デレぬと出れない謎の部屋

鏡読み

デレぬと出れない謎の部屋

「愛している」

「ンーーーーー!?」



 俺の告白に、幼馴染は何かが爆発したような奇声をあげた。

 同時に顎をクイっとしていた俺の腕をぶん殴り、すさまじい勢いで部屋のはじまで逃げてしまう。


 だがよくよく彼女の様子を見てみると、顔は赤く、どうにも俺のことを全力で拒絶しているようではないようだ。


 長年の付き合いだからなんとなく分かった。

 もし本気で拒絶されるのなら、今頃俺は床に倒れているはずだ。


 そうとなれば次の手だと、俺は頭の中で幼馴染から借りた少女漫画のワンシーンを思い出し、次の行動を決めた。


(次は股ドンか、壁ドン行ってみるか)



 どうしてこんなことなっているのかというと、一時間ほど前にさかのぼる。


――――――――――――――


「ここはいったい……俺の部屋と誰の部屋だ?」


 白樺タツタこと、俺は立ち上がり周囲を見渡した。


(ここはなんだ? 一体何でこんなところで倒れていたのか)


 ここはおそらく屋内で、誰かの部屋だった。


 だが、ここを部屋というにはあまりにも違和感が強い。


 畳の床に、無趣味なベッド、散らかった本棚に勉強机と汚れたサッカーボール。

 部屋の半分はなんというか俺の部屋のようだった。


 だが残りの半分がそうではない。

 フローリングの床に、きれいに並んだ本棚、整った勉強机、壁にかかるコルクボードには写真が何枚か飾られている。


 それは明らかに俺の知らない誰かの部屋だった。

 一体誰の部屋なのだろうと、俺はその残りの半分の部屋を見渡すとそのヒントは床に転がっていた。


「レンコ!? お、おい、しっかりしろ」


 フローリングの床には見知った幼馴染の少女が倒れていたのだ。

 俺は慌てて幼馴染に駆け寄り、肩をゆする。


「なにがあったの……え、なにここ?」


 俺の呼びかけに幼馴染の少女はゆっくりと目を開いた。

 どうやら無事の様子で、俺はホッと安堵の息を吐いた。


 ぱっちりと開いた意思の強そうな瞳に、健康そうな肌色、髪はウェーブかかったセミロングでまとめている。

 細身の体には、学校指定のブレザーとブラウス、スカートは膝が少し見えるぐらいの高さで整えられており、そこから覗く足は引き締まり健康的な印象を受ける。


 そのルックスから男子高校生の中では上位の人気を誇る……とまではいかないが、それなりにそれなりな容姿の女子高生。


 彼女の名は津出レンコ。幼馴染という名の腐れ縁だ。


「レンコ、大丈夫か?」

「え、うん」


 俺とレンコは幼稚園の頃からの幼馴染だ。

 同じ小学校、同じ中学校、そして同じ高校と切っても切れない腐れ縁。


 親友というべきだろうか?

 ニュアンスはなんか違うが仲は悪くはないと俺は思っている。


 まあそう考えているのは俺だけかもしれないけど。


「えっと、ここ私の部屋じゃないよね?」

「やっぱりそうか、半分は俺の部屋みたいなんだ。そっちの部屋はレンコの部屋か?」

「えっと、どういうこと? 私たちどうなったの?」


 だいぶ混乱しているようで落ち着かないようにあたりを見渡すレンコ。

 そんな彼女を見て、ここは俺が落ち着かないといけないと感じ、不安を押し殺してもう一度部屋をぐるりと見渡した。


「レンコ、あの趣味の悪い扉、お前んちの扉か?」

「いや、違うわよ」


 そこで改めて俺はこの部屋の出口であろう扉を見つけた。

 場所は俺の部屋とレンコの部屋の境界線上お互いの壁が繋ぎあっている所。

 少し重々しい雰囲気を感じる木製の扉がそこにあった。


 ものは試しに近づいてみるとそこには張り紙が一つ。

 何が何だかセロファンで止められていた紙を手に取り、俺は内容を確認した。


『ここはデレないと出れない部屋、出るためには相手をデレさせなければならないゼ☆』


 ……大層ふざけた内容だった。

 俺は内容を無視してドアノブを押し込もうとするが、どうやら施錠されているようで開けられそうにもない。


 ならば外部からの助けを求めようとポケットにしまってあるスマートフォンを取り出そうとするが、いつも定位置にあるはずのそれは影も形もなくなってしまっていた。


「レンコ、お前今スマホ持ってる?」

「うん……あれ? タツタ私の鞄知ってる? スマホそこに入っているのだけど」


 レンコが周囲を確認しているがスマホの入ったカバンは見当たらないようだ。

 俺たちを閉じ込めた何者かに奪われた……と考える方がいいのだろうか?

 わざわざこんな珍妙な部屋を用意し、俺たちからスマホを奪い、わけのわからない指示を出してくる。


 相手の意図が全く見えてこない。


(そもそもどうやって俺たちを部屋に運んだんだ。ん―――あれ?)


