第7話 クラスで二番目の美少女
「ただいま」
愛菜は部屋でレッスンでもしているのか、声をあげても反応はない。伊集院を家まで送ってから家に帰ってきたが、それにしてもまさか伊集院が俺ん家に来るなんて思ってもみなかった。
まだ両親は帰宅してないようでリビングは暗いまま。俺は部屋に入り、ベッドに大の字になって倒れこむ。
伊集院の奴……なに考えてんだよ、わけ分かんねえよ。自分がどれだけ他人に影響あんのか考えてもいねえし、欲情した男子たちが暴走してもおかしくないってことを分かっちゃいない。
ただ無軌道に
寂しい……認められたい……。
そんな伊集院の内面が透けて見えて、そのおかげで嫌われようと思って問いつめるような厳しい言葉をかけたけど、情に流されてフォローしてしまった。
ロボットじみた非情さを持ったクソ親父の顔が浮かんできて、ムカつきが半端ない!
結果的にだが俺は桜ちゃんに迷惑をかけてしまってひっそりと生きようとしていたのに、これじゃ目立つに決まってる。
女の子と付き合ったこともない俺が言うのもなんだが、二人とも真っ当な恋愛をして、ぜひとも幸せを掴んで欲しいもんだ。
両親の帰りが遅いので、愛菜と先に冷食で夕飯を済ませ風呂に入ったあと、気分転換のために寝るまえにアプリを立ち上げた。
――――火力! 火力! 火力! 火力! 火力! 火力あればなんでもできます!!!
――――バンザイ、火力!
めくれたスカートからおパンツ見せたゲーム一の火力厨キャラが叫んでいる。
連射性能の高い武器はぶるんぶるん揺れるぜ!
背中で魅せるというより、おしりと太ももでガンガン性癖を歪ませてくる
ま、ただのクラスメートで、って釘を刺しておいたし、伊集院をクソ親父譲りの目で見ちまったんだから、嫌われてもう近寄ってきたりしないに違いない。
明日からは女の子から邪険に扱われる陰キャで平穏な生活が戻ってくることを期待する。
そうこう思っているうちに俺の意識は眠りについた。
なんだ、これ……く、苦しい。
「殺したい……殺して、私だけのものにしたい。誰にも渡したくないよ。半分違うのに結婚できないとかおかしいよね。私の方が先に好きだったのに、あんなにかわいい女の子を家に連れてきて見せつけるなんて酷いよ。しかも私よりおっぱいの大きい子。男の子って、そういう子が好きなのかな? なら私も大きくなりたい。もう無理だったらもういいや。このまま思い切り力を込めたら死ぬかな? 私もあとを追うから、転生して二人で幸せなろうよ、お兄ちゃん……」
半開きの目にぼんやり浮かぶ愛菜の姿と微かに響く声。
意識が朦朧として、夢なのか現実なのか境目が判断がつかない。
「ぶはっ!?」
愛菜!?
目が開くと愛菜が俺にマウントポジションを取って、両手で首を絞める仕草をしていたのだ。プリンが無くなると、いつも俺の首を絞めにくる。
「あはは、お兄ちゃん、おはよ! これはプリンの恨みなのだ」
「朝からおどかすなよ。マジで心臓止まるかと思ったぞ」
ほらほら、色気より食い気なんだから。
ありゃ夢だよな。
あー、マジ変な夢だった。
愛菜がヤンデレのはずがねえよ。それにまだまだ子どもだし。
そんな子どもっぽい妹の手を、俺は掴みながら振りほどいて、大人対応の重要さを説いた。
「プリンの恨みって、昨日に限ってはありゃ愛菜が悪いぞ。伊集院にセクハラしたんだから、あれくらい詫び入れなきゃ訴えられても文句言えねえ」
「あうう……。愛菜がお兄ちゃんの代わりに梨衣ちゃんのおっぱい揉んで感触確かめてあげたっていうのに酷い。ぷりんぷりんでご馳走さまでしたぁー」
むっすぅっと、りすの頬袋みたいに膨らませて、愛菜は俺の上から降りたあと、半開きのドアの前でしかめっ面を俺に残して部屋を出て行ってしまった。
くそっ、朝からそんな情報入れないでくれよ、変な気分になってしまうじゃねえか。
トイレに駆け込んで用を足したあと、顔を洗い歯磨きを済ませると、すでにスーツに着替え、合皮のビジネスバッグを持った父さんと廊下で出くわした。
「父さん、おはよ」
「おはよう、経世くん」
父さんとあいさつを交わす。父さんは優しく落ち着いた雰囲気のあるアラフォーで、垂れ目で鼻筋の通ったなかなかのイケオジで、目元は愛菜とそっくりだ。
その愛菜なのだが、さっきまで俺の部屋に来てたのに姿が見えない。
「あれ、愛菜は?」
「まだ着替えてる途中かもね。おっと、こんな時間か、そろそろ僕は出るよ。お先にね」
「うん、いってらっしゃい」
「そうだ、言い忘れてた。ついに経世くんにも春が来たんだね、おめでとう。父さんうれしいよ」
ぶほっ!!!
