第16話 スリーピング・ビューティー

梨衣りえ

《いまどこ?》


                 【真莉愛まりあ

                 《バス停》


《じゃもどるね》


                 《わかった》


 これが秘密の花園、女子LINEか、意外とあっさりしたもんなんだな。


 伊集院は水上とのLINEのやり取りしてる画面を俺に見せたあと、両手をお尻に置きながらもじもじと身体を揺らしていた。


かないの?」

「ん? なにを?」

「もうっ、私のLINEだよー」

「ああ、ごめんごめん。訊こうと思ってたんだけど、訊いても断られるかと思って」


「そんなことないよ! 私から教えてあげれば良かったんだよね」


 伊集院はピンク色のカバーのついたスマホを取り出し、画面をタップしたあとこちらに向けてQRコードを見せる。


 俺もポケットからスマホを取り出して、お互いのスマホを重ね合わせていた。


「読み取れた」


 ついこの間まで俺と伊集院との接点なんてあってないようなものだったのに、もの凄く増えてさっきなんて下手すりゃ身体まで重ねてたかもと思うだけで、現実感が途端に薄れてしまう。


【梨衣】

《届いた?》


               【経世】

               《ばっちり》


《これで》

《つながれるね》


               《つながる?》


《うん》

《ずっと》

《経世くんといっしょ》


               《なるほど》

               《そういうこと》


 俺たちはLINE交換すると、テストにとどまらず、すぐそばにいるにも拘らず、歩きながらメッセージで会話していた。



 すると……。



【梨衣】

《好き♡》


                【経世】

                《えっ?》



 伊集院から届いたストレートな気持ちを乗せたメッセージを受け取り、思わず戸惑いの返信をしてしまう。


 画面から目を離し、伊集院の顔を見るととても嘘告してきたときの表情と違い、晴れやかでとても澄んだ笑顔で俺を見てきていた。


 だがさすがに恥ずかしかったのか、伊集院は足早にバス停への道を先に駆けて行ってしまい、俺はしばらく彼女から送られたメッセージに釘付けになったあと、走ってゆく彼女の後ろ姿をただ呆然ぼうぜんと眺めることしかできなかった。


 伊集院に遅れてバス停につくと、そこに伊集院と中村と太田の三人しかおらず、水上と玉田の姿が見当たらない。


「二人は?」

「それがね……」

「う、うん……」


 太田と中村は互いを見合わせ、口ごもる。すると伊集院が俺の肩をとんとんと指で叩いて、耳打ちで教えてくれた。


「は? 玉田が水上に告白ぅ!?」

「声大きいよぉ……」

「すまん。でもこれが驚かないでいられないって」


 伊集院、伊集院ってウザいくらいにしつこく言ってた玉田がまさかの水上に告白とか、どういう風の吹き回しなのか、というかなぜ風向きが変わったのか理解に苦しむ。


「とにかくそんな歴史的名場面を見に行かないわけにはいかないな」

「そんな二人に悪いから」


 中村は首を横に振り、二人に遠慮しているようだった。


「違うんだ、中村。俺は純粋に友だちを陰ながら見守ってやりたいんだよ。そうあれ、“オラに元気を分けてくれ“って奴なんだ。スマホの電波が遠いと反応が遅いように、近くならもっと元気が出て俺たちがそばにいるだけで玉田の恋が実る確率が上がるかもしれない。もし俺たちが応援に行かずに玉田ががっかりした顔で戻りでもしたら、後悔しかないだろ」


 自分でもよくこんな適当な理由付けがでると思う。が、渋っていた中村は一瞬うつむいて再考したのか、返答した。


「確かにそうかも……」


 こんな面白いこと見ないわけにいかない。間違いなく不純極まりない動機である。


「応援することに賛成する者は挙手を願いたい」


 「ぼくもぼくも」と太田は高々と手を掲げ、伊集院も「私も真莉愛の友だちとして見る必要がある」と手を挙げていた。俺たち三人が中村を見るとそろりと顔の高さくらいまで挙げている。


