ダンジョン管理ギルドで受付やってる俺、激務に耐えかねてデジタル改革をやったらものすごく評価された件

響恭也

トラック転生のち出会い

 唐突だが、俺はトラックにはね飛ばされた。ドカンと衝撃を受けて意識を失い、目を覚ますと……すごく近い距離でネコミミ美少女の顔があった。なお、転生に対する女神さまのチュートリアルなんかはなかった。


「ぴうー?」

「……へろう!」

 ネコミミ少女は首をかしげて、意味が分からないとこちらにしぐさで告げてくる。地球では万能と思っていた英語のあいさつは見事に空振りした瞬間だった。


「ふむ、どこからか飛ばされてきたと見えるな」

「そにゃの?」

「見たこともない服をきておるしの。とりあえずギルドに連れて行こうかのう」


 俺の背丈に大きく届かない小柄な老人が俺の首根っこをつかむとずるずると引きずられる。

 ブラック会社の激務とストレスで、俺の体重は100キロを超えていたはずだがそれでも爺さんは重量を感じているそぶりはない。これが異世界かと妙な感慨にふけった。


 俺が行き倒れていたのは路地裏で、それなりに人通りの多い通りを引きずられ、段差に尻を打ち据えられながらくぐったドアの先で、なんかものすごい美人に出迎えられた。


「あら、ラオさん。その人は?」

「行き倒れじゃ。どうも飛ばされてきたようじゃの」

「なるほどー……」

 あとで知ったがこの美人はギルドマスターであり、この街の顔役の一人だった。ようするにすごく偉い。俺のような身元の不確かな人間なんか闇から闇に葬れるくらいには。


「ふーん、別に特別なスキルとかはないみたいねえ」

 俺を見つめる瞳が揺らいだ様に見えたら、何か体中を透視されたような感覚を覚える。健康診断のレントゲンみたいな感じだ。


「ふむ、儂も同じ立場であったがのう」

「ラオさんは常識外れの武術が使えるじゃない」

「ふむ、あんなもん誰でも使えるじゃろ」

「……そう言い切る根拠は?」

 美女がジト目で爺さんに問いかける。

「何度も言っておるがのう。鍛錬の結果であるよ」

「その結果が出るまでには?」

「ふむ、立って歩けるようになってから50年ほど毎日鍛錬に明け暮れればのう」

「で・き・る・かああああああああああああああああああ!」

 スパーンとハリセンで爺さんにツッコミを入れる。結構な勢いではたかれても微動だにしない。足腰強いんだなーと的外れなことを思った。


「ぴうー。おにぃさん名前なんて言うのかな?」

 最初に俺を見つけてくれた少女が話しかけてきた。

「あ、ああ。俺は……」

 名前を名乗ろうとして口から出なかった。脳裏には鈴木と名前が浮かんでいる。けれどそれは言葉に出せない。

 だからとっさに子供のころの黒歴史が口をついて出てきた。

「ベルツリー」

「ほえ、おにぃさんも「リー」なの?」

「も?」

 するといきなり目の前に爺さんの顔があった。

「ほう、貴様も「リー」の一族であったか。なれば儂の親類ということであるな」

「ぴぴ、お爺ちゃん。このおにぃさんは家族なの?」

「うむ、カナタよ。こやつはお前の兄だ。助けてやるがよいぞ」

 なぜかドヤ顔でうなずく爺さん。そしてぱあっと花が咲いたように満面の笑顔を浮かべる少女。

「ぴーうー。わかったの、にいたま」

 

 その一言に、俺はハートを打ち抜かれた。「にいたま」、なんと甘美な響きだろうか。


「あー、えーっと、ベルツさん?」

「あっはい」

 30数年生きてきて、ブラック企業に使いつぶされて、こんな美人と会話する機会なんかなかった。それこそ何を言えばいいかわからないくらいに。

 だからか、会社の女子社員に話しかけられた時の受け答えが反射的に出ていたのだ。


「わたしはギルドマスターのライラよ。よろしくね」

「あっはい」

「ところで、ラオさんの親類の方なら身許的にも問題ないし、よかったらうちのギルドで働いてもらえないかしら?」

「あっはい」

 こうやってあいまいな受け答えをするから仕事を押し付けられる。そういえばトラックにはねられた原因は過労で立ったまま寝ていたからだと思いだした。


「ありがとう! よろしくね!」

 両手をぎゅっと握られて、絶世の美女に満面の笑みを向けられた俺はもはや思考することもできず……。

「はいっ!」

 なぜか敬礼をしながら無駄にいい返事を返すのだった。


「ここはね……」

 ギルドマスターの執務室に招かれ、いろいろと説明を受けた。


 アリアベルツ帝国。この土地が所属する国の名前で、ほかにもいくつかの国があるそうだ。

 灯りとか水道設備を動かしているのは魔力のエネルギーで、魔石から柄のエネルギーを取り出している。

 そしてその魔石はダンジョンから算出されるわけだ。


「このレグリフのダンジョンを管理するのがここのギルドで、わたしことライラがそのギルドマスターなのです!」

 えっへんと胸を張ると、その胸にくっついている二つの球体がぶるんと揺れた。俺の目線に気づいたライラさんは少し頬を赤らめたが、見た目上は平然としている。


「ぴうー、にいたま。お話おわったの?」

 ネコミミ少女のカナタがドアを開けて入ってきた。

「ああ、カナタちゃん。お兄ちゃんもこのギルドで働くことになったからいろいろ教えてあげて」

「ぴぴ!」

 よくわからない返事をしながらビシッと敬礼を決める。どうやらさっきの俺とマスターのやり取りを見ていたらしい。


 こうして俺の異世界生活は幕を開けた。以前のブラックな環境で心身とか精神とか生命とかをゴリゴリ削り取られるような生活からはおさらばだ。

 美人上司と可愛い妹。これだけで前世の不幸な人生におつりがくるってものだ。この時はそう思っていたのである……。

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