愛菜の奴……父さんに余計なこと吹き込みやがって!
俺の手がばたばた落ち着きなく動いて父さんに慌てて弁解していた。
「父さん、愛菜は勘違いしてるだけで……」
「いいじゃないか、勘違いでも。かわいい女の子が家を訪れてきてくれるだけで人生が豊かになる」
父さんは俺の肩にぽんと手を置き、微笑む。
この人には叶わないし、感謝してもし足りることはない。
靴ベラで革靴のかかとを広げて、足首を押し込み靴を履くと父さんは玄関ドアを開けて、「じゃあ、行ってくる」と俺に告げて仕事にでかけてしまった。
制服に着替え、リビングに入いろうとドアを開けると母さんと愛菜が並んでスパイファミリーのアーニャみたいな含んだ笑みを浮かべていたので、そっとドアを閉めた。
「こらこら! 朝抜いていったら身体に悪いわよ」
ギリアラサーの母さんから呼び止められ、俺は仕方なくリビングに戻り、椅子に座ると漏れなく俺に起こった出来事をリツイートしてくれた愛菜が誠に勝手なことを言ってくれている。
「そうだよ、かわいい彼女さんとどこまでいったのか、お兄ちゃんには話す義務があるから」
「「ねー」」
無意味に母子ともどもきれいに語尾をハモって、圧が凄いんだが……。
「愛菜に話した通り、伊集院は俺のクラスメートで学校のことで伝え忘れてたから、教えにきてくれたんだよ」
「んー、直接来ちゃうっておかしくない?」
アラサーだと言うのにマンション内では二十歳くらいに見えると評判の母さんはかわいく首を傾げながらも、俺を追及する手を休めない。
「まだLINE知らねえんだよ」
結局俺は朝食を食べ終わるまで、取調官の母さんと記録係の愛菜に事情聴取を受けてしまっていた。
こんなに早く学校に行きたいと思った日は初めてだ!
二人の尋問から解放され、登校するなり朝っぱらからどんよりした空気の玉田と太田に声をかけ、カースト上位の女っ気の欠片もない陰キャの溜まり場という不毛の大地に腰を下ろした俺。
あーやだやだと、せめて窓の外でも見て、気分転換を図ろうとしたそのときたった。
伊集院とお互いにばっちり焦点が合ってしまい、ちょっと罰が悪いなぁなんて思ってると伊集院は手で顔を覆ってしまっていた。
以前ならば、手を軽く振って微笑んだりしてたのに一体どういう心境の変化なんだ?
ああ、そうか。彼女を怖がらせてしまったんだ、二度と俺の顔なんて見たくないのかも。うん、そうに違いない。
「伊集院さ~ん!!!」
俺に対抗心を燃やしたのか玉田が手を振ったのだが、すでに伊集院は水上たちと談笑しており、完全にスルーされてしまっていた。
きっとあの談笑は俺が最低野郎だと噂しているに違いない。下手すりゃ尾ひれはひれがついて、伊集院を襲ったとかに変化しないことを願うばかりだ。
太田は頭を抱えていた俺と伊集院を交互に見たあと特に俺に訊ねるまでもなく、バニーガール姿のアスナを待ち受けにしたスマホの画面を緩んだ口元で注視している。
そうこうしている内に教室横の高い壁に吊された時計は八時四十分を指そうとしていると教室のドアががらがらと音を立て開いた。
教室内にわずかばかりの緊張が走り、開いた入口にクラスメートの注目が集まっている。今日は朝HRから連続して一限まるまる使ったHRなのだが、
「はよ~、んじゃHR始める。学級委員進行頼んだ」
担任が教室に入るなり、あいさつもそこそこに学級委員にHRの進行を丸投げしてしまい、彼女はというと窓際にあるパイプ椅子を広げて、腰かけ足を組んで誰にでもできるお仕事感を漂わせはじめていた。
するとそれでも地球は……教室は回っており、学級委員の木崎と眼鏡をかけた真面目そうな中村という女子が黒板の前に出てきて司会進行を担任に代わり勤める。
木崎は木崎としか呼ばれてないが、中村はみんなから委員長と呼ばれてて、俺が思うにたぶん眼鏡かけてるからなんだろう。
「あー、議題は校外学習の班分けな。五人一組でいいだろ。あんま男女の片寄りなく頼むぞ」
来てしまった……。
陰キャにとって、