 そこで俺は気が付いてしまった。

 この部屋で目が覚める以前の記憶が無いのだ。


 大体一日分ぐらいだろうか、今朝から気を失うまでの記憶がすっぽり抜け落ちている。

 記憶が飛ぶなんて何があったのか薄ら寒くなったが、あまり騒いでもレンコを不安にさせてしまうだけかも知れない。 


 それよりも、まずはレンコにも紙を見てもらった方がいいだろうと俺は改め彼女のそばへ戻り、扉に貼ってあった紙を見せた。


「レンコ、ちょっとこれ見てくれ、そこの扉に貼ってあった」

「なにこれ。悪質な冗談?」

「冗談にしては手が込んでるな」


 だがちらりと俺の脳裏に別の考えが浮かんだ。

 この紙の指示通り、レンコをデレさせることができたのなら、この部屋から出れられるのだろうか。


 レンコをデレさせるというのは難易度が高い。

 何せこの幼馴染はツンの強いツンデレだ。


 俺がレンコのデレたところを見たのは3年前、中学生2年生の時が最後。

 彼女がデレるというのはそれだけ珍しい。

 おそらく俺が何かをしようものなら、殴られるか、投げ飛ばされることになるだろう。

 ……小中高と柔道やってるし、黒帯だし。


 しかし、この部屋から出るためのヒントはそれしかないわけなので、これは試してみる価値はあるのかもしれない。


「んー……それじゃやってみるか」


 俺は心を決めて、彼女を正面に見据えた。


「タツタ?」


 何が始まるのかピンと来ていないのか、首をかしげるレンコ。

 そんな彼女に俺は正面からぶつかることにした。

 物理的にではなく、精神的に。


 好きか嫌いかと言われてみれば、俺はレンコのことを嫌いではないし、まあ、最悪の結果だったとしても「ふざけてんじゃないわよ」と言われて俺が床にたたきつけられるだけだろう。


 咳払いをして少し声を作り俺は口を開いた。


「愛してるぜ。レンコ」

「な、な、な……!」


 ガタンと飛びのき、俺から距離を取り身構えるレンコ。

 軽く開いた手を前に出し、重心を低く置いたその構えは獣を彷彿とさせ、その視線からは近寄ったら殺すと、殺気さえ感じられる。


(これは、一歩でも距離を詰めたら床とお友達コースだな)


 俺は自身の失敗を悟り肩を落とした。

 傷つくことはない、そう思っていたがこれは思った以上に切ない。


「やっぱデレない、か」

「馬鹿、突然何言い出すのよ!」


 レンコは顔を真っ赤にしてこっちをにらみつけてくる。

 殴られなかっただけましかと、俺はレンコに自分の考えを説明することにした。


「悪かったよ。でもデレさせないと出れないんだろ?」

「そ、それは、そうだけど……」

「だから俺は、お前に全力で告白しまくることにしてみた!」

「ど、どうしてそうなるの~! タツタの馬鹿」


 その後俺は思いつく限りの言葉を使い、レンコに告白してみた。

 カワイイ、キレイ、愛している、好きとか嫌いとか最初に言い始めたのは誰なのか、駆け抜けていくとドキドキのメモリアル等々。


 だが告白を始めてから10分後、俺の貧弱な語彙は割とあっさりと尽きた。


「いかん、セリフが思いつかない」

「ふ、ふん、ま、まあ、タツタだもん。しょせんこの程度よね」


 見れば構えを解き、頬が赤くなっているレンコ。

 俺の告白を聞いている間、腕を組み、髪をくるくる弄っていたところを見ると、存外イヤというわけでもなさそうだ。


(うん? ちょっとかわいくないかこいつ?)


 なぜか流される自分の心をいやいや、まてまてとつなぎとめる。

 俺は自分の心を隠すようにレンコに近寄りの彼女の表情を指摘した。


「でも顔赤いぞ。もしかしてちょっと照れてる?」

「馬鹿タツタ!」


 好かれてもいない猫にちょっかいを掛けると、反撃を受ける。

 そんな家で飼っている猫との懐かしい思い出が蘇るの鋭い一撃は、俺の頬を的確に捉えていた。


「ぶほぁ!?」


 ぱぁんという快音が響き、俺の視界がぐるりと揺れる。

 突進してきたレンコのビンタが炸裂したのだ。

 

