第4話 愛おしい



夜になったら、また、あの子に会いに行こう…。


あの子はきっと待っていてくれる…。



階段を上り、奥の部屋のあの引戸を開けたら、あの子は、きっと待っていてくれる…。



私は、あの子に会う為だけに、每日を過ごす。


今夜もあの子の元へと階段を上がる…。


暗闇に紛れ、一歩一歩、逸る気持ちを抑えつつ、あの子の元へと歩いて行く…。


今日は何をしゃべろうか?

どんなお話をしましょうか?


一番奥の部屋の突き当たりの襖の引き戸をそっと開ける。


あの子が驚かないように、静かに開く…。


今日もあの子は待っていてくれた…。


青白い顔で虚ろな瞳で私を見上げている…。


私は微笑み、あの子へ話し掛ける…。


可愛い可愛い私の坊や…。


夜が明けるまで坊やを抱き、頭を撫ぜる…。


髪の毛は抜け落ち、肌は腐ち、白い骨が見表れて…虚ろな瞳からは白い虫も這い出し蠢いているが、無口な坊やは、黙って私をずっと見上げている…。


あぁ…幸せ…。


坊やが居るから私は幸せ…。


坊やを抱き上げ、私の指が沈み込まないように、そっと頬を撫ぜながら、私は子守歌を坊やに聴かせる…。


坊や…坊や…。


いつまでも一緒に過ごそうね…。


私の可愛い坊や…。



「ほら、あそこの廃墟…2階建ての幽霊屋敷…あそこの押入れから、幼児の死体が見つかったってさ」


「あぁ…何十年か前に無理矢理、我が子と引き離されて自殺した女の霊が出るって噂の家だろ?霊が何処からか、子供を拐って来たのかな?あの家…早く取り壊して欲しいよな…」



誰が坊やを連れて行ったの?

坊やはどこ?

怨めしい…誰が坊やを連れて行ったの?




幼い息子を腕に抱いて、一人の男が夜道を歩いていた…。


「この辺に、パパが小さい頃にお母さん…うん、お前のおばぁちゃんと暮していたんだよ…パパは、お前のおばぁちゃんとおじぃちゃんがお別れしたから、今の家へ行ったんだよ…おばぁちゃんは、その後、病気で死んじゃったんだって…」



坊やはどこ?

誰が坊やを連れて行ったの?

誰だ?!誰が…?

探さなくちゃ…探さなくちゃ…。

あぁ…怨めしい…。



男は、ウトウトしている我が子を抱き、深夜の道を歩いていた…。

寝ている我が子に話し掛けるとも、独り言とも分からす、ただ、昔の忘れかけた記憶を思い出そうと、ひとり呟いていた…。


仄暗い小路に差し掛かり、星明りで我が子寝顔を眺めた時、悪寒と共に怨みの声がする…、


「お前か!…坊やを返せ!」


我が子の顔から、視線を上げると、みだれた髪のひとりの女…。


「はっ!…母さん…?母さんな…の…?」


男の言葉が終わらないまに、女は男の喉をひと咬で引き裂いた…。


男は幼子を抱いたまま崩れ倒れる…。

驚き泣き出す幼子の首にそっと、女は指を這わす…。


「泣かないで…泣かないで…これからは、私と一緒に暮らしましょう…私は坊やのママなのよ…」


そう言うと、女は指先に力を少し加えた…。


幼子は、ぐえっと短い声を発し、目を見開いたまま静かになった…。


「坊や…坊や…私の坊や…もう、誰にも坊やを連れて行かせない…坊や…ずっと一緒に過ごそうね…」


2階の奥の押入れの襖を引いて、その子を抱きつつ中へ入る…。


その女のがらんどうの眼窩には妖しい灯が揺らめいている…。


そして、幼子の虚ろな瞳を見つめてた…。

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