教育実習を経て、新人教師として赴任した頃はやる気にあふれ、生徒たちの前に立ち熱い指導をしていたに違いない担任は、それから六年もの時間で夢も希望もなくし、ただ学年主任から言われたカリキュラムを消化するだけの人になっている。
なんてことをついうっかり担任に喋ったら、生徒指導室送りだろうな……。
木崎と中村は手分けして、黒板に数字を書いていくと、いの一番に木崎は一班に自分の名前を書き込んでいた。そこに浜田が名前を書き込むと高島と宮城に手を引かれて、伊集院が来ていた。
「ほら、早く梨衣も書いちゃいなよ」
「あ、うん……」
一瞬だが、伊集院が振り向いて俺に助けを求めるような憂いだ表情を向けた気がしたのだが、それこそ自意識過剰って奴だろう。
ねえよ、んなこと。
別に誰がどこの班にどの順番で名前を書こうが決まってない。
だが浜田が睨みを利かせていることで、自然と暗黙の了解みたいな空気ができて、他の生徒たちは席を立ったものの、名前を書きあぐねている様子だった。
「くそう……俺に力があれば伊集院さんと同じ班になるのに」
「なってもタマキンは相手にされないと思うよ」
「キモブタてめえ、もっぺん言ってみろ」
はあ……。
醜い底辺争いが始まってしまい、俺は呆れてしまう。まったく、そんなことは浜田に直接言ってやれよ。
なんだかんだ言いつつ、俺たち底辺三人組は誰一人名前の書かれていない八班にそれぞれ名前を記入していた。
そこに人一倍責任感の強い中村が名前を書くと、玉田は、「中村かあ……あいつも一応女の子だからな」とのたまう。どの口を提げて、そんなぜいたくが言えるのか……。
一方の太田は「眼鏡っ子キタヨコレ!」と小さくつぶやき、ガッツポーズを決めている。
しかし、不思議なことに山が動いていなかった。
「みんな書き終えたか?」
木崎がクラスメートたちの顔を見回して訊ねると、おもむろに立ち上がる女の子がいた。
「まだだ、あたしを忘れんなよ。木崎」
教卓まで歩いてきた水上は木崎の肩に触れると彼を押しのけ、黒板に名前を書き始めた。
なっ!?
俺たちの八班に水上が来るだと?
驚いたのは俺だけじゃない。クラスメートたちが、
――――どいうことだ?
――――なんで水上さんが陰キャ班に?
ざわっざわっさわーっと、どよめくが騒ぎを起こした犯人は気にも留めず、俺たちにあいさつしている。
「陰キャども! よろしくな」
「「は、はいっ!!!」」
水上が指を差すと玉田と太田は席から立ち上がり、直立不動で水上に返事していた。
中村は分かるとしても、水上の奴いったい……どういう風の吹き回しなんだ?
俺が肘をついて額に手のひらを当てて、水上の意図を考えていると、ふと視界に入る。
おいおい、桜ちゃん……。
窓から吹きこむ春の陽気に当てられパイプ椅子の背もたれにもたれ、腕組みしていた担任はこくりこくりと頭を揺らし居眠りしていた。
「先生、寿先生!」
班決めが完了し、中村が担任の肩を揺すって起こそうとすると、
――――経世いくなっ!
担任の叫ぶ声がして、教室中がぽかんとなってしまう。
「あの先生、班決めが……」
中村はおずおずと担任に呼びかけると「そうか、じゃあ注意事項を私から」、と言って何事もなかったかのように教卓の前に立ち、木崎と中村をお疲れと
自然と俺に向く視線。
その中には伊集院も含まれていた。
担任は我関せずといった感じで淡々と注意事項を説明している。
どーすんだよ、この空気……。
俺たちは近所の大きな公園ガブリパークに向かう前から闇鍋状態で前途は混沌としていた。
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身内にもヤンデレが……。
業務連絡なのですが、賢いヒロイン中編コンテストの関係で4月1日以降はしばらく休載いたします。早期の再開希望がございましたら、フォロー、ご評価お願いいたします。
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