらんようじゃの」
防壁の上には今までいなかった金髪のゴージャスな美女がいた。
「おう、ベルツよ。息災であるか?」
ニコリと人好きのする笑みを浮かべるラオさん。それはたった今ミスリルトータスの動きを止めた人物に他ならなかった。
「む、ギルドの方かね?」
美人さんが俺に話しかけてくる。
「はい、ギルド員のベルツ・リーです」
「ほう、ラオ殿の縁者かな? 我はアイリーン。此度ギルドに派遣されてきたのじゃ。良しなに頼むぞ」
挨拶の言葉と裏腹に、アイリーンさんはふんぞり返った。ローブの中の胸部装甲がぶるんと揺れていた。
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