第11話 わがまま

 俺と伊集院とのやり取りを手を祈るように合わせて不安そうに見ていた中村が口を開いた。


「鈴城くん……梨衣をお願いします」

しおりちゃん!?」


 ん?


 伊集院は中村の言葉にびっくりしてるんだが、俺にはよく分からない。


 そういやバス停のベンチで二人で座っていたけど、黒髪三つ編み眼鏡っ娘という三拍子揃った地味子の中村と、かたやうちのクラスのトップカーストにして学園のアイドル的存在の伊集院との接点があったこと自体に驚きだ。


 俺がきょろきょろと伊集院と中村を交互に見ていると水上が伊集院の肩に手を置いて、互いの額をくっつけ伊集院に声をかける。


「やっと素直になりやがったか」

「真莉愛!?」


 伊集院は水上の行動に驚いている。俺と水上が抱き合ってるシーンなんて見りゃ伊集院でなくとも驚くよな。


「梨衣を素直にさせるためにあたしはひと芝居打ったんだよ。好きなだけ、鈴城に告れ」


 木崎たちとは関連こそなかったが、やっぱ水上が俺に抱きついてきたのは演技だったのか。


 それは分かっていたからいいとして、水上に背中を押された伊集院は俺にまた潤んだ瞳で訴えかけてくる。


「鈴城くん、私……キミのことが……好きになってしまったみたい……」


 俺は伊集院の告白に大きく首を左右に振りながら返事する。


「信じらんねえよ。学園一の美少女って噂のある伊集院だぞ! それが俺なんかに嘘告じゃなくて、マジだとか……。見てみろよ、世界中のかわいさをすべて集めて伊集院ただ一人に集約したヴィーナスに勝るとも劣らない容姿に加え、みんなに優しくて人当たりが良く、陰キャの俺でも話しかけやすい子なんてそうそういないって。はっきり言って、けなすところなんてまったくない完璧な美少女だ!」


「そ、そんな誉められると私……おかしくなっちゃうから、ダメだって! うれしくて、鈴城くんのこと益々好きになっちゃう……また今晩も鈴城くんが夢に出てきて、私にえっちなことをしちゃうに決まってるよ」


「伊集院やめてくれ、そんな見え透いた演技はたくさんだ。なんで俺なんだよ……」

「いっぱいいっぱい私のこと……誉めてくれるんだもん。付き合うとかそんなことまったく関係なしに……」


 伊集院は俺が彼女の想いに応えられないからなのか、誉めたからなのか、大粒の涙を流しており、中村ももらい泣きしたのか、まぶたに滴を浮かべて、人差し指で拭っていた。



 俺はただ伊集院に対する素直な感想を述べただけ。



 ダメなんだよ、俺は。伊集院みたいな最高の女の子と付き合っちゃ。人を誉めることでよろこんでもらって気分を良くさせる。その程度のことしかできないんだから。


 そのおかげで俺は底辺でありながらも穏やかに暮らせる。いわば処世術なんだ。


 俺は伊集院の肩に手を置いて、彼女を諭す。


「それに伊集院。だめだからな、俺たちは高校生なんだから健全な友だち付き合いしないとな」


 これならちゃんと伊集院は分かってくれるだろう。


 NO不純異性交遊だ!


 俺は真面目な生徒なのだ!


 伊集院はじっと俺の目を見つめたあと、恥ずかしそうに目を逸らして、握った手の指先を彼女の口に当てながら俺のもっとも知られたくない恥部を暴露しはじめる。


「でもね鈴城くん……私見ちゃったの。キミが本屋さんでえっちな小説立ち読みして、吟味ぎんみした上で購入してたよね? たしか美少女文庫でタイトルは……ちょっと長いから思い出せないけど、表紙イラストは私に似た黒髪の清楚系JKがおっぱいをポロリしてたような……」


「うわあああああーーーーーーーーーーっ!?」


 俺は伊集院の言葉を、叫んで必死にかき消そうと頑張った。


 ぜんぶストーキングされとる!!!


 おまけに水上と中村の前で美少女文庫のタイトルを口走ろうとしてるじゃねえか!