 体重の乗ったいい一撃だった。

 首をいなしてダメージを減らしていなければ意識を持っていかれたかもしれない。


 だがそれでも殺しきれなかったダメージは俺の視界をぐらりと揺らす。

 だが、俺はその揺れる視界の先に次なる一手、突破口を見出していた。


 映ったのはレンコの本棚。

 そこには少女漫画が並んでいた。


「こ、コレだーーー!」


 俺はビンタを受けた運動エネルギーに逆らわず、地面に倒れると、ゴロゴロとレンコの本棚目掛けて転がっていく。

 当然レンコの本棚に衝突し、その衝撃で本棚からマンガがいくつか落ちてきた。


「あ、馬鹿、勝手に人の本棚を!」

「ほほう、レンコさんもこういうものをお読みになるのですな」


 レンコを茶化しながら、試しにそばに落ちてきた一冊を手に取ってみる。

 少女漫画を読むなんてやったこともなかったが、まあ、これもこの部屋を出るためだ。


 レンコをデレさせるならあいつの好みも知っておいてもいいだろうし。


「や、やめろ――! 馬鹿ぁぁぁ!」


 鬼の形相とはこのことで、なんか直視できない顔でレンコがこちらに迫ってくる。

 俺は素早く体を起こし、その突撃を回避しつつマンガを読み始めた。

 俺だって、運動部だ。なめてもらっては困る。

 相手も運動部だけど。


 開いた漫画には髪についたサクランボの髪飾りをヒロインから取り上げて、なぜかかみ砕こうとし、歯が粉々砕けたイケメンが、血を流しながらスマイルしていた。


 ほぼ見開きで。


(本物と勘違いしたのだろうか。いや、そもそも本物のサクランボは髪につけるものではないだろうに……)


 俺は強靭な顎のイケメンに心底同情した。

 その後も怒涛のツッコミ展開に俺はがっつり少女漫画に心を捕まれ、いつしか真剣に物語を読み進めていた。


「なんだこれ、めっちゃ面白いじゃん」

「そ、そう?」


 読み始めること30分ちょい、一冊読み終えた感想はそれだった。

 自分の趣味に好意な感想をもらえて落ち着いたのか、レンコは攻撃の手を止めた。

 よしそれじゃあ、さっそく試してみるかと、俺は閉じたマンガを本棚に戻した。


「――レンコちょっと近く来て」

「なによ」


 二歩三歩、素直にこちらに近寄ってくるレンコ。


(このあたりなんか子犬感あるなこいつ。さてとここは慎重にやらないと)


 ちょんと俺の前に立つレンコに、いつの間にかだいぶ身長差がついたんだなとかふと思いつつ、俺は自分の腕の長さとレンコの立ち位置をおおよそ測った。


 このままだとちょっと近い。下手すると手が当たってしまう。


「もう一歩下がって」

「こう?」

「そうそう、その距離がいい」

「ええっと、何する気が聞いていい?」


 怪訝な顔をするレンコ。

 教科書もとい、少女漫画いわく、相手がデレる瞬間の前には、必ずドキリという瞬間が差し込まれる。

 ならばレンコに何をするか教えず、一気に始めたほうがいいだろう。


 そう俺は判断し、軽く体を落とし、一歩踏み込む。

 突き出す拳の型は縦拳、狙いはレンコの喉、の拳半分手前だ。

 シュッと風を引き裂く音が出るとまではいかないが、狙いたがわず俺の拳はレンコの顎の下に素早くたどり着く。

 さすがのレンコもこれにはドキリとしたはずだ。


「んん!?」


 突然の正拳付きに驚き、身を固めるレンコ。

 俺は突き出した拳をそっと持ち上げ、レンコの顎をくいっと持ち上げた。


「ンんん!?」


 自分の体を起こし一歩レンコに近寄る。

 見開いたレンコの瞳をしっかり見つめる。

 うるんだ瞳がなんかめっちゃキレイだし、赤味を帯びた頬はなんか見ていて可愛さを感じられる。

 っといけないけない。ちゃんとレンコに告白しないと。


「愛している」

「ンーーーーー!?」


 何かが爆発したようにレンコは奇声をあげた。

 同時に顎をクイっとしていた俺の腕をぶん殴り、すさまじい勢いで部屋の端まで逃げてしまう。

 だが顔は赤く、よくよく様子を見ると、どうにも全力で拒絶しているようではないとうかがえる。

 そこまでは分かるのだが、乙女心はマジでわからん。

 あと殴られた腕が超痛い。


「……デレた?」

「デレるか! めちゃくちゃびっくりしてそれどころじゃないわ!」

「馬鹿な! 何が間違っていたっていうんだ!」

「全部よ!」

「ぜ、全部のだと……!」


 あまりの結果に俺は絶句した。

 こうなったら俺も意地だ。

 必ずお前をデレさせてやる。


「いいだろう、ほしがりさんめ、じゃあ全部試すだけだ」

「え、ちょ、ちょっと待ってタツタ」


 つかつかと俺はレンコに詰め寄る。

 レンコは逃げるように後ろに下がろうとしたが壁に阻まれていた。


 これはチャンス。

 俺は一気に距離を詰め、レンコの太ももと太ももの間に自身の膝を差し込み壁にたたきつける。


「キャア!?」

「がっ……!?」


 ドンという鈍い音、壁に強打した俺の膝は激痛という名の悲鳴を上げた。


(痛っっっってぇぇぇえ!?)


