ダンジョン管理ギルドの日常

 そうしてギルド職員となってからひと月ほどが過ぎた。仕事にも慣れ、ほかの職員との関係も悪くない。

 

「ベルツさーん、この書類確認お願いしますね」

「はいっ!」


 ライラさんから俺の手元に回ってきたのは冒険者に渡す報酬の計算書だった。

「えーっと、納品された魔石が……グレードCが10個、グレードBが2個。褒賞金は……15000イエン。うん、合ってます」


 さっくりと検算して、確認者の所にサインを入れる。ちなみに、1イエンはそのまま日本円の1円と同じくらいの価値である。


「うん、ありがとねー。ベルツさんは計算が速くて正確だから助かるわ」


 ライラさんはにっこりと笑みを浮かべて俺から書類を回収すると窓口にいるカナタに書類を持っていった。


「今日もお疲れ様です!」


 カナタちゃんは笑顔でひげ面のオッサンにコインを手渡すと、オッサンは笑みを浮かべて隣に併設されている酒場に向かった。


 ダンジョンギルドの仕事は冒険者が持ち込んでくる魔石を換金することだ。それがほぼすべてと言ってよい。

 魔石はこの社会を根底から支えるエネルギー源と言って過言じゃない。魔道具と呼ばれる、いわば家電のようなものがあって、それが豊かな生活を支えているのだ。

 街を照らす街灯、冷暖房や水道、給湯器。現代日本に近い生活を送ることができているのも、魔石をエネルギー源としたインフラが整っているからだ。

 だからダンジョンは国が管理している。魔石はすなわち戦略物資であるからだ。そして管理ギルドの職員である俺は国家公務員なわけだ。

 魔石の出どころは様々だ。ダンジョン内部には当然のようにモンスターが出没する。魔物を倒すとそのあとにはドロップアイテムよろしく魔石や素材が残る。

 また行き止まりの壁から鉱石と共に出てくる。ダンジョンの壁はつるはしなどで掘ってもしばらくすると元通りになるのだ。なんでかって? ダンジョンだからとしか言いようがない。


 さて、ダンジョン管理ギルドのマスターともなれば、上級公務員であり、厳然たるエリートである。しかしエリートなのに気取らない、気さくなライラさんは理想の上司と言っていいだろう。


 彼女は一番奥のデスクから受付の様子を見つつ、手元の書類に何やら書き込んでいる。俺と目が合うとにっこりと笑みを返してくれた。

 ライラさんからの期待のまなざしは目の前の仕事に励むことでお応えしましょう!

 ということでギルドの入り口から入ってきた冒険者の応対のために、受付に移動した。魔石を持ち込んでくる冒険者の応対は実際に大事な仕事であるからだ。


 あのギルドは対応が悪いとか換金率が低いとか噂が立つと冒険者が寄り付かなくなることもあり得る。そうなると魔石の産出量にも影響してしまう。かといって換金率を相場以上にすると今度はギルドの財政に関わってくる。なかなかに難しいものである。


「すいません。換金をお願いします」

「はい、ギルドカードと……魔石ですね。お預かりします」

 窓口に出てまだ少年と言った面差しの冒険者から、ギルドカードと魔石の入った革袋を受け取る。

 ギルドカードは魔道具の中でもアーティファクトと呼ばれている。今ある技術では再現できないのだ。受付にあるクリスタルの板をはめ込んだ読み取り機に置くとこの冒険者の名前と戦歴が表示される。

 

 へえ、年齢は17歳。だけどステータスの評価値が高いな。将来有望ってやつか。持ち込まれた魔石は……4階層のものが含まれてる。大きさはともかく品質が高い。

 ここのダンジョンは現在10階層までが発見されている。最下部まで降りることのできる冒険者ともなればAランクだろう。冒険者はEから始まるランク分けで、大まかな強さが分かる。

 4階層まで降りることのできているこの少年はCランクほどの強さだろうか。パーティを組んでいるなら個人の強さはまた別ってことになる。


「はい、査定完了です。今回高品質な魔石があったので少しおまけしておきますねー」

「はい、ありがとうございます!」

 少年はぺこりとお辞儀をして、待合のベンチにいた少女と合流した。あ、手をつないでやがる。ギリィと歯を食いしばりつつも俺は何とか笑顔を保っていた。


「ぴー、にいたま、なんかすんごいお顔になってるの」

 カナタちゃんがあきれたような目で俺を見ていた。

「はは、大丈夫だよ。うん。問題ない」

「ぴぽ。なんかわかんないけどわかったの」


 カナタちゃんのよくわからない擬音に癒されつつその日の業務を終えた。ライラさんは今日も美人だった。

「あ、ベルツさん。明日なんですけど、新しく赴任してくる方がいるんですよ。ご案内をお願いすることになると思いますので」

「なるほど、わかりました。では、お疲れ様です」

 最近このダンジョンでは冒険者の数が増えてきており、王都の方で新規採用された職員が来ることになっていた。

「どんな人が来るのかねえ?」

 俺のつぶやきはうっすらと見え始めた星空に溶ける様に消えていった。


「ふいい」

 宿舎の部屋に戻り、上着を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。一日の労働の疲労感がじわりと身体を包み、心地よい眠りに落ちようとしていた時だった。


 だだだだだだだだだだと廊下を走る足音が聞こえたと思ったら、どんどんどんとドアがノックされる。


「お兄ちゃん大変なの!」

 ノックの合間にカナタちゃんの声が聞こえた。それは普段ののほほんとした口調とはうって変わって、半ば悲鳴のような口調だった。


 ウトウトとしていた頭を無理やりたたき起こし、そのまま身体を起こす。


「どうしたんだい?」

 なるべく落ち着いた口調を心がける。ここで俺までパニックになると収拾がつかない。

 この時俺はまだ平和ボケしていた。例えば魔石の計算ミスでクレームが来たとかかなと。


「ダンジョンの魔物が暴走してるの!」


 これがギルド改革を俺が決意する発端となった事件だった。この日から終わらないデスマーチに身を投じることになるとは、この時はまだ想像もつかなかったのである。

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