第10話 他の手


用事を済ませ、駅の改札口からオモテに出ると、霧が辺り一面を覆っていた…。


僕は、駅前の本屋へ立ち寄り、新刊を1冊購入し、隣の喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読む…。


コーヒーはもう、すっかり飲み干し、本も半ばまで読み終えると、栞を挟み、窓から、外を眺めた…。


夕方と夜の間で、外は薄暗くなり始め、しかし、霧はまだ漂っていた…。


喫茶店の扉を開き、外へ出て、後ろ手で扉を閉める…。


その時、何か違和感を感じた…。


ドアノブを握った手首を誰かに触られた様な気がした…。


後ろは閉まった喫茶店の扉…。


両脇にも、正面にも誰も居ない…。


訝しいが、そのまま帰宅の道を歩き出す。


薄暗く、霧が濃いが人通りは有り、車も僕を追い越して行く…。


商店街を抜け、車道を横切り、右に曲がれば、後は、自宅のアパートまで一本道の登り坂…。


先程の違和感などはすっかり忘れて、僕はのんびり歩いていた…。


途中、いつも立ち寄る飲み物の自動販売機がある…。


手にしていた本を小脇に抱え、いつもの缶コーヒーのボタンを押す…。


ガタンと音が聞こえ、僕はコーヒーを取り出す為に取出し口へ手を差入れる…。


コーヒー缶を掴んだその時に、僕の指先は誰かに掴まれた…。


驚き、缶コーヒーを握り締めたまま、慌てて僕は手を引っ込める…。


取出し口を覗きこんでも、おかしな所は無い…。


だが、確実に掴まれた気がして、先程の喫茶店のドアノブの事も脳裏に蘇った…。


「おかしいな…」


独りごちて、訝しく思うが、あり得ない事…。 


コーヒーを飲み干し、また、歩き出す…。


自宅のアパートへ辿り着き、自分の部屋番号が書いてある、集合ポストの扉を開く…。


不必要なチラシの隙間から、白く透き通るような女の手が伸び、僕の手の甲を擦った…。


完全に手を見た!


僕は、驚き、震えながらも、ポストの中のチラシを掻き出し、空のポストを調べるが、もう、手は見えない…。


僕は恐怖で自部屋の二階まで一気に駆け上がり、扉に鍵を掛け、買ってきた本を投げ出し、クローゼットにとじ込まった…。


恐怖で冷や汗が目に流れ込む…。


僕は、震える手で上着の内ポケットから、ハンカチを取り出そうとポケットへ手の平を滑り込ませる…。


ハンカチを摘み上げ、内ポケットから引き抜くその時、内ポケットから、黒く硬い太い腕が僕の手首を掴み内ポケットの中へ引き摺り込んだ…。 


僕は内ポケットの中で藻搔きながらも、ポケットの中から自分の部屋を見ていた…。


クローゼットの扉が開かれ、僕が先程投げ出した本が栞と共に開かれている…。



そして、本の中から、白く透き通る女の腕が伸びて来て、上着だけ残った僕の上着を擦っていた…。


するりと本へ白い手が戻ると、本の文章が書き換えられる…。


「ただ、貴方に触れたかっただけなのに…」


「貴方を見ていただけじゃ悲しくて…」


「ただ…今日だけ触れたかった…触れて居たかった…」


「ゴメンね…嫉妬した他の手が貴方を引き摺り込んだ…」


「ゴメンね…貴方は消えちゃうね…ゴメンね…」


僕はバリバリと、黒い手に握り潰されながら、開いた本を眺めていた…。

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