第8話 南の島にて



長めの休暇が取れたので、予てから行きたかった南の島のひとり旅。


本土から、船で渡り宿に着く。


シーズンにはまだ早く、島は静かで心地良い。


荷物を預け、ジーンズから、春物のワンピースに着替え、本を一冊、砂浜に敷く大きめなバスタオルを小脇に抱え、日焼け防止のつば広帽子を目深に被り、宿から歩いて小一時間の浜辺に着く。


浜は白く海は青く澄んでいる。


観光客どころか、島住民さえ誰ひとり見えない。


「うーん…素敵…今日からのんびりできる…」


私はそう独り言ちて、浜辺にタオルを敷き、横たわりながら、本を広げた…。


暖かな陽とたまにくすぐる心地良い風に何時しか私は眠ってしまったらしい…。


辺りは日が落ち、眩く光る星々の灯りで、海が、波が幻想的に映る…。


「綺麗…」



私は海に見惚れていた…。


すると、波間から星の明かりに照らされて、白く光るものが現れた…。


目を凝らし、白光のものを眺めると、それは白い手の横だった…。


「え…?」


腕から先だけ見える手は、瞬く間に波の数だけ手に、手に変わって、おいで、おいでと私を手招く…。


私は驚き、立ち尽くすと、無数の声が聞こえてくる…。


おいで…こちらへおいで…


おいで…おいで…こちらへおいで…


我に返り、白浜を逃げ出す為に駆出した。


白浜の砂の中から腕が出て、私の両の足首を掴まれ、私は浜に倒れ込む…。


倒れた私を引き摺り込もうとする、手を手を、私は必死でもがいて、蹴り逃げた…。


一目散に車道まで、辿り着き、振り返ると浜辺には、目の無い女が白い腕で這いながら、おいで…おいで…と追って来る…。


宿に向かって、どのくらい走っただろう…。

気付くと背後にヘッドライトの灯りが見えた…。


見れば、空車のタクシーだった…。


私は呼び止めタクシーに乗り込み、宿の名を告げ、ひと息ついた…。


「お客さん…どうかしましたか?」


肩で息する私に運転手が声を掛ける…。


「浜辺で…信じられないけど、白い手が…」


「あぁ…そうですか…もしかして…」


そう言いながら、運転手はゆっくりと振り向いた…。


「もしかして、こんな手でした?」


そこには、白い腕の目の無い女が笑っていた…。

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