「全会一致で決定だな」



 俺たちは時空屋近くの階段を急いで駆け下り、玉田と水上に気取られないよう、キリングハウスに突入する特殊部隊のようにハンドサインを出し合いながら、コンクリート擁壁ようへきの下へと配置についた。


 俺と太田はピタリと擁壁に背をつけ、擁壁の上にいる玉田と水上のやり取りを一言一句逃すまいと耳をそばだてる。伊集院と中村は制服が汚れるということで屈んで俺たちの隣で待機していた。


 玉田は“耳をそばだてれば“の告白シーンを真似たのか知らないが、土手に水上を呼び出しており、二人の声がしてきたので俺たちは四人は互いに顔を見合わせ、息を殺す。


「あんだよ、玉田。んなとこに呼び出して」

「俺は……俺は……」

「なにもったいぶってんだよ。てめえ、早く言えって。それでも男かよ?」


 肝心なところでうじうじと言葉が詰まるのはいかにも玉田らしい。玉田に苛立いらだちを覚えていた水上だったが、さすがにタマキンついてのかよ、とは言わないらしい。そりゃそうか……。


「おまえ、ふざけてんだったら、マジ潰すぞ」


 水上は玉田の胸元に視線をやったかと思うとそこから舐めるように玉田の目を見て凄んだ。いまから喧嘩が始まると言ってもおかしくないような場面だったが、玉田は渾身の勇気を振り絞って水上に向かって言い放つ。



「キミの子宮をはらませたい」



 俺は言葉を失った。


「……」


 俺と一緒に様子を見ていた伊集院と中村と大田も顔を見ると血の気引いて、女の子二人は口を手で押さえており、気持ちはみんな同じだった。


 最低すぎんだろ。


 しかし水上は黙りこんではいたものの玉田に向かって、いつもの表情からは考えられないくらいの優しい微笑みを浮かべていた。


 マジか?


 もしかして、もしかしてワンチャンあり!?



 しかし……。



 ぼこーーーーーーッ!!!



 なにかアスファルトが突然陥没して崩落したような音がしたかと思うと、水上は美しい前屈立ちの姿勢の見事な正拳突きで玉田の顔面を捉え、玉田は映画のワンシーンのようにふっ飛ばされて、ガブリの大地に沈んだ。


 これが正真正銘の玉突きビリヤードか。


「どっちもストレートすぎたね」


 太田、誰が上手いこと言えって?


 太田に続き伊集院も玉田の最低極まりない告白につっこみを入れる。


「あれなら、やらせてくださいって土下座したほうがいさぎ良かったかも」


 それはそれでどうかと思うが、割と伊集院は見た目と違って、さっきの多目的トイレでのこともあり、性に対して貪欲どんよくなほうなのかもしれない。


「おまえら、見てんだろ!」


 擁壁の上から水上の声がして見上げると、幸せな光景が広がっていた。


 水上のヒョウ柄おぱんつ、あざーすっ!


 太田は中村から目を覆われるというインビジブルのデバフをかけられてしまっていた。


 今日はどううやらJKおぱんつ、下から見るか? 前から見るか? の日らしい。


「鈴城に太田はこいつの後処理頼むわ」


 くいくいと立てた親指で水上は倒れているであろう玉田を指差す。どっちかは分からないが見物料ということなのだろう。


「あ、はい……」

「ラジャーッ!!!」


 俺が戸惑いながら返事する横で太田は目を塞がれながらも器用に敬礼していた。



 俺たちは施設内を管理する収納棚からとある物を拝借する。



 ザッ! ザッ! ザクッ!



「鈴城くん、これくらいの長さでいいかな?」

「そうだな、あとはもう少し深さが欲しい」


 人目につかない森の地面を掘り、俺たちは運んできた特級呪物玉田を埋めようとしていた。

 

「ううっ……」


 顔を赤く腫らした特級呪物がうめき声をあげるので、俺が様子を見にいく。 


「どないしたん? 死んではるわ」

「死んでねえよ!!!」


 縄でぐるぐる巻きにした玉田に呼びかけると、即座に突っ込みが入った。


 俺たちは気にせず掘り進め、ようやく埋葬するに足る穴ができた。玉田の墓が完成したことで俺と太田が額の汗を拭っていると、中村がじっと玉田の様子を見ており、なにやらぶつぶつつぶやいている。


