第14話 熱視線

 ガブリパークの中でも一番景色がよく雰囲気も素晴らしい時空屋のテラスで俺は伊集院からキスを迫られていた。


 うそだろ……。


 だが伊集院は冷静さを欠いている。目立ちすぎる見目のよい美少女な上にうちの高校の制服で堂々とテラスで俺とキスするなんてあり得ない。


【深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ】


 とはフリードリヒ・ニーチェの言葉だけど、俺たちが景色を見る時、景色もまたこちらをのぞいているんだから。


 実際水上、中村、太田が崖になってる下から俺たちをがっつり見てるし……。


 キスシーンを誰かから撮られたら、それこそ伊集院は脅されて、寝取られみたいになってしまうって!


 俺は迫ってくる伊集院の両肩をしっかり掴むと彼女は俺がキスすると勘違いしたのか、軽く唇を尖らせ、準備万端のご様子。


 ここでお互いに人生を終わらすわけにいかないので、マジでキスする五秒まえの伊集院に告げた。


「伊集院……あのな、すげえ見られてるからダメだって」

「ええっ!?」


 俺が伝えると焦りから美しい黒髪を振り乱しながら、伊集院は欄干に手をついて下を見る。


「梨衣ーーーッ、いいぞもっとやれーーーっ!」

「がんばってーーーっ、梨衣!」

「ばっちり撮ってるよぉぉ!」


 三人はそれぞれ俺たちを応援してくれてるようなのだが、茶化されているようにしか感じない。


「ひ~ん、見られちゃってたぁぁぁ……」


 見られていることに気づいた伊集院はしゃがみこんで顔を押さえて、恥ずかしがっている。


 なにか夢中になると抜けてしまうところは伊集院の弱点でもあり、彼女のかわいらしさをより引き立てる要素ではあるんだけどな。


 でも俺が大丈夫かと近寄ると、彼女はてへへと舌を出しておどけてみせた。


 衆人環視の中でキスなんて、罰ゲームでしかないだろ。唯一の救いは伊集院とキスできる……いやいや彼女の術中にはまってはいけない。

 

 これに懲りたのか伊集院は色仕掛けを止め、


「……ま、真面目に課題やろっか」

「そうだな、それがよさそうだ」


 俺たちはようやくスケッチに取りかかる。


「じゃあ、私は鈴城くんを描いてみたいなぁ~」

「俺? せっかくの雄大な景色があんのに?」


 伊集院の申し出に俺は戸惑い、自身に向けて指を差すと彼女はことなげもなく言ってのける、


「だって、私の好きな人なんだもん」


 伊集院は手をうしろに組んで、少し腰をかがめてはにかみながら……。それを聞いた途端に俺の頭の中を伊集院の言葉が何度も何度もリフレインしていた。


 特徴的な黒髪が陽の光に照らされて美しく輝くいており、俺に微笑みかける伊集院の姿を見るとガブリ映画に出てきたヒロインを思わせてしまう。


「こほん」


 わざとらしくせき払いをした俺は本当にヒロイン然とした伊集院に目を奪われてしまうが、すでに彼女はスケッチブックを広げてじっと俺を見たり、視線を落として4Bっていう濃い鉛筆で白い画用紙にスケッチしていた。


 集中している彼女を邪魔しないよう俺は欄干に片手をついたまま、広がる景色を見るポーズを取り続ける。


 ちらと見る伊集院の真剣な表情は、凛としていてときにどこかの上品なお嬢さまのように微笑んでいたり、ときに口を大きく開けてコミカルに笑うのとまた違って、見ていると引き込まれそうなほど澄み渡っていた。


 伊集院の真剣な表情を見つめながら十分ほどで声がかかる。


「鈴城くん、できたよ! じっと我慢させてごめんね」

「いや我慢なんてしてないな。伊集院の真剣な表情はいつまでも見てられる。むしろもう見れないのが残念だな」


 申し訳なさそうに謝る伊集院に俺は率直なことを言うと、


「そ、そんなことないよぉ……」


 彼女はスケッチブックで顔を隠したあと、ゆっくりと下げ、目元だけ見せて赤くなった顔で俺を見ていた。


「モデルが俺みたいなモブ男でごめん」

「そんなことないよ!」

「じゃあ、見せてもらっていい?」

「う~」


 伊集院の描いた俺を見ようとすると彼女は酷い飼い主に捨てられた犬のように唸り、スケッチブックを胸元に抱えて隠してしまう。


「見せてくれないの?」

「だって恥ずかしいんだもん。見たら鈴城くんは笑っちゃうから」

「笑わない。伊集院が一生懸命描いたんだから」

「う、うん」


 ようやく俺に見せる決心がついたみたいでおずおずと立てたスケッチブックを傾け、俺をスケッチした全貌が露わになる。


 伊集院の描いた俺の顔は前衛芸術のようで左右の目の大きさや鼻の位置はちぐはく、身体は棒人間か、ピクトグラムみたいにやたらほっそりしており、俺は彼女に笑わないと誓ったがそれは無理な相談になりそうだった。


「こ、これはスゴいな! ぷっ、ぷぷっ、あーはっはっはっはっーーーーー!!!」

「もうっ、笑わないって言ったのにぃ!!!」


 俺が笑うと伊集院は頬を膨らまして、俺をぽかぽか子どもの喧嘩みたいに叩いてくる。


「ごめん、ごめん。伊集院の才能が斜め上に突き抜けていて、いいなって。俺がどう頑張っても描けない個性を持ってるって」

「そ、そう? だったらうれしいなぁ~」


 どうやら俺の誉め言葉が功を奏したのか、伊集院画伯は機嫌を直してくれていた。


 ちょろすぎる気もするが……。


 膨れた頬の空気が抜けて、笑顔が戻ってくる。頬を膨らました顔も、澄ました笑顔もどちらもかわいいのは美少女の特権で、まさに役得だ。


 なにも持たない俺だけど、とりあえず次は俺のターン!