 俺はだらだらと脂汗を流しながら痛みをこらえた。


「え……な、なに?」

「……!!」


 目の前には先ほどよりもさらに目を見開き完全に思考が止まっているレンコ。

 めっちゃ顔が近い。呼吸した息遣いがわずかに感じられる。

 痛みとその他もろもろで俺は思わずセリフが飛んでしまった。


「えっと、た、確か……。へっ、面白れぇ女だな」

「な、ないわね」


 レンコは胸に手を当てそっぽを向いた。

 だが、声を上ずり、頬を染め、耳が赤くなってきている。

 やはり少女漫画のシチュエーションはどうやら効果があるみたいだ。


「……そっか、なら――」


 ただ、それ以上に、あんまり見ない幼馴染の面白い反応は俺のいたずら心に火を付けていた。


「次は壁ドンを試してみようか」

「うへっ!?」


 膝の位置をそのままに、右腕の肘から手のひらを壁にたたきつけた。

 再びドンという強い音が響き、上半身がレンコに近づく。

 顔が、触れるか触れないかのギリギリの距離。

 レンコの熱い息遣いがはっきりと感じられる。


「……」

「……」


 やりすぎた。壁ドンのなんたる恐ろしさか。

 その時俺は、人間って話相手が近すぎると何をしゃべっていいのか分からなくなるものなのだと初めて思い知った。

 それこそ、この距離で、こ、告白するのは、相当の度胸がなければできない。


「こ、告白するんじゃないの?」


 上目遣いでうるんだ瞳をこちらに向けてくるレンコに俺は怯んだ。

 怯むよ、これ、いや本当に。


「ああ、いや、ちょっとタイムで――ごふっ」


 瞬間、左脇に走る鈍痛。

 レンコの右フックが炸裂したのだと理解し、よろけて数歩後ろに下がったところに返す刀で左フックがみぞおちに刺さる。


「……う、うぐぅ」

「ああ、もう! もう!!」


 容赦ないコンビネーションの前に俺は膝から崩れた。

 ゼロ距離からあんなパンチを用意していただなんて、さすがだレンコさん、お前なら世界を狙えるぜ。


「もう一度何かないか調べるわよ。あんたの意見を再開するのはその後」

「お、おう」


 レンコは、つかつかと俺の部屋に入りあれこれ眺め始める。

 俺は一度深呼吸して痛がる気持ち吐き出し、立ち上がった。


「ところでさレンコ」

「何?」

「さっき告白できてたらデレたか?」

「……ない、わね。今の私があんたを好きになるなんてないわ」


 レンコは俺の机をのぞき込み俺へ振り返らずに答えた。


 正面から見ていないからレンコがどんな顔をしているのかわからない。

 それでも、やたら顔を手で仰いだり、耳が赤くなっていたりするし、先ほどのパンチだって、威力はあれだけどさほど本気ではなかった。


 あれぐらいならよくおふざけでやりあっていたレベルだ。

 そうなるとレンコがデレない理由とは、何か外的要因があるのかもしれない。

 例えば――。


「そっか、もしかしてお前彼氏でもいるのか?」

「いないわよ!」


 レンコは振り返りすごい目つきで俺をにらみつけてきた。

 めっちゃツンツンしているが、その様子を見て俺はどこかホッとしていた。


 それはこんな状況だけれどもレンコがいつも通りだったことに対してなのか。

 それとも、それ以外なのか。俺はちらりと考え、すぐにその考えを保留した。


「悪い、悪い」

「そういえばさ、男子ってベッドの下にエッチな本隠しているって本当?」


 レンコさんから超ド級の爆弾をパスされました。


「あー……べ、ベッドの下ではないですぞ、レンコさん。例えば押し入れとか、机に隠し引き出し作ったり、畳の下とか……そういうところに一般男子はエッチな本的なものを隠すのですな」


 まずい。


「あとほら、ホラ、スマホ! スマホとか! いやー、世の中もはやデジタルの時代ですから」


 レンコさん、これ以上はいけない。


 あるんです。ベッドの下に。


 ベッドの下にあるんですよぉ!!


「あるのね。ベッドの下」

「なななな、なにをおっしゃいますか! レンコ殿」

「OK確証した。タツタは私のマンガを読んだんだから、次は私のターンだと思わない?」

「クソォォ、やらせんぞ! レンコ!」


 この部屋がどこまで俺の部屋を再現しているのかわからないが、先週友人借りた幼馴染とのアレな本とか、中古の本屋でこっそり買ったお姉さんがアレなゲームとか、ベッド下はワンダーランドな可能性が高い。

 いろいろあって見られるとまずいやつがあるので俺はレンコに躍りかかった。

 振り返ったレンコもがしりと俺の両手を自身の両手で握り、プロレスのごとく、部屋の中央でお互いに取っ組み合った。


「ついに本性を現したわね、この変態!」

「おま、壁ドン股ドン、顎クイ、フルコースのマンガ読んでいる奴に言われたくないね」

「あのマンガ、まだあれが序の口よ」

「嘘!?」


 え、あれ以上行くともうR18指定、古本屋の一角で異様な雰囲気を醸し出してるあの、お、大人のマンガじゃないかと俺は意識を持ってかれた。


 その隙にレンコは一歩深く俺の懐に飛び込んできた。

 そもそも柔道部員と組み合いした時点で俺は負けていたのだ。


「隙ありっ!」 

「しまっ――」



 対応の遅れる俺を置き去りに、レンコは稲穂を刈り取る鎌のように自身のかかとを俺のかかとに絡め、切り払う。


 大外刈りだ。いつかのオリンピックの女子柔道では一番使われた、人気の技らしい。


「おわぁぁぁっ!?」


 ぐるりと回る視界に対し、俺は無意識に右腕で畳を叩く、受け身を取ることでどうにか頭を守る。

 だが強かに背中を打ち付けた俺は息が乱れしばらく動けなくなってしまった。

 ここが畳で本当に良かった。フローリングでやられてたら骨がぱきりと持っていかれたかもしれない。


(そんなことよりも、早くレンコを止めないと!)


