第6話 微熱【梨衣目線】

「あんな手紙寄越よこすくらいなんだ。俺のどこを好きになったのか、教えてほしい」


 鈴城くんの問いに絶句してしまう。


 彼に見つめられるだけで全身がてつくような冷たい目。酸いも甘いもすべて見てきた感じがした。私が舐めてきた辛酸しんさんなんて甘っちょろい。


 見た目がかわいくなったことに胡座あぐらをかいて、ちょっと思わせぶりな仕草をすることでほとんどの男の子は簡単に落ちてくれたけど、相手が何が好きか、どこにかれたのか、そんな大事なことをすべて置きざりにしていたのだ。


 実は嘘告でした、なんて軽々しく言えるような雰囲気じゃない。鈴城くんの瞳に見つめられるとぜんぶ見透かされて、嘘で塗り固めた心まで裸にされてしまうようで怖くて堪らなくなった。


 私が答えにきゅうして、口にできない間もずっとこちらを見ていて、鈴城くんは無言のまま私がなにか答えるのをじっと待っている。


 あまりの緊張感に唾液だえきの出ないのどを何度も鳴らしていたそのときだった。


 トントン、トントンとドアがノックされ「お兄ちゃん、入っていい?」とさっきインターホン越しに聞いた鈴城くんの妹さんとおぼしきほがらかな声がしていた。


「ああ、なんか用か?」


 鈴城くんは膝に手を当ておもむろに立ち上がるとドアを少し開けて、妹さんと会話している。


「用もなにも、お兄ちゃんがお客さまにお茶も出してないから、私が用意してきたんだよー」

「そっか、それはありがとう。だが用が済んだら、出るように。俺たちは大事な話してるからな」

「分かってるって」


 仲がいいのだろうか、さっきまでの凍てついた表情は和らぎ、優しい兄の顔で話していたことで、わずかに緊張の糸がほどけた。


 けど……。


「ええっ!?」


 兄妹のドア越しの会話を経て、妹さんが部屋に入ってきたのたけど彼女を一目見て、私は口に手を当てて驚いていた。


 妹さんのかわいさに。


 肩に届くか届かない長さの髪に小顔で目鼻立ちが整い、いかにも甘え上手といった垂れ目が特徴的な女の子。タンクトップにスウェットのショートパンツというラフな格好で痩せ型。


 男子だったら思わず守ってあげたくなるような感じだった。


 それにどこかで彼女を見かけたことがあって、私は見知ったような妹さんにすぐにあいさつしていた。


「こんにちは、お邪魔してます。伊集院梨衣です」

「どうもご丁寧に。鈴城愛菜まなです。愚兄がご迷惑をおかけしてないか心配で心配で」


 私より年下なはずなのに、御挨拶と呼ぶにふさわしい仕草で私に頭を下げるとちらりと鈴城くんのほうを向いて、目を糸のように細めて訝しそうに彼を見ていたが、鈴城くんは妹さんにつっこんでいる。


「愚兄言うなぁ」


 愛菜……愛菜……。


 彼女の顔をどこで見たのか、いますぐに思い出せそうにない。


 私が妹さんのことを気になるのと同じくして彼女も私のことが気になるようで、手を後ろで組みながら、振り子のように上半身を振って私を興味深そうに眺めていた。


「へえ、この人がお兄ちゃんの彼女なんだ!」

「「なっ!?」」


 妹さんから鈴城くんの彼女に間違えられて、彼と一緒に目を見開きびっくりしている。妹さんは私が固まってる間に誉めてくれたが、


「すっごい美人さんで、愛菜びっくりだよ」


 彼女もかわいいので、きっとお世辞なんだろう。


 妹さんは発育中の自分の胸元に手を当てたかと思うと、いきなり両手を上げて元気はつらつな声で叫んだ。


「愛菜のおっぱいチェーック!」

「ひゃんっ!?」


 素早く私の後ろに回り込み、両手で私のおっぱいをわし掴みにしていた。


 なななな、なになに!?


