第18話 対決
――――放課後。
「これは経世が描いたんだろう?」
「やっぱり分かっちゃうか」
俺は玉田のあと担任に生徒指導室へ呼び出されて、面談していた。スケッチブックの表紙には玉田欣二と書かれてあるが、中身のスケッチは俺が伊集院画伯にインスピレーションを受け、担任を描いていた。
早く結婚しろ、と題名を添えて。
「そもそも玉田はこんな芸当ができる奴じゃない。それに経世の課題が伊集院で、伊集院の課題が経世なら、経世が伊集院の影響を受けたと見るのが妥当だろう」
俺と伊集院の提出したスケッチを並べ立て、筆跡を含めて、理路整然と俺が描いたと立証していく担任。
つき合いが長いだけに、偽装してもすべて分かってしまうか。
提出しないより、なにか出しておいた方がマシだと思ったが、少々おふざけが度を越していたかもしれない。
「玉田はどうなる?」
俺がいまさらながら、陰キャ仲間の行く末を訊ねた。
「次から自分でやれ、と厳重注意に留めた」
「そっか……」
「そっかじゃない」
だんっと長机を叩いた担任はパイプ椅子から立ち上がり、俺の前にくるのかと思ったが、そのまま生徒指導室のドアを開けていた。
もしかして、指導終わり? なわけないか。
そう
「伊集院、経世が心配なのは分かる。だがまだまだ時間がかかる。今日のところは帰れ」
「はい……」
どうやら伊集院が生徒指導室の前で俺のことを待っててくれたらしい。
俺は慌ててドアの外にいる彼女にあいさつしようと出た。担任から帰宅を促され、とぼとぼと一人寂しく廊下を歩く彼女に呼びかけた。
「伊集院! ありがとう。でも心配すんな。桜ちゃんは話が分かるタイプだから」
「うん……ごめんね、先に帰ってる」
声をかけると、伊集院は振り返り空元気っぽく笑い、靴箱へ向かい歩いていった。
「経世には私の家で特別指導が必要なようだ」
「桜ちゃん……」
俺はその日の放課後、担任の車に乗せられて彼女の住むワンルームマンションへ行くことになってしまった。
桜ちゃんのマンションから帰宅すると俺の家の前に伊集院がいた。
「まさかずっと俺を待ってたのか?」
「うん……」
スマホの時刻を確認すると、かれこれ三時間は余裕で待たせてる。
「それならメッセージをくれれば良かったのに。愛菜に言って、お茶でも出させてたから」
「ううん、それじゃ妹さんに悪いから」
「別にいいんだよ、それくらいで怒る愛菜じゃない」
「お茶でも飲んでって、そのあと送っていく」
俺が玄関のドアを開け、上がっていくよう促すと伊集院は首を振って誘いを断ってしまう。
「ありがとう。でも鈴城くんの顔が見たかっただけだから」
二人でまた伊集院の家に向かって歩いていた。途中、コンビニに寄って、伊集院の飲みたい飲み物を奢るつもりで。
「これでいいよ」
コンビニに入るとまっすぐに歩いていく伊集院が指差したのは無糖のストレートティーでレジの真横のホットドリンクのコーナーに置いてあった。
「俺もそれにする」
普段、翼が生えたり、野生になったりするジャンキーなエナドリをよく飲むが、たまには身体に良さそうな飲み物もいいだろう。
ストレートティーを二つ取ってレジに持っていく。「二七〇円になります」と店員が値段を伝えてきたので硬貨三枚を渡してお釣りを受けとった。
「はい、あんなに待たせたのに紅茶一本でごめん」
「ううん、私が勝手に待ってただけだから」
健気だ……。
伊集院に渡そうとすると彼女の指と俺の手が触れてしまい、彼女の指は柔らかいけど、少しひんやりとしていた。
俺がコンビニから出ようとすると、伊集院はホットスナックのケースの前でうつむいて立ち止まってしまっていた。
「どうした?」
身体を傾け、伊集院の顔を覗きこむと真っ赤に染まってしまっていた。
「見ちゃだめぇ……」
「ご、ごめん」
あれだけ、男子たちにボディタッチやしっかりと手を添えて握手するなどのスキンシップを平気でしていたのに、軽く俺と肌が触れただけで立ち止まってしまうほど紅潮してしまうなんて、伊集院の想いが身体にまで現れてしまっている。
コンビニの外で夜風に当たっていると伊集院は落ち着いのか、俺の隣を歩いていてずっと待っていてくれた理由を訊ねていた。
「やっぱり寿先生とのこと、気にしてる?」
「気にしてないって言ったら、うそになる。先生の鈴城くんを見る目は違うって、やっぱり分かっちゃうから」
俺が断り続けているのに好意を寄せる女の子に完全に冷たくできないから、彼女たちは焦燥感に襲われてしまうのかもしれないな。
ぜんぶ伊集院に話せなくて、俺は言い訳がましいことを言ってしまう。
「伊集院が思っているような関係じゃないよ、俺たちは……」
俺と桜ちゃんは最後までいってない。でも桜ちゃんから求められたのは事実。
伊集院とはつき合ってもいないのに、なぜか弁解しているのは、どうしてなのか?