 動け体よ!

 今は命よりも、大切なものを守るとき!


(うおおおおおお!?)


 俺は何とかレンコを止めようと身体をよじった。

 だが、よじるまでが限界であった。


「こ、こ、こ、こここ……! タ、タツタ、あんた……」


 レンコが俺のベッドの下から一冊の本を取り出して、目を回していた。

 それは友人から借りた幼馴染がアレしてくる本。

 どこからどう見ても手遅れであった。


「レ、レンコ殿、こ、これ以上はやめなされ」

「ほ、ほぉぉ。ほぉぉ、これが男子高校生の欲望の塊。うっわ、あんたたち、お、お、おお、幼馴染に夢持ちすぎじゃない?」

「やめなされぇぇぇ!」


 上ずった声でテンション爆上げしているレンコに俺は叫んだ。

 それはおそらく魂の叫びであった。


 ―――その後俺の心はこなっごなに砕け、床に転がりさめざめ泣いた。


「ふーん、なるほどねぇ。こんな幼馴染いるわけないじゃない。朝から起こしに来て、うわ、ちょ、いきなり始めんの」

「実況、やめてもらえませんか、レンコさん」


 リアル幼馴染からのダメ出しに虫の声程度の声で抵抗する。

 心折れたときはダメだ。本当に声が出ない。

 三十分ほどたち、一通り幼馴染のアレな本を読み切ったレンコがパタンと本を閉じた。


「いやー、ひどかったわ。それであんたどの子好きなの? やっぱり二話の幼馴染? あの朝からいきなり襲い掛かってくる女子?」

「現実を知っているからこそ、理想を求めて何が悪いのでしょうか」

「それ私に言っている?」

「滅相もございませんぜ、レンコ殿」


 まあ、俺もレンコの少女漫画を強引に読んだわけだし、このあたりで水に流してくれそうな気配に乗っかるしかない。


 この許しのビックウェーブ、乗るしかない。

 いやまて、俺はなんで許されようとしているんだ?


「そういえば、レンコこそ、サクランボの髪飾りで歯が木っ端みじんになるイケメンが好みなのかよ」

「あれは……ネタ枠よ?」

「ネタ枠」

「うん」


 なぜだろうあれだけ体を張っていたイケメンに俺は同情した。

 普段ならイケメンなんぞに同情なんてしないが、ネタ枠扱いのあいつに思わず同情してしまった。


「お前、昔から本当、辛辣だよなぁ」

「そうかしら」

「そうだよ。ほら中学の時だって、部活のサッカーの応援に来てもいっつも野次ばっかだったじゃないか」


 話を反らそうと俺はちょっと昔話をすることにした。

 パッと出てきたのは中学時代の話。

 俺はサッカー部で、レンコは柔道部、この二つの部は顧問の先生同士が仲が良く、練習試合などは同じ学校にまとめて行くことが多かった。


「それはタツタが下手だからだったでしょ」

「そんなことはないだろう」

「だってゴール決めたことほとんどないよね」

「何度も言うが、それはフォワードの仕事だ。俺はサイドバック、守備がメインだ」


 中学のサッカー部では俺のポディションは守備を仕事にするサイドバックだった。


 当時フォワードには恐ろしくうまいやつが居て「敵に点を入れさせるな、奪ったボールはエースに」が俺がいた中学のサッカー部の方針で、たとえ前に出てもフォワードへのパスがメイン。ゴールを狙える立場ではなかった。