「俺に三分だけ時間をください」

「そんな短くていいの? クーピー三分クッキングでも十分ぐらいあるよ」

「伊集院、それは禁句だ」


 驚いた伊集院はマヨネーズとクーピー人形でお馴染みの番組の裏事情を暴露しちゃってる。大丈夫大丈夫と彼女をなだめて、欄干に手を置いてもらい、彼女の横顔をスケッチしていった。


 俺は伊集院には悪いが彼女の描いた棒人間を見て吹いてしまったが、彼女の描き方は基本としてなんら間違っちゃいない。


 さっと頭の輪郭を捉え、身体のラインを棒人間と同じのように胴体、腰、足を薄い線で描いた。ゆっくり見ている暇はないが、吹き上げる風にたなびく長い黒髪が顔にかからないように額の前に手を置いただけで芸術と思えるほど伊集院は綺麗だ。


 俺はその芸術をただ紙にスケッチするだけでよかった。


「お待たせ、できたよ」

「えっ!? もう?」


 伊集院はいつもはしていない細い黒革のベルトの腕時計を見て驚いていたが、俺のスケッチブックを見ても目を丸くして驚いている。


「えっ!? これが私?」

「風に吹かれた美少女の横顔を描いてみたんだけど、どう? 俺の絵なんて面白くもなんともないでしょ? ただそのまま描くだけだから」


 クソ親父に半ば強制的に絵画教室に行かされ、下手だの散々文句を言われ面白くもなんともなかったが、偶に桜ちゃんにせがまれて描いたとき、彼女が笑顔になったことが唯一のいい思い出。


「私がこんなに綺麗なるなんて……」

「そのまま描いたつもりなんだけどな」


 なんにせよ俺の描いたスケッチで伊集院がよろこんでくれたのなら、うれしい。


「宝ものにするね!」


 伊集院は俺のスケッチブックを抱えてしまい、離そうとしなかった。


「いや伊集院、それ俺の課題なんだが……」


 結局俺は課題用と贈答用のスケッチ描く羽目になり、画用紙を留めているスパイラルリングから紙が大きく裂けないように注意しながら切り離して伊集院に渡していた。


「ほい、こっちの方ができがいいだろう」

「あ、あじがどうぅぅぅぅ……だいぜつにずるね……」

「おいおい、泣くことかよ」


 受け取った伊集院は俺が彼女の横顔を描いたスケッチがよっぽどうれしかったのか、大粒の涙を流して号泣してしまっていた。


 俺の胸元に寄り、泣く伊集院にいいのか戸惑いつつも頭を撫でてあやす。間近で見る彼女の髪は本当に綺麗でしっとりとした手触りなのに、するすると手が滑らかに通ってしまっていた。


 大したことしてないのにこんなによろこばれるなんて……。俺みたいなモブでも伊集院級の美少女の役には立つんだなって思ったら、ちょっとうれしくなった。


「あのね……鈴城くん」


 まぶたにまだ滴を残しながら伊集院は俺を呼びかけ、俺は「ん?」と答える。


「私、その我慢できなくなっちゃった……おトイレに一緒についてきてくれるかな?」


 伊集院は恥ずかしいのか顔を上気させ、内またをもじもじと動かしながら、俺の袖を掴んだ。


 もう満水警報が鳴りっぱなしなのかもしれない。


 黄昏の丘付近にはお手洗いはなく、水上が使ったあそこまで戻らなければいけなかった。


「伊集院、ごめん!」


 俺は緊急事態ゆえに伊集院と手をつなぎ、慌てて時空屋をあとにしていた。


「はあ……はあ……」


 少し走るとお手洗いに着いたのだが、伊集院は走ったことで少し息を切らしている。


 俺が間に合ったことに安堵していると、伊集院はつないだ手を離すことなく、多目的トイレへと向かっていく。


「あ? え? 伊集院……?」

「もっとありのままの私を描いてもらいたいかなぁ……って思っちゃった。誰もいないところにいこっ」


 戸惑う俺の手を引いたまま多目的トイレのスライドドアを開け放ち突入する伊集院。焦っているかと思われた彼女はカチャンとドアの鍵を回して閉める用意周到さを見せる。


「!?」


 伊集院をよく見ると太ももからおしっこではない透明な滴が垂れているらしかった。


 ま、まさか冗談抜きで伊集院の奴、本当に濡れてるのか!?


「私、鈴城くんにいっぱい見られて、興奮しちゃった」


 はあ、はあ、とトイレに入るまえより以上に息づかいを荒くして伊集院はプリーツスカートの裾を掴んだかと思ったら、ゆっくりとまくりあげようとしていた。


―――――――――――――――――――――――

ついに梨衣の誘惑が来る?

次回、これが本当の写生大会!!!


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