「私、忘れなてないからね、玉田くんが言った『委員長かあ……あいつも一応女の子だからな』ということを」


 とうやら玉田が班決めのHRで中村のことを悪く言ったことを彼女は根に持っており、俺たちは慌てて中村の下に駆け寄った。


「中村っ、それボールやない。玉田や!」


 とても運動神経の良さそうに思えない眼鏡っ娘の中村が華麗なステップインから玉田の顔面へとサッカーボールキックを決めようとしており、確実にここで玉田の息の音を止めて帰る気だった。



 ――――その日玉田は思い知った。委員長を怒らす恐怖を……大地の中にとらわれる恥辱ちじょくを……。


「埋めるならせめて壁にしてくれ」



 玉田はあまりの恐怖に意味不明なことを言い残し、気絶していた。


 俺は中村の脇を抱え、太田は中村の蹴りに対してお尻を向け、阻止しようと試みる。


「こんな奴をやったら、中村の経歴に傷がつくだけだし、そもそもやる価値すらないって」

「そうそう、タマキンの汚らしい血に触れたら中村さんの手も足も心もぜんぶけがれてしまう」


「それもそうよね」


 なんとか俺の口八丁で中村をなだめたが、目を覚ました玉田が文句を言っていた。


「おまえら、めちゃくちゃ言うなよ」


 めんどくせえ!



 中村に対して謝罪した玉田を掘り起こし、俺たちはなぜ、あんな馬鹿な告白をしたのか時空屋の席に座り聞き取りしていた。


「水上がビッチだと思って、告白しただと?」


 玉田は頷く。


「ビッチだって、人を選ぶだろ、普通」


 中村と太田が俺の言葉にうんうんと頷いていた。


「いやだって、映画にもなった小説であんなタイトルあっただろ? 俺もそれにならってみたんだよ」

「それはその作品に失礼ってもんだ」


 話していると、パタンとからくり時計のドアが開いて中のドワーフたちがかなづちを振るい始めた。


「もう戻らないといけないな」


 俺たちは席を立ち、椅子を戻すと玉田が顔を青くしながら、突然頭を抱えてわめきだした。


「し、しまったぁぁぁーーーっ!!! 俺、まったく課題やってねえよ、どうしよ、どうしよっ。絶対、桜ちゃんに怒られるぅぅっ!」


 そりゃ、倒れたり、遊んでばっかいたら課題なんてできないだろ。


 だが俺は慌てる玉田の肩に手を置き、彼のスケッチブックを渡した。


「大丈夫だ、玉田の分も俺がやっておいた。安心しろ」

「マジかあぁぁぁ~。ありがとう、鈴城ぉぉ、恩に着るぜぇ」

「ま、クオリティは期待するな」



 俺たち八班+伊集院は無事担任に課題を提出し、バスへと乗り込んだのだが、水上はずっと玉田を睨んだままでいたたまれなくなった玉田は、俺たちの班から離れ、最後尾のシートで呆然自失の木崎の隣に座ることになった。


 その煽りで……。


 八班は三列シートの窓側に伊集院、真ん中に俺、通路側に水上が座り、通路を挟んでその向かいの通路側は中村、窓側には太田という座席表になっている。


 つか、なんで両手に花状態なの?


「鈴城くんのおかけでとっても楽しめたよ! 今度は二人だけで来ようよ」

「ああ、友だちとしてなら、いくらでも」

「ええーーっ!? 手もつないでくれないんだ」

「あ、いや……それくらいなら」


 俺がぐいぐい迫る伊集院にたじたじになっていると運転席の隣にあるポールを掴んで担任が立って言った。


「みんな、もう乗ったか?」


 担任が各班の班長に点呼を取りまとめさせ、全員いることが確認されるとドアが閉まり学校へ向けて、バスは出発した。


 伊集院は、パーク内を走り回ったことで疲れたのか、話もそこそこにうつらうつらと頭を揺らしており、まぶたも重さに抗えず、ゆっくりと閉じてきている。


 ついにはすーっ、すーっと穏やかな寝息を立てて眠ってしまっていた。そしてだんだんと身体が傾いてきて俺の肩に、伊集院は身体を預けてしまっていた。



 スリーピング・ビューティー。



 俺の肩を借りて眠る伊集院をひとことで言い表せば、それが一番よく似合う。安らかな寝顔で眠る彼女を見ていると不思議と守ってあげたい、そんな衝動にかられてしまっていた。