 掴むだけに止まらず、指がぁ、指がぁ……。わ、わらひ……妹さんからぁぁああん、も、揉まれてるぅぅ……。


「ほほう、これはなかなかの恵体をお持ちで。お胸は桜ちゃんを凌駕りょうがしているかもしれませんなぁ」


 私が悶えると妹さんはしあわせそうな顔をして、ブラウスの上から気持ちいいところを……。


「こら愛菜! やめろって、伊集院が困ってるだろ……」


 鈴城くんは妹さんの脇を抱えて、すぐに私から引き剥がしてくれていた。


「めったにお目にかかれないたわわなのにぃ……」


 取り押さえられながらも左右に首を振って、妹さんはじたばたしていたが、ついには部屋から追い出され、ドアの外で妹さんは鈴城くんにこってり絞られている。


 妹さんはどうやら必死に鈴城くんに弁解しているらしいのだけど、聞き捨てならないことを言っていた。


「お兄ちゃんの彼女なら、ちゃんと確認しておかないと偽乳だったら困るもん」


 偽乳!?


「違うぞ。勘違いするな」


 えっ!?


 鈴城くん、私の……見たことあるの?


「伊集院はただのクラスメートだ。向こうも困ってるだろ」


 あっ、そっちなのね。


 私が変な心配をしていると鈴城くんは戻ってきて、座るとテーブルに頭をすり付けるくらい謝罪していくれていた。


「伊集院、すまん。あいつセクハラ親父みたいなくせがあって、やめろって言っても治らないんだ」


 まだ頭をあげずに謝罪の言葉を口にしていた。


「ちょっとびっくりしたけど、もう大丈夫だから」


 外を見ると鈴城くんの家に来る前は明るかった外もすっかり暗くなってしまっていたので、私は鞄を手に取り彼の質問に答えることなく、立ち去ろうとしていた。


「もう遅いから、帰るね。突然お邪魔しちゃって、ごめんなさい」

「あ、いや……」


 私は靴を履き、鈴城くんの家をあとにする。


 玄関で彼の妹さんが「ごめんなさい」と謝っていたので気にしていないと伝えておいたけど、ちょっとだけブラがずれて鈴城くんにバレないように位置を直すのに苦労した。


 でもどうしてこうなった?


 私はいま鈴城くんと並んで夜道を歩いてる。ジャージの鈴城くんと制服の私。お互い照れからか、私たちの視線は合わさることなくハの字に開いてしまってた。


 鈴城くんは「外は暗いし俺ん家に来て伊集院になにかあったら俺の責任だ」と言って、私を家まで送り届けてくれるつもりのようで、歩きながらさっき私を問い詰めたことを謝っていた。


「さっきはすまん……女の子に圧迫面接みたいなことして。だけど伊集院に言ったことは、ぜんぶ本当だ。ただ付き合うかどうかってのはまた別の話だろ」

「ううん……もういいよ」


 誰よりも私のことを誉めてくれた鈴城くん。


 自己肯定感の低かった私にとって、どれだけうれしかったことか。


「俺は伊集院と事を構える気はさらさらないから。お友だちでいましょう、って言うとあれだが普通のクラスメートを続ける。それが一番いい選択肢だと思う」

「うん……」


 男の子と二人きりで並んで歩くなんて初めてで、緊張して彼の言葉にただ頷くことしかできないでいると、十分ほどで私の家についた。


「家あそこだから」


 私が住宅街の一軒家を指差すと、鈴城くんは手に持っていた紙袋を差し出してくる。


「お詫びにもならないが、これ持っていってくれ」


 これって……。


 ぐいっと私に手を伸ばしたあと、鈴城くんは「じゃあな」と後ろ姿のままで手をあげて、立ち去ってしまっていた。


 あのあげた手の肘の角度……ううん、まさかね。



 家に入って、部屋で制服を着替えているとお母さんが呼んでいた。


「梨衣ーーっ! ご飯できたわよーー!」

「いらなーい!」

「もう、そうならそうと先に言っておいてよね!」


 私が夕飯をいらないことを伝え忘れたことで、お母さんがぷりぷり怒っていた。でもそんな気分じゃなかったから。


 鈴城くんから手渡された紙袋は、外では暗くてはっきり確認できなかったが、箱を開けてみると私の叔母さんがやってる洋菓子店の高級生プリンだった。



 お風呂に入って、嫌な気分ぜんぶ流し去りたい。


「私……なにしに鈴城くん家に行ったんだろ」


 あのあと調べたらすぐに分かった。


 鈴城くんの妹の愛菜ちゃんは、大人気JC声優のMANAで雑誌やテレビで見て知り合いだと勘違いしていしまい、いま思い返すと恥ずかしくて顔から火が出そうで、顔をお湯に漬けてしまった。


