第5話 市松人形
祖母が亡くなり、祖母の家で遺品の整理をする。
押入れの下段には、金糸の刺繍をされていた布で丁寧に包まれ、桐の箱に収められていた1体の市松人形…。
朱色の着物を纏、上目遣いに薄っすらと、笑みを浮かべている。
更に押入れを見てみると、中段奥に別の桐の箱…。
中を開くと、こちらも、銀糸で刺繍をされていた布に丁寧に包まれた、紺色の着物の市松人形…。
無表情ながら、唇だけが何故か赤く塗られている…。
2体の市松人形…。
私は家へ持ち帰り、寝室のチェストの上に並べて飾った…。
翌朝、2体の人形を眺めると、2体、こちらの正面に顔が向く様飾ったはずなのに、互いにそっぽを向くよう動いている…。
(夕べ…地震でもあったかしら?)
私はあまり、深く考えず、急いで勤めに出る為に、着替えを済ませ、家を出た…。
夜になり、帰宅して、食事を済ませ、シャワーを浴び、ベッドに入ろうと思って、何気にチェストの上の人形を眺めると、そっぽを向いたままの市松人形…。
(そっぽ向かせたら、可哀想だわ…)
私は2体を手にし、少し向い合わせる様、飾ってみた…。
「おやすみ〜また明日…」
私は2体の人形に声を掛け、仕事の疲れからか、すぐに深い眠りに入っていった…。
翌朝、また2体の人形はそっぽを向いてる…。
「おかしいな…夕べは向き合わせたはず…」
私は声に出し、そう呟いた…。
(私はひとり暮らし…誰も人形を動かせないはず…)
戸締りはちゃんとしていた…。
誰も侵入していた形跡は無い…。
私は2体をしっかり向き合わせ、また、出勤の為、戸締まりを確認し、会社へ向かった…。
帰宅し、誰かの侵入が無いことを確認し、寝室へ入り、2体の市松人形を見てみると、また、そっぽを向いている…。
おかしい…地震も無い…誰も入って来ていない…おかしい…。
もしかして…この人形達は生きてるの?
あり得ない…そんな事はあり得ない…。
私は怖くなり、2体の市松人形を近くのごみ捨て場へ置いて来る…。
私は恐怖で頭から布団を被り、明るくなる迄震えていた…。
夜が明け始め、まんじりとも出来なかった私はようやく布団から顔を出す…。
チェストを見る…。
私は驚愕のまま、床に倒れ込んでしまった…。
チェストの上では、音もたてず、捨てて来たはずの2体の人形が掴み合っていた…。
朱色の着物の人形はこめかみに赤い血の筋が流れ、紺色の着物の人形は髪を毟られ、頭には、血痕があった…。
2体の人形の罵り合う声が聞こえてくる…。
「お前が居るから、ヌシ様は我らを捨ててしまったのじゃ!」
「いや、お前のせいじゃ!我だけなら、ヌシ様は我を愛でてくれた筈じゃ!」
その時、2体は私に気付き、私の方へ顔を向ける…。
「ヌシ様、何故我らを捨てた…恨めしい…」
2体は口をカッと開き、2体、同時に私に飛びかかる…。
逃げ場の無い私の首を、2体同時に食いちぎる…。
目の前には、口のまわりを血で染めた、2体の汚れた市松人形…。
私から、シュっと漏れる息の音…。
ケラケラ笑う市松人形…。
私は次第に意識が消えた…。
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