やっぱり俺は気になるんだろうな、伊集院のことが。
ふっと顔を上げて、夜空の星を見上げた伊集院は言った。
「二人を見てるとロミオとジュリエットみたいに感じちゃう。二人は想い合っているのに周りに反対されてるとか」
真逆だ。
むしろ周りは俺たちを結びつけようとしてきた。ただし、恋人、彼女、許婚というまともな形を取らずに。
だから俺は桜ちゃんを拒んだ。
「桜ちゃんは伊集院と似てるのかもな」
「先生が私と?」
「なんでもない、ただの感想」
断ったはずなのに、さらに俺に好意を寄せてくるところが……。
そんな思いに
「鈴城くん……よかったら家に寄って晩ご飯食べていかない?」
「ありがとう、伊集院。すごくうれしいけど、いまごろ愛菜が夕飯作ってると思うし、伊集院の家族にも突然おじゃまして申し訳ないから、また日を改めてお願いするよ」
うーっと半分泣き出しそうなくらい表情を曇らせた伊集院だったが、
「うん! また来て」
「わかった」
精いっぱいの笑顔を俺に向けて、大きく手を振って見送ってくれていた。
伊集院を送った俺だったが、独りで寂しく家路につこうと夜道を歩いていると、
「鈴城くん! たいへんだよ」
伊集院がつっかけのまま走ってきて、
【勇騎】
《ボクは怒ってない》
《いまでもキミが好きだ》
《梨衣を取り戻したい》
《鈴城に勝負を挑んで必ずな》
《梨衣、いまならボクたちはやり直せる》
《鈴城がそばにいるなら》
《伝えてくれ》
伊集院は木崎から送られてきたメッセージを見せてきていた。
俺みたいな陰キャがこんな未練たらたらのメッセージを送りでもしたら、即ブロック
梨衣は
「キモい、ブロックしちゃお!」
えっ!?
しちゃうの?
寝取られた上に心まで離れてしまうとか、俺が本当に伊集院を寝取っていることを信じているなら、木崎が少しかわいそうになる。
だって多くのNTR物なら、俺とは身体だけの関係で、心は木崎にあるみたいな感じなんだし。
翌日登校すると……。
木崎が俺たちの顔を見つけるなり、こちらに早足で歩み寄って、俺の足下に白い手袋を投げつけた。
手袋は左手。
なんというか、木崎の奴……貴族の儀礼的なことが好きなのかと思ってしまう。
「木崎、手袋落としたぞ」
「鈴城、俺はおまえに投げたんだ。拾え!」
「やだ」
「なんだと!?」
俺の返答が意図するものと違い、木崎は目を大きく見開いて驚いている。そんな木崎に俺はなぜ拾わないのか、とうとうと説いた。
「人に物を頼むときは拾ってくださいって言うのが筋だろ? なのに上から目線ってのがいただけない。木崎は浜田とは違って、そういうところがしっかりしてると思ってたのに、あいつと同じような礼儀知らずだったとは、俺は残念でならないよ」
俺はハンカチを取り、
「ボクは貴様にテニスで決闘を申し込むって言ってるんだ!!! お願いします、拾ってください」
木崎はそこから分度器を使ったようなきっちり三十度の角度で俺に頭を下げている。
案外素直でびっくりだ……。
伊集院にキモいメッセージを連続で何十通も送ってきたことからも分かる通り、これ拾わないと粘着されそうなんだよな。
伊集院ならかわいいで済まされるが、木崎に粘着されてもうれしくない。
だが俺は手袋を拾いながら、しきりに木崎へ訴えた。
「やめておいたほうがいいって! 決闘してもなにもいいことないから。俺なんか倒したところで木崎の勝ちを汚すだけだって!」
「中学時代、県大会優勝のボクに負けるのが怖いから、逃げてるんだろう。しかし逃げ得は許さんっ! ボクが勝てば、梨衣を返せ! あり得ないことだとは思うが鈴城が勝ったならボクの彼女をおまえにくれてやる!」
県大会優勝って俺をボコる気まんまんじゃねえか……。
それにくれるって言われても向こうの気持ちもあるから……。俺、
彼女は忘れてるかもしれないけど、一応身バレしないよう見たくもない教科書で顔を隠してるんだけどなぁ。
「ボクはおまえを多くの生徒たちのまえで恥じをかかせなければ、気が済まないっ!!!」
「マジでやめておいたほうがいいと思うんだけどなぁ……」
「そんなにやりたくないなら、ハンデをくれてやる。それなら文句ないだろっ!」
俺が勝負を渋っていると、木崎は実にありがたい提案してくれた。
「ああ、そう? じゃあ、がんばってみるよ」
木崎は去り際にほくそ笑んだが、みんなは知らないだろうけど、俺……松岡重蔵スクール出身なんだけどな、グランドスラムで勝ちを収めたプロテニスプレーヤーを生み出してるし。
大丈夫かな、木崎。メンタル弱そうだから。
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経世が桜ちゃんに自宅にお呼ばれしたシーンをSSで書きました。(第18.5話 裸婦【桜目線】)
近況ノートへ置いておりましたが、性描写で運営からお叱りを受けないためにnoteへ移しました。
※現状、警告等はいただいておりません。
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