第13話 写生大会

「あ~ん♪」

「あ~んじゃねえよ、伊集院。なにしれっと彼女ポジションになってるんだ」


 まんまと木崎に俺に寝取られたと言い張って、メンタルブレイクさせた恐ろしい伊集院だったが、いまは俺の隣で作ってきたお弁当の玉子焼きを箸で取って、俺に食べさせようとしていた。



 お昼前に一旦、駐車場へと戻った俺たちだったが、相変わらず木崎は精気の抜けたゾンビのような顔をしており、それとは逆に俺と一緒に行動していた伊集院はそこはかとなく笑顔を振りまいて、しあわせそうな顔をしている。


 担任はクラスメートたちに写生大会に使うスケッチブックを配っており、俺もそれを受け取ったのだが、あろうことか受け取る際に伊集院が「鈴城く~ん」と名前を呼んで俺の腕にしがみついて、


「午後も一緒に班別行動しようねっ」


 とたわわな乳房を押し当てきていた。


 伊集院と担任の視線が重なったとき、互いの目から強い閃光が走ったかと思うとバチッと強くぜたかのような錯覚がした。


 いつも無気力な担任が伊集院に向ける目は明らかに生徒へ向けるものでないことに思わず背筋が寒くなってくる。


「経世、事情はあとで聴く」


 俺を見下げながら、怒気をはらんだ声で伝えていた。なにも言えず、俺はただ額から冷や汗を流しながら、担任の言葉に頷いていた。


 俺と伊集院がやけに距離が近いことをクラスの男子たちがひそひそ噂していたが、見たくないものにふたをしたいのか、伊集院のスキンシップがたまたま過剰になったくらいだろうと話して現実逃避しているらしい。



 結局俺は伊集院に押し切られる形で俺の班となし崩し的に合流してしまった伊集院とピクニック気分でパーク内のベンチでランチをいただいているのだ。


 ランチボックスには俵型のおにぎりに玉子焼き、焼き目のついたウィンナーと茹でたブロッコリーと割とシンプルなものなのだが、こういうのでいいんだよ、こういうので、と思えるような構成でとにかく旨そうに見える。


「だめ?」


 きれいなお箸の持ち方と玉子の下に手を添えて、上目づかいで超絶美少女+おっぱい大きい伊集院に見つめられながら、ちょっとおどけた感じで訊ねられるとノーと言いづらい。


「惚れ薬とか危ないものは入ってないよな?」


 明らかに嘘告みたいなことをしてきただけに伊集院が本当に俺のことを好きなのか分からないが、彼女が俺を好きにさせようとしてるとか自分で言ってて自意識過剰さに嫌気は差してしまう。


 それでも一応伊集院に変化がないか、確かめる必要はあるから、訊ねたんだが……。


「そんなのいれてないよ! 私の愛情はたっぷりいれてるけどねっ」


 とうやら伊集院は俺の胃袋を掴もうする第二フェーズに移行したらしく、悔しいが玉子焼きを持った箸をピースサインに見立てて、額の前で掲げながらウィンクする伊集院はクソかわいい。


 それに伊集院からシャンプーのいい香りがするだけじゃなく、お弁当からもいい匂いがしてきて腹の減ったいまの俺には伊集院が飯テロリストにしか見えない。


「俺は玉子焼きで買収されるような安い男じゃないぞ。だがせっかく伊集院が用意してきてくれたんだ。捨てるのには惜しいからいただきます」

「うん!」


 すみません、嘘つきました。俺は百均で売ってるお茶碗並みに安い男です。


 そんな俺にも拘らず満面の笑みを浮かべて、頷く伊集院のかわいさを言葉で表すとすれば、日本の歳入を軽く凌駕りょうがしている。


「百七兆円の笑顔に乾杯!」

「えっ?」


 俺がペットボトルのお茶を伊集院に向けて、冗談を言ったのだが、彼女にはご理解いただけなかったようで、さっき買ったばかりのホットのお茶が俺たちの間に流れる寒い空気で冷めに冷め切っているようだった。


 いたたまれず俺は伊集院から顔を背けながら頼んだ。


「いやいまのは忘れてくれ」

「忘れないよ、鈴城くんが私にくれた言葉は……」


 や、やめて、すべったギャグをずっと覚えているのは……。


「食べてくれるよね?」

「はい……」


 百均茶碗の俺と百七兆円級の美少女の伊集院、彼女が俺にあ~ん♪してくれてることが信じられない。


 つか伊集院よ、なぜにキスするときのように目を閉じて、麗しい唇を俺に向けてくるのだ?


 目を閉じてるため伊集院のガイドビーコンが役立ちそうになく、俺の鼻やほっぺたに玉子焼きが突っ込まないように気をつけながら、箸に口をつけた。


「マジ飯うまぁぁぁーーー!!!」


 俺が伊集院の玉子焼きを口に入れた途端、感嘆の声を上げようと思ったら、そのお株を奪う奴がいた。


 水上だ!


 どうやら俺が伊集院を寝取ったことで木崎をざまぁしたことに満足してるらしかった。


 俺はなんもしてねえのに……。

 

 肝心の伊集院の玉子焼きだが、ただ焼いただけでなくだしで味つけされており、薄く厚さで巻いているがふんわりとした食感で相当旨い!