「でもさ、中学二年の時、練習試合で一点入れたことあるじゃん」

「あの時なぁー」 


 レンコの言葉に思い出される中学二年の夏の記憶。

 練習試合の最後、アディショナルタイムも残りわずか、フォワードが打ったシュートがポストにぶつかり前に出ていた俺のところまではじかれてきた。


 シュートラインはフリーだった。


 だから思わず、全力でシュートを放った。

 それが人生での初得点、そして―――


『やった―っ! すごいタツタ!』


 ネット越しから大きな声が聞こえてくる。

 見ると興奮したレンコが俺の活躍を自分のことのようにはしゃいで喜んでいる。

 それは俺が最後にデレた彼女を見た瞬間でもあった。


「――あの時は格好良かったよ」

「お、おう……」


 俺を見るレンコの表情にドキリとした。

 頬が朱色に染まり、にこりと微笑む彼女の表情は先ほどまで恥ずかしがっていたものとは違う。


 それは触れたくなるような、触れてはいけないような。

 独り占めにしたくなるような、そんな表情。


 とたん、かちゃりとドアから音が聞こえた。


「え?」

「え?」


 二人同時に変な声が出た。

 今のがデレたということになったのだろうか。

 俺は再び扉まであゆみより、ドアノブに手をかけた。

 かちゃっと軽い音がして扉が開く。


 扉の先には何もなかった。


 ただただ暗闇が続くだけの世界がそこにあった。


『さあ、生きるものは、この先に進むように』


 どこからか機械音声のような声が聞こえてくる。

 誰かが監視していたのだろうか。


 いや、この超常的な事態を説明するならばもはや『神様』とかそういう類のものも考えないといけないのかもしれない。

 さすがにまさかとは思うけど、この状況はそうとしか説明が付けられない。


「レンコ、どうする?」


 さすがに一人で進むわけにもいかないと、俺は扉の先を伺いながら、レンコに声をかける。


「私は、いけない」

「いけないってお前――」


 突然背中から抱きしめられる。

 予想外の行動に俺は少し困惑し、お化け屋敷を怖がる乙女キャラじゃないだろお前というツッコミは飲み込んだ。


 レンコは震えていた。


「だって私、死んでいるんだもの」

「は……い? お前何を言っているんだ」

「覚えてないんだ……タツタは。いや、そっか、もしかしたら――」


 ぶつぶつとレンコが何かつぶやいている。

 何か嫌な予感がして、俺はレンコを腕を振り払い、彼女へ振り返った。


 とたん、ドスンと予想外のタイミングで俺は衝撃を食らった。

 レンコがおもいっきり俺を押したのだと気が付いた時には俺は闇の中に真っ逆さまに落ちていた。


「――おわぁぁぁぁ!?」


 どうして、どうして、どうして!

 混乱する中も、俺はじたばたと宙でもがく。

 だが、そんな抵抗はむなしく、闇の中に落下する俺はどんどんと扉から遠ざかっていく。


「……ばいばい、大好きな人」


 そうレンコの声が聞こえた気がした。

 小さくなっていく光を見て、俺は、ただ彼女に手を伸ばすことしかできなかった。


 光が捉えられなくなる。視界が闇に飲まれていく。

 意識が闇に取り込まれていく。

 そんな中、どうしても彼女の最後の表情がこびり付て離れない。


 そう、あの時、彼女は泣いているように、そう俺には見えた。


――――――――――――


「ここは、痛っ……!」


 俺は目を開いた。

 薄暗い一人部屋。ドラマで見たことあるような機械が定期的に電子音を鳴らしている。

 動かした腕にわずかな痛みを感じ、見ると腕には点滴が刺されており、透明な液体が入ったパックが高々と吊るされていた。


「えっと、何が?」


 考えをまとめようと体を起こそうとするがひきつった筋肉たちが思うように体を動かさせてくれない。

 自分の体のなのにまるで他人の体みたいだ。

 さすがにいうことを聞かないのならば何もできないなと俺は起きるのを一度諦めた。


 それに意識がまだぼんやりとする。

 どうしてこんなところにいるんだ、俺は。


 さっきまでのことは夢だったのだろうか。

 それにしてはあの体験はあまりに生々しい感覚だった。



 俺はゆっくり呼吸をした。

 理解できない事態を、理解しないままで投げ出さないように。

 できる限り落ち着いて今起こっている状況を把握するために。


「生きるものは、先に進め、か」


 部屋に出る前のあの言葉を思い出す。


(『私はもう死んでいるから』……本当に俺とレンコに何があったんだ? ん――――あ。ああああ!?)


 レンコの言葉が切っ掛けになったのだろうか。

 フラッシュバックする、トラックのライト、それに巻き込まれた俺とレンコ。


 そう、ぼんやりと青になるのを待っていたところにトラックが突っ込んできたのだ。

 とっさに俺はレンコを押し出そうとし、レンコはレンコで俺を押し出そうとし、双方の行動が良くない方向でかみ合った結果、二人ともトラックに轢かれてしまった。


 そうなるとあれは死んだときに見る走馬灯、いやこの世とあの世の境目見たいなものだろうか。


(なんか飛んでもない体験をしてしまったんだな。でも、なぁ――)


 レンコを失ってしまったのかと、己の無力さに悲観し、ドッと体が重くなるのを感じる。体もろくに体も動かせそうにない。ならばどうすることもできないと俺はそのままもう一度眠ることにした。


 できればもう一度あの部屋に行けることを願って……。


 翌日、結局俺の望みはかなわず、朝が来た。

 見回りでやってきた看護師のお姉さんが俺の意識が戻ったことを確認すると担当医と家族を呼んでくれた。


 担当医の話では俺はトラックにはねられ二週間ほど麻酔により意識を飛ばし、眠らされていてたらしい。

 腕や体のあちこちの骨にひびが入るなどはあったが、幸いうまい具合に頭が守れていたらしく、病院の尽力もあってか命に係わる山場は全て抜けたらしい。

 診断は一週間ほどの経過観察。その後リハビリをし、体の機能に問題がなければギブスを条件に退院できるとのことだった。


「あとは、津出さんも目が覚めればいいのだけど……」


 担当医が立ち去ったあと、話を一緒に聞いていた母親がぽつりとそうつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。


