第2話 陰影



美姫は仕事を終え、ボーイフレンドのイサムに会うため終電車に揺られていた。。


改札を通り、薄暗い閑静な遊歩道はどこまでも闇の果てまで繋がっているかに思えた。 

しかし、この道をまっすぐ歩けば、イサムのアパートが見える。


美姫は、スマホを開き、イサムにラインを打つ。


「お疲れー!駅降りたよ、イサムー」


「お疲れミキ、その道は、暗いから気をつけてな」


「暗すぎるよ~途中まで迎えに来てよ」


「了解、道の途中で待ってるよ」



スマホを閉じ、バッグにしまい、薄暗い灯りの外灯の光でなんとか曲がりくねる、遊歩道を歩くことが出来たが、美姫の他には人影さえいなかった。


初夏であるにも関わらず、ぶるっと寒さを感じ、足早に歩く。


美姫のハイヒールの足音がコツコツと早いテンポで聞こえてくる。


イサム、早く迎えに来てくれないかなぁ…


ひとり呟いたその時だった。


急に美姫の足音に合わせるかのように、もうひとつの足音がパタパタ、ザッザッと聞こえてくる。


美姫の他には誰もいなかったはず…。

また、美姫に寒さと息苦しさが襲ってくる。


立ち止まり、後ろを振り返る。


足音は消え、誰もいない…。


美姫は気のせいだと思い、また、歩き出す。


パタパタ…ザッザッ…


また、聞こえてくる。


気のせい?


後ろを振り返っても外灯の弱い光と暗闇が溶けあっているだけ…。


しかし、寒気と息苦しさは治まらない。


早くイサム…会いたい…。


一歩踏み出した時だった。


急に肩に痛みが走る。


慌てて肩を押さえようとすると、目の前の闇の中から人影が現れた。


それは、見る見るうちに女の姿に変っていく。


喪服の様な黒い着物に赤の帯…片足を引き摺りながら美姫へ迫ってくる。


手には剥き出しの包丁…逆手に握りブラブラと黒い着物の袖が揺れている。


美姫は恐怖のあまり、後ろへ倒れ込み、そのまま後ずさる…。


起きて逃げなきゃ…


無意識に立ち上がろとした瞬間、着物の女は美姫の目の前に立っていた。


荒んだ長い髪の中に見えた、女の顔は、まるで影が貼りついているように暗く黒く何も見えない…。


逆手の包丁を振り上げ、見えない口から言葉を発した。


「お前じゃない…」


美姫はその場で気を失った…。


気がつくと、目の前にイサムが立っていた。


「ミキ!どうした?」


今…黒い着物の顔の見えない女の人に…。


イサムに会えた美姫は安心したのか、激しく泣きじゃくった。


イサムに抱きかかえられイサムの部屋に入る。


「大丈夫?」

「うん、もう大丈夫…」

「俺を待つ間に居眠りして夢でもみたんじゃない?残業ばかりで今日も終電だったしね」

「そうかなぁ?そうだね…あんなこと、ありえないもんね」


美姫とイサムは明日のお出かけに備え、早々とベッドに入った。


ふたりとも寝静まり、小さなダウンライトの灯りの中、肩の痛みで美姫はふと目を覚ました…。

鏡に写し見ると漆黒の指の跡…。

その黒い跡から、暗く黒い靄が目の前を覆う…。

そして、美姫へと近づいて来たのは、また、あの黒い着物の影の顔…。

頭の中に、声が聞こえる…。

「やっぱり、お前だ…今度の女は、やっぱり、お前だ!」


美姫の眉間に落ちてくる包丁が見えた瞬間、美姫の意識は消えていった…。


黒い着物の女は、脇で横たわるイサムの寝顔を見えない顔で愛しげに見つめていた…。

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