「おいしいよ。シンプルな玉子焼きに見えるけど、食べると分かった。伊集院が手間ひまかけて作ってくれたことが」

「うん、鈴城くんがわかってくれて私、うれしい」


 俺が伊集院の玉子焼きの旨さに頬が緩んで目を細めていると、伊集院は目じりから滴を流して、それ指で拭いながらうれしそうな顔を浮かべていた。


「そんな泣くほどのことは言ってないって」


「ううん。中学のときにね、私がお弁当を作って持ってきていたら、男子たちがやってきて私のお弁当を見て馬鹿にしたの。『うわっ、まっずそう』って。それで私が『食べもしないで』って言ったら、怒った男子は机の上のお弁当を手で払いのけて、ごはんもおかずもぜんぶ床に落ちちゃったことがあったから」


 俺は耳を疑った。


 どう考えても、宇宙一かわいい伊集院がまるでいじめられていたかのようなことをほのめかしたのだから。


 だが人間誰しも触れられたくない過去はある。


「そっか、それはたいへんだったな。そいつらの分までぜんぶ食って食い尽くしてやる! そしてその男子どもに伊集院の作る弁当は三ツ星レストランのシェフが土下座して弟子入りを懇願するくらい旨いって説教してやんよ」


「そんな……それは大げさだよ~」


 伊集院は顔を赤くして、両手を頬に当てながらふるふると恥ずかしそうに震えていた。


 なんてこった。


 こんなかわいい仕草を見せられると胃袋どころか、心までぜんぶ掴まれてしまいそうになる。それに伊集院に辛い過去があるなら、もっと誉めてあげたい。


 俺にはそれくらいしかできないのだから。


「う、産まれる……」


 思わず産気づいた妊婦のように口を手で塞いだ。腹の形も臨月ぐらいぽんぽんに膨らんでしまっていた。


 伊集院の持ってきてくれたお弁当に合わせ、愛菜のお弁当まで完食したのだから、若いとはいえ俺の胃袋はヤバいことになってる。


 勘のいい妹は嫌いだよ!


 愛菜の勘は鋭く、俺が妹の作ってくれたお弁当を残そうものなら、伊集院となにかあったことを疑いかねない。


 さすがに愛菜の料理の腕は伊集院に敵わず、冷凍したコロッケなどが中心だが、忙しいにも拘らず俺のために「お兄ちゃんのお弁当なんて私のついでなんだから!」と文句を言いつつ作ってくれる気づかいをありがたく思う。


「なんでなんだよぉぉぉ……伊集院さんがこんなゴミカス鈴城にお弁当をあ~ん♪してやるとか、世界の終わりだぁぁぁ……」

「いやそれはタマキンだけでしょ」

「俺はこれから死ぬからおまえら来るんじゃねえぞ!」


 太田は現実が見えているらしく、普通に玉田に突っ込んだのだが、玉田は伊集院が俺に懐いていることに絶望したのか捨て台詞を残して時空屋の中に入っていってしまった。


「大丈夫かしら?」


 うちのクラスの良心とも言える中村が走り去った玉田をベンチから立ち上がり心配そうにしていた。


「大丈夫大丈夫、いつものことだから。放っておいていいよ」


 玉田は女の子に告って振られるたびに死んでやると屋上に行くが、しばらくしたら「なんで止めねえんだよ」と戻ってくる。


 全会一致で玉田の放置プレイを決めると、中村が口火を切る一言に水上も同意して腕を高く上げ背伸びしていた。


「そろそろ始めた方がいいかもね」

「だな。は~腹も膨れたことだし、暇だからサッサと始めてサッサと終わるか」


 お腹も満腹になり、少し落ち着いたところで課題の写生を始めた一班の面々とゲスト一名。


 俺もスケッチブックを片手にどこでなにを描こうか迷っていると、とんとんと肩に指が触れたような感覚がする。


 振り向くと伊集院がおり彼女が俺の肩に触れていた。彼女は両手に持ったスケッチブックを差し出して、おずおずと俺に訊ねた。


「鈴城くん、景色のいいところで描かない?」

「ああ、別にいいけど」


 演技なのかもしれないが、それを置いても恥ずかしさをこらえながら俺を誘う伊集院はとにかくかわいい。


 普通なら玉田と太田の野郎どもで寂しい高校生活を愚痴りながら描くはずが、おかしなことになってる。


 伊集院の手を引き、俺たちは時空屋へ。


 事前に調べた情報では時空屋のテラスからパークが一望できるので、入っていくと玉田が欄干にしがみついていた。


 振り返った玉田の肩にぽんと手を触れ、


「止めにきたのか?」

「いやスケッチしにきた」

「止めないのか?」

「俺は人の目標や願望があるなら、それを素直に応援したいタイプだ」


 俺は奴の背中を押す。


「うわああああああーーーーっ! なんで誰も止めてくんねえんだよーーーっ、死んでやるぅぅ」


 テラスから飛び降りれば玉田の願望は叶うはずたんだが玉田は悲痛な叫びをあげ、奴は飛び降りることなく、なぜかテラスから部屋に戻って時空屋からも出ていってしまった。


 すると伊集院は俺の耳元でささやいた。


「鈴城くんと二人きりになれたね」


 まるで“じゃまものはいない“とでも言いたげな伊集院も玉田の扱い方になれてきたのか、上気した頬に俺を見つめる瞳を蕩けさせている。


「えっ?」


 伊集院は戸惑う俺の肩に手を置いて、迫って来て目を閉じてしまっていた。


 いやこれって、キスのおねだりなんじゃ……。


 どうする俺!?


―――――――――――――――――――――――

ぐいぐい来る梨衣たんに経世は断り続けることはできるのか!? 次回、梨衣一肌脱ぐ!


フォローが増えるたびに梨衣がえっちに、★が増えるたびに真莉愛がエロく、ハーレムなら両方を……ととかお願いしてみたりして。


たくさんのフォロー、ご評価ありがとうございます。そうでなくても読んでくださり、うれしいです! これくらいしか出来ませんが、SS公開しています。https://kakuyomu.jp/shared_drafts/dwFzVM67ipx0aWltKIFNcxNixe5G7AHC


以上、のけものになった作者からでしたw

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