 思わず、髪くらいなら撫でてもいいよな? と水上の様子をうかがうと、


「えっ、マジか?」

「うん、そうなの。意外でしょ」

「いや同中おなちゅうは意外もなにもねえって」


 伊集院と中村が同じ中学であったことを水上と話ていた。


 俺は伊集院の髪を撫でながら、パーク内で彼女から寄せられたまっすぐな好意について、思い出していた。


 玉田や太田に聞いたところによると、先に伊集院とLINE交換を済ませていたらしいのだが、ここ一週間彼らが伊集院にメッセージを送っても返信が滞っているらしかった。


 まさか本当に俺一本に絞ったということなのか?


 だとしたら、あんなにもストレートに好意を寄せられたのは……。


 先頭の席で前を見る担任の姿を俺は見つめた。


「鈴城、おまえ……意外と面白い奴だな。もっとつまんねえ遠足になるかと思ったら、笑ってばっかだった」


 どうすれば、と悩みの増えた俺に水上が楽しそうに話しかけてくる。中村のほうを見ると太田と仲良く話しており、短い間の校外学習で八班はずいぶん親好を深めたものだとしみじみ思った。


「鈴城、さっきビッチも人を選ぶつってたろ」

「聞いてたのかよ……ビッチ呼ばわりして、すまん」

「いや、んなことはいい。鈴城さ、あたしと一戦やんねえか?」


「やるって、格闘技を? ゲームを? 俺みたいなクソザコと水上みたいな最強種が? 冗談キツいって」

「そうだな、ベッドの上で格闘っつったら、どうだ?」


 それって、まさか?


 俺がぎょっとして、水上の目を見ると、


「ははっ! 引っかかった! これだから陰キャはチョロいんだって!」


 口角が広がり、にたっと悪そうな笑みを浮かべた。なんだ陽気キャの陰キャいじりかよ、ドキッとさせられたが、水上が俺に気がないと分かり安心する。


 寂しくないわけではないけど。


 水上は中村たちと伊集院の様子をちらと見ると俺の耳に両手を当て、音が外に漏れないようにささやいてくる。


「あたしさ、彼氏彼女っつうフツーの恋愛にあんま燃えないんだよな。ほら、なんつうの陰毛がなんちゃらって奴?」

「インモラルかな?」


「それそれ! 鈴城がさ、梨衣と付き合ったら、一回しようぜ。梨衣が寝てる横でパコるとか憧れね?」

「……」


 伊集院がすやすやと俺の肩を借り眠る中、吐息を俺の耳に吹きかけながら、ささやく水上の言葉に無言にならざるを得なかった。


 なぜ俺の周りにはヤバい性癖の女の子しか集まらないのだろうか……。


 どう考えても破滅エンドしかない俺の運命をはかなんでいると、立てた親指をくいくいと動かし、最後尾の席を差した水上は、さっきまでとは打って変わり神妙な面持ちで俺に警告する。


「まあ、いまはそれより大事なことがある……鈴城。浜田には気をつけろ。あいつは木崎以上に梨衣に執着してる」

「ああ」


 俺が素直に伊集院の告白を受け入れ、付き合えない理由のひとつが浜田なんだから。


―――――――――――――――――――――――

経世、真莉愛との浮気不可避か!?

まあこんなハーレムっぽいの作られちゃ、陽キャ男子が黙ってないでしょうね。ちょっとだけ経世が昔取った杵柄で本気出すかもw


そろそろ10万字も見えて参りました。ですので、連載継続するか決めないといけません。またフォロー、ご評価次第で心変わりするかもしれませんのでポチポチよろしくお願いいたします。


※楽しみにされてる読者さまには申し訳ないのですが、他にも書きたいものがめちゃくちゃあるのでお許しください。

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