「レンコ? レンコも同じ病院にいるのか!?」

「ええ。隣の病室でまだ眠ったままなのよ」

「……生きているのか?」

「なに縁起でもないこといってんのよ、このバカ息子!」


 俺のうかつな発言に母はめっちゃ切れた。

 キレッキレで一時間ほどけが人にするとは思えない説教をした母親に、俺は隣の病室をのぞかせてくれないかと頼み込んだ。


 やれやれといった具合で母親はナースコールで看護師を呼び、事情を説明。

 それを聞いた若い看護師のお姉さんが猛ダッシュで車イスを用意し「特別ですよ彼氏さん」と親指を立てて俺にウィンクした。


 都合がいいので、母親が何を話したのかは確認しないでおこうと黙って車いすに乗ること1分ちょい。


 本当に隣の部屋の個室にとおされ、俺の同じように点滴につながれ、呼吸器を付けられたレンコの姿と俺は対面した。


「……レンコ」


 思わず声をかけてしまう。

 それで起きるわけでもなく、ただ静かにレンコは眠っている。

 生きていることは傍にある電子音が教えてくれた。


 だがそれ以上は何もわからない。


「正直、もう一週間ほど前から麻酔の効果は切れているはずだから、目が覚めてもいいころ合いなの」

「……俺もそんな感じだったんですか?」

「ええ、二人ともとっさに受け身取れていたみたいで、頭へのダメージは少ないはずなのだけど、一週間はさすがに長いわね、もしかすると……」

「そんな……」

「大丈夫よ。必ず、必ず目を覚ますから」


 看護師のお姉さんの話では、科学的にはトラックとの衝突時に大きく脳が揺さぶられて何かしらのダメージがあったのだと推察されているようだ。


 だが、俺にはどうしてもあの部屋での出来事が大きくかかわっているのではないかと勘繰ってしまう。


 あの部屋を出なかったレンコは目が覚めず。

 あの部屋を出た俺は目を覚ました。


 レンコは自分を死んでいると勘違いして部屋に残っている。


 そりゃトラックに轢かれれば誰だって死んだと思うだろう。


 でも生きている。

 俺も、レンコも生きている。


(もう一度あの部屋に行く必要があるのかもしれない、できるだけ早く)


 その後、看護師のお姉さんの元の病室に運んでもらい、母親はうちの支度があるからと家に帰っていった。

 そうして、病室に一人になったので、俺は試しに少し立ち上がってみることにした。


 体は痛むが幸いにも体は動かせる、走ることは無理かもしれないが、歩くぐらいなら……。

 サッカー部の練習では、動けなくなるまで体を動かした後、それでも体を動かしていた。


 あんな地獄ような経験がいま生きるとは、人生分かったものではないなと俺は体に力を入れた。


――――――――――――――


 その日の深夜、俺は病院を抜け出した。

 一時間ほどで看護師には脱走がばれるだろうが、それまでには目的の場所にはたどり着けるはずだ。


 目指す場所は俺とレンコがトラックに轢かれた横断歩道。

 着替えも特になかったので俺は病院着のまま目的地を目指しゆっくりと歩く。


 俺はレンコが好きだ。

 今更になって気が付いた。

 それは今まで近すぎて理解しなかった気持ち。

 彼女に突き放されて、ようやく気が付いた気持ち。


 思えば小学生の男子が好きな女の子に悪戯するなんて話があるが、あの部屋での俺の行動がまさにそれだった。


(なんだよ俺、めっちゃ子供じゃん……恥ずい……)


 気が付いた気持ちに突き動かされるようにふらつきながらもゆっくりと歩いていく。

 目的の場所は、病院の位置から普通15分ぐらいで到着できる場所なのだが、うまく歩けない俺は30分ほどかけ、そこにたどり着いた。


 少し広めな二車線の横断歩道。

 深夜というだけあって人通りも車の交通量は少ない。

 フラッシュバックするように黒いトラックが俺とレンコにぶつかってきたシーンが脳裏によぎる。


 普段ならすくみ上るところだが、今はその恐怖心のおかげで断言できた。

 ここで合っていると。


 周囲を見渡すとどのあたりで轢かれたのかはあっさりと見つかった。

 ひしゃげたガードレール、そのそばにはなぜかアンパンだの花だのが添えられている。


(俺もレンコも生きてんだけどなぁ……こういうのって誰が置いていくんだ?)



 縁起でもないなと気分が悪くなったが、俺はあたりをうろうろと確かめてみた。

 来てみたはいいが、当たり前だがあの部屋に行く手がかりが見つからない。


(あの時は黒いトラックに轢かれた。となると―――)


 もう一度トラックに轢かれないとあの部屋にはいけないではないだろうか。

 いや、そんな都合よくトラックが来るとは――。


――バーァァァァ!!


