第5話 チョロイン【梨衣目線】

――――放課後。


 木崎くんが遊びに行かないかって声をかけてきたけど、私の下の名前で呼びながら髪に勝手に触れるとかイケメンならなんでも許されると思ってるのが、ほんと気色悪くて吐きそう……。


 それに彼女と別れるから付き合ってくれとか、あり得ないんだけど!


 それって飽きたら、私も捨てるって言ってるのと同じじゃん。


「梨衣。男子たちがいくらバカだっても、あんま弄び過ぎてっと痛い目みるからほどほどにしとけよ」

「うん、わかってる」


 真莉愛は釣り目の三白眼ではっきりとした物言いをするので近寄りがたい雰囲気だけど、仲良くなると相手のことを気遣ってくれる優しい子だった。


 真莉愛が木崎くんに声かけたのも、彼の性格を知ってあえて誘ったんだと思う。木崎くんが嫌がって、どっか行くから。


 でも昔の私を知ったら、幻滅するかも。


 今日でポケモン図鑑をコンプリートできると思って、るんるん気分いい気分で体育館裏に向かおうと思ってたら、あの封筒が入ってて……。


「しっかしさあ、傑作だよな、これ」


 真っ二つに割かれた鈴城経世の手紙をセロテープでつなぎ合わせ、それを読んだ真莉愛は吹き出していた。


「でも、これすんごく達筆な文字だよ。七代目の美子みこちゃんになれそうなくらいだもん」


 美子ちゃん? 七代目? 誰それ?


 ちょっと舌足らずな口調で真莉愛に見せて見せてとせがんでいたツインテールの髪型の宮城ほの香が受けとると、便箋びんせんに書かれていたペン文字の上手さに舌を巻いていた。


「どれよ、どれ? あー、ほんとだ。いまどき古風だけど手書きで心のこもったのとかもらうとうれしかも」


 バスケ部でボーイッシュな高島美音みおんに回し読みが行き渡ると彼女がそんなバカげたことを言っていたのだが、


「あー、それ分かるかも。最近じゃ、ぜんぶパソコンで打ち出したもんだし、LINEとかでもらってもいまいちというか、こうやって好きな人の想いが形に残ってるの憧れるっつーか」


 真莉愛が美音に同意するとほの香までうんうんと頷いてしまっていた。見た目と違い意外なほど乙女な真莉愛は、そのあと無言で私の目をじっと見てくるので苦し紛れに言い訳っぽく返す。


「でもでも、私が告るって手紙送ったのに、都合悪いから延期してくれ、とかあり得ないって!」


 私が鈴城くんのおかしな返信の手紙に腹を立てていると美音が眉根を寄せた上に口を結んで腕組み、少し間を置いて答えた。


「まあそうなんだけど、梨衣の手紙には告白するとは書いてないしね」

「そうそう。だいたい嘘告するつもりだったのに、やんわり断られて怒るのも、なんか違くない?」


 それに続いて、ほの香も発言したがなんか私が責められてるみたいで、腹立たしい……。


「もういいよ。みんなに私の気持ちなんて分かんないだろうし」


 みんなは男子から最初からちやほやされてたから、私があいつらから、どれだけ辛酸舐めさせられか知らないくせに。


「あっ! 梨衣っ!」

「梨衣ちゃん!」

「ほっとけ。ただのわがままだ」


 私は机の上にだしておいた鞄を引ったくるようにして、教室を飛び出していた。


 ドンッ!!!