 そんなことをされてしまえば、俺の性癖がクラス中、いや学校中に知れ渡り、俺は社会的に抹殺されてしまう……。


 伊集院っぽい子が表紙のえっちな小説を買ったのは出来心だったんです……。決して、伊集院とそんなことがしたいとは露とも思って……る。


 水上は額の端に浮き出た青筋をぴくぴくさせながら、握った拳の指をぽきぽきと鳴らしていた。


「あー、委員長……あたしちょっとムカついてきたんだけど、二人まとめてシメてやってもいいか?」

「クラス委員としては水上さんを止めないといけない立場にあるんだけど、中村栞個人としては、ぜひともお願いしたいわね」


 なんか水上と中村から俺と伊集院がじれじれしてるように思われてしまっているようで、二人からの圧がすごい……。


 おまけに伊集院までぐいぐい迫ってきて俺はベンチから転げ落ちそうになるが、首を縦に振るつもりはなかった。


 すると伊集院はなにかを察したのか、迫る動きがぴたりと止まり、


「もしかして、鈴城くんは寿先生と付き合ってるとか。だったら、子どもみたいな私とじゃ、比べものにならないよね……」


 伊集院は自分を卑下するようなことを言って、一旦俺から顔を背けたかと思うと、また泣き出してその滴が俺の手の甲にぽたりぽたりと落ちていた。


「違うから! 桜ちゃん……寿先生は俺の家庭教師みたいなことをしてくれてたんだ。付き合ってるわけじゃない。いまも昔もただ俺の先生ってだけだ」


 表向きは……だけど。


 とても俺と桜ちゃんとの関係の真実を人になんか言えるわけがない。


「だったら私と……」


 伊集院は彼女の涙で濡れた俺の手の甲に手を重ねて、訊ねてきていた。


 そんな純粋無垢な瞳で見つめてきて、俺を困らせないで欲しい……。


 押さえられていない右手を伊集院に向けて伸ばしたときだった。


「おーい! 梨衣~! どこだ~!」

「伊集院! 俺はここだ! どこいる!」


 姿こそまだ見えないが、俺たちが来た道の向こうから木崎と浜田の声がする。


 たぶん伊集院が班から離れてたから、探しに来たんだろう。


「とりあえず伊集院は班に戻れ」


 俺は伊集院といるところを木崎たちに見られたくなかったので身を隠すと、


「あたしもあいつらと顔を合わせたくねえから! 委員長頼むなっ」

「えっ!? 私!?」


 水上まで屋根付きのバス停の裏に来てしまい、おろおろする中村と伊集院だけが残った。


「梨衣……こんなところににいたのか。さあ、ボクたちと戻ろう」


 木崎は少し苛立っているのか口元をこわばらせ伊集院の手を強引に掴もうとしていた。


「中村ぁ、なんで俺たちに知らせてくんねえんだよ。学級委員だろうがよぉ!」


 浜田は浜田で中村にずかずかと迫る。ズボンのポケットに手を突っ込みながら、首を傾け眉間にしわを寄せながら、彼女に凄んでいた。


 中村がおろおろしていると、乾いた音が響く。



 パシンッ。



「いやっ! 私戻らないから! ここにいる」


 えっ、おいおいなにしてんだよ伊集院!


 彼女は木崎が触れてこようとした手を振りたくと、両手を胸のまえでクロスに組んで、まるで痴漢にでも襲われたかように防御の態勢を取っていた。


「中村ぁ! どういうことなんだよ、これは! てめえ、責任取れんのかよ、ああっ!!!」


 浜田は中村が伊集院になにか吹き込んだとでも勘違いしたのか、お目当ての伊集院が戻らないことに苛立ち、中村の胸ぐらを掴んでしまった。


「く、苦しいっ、や、やめて……浜田くん……」

「ああ? ならおまえが伊集院を説得しろよ」


 女の子になんてことしやがる!!!


 ああっ! くそっ!


 あいつらに俺が伊集院から迫られてるのに気づかれないで助ける方法とかねえのかよ……。


 そうだ! これなら大丈夫だ。


「浜田! なに勝手に俺の栞に手、出してんだよ。傷物にしたら、ぜってーただじゃおかねえぞ!」


 俺はこそこそ隠れていたバス停の裏から飛び出し、中村と浜田の前に立って、言い放つ。


「けっ! んな地味子、俺が手なんか出さねえよ!」


 浜田は華奢きゃしゃな中村の身体を突き飛ばすようにして手を離すと足がもつれそうになりながら、俺の方に後ろ向きで倒れこんでくる彼女の身体を受け止めた。


 ――――けほっ、けほっ……。


 受け止めたものの、中村は喉が苦しいのか咳き込んでしまっていて、


「大丈夫か、栞……」

「うん、ありがとう。もう大丈夫だから鈴城くん」


 俺が声をかけると、中村は気丈に振る舞いつつも身体が恐怖からか小刻みに揺れていた。


 そこに水上もやってきて、木崎たちに言い放った。


「おまえら、嫌がってる女を無理やり連れて行こうとか最低だよ。そりゃ梨衣だって嫌だろう」


 木崎は水上の言葉を鼻で笑うと正論を返した。


「真莉愛、これは一班の問題だ。おまえは黙ってろ」

「水上……ちょっとかわいいからって、俺らが手出さねえって思ってたら、大間違いなんだよ!」


 それに続く浜田。


 苦しそうにしていた中村は震えも止まったところで俺の手の上に手を重ねてきた。


「私が彼らを説得するから!」

「ちょっ、そんな無理だって」


 中村が俺の手元から離れたときだった。


 立ちすくんでいた伊集院は……、


「私、決めたの、鈴城くんと付き合うって!! 私は鈴城くんが好きなのっ!!!」


 ありったけの声を出して、叫んでいた。


「「「は?」」」


 俺、木崎、浜田の三人は伊集院の告白に百万ボルトの電撃を受けたように固まる。


 いやいや、木崎たちに目をつけられないようにわざわざカモフラージュしたのに、この子は、なに完全にバラしてくれてるんだよ!


 我に帰った木崎と浜田はゴゴゴ……と体から湧き上がる嫉妬しっとうならせ、俺に迫ろうとしていた。


―――――――――――――――――――――――

かしらかしら、ご存じかしら? 美少女文庫はもう紙本がでないらしいのよ。えっち路線でもたいへんみたいです。


作者は健全な小説しか書きませんから関係ありませんけどねっ! キリッ。


済みません、これからは……ということです。


恋愛フラグを叩き折ったはずが、折れないどころか死亡フラグまで立てた経世……。ざまぁを読者さまはフォロー、ご評価いただけますと執筆の励みになりますので、よろしくお願いイタ飯します。

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