 突然のクラクション音に俺はビクリと音の先を見る。

 いつの間にか歩道を乗り上げたトラックが眼前に迫っていた。

 近づいてくる運転席のフロントガラスから、恐怖で顔をゆがませている運転手のお兄さんと目があった。


 ああ、そうか。深夜、事故があった横断歩道。そこにふらふらと立つ病院着の俺。

 しかもちょうどお供え物まである。


 冷静に別の視点からそれを想像と、それは心霊現象の類に見えなくもない。


(それは、うん、驚くよな。ごめん)


 上手く動かない体でも、このタイミングなら逃げることができたかもしれない。

 でも今の俺にその選択肢はなかった。

 衝撃音からの激痛、そして俺の意識は暗転した。


――――――――――――――


「――――――タ!」

「ん、うん……」


 一日ぶりの声を聴いた気がした。

 あれは十年以上聞いた馴染んだ声だった。


 目を開く、映ったのは涙を流しくしゃくしゃになった顔をしたレンコ。


 どうやらうまく戻ってこれたみたいだ。

 今の俺は倒れているようで、レンコは傍で座りこちらをのぞき込んでいる。

 改めて周囲を見渡すと、俺の部屋とレンコの部屋がくっついたデレないと出れない謎の部屋。

 

「あー……なるほど、な。トラックに轢かれた記憶があってこの部屋くるとこれはびっくりする」

「馬鹿……馬鹿タツタ、なんで戻ってきちゃったの」


 ぽかぽかと力なく俺を叩いてくるレンコ。

 俺は彼女が落ち着くまでされるがままにしておいた。


「なんで……」

「そりゃレンコ。お前を迎えに来たんだよ」


 ややあって、落ち着いたレンコをよけて俺は体を起こし立ち上がる。

 トラックに轢かれるまで痛みでいうことを聞かなかった体は不思議とすんなりと動いた。


「え?」


 訳が分からないといった表情のレンコの腕を無理やり引っ張り立たせる。


「迎えにって、どうして。だって私トラックに轢かれて、死んだんじゃ」

「お前生きてたよ。さんざん人のことを馬鹿バカ言いやがって、お前の方が馬鹿じゃんか」

「え、嘘っ!?」

「嘘じゃない。それじゃ一緒にここから出よう」


 レンコを引っ張って扉の前に行く。

 ドアノブに手をかけ押し込もうとすると、再度施錠されてしまったのか、ドアノブが動かない。


(そっか、もう一回レンコにデレてもらわないといけないわけか)


「ね、ねえ、タツタはどうやってここに戻ってきたの」

「トラックに轢かれてきた」

「は、はぁぁ!? どうして!! なんでそんな無茶苦茶」

「……ちゃんと言えていなかったからな」


 俺は振り向き、レンコと向き合った。

 目と目が合う。

 レンコは頬を朱色に染め、目を潤ませていた。


 それは触れたくなるような、触れてはいけないような。

 独り占めにしたくなるような、そんな表情。


 上目遣いでこちらを見てくる幼馴染は、何かを待つようにこちらをじっと見てくる。


 言葉が喉につっかえる。

 ただ前回の失敗はしないようにと、俺は喉につっかえた言葉を腹から押し出した。


「レンコ、俺と付き合ってくれ」

「うん……うん!」


 がちゃりと扉の開く音。

 俺とレンコは手をつなぎ直し、部屋から出ていく。


 闇に落ちる前、デレたレンコの笑顔はめちゃくちゃ可愛いかったと心の中でこっそり思いながら。 



――――――――――――――


 その後、俺は病院で再び目を覚ました。

 なんだか隣の部屋が騒がしく、レンコの意識が戻ってきたこと確信しホッと俺は胸をなでおろした。


 後日、どうして病院を抜け出したのかと担当医と母親からがっつり叱られた。

 さすがにあの謎の部屋の話をしても信じてもらえなさそうだし、精神カウンセリングとか単語がちらほら出てきていたので、あの時はコンビニの唐揚げが食べたかったなどと適当な言い訳をして誤魔化すことにした。


 「あほかぁ!!」と担当医と母親から追加で怒られたが、夜中にコンビニの唐揚げが食べたくなるのは正常だと、精神カウンセリングは免れることができた。


 さらに別の日にトラックの運転手も見舞いに来てくれ、会社の役員っぽい男と共に謝罪をされた。


 あれは俺の方も悪かったので、謝罪し、病院代を出してくれるという話を親と話していたので、なんか和解が成立したのだろう。



「ふっふっふ、この短期間で二回もトラックにぶつかったタ~ツタくん?」

「なんだよ。自分が死んだなんて勘違いしていた、津出レンコさん」


 入院期間はお互い一か月ほど、二週間たったころから個室から移され6人部屋に移された。

 しかしなんの陰謀か、6人部屋には俺とレンコのみ。


(いやいや、異性が同じ部屋っておかしいな話がなぜ通ったし)


 病室を移動する当時に母親とレンコの母親と担当の看護師のお姉さんが親指を立ててこちらを見ていたので黒幕は分かっている。


 まあ、いっか。それはそれ、好きな人がそばにいるのはちょっと大変だが、楽しいのも事実である。


「ははは、言ってくれるじゃないかこのツンデレめ」

「何いってんのよ。ツンデレはあんたの方よ。最初一回目もデレたのはあんた」

「え、マジ」

「まじまじ」


 改めて考えてみるとそうかもしれないなと、俺は笑った。

 レンコもつられて笑った。


 少し体が痛んだが、それでも笑うことはやめなかった。

 それが一番今の気持ちに合っていたから――。


おわり



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デレぬと出れない謎の部屋 鏡読み @kagamiyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