 私みたいな素人じゃなくて、中学生なのにプロでお仕事してて、アイドルみたいにかわいい妹さんがいるんだもん。ちょっとかわいくなったからって、鈴城くんが私なんかになびかないのも当然なんだろう。


 ぶくぶくぶくー。


 湯船に口元まで浸かって、子どもみたいに息を漏らしてしてた。



 お風呂からあがると真莉愛からメッセージが届いてた。


【真莉愛】

《まだ》

《むくれてるか?》


               【梨衣】

               《むくれてない》


《ならいい》

《じゃ、あしたな》


               《うん》

               《おやすみ》


《はえーな》


               《夜ふかし》

               《お肌に悪い》


《わかったつーの》

《あたしも今日》

《早寝に付き合ってやる》


               《ありがと》


《気にすんな》



 いつもは真莉愛たちとLINEグループで深夜までやり取りしてるけど、今日は届いたのは真莉愛だけだった。


 みんなにはほっとけと言いつつ、あとできっちりフォロー入れてくるとか、真莉愛は姉御肌で口は悪いけど見た目に反して、根は一番優しい。


 嘘告しようと思ってたのに、なんか私がふられたみたいな気分で今晩はふて寝したくて仕方なかった。



――――翌朝。


 ラブレターに嘘で夢に鈴城くんが出てきたとか書いてしまったけど、まさかほんとうに夢に出てくるなんて……しかもあんなことされちゃうとか欲求不満なのかなぁ。


 ひとりえっちもしたことないのに……。


「えっ!?」


 違和感を下腹部に感じて、急いでパジャマの中に手を入れて、下着を指で確認してみた。


 濡れてる!?


 おしっこじゃない……。


 そんなまさか鈴城くんに抱かれる夢を見たから、

夢イキしたってこと!?


 あの冷徹までの眼差しで見つめられたかとおもったら、情熱的になった鈴城くんに溺愛されてしまうとか、私……おかしいのかも。



 登校して、席に座りながら窓の外をぼーっと眺めてた。


「梨衣。梨衣。梨衣てばっ!」


 なにか音がするけど、夢のことと鈴城くんのことが気になって、聞き取れないでいると、


「はいぃぃっ!? って、真莉愛か。もうびっくりさせないでよ」


 真莉愛が自販機で買ってきたコーラの缶を私の首筋に押し当てていて、びっくりしてしまった。


「びっくりもなにも、声かけてんのに、さっきからずっとぼーっとしてどうしたんだよ、まったく」


 呆れた様子の真莉愛だったけど、


「真莉愛は夢イキってしたことある?」


 私が訊ねるとプルタブに指をかけた彼女の手がぴたりと止まる。


「は? おいおい、朝っぱらから猥談わいだんとか、熱でもあるんじゃねえか?」


 机に肘をつきながら額に手を当てて更に呆きれた様子だった。前髪を捲り、私の額に手で触れると真莉愛はコーラの缶を今度は額に当てる。ひんやりして、気持ちいい……。


「あると思う」


 電車の彼のことも気になるけど、いまは鈴城くんのことがもっと知りたくなって仕方がなかった。


「今日も朝からしけてんな、二人とも」

「うるせえ、経世ほどじゃねえ!」

「そうだよ、今日こそ伊集院さんと話すんだから」


 鈴城くんが登校してきたらしく玉田、太田と話す声に耳がぴくりと反応してしまい、声のする方に無意識で目が鈴城くんの姿を追う。


 すると私の瞳は鈴城くんと目が合ってしまっていた。その瞬間、胸が高鳴って、風邪の引き始めのように頬と耳たぶに微熱を感じてしまっていた。


―――――――――――――――――――――――

ミイラ取りがミイラになっちゃいました。


梨衣がデレて、ぐいぐい来る方がいい? という読者さまがいらっしゃいましたら、フォロー、ご評価お願いいたします。

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