「きゃっ!?」


 私は前を歩く人にぶつかってしまっていた。鞄を抱えたまま、碌々前も見ずに走っていたから、当然だ。


 でも当たった人は怒るどころか、優しく受けとめ心配する言葉をかけてくれる。


「大丈夫か、伊集院。あまり慌てるな。慌てるのは婚期だけにしろ」

「あ、はい……先生、ごめんなさい」


 私が当たってしまったのは担任の寿先生だった。婚期についてはどう返答してよいのか困る。そもそも結婚できる年齢でもないし。


「困ったことがあればなんでも私に話せ。ただし恋愛以外でな」

「……」


 たぶん学生の相談の中でも女子からだと恋愛相談が一番多いんじゃないかと思うんだけど。


「伊集院はブラックでいいか?」

「いえお構いなく」

「あ、そう」


 とりあえず頼りになるのか、ならないのか分からないけど、職員室で簡単な質問をした。


「あん? 経世の家?」

「はい、今日の日直のことでお礼がいいたくて」

「んなの明日でもいいだろ。細かいこと気にする奴じゃないし」


 二人はどういう仲なんだろう?


 先生は彼だけ下の名前で呼ぶし、鈴城くんも桜ちゃんって呼んでるときがある。他の子がそんな呼び方すると怒るのに彼だけ怒ることもなく特別扱いっぽい。


「今日じゃないとダメなんです」

「仕方ないな。わかった、ちと待ってろ」


 数十秒も待たずにほいと渡された一枚のメモ。


 先生は机の上に出てたメモに、なにも見ることなくすらすらと鈴城くんの住所と簡単な地図を書き出してくれていた。


 先生はひとりひとりの生徒の住所を憶えているほど記憶力がいいのかな? あまり詮索せんさくして不機嫌になられても困るし、触れないでおく。


「ありがとうございます」

「伊集院は経世のこと、好きなのか?」


 えっ!?


 私が丸い小さな座椅子から立ち上がり、お礼を告げたところで、さっき恋バナは無理みたいなこと先生は、言ってたのに真顔で私に訊ねてきたことに驚きを隠せない。


 でも好きもなにも、あんな手紙をもらったことで私は鈴城くんを特定外来生物並みに駆除対象に認定してしまっている。


「あ、いえ別にそうじゃないですよ」

「そうか、ならいい」


 先生はそれだけ聞くと私にはまったく興味をなくしたみたいに椅子を回転させて、残りの仕事を済ませようと机に向かっていた。でもさっき鈴城くんの名前を出した途端表情が変わったのを見逃さなかった。


 もしかして、先生……鈴城くんのことが……。


 まさかね。


 大の大人が男子高校生のことが好きだなんて、ドラマや漫画じゃあるまいし。


 先生のおかげで鈴城くんの家の場所が分かったんだもん。私のこと惚れさせて捨ててあげるんだから、覚悟してほしいわ。



 なんだ、私の家と同じ道通るんだ。


 メモに従い、歩いてゆくと七階建てのマンションに行き着いた。


 エレベーターを使おうか迷う微妙な階だったけど、鈴城くんに振り回されてばかりで疲れたので乗って、三〇二号室の前まで来るとアルファベットでSUZUSHIROとネームプレートにあったので彼の家に間違いない。


 実は男の子の家に来るなんて、思い出せないくらい前のことなので緊張してしまう。


 勇気を振り絞って、ドア横のインターホンを押すとピーンポーンと拍子の抜けるような音が鳴って、十秒後ぐらいに応答があった。


「はーい、鈴城です」


 彼のお母さんにしては、若すぎるし、かわいらしい声だったので驚く。


 彼のお姉さんか、妹さん?


「あの……私、鈴城くんのクラスメートの伊集院っていいます。鈴城くんにお礼が言いたくて、参りました」

「お兄ちゃん呼んできますねー」


 どうやら妹さんだったらしい。


 それから少しするとガチャリと玄関ドアが開いて、黒色のジャージに着替えた鈴城くんが靴を履かずに廊下からドアノブに直接ぶら下がって、私の応対に出た。


 私の顔を見た鈴城くんはどこか罰が悪そうに頭をかいている。


「とりあえず、家あがってく?」

「う、うん……」


 言いたいことはたくさんあったけど、直接対決してやろうと思ったのだ。


 虎穴にいらずんば虎児を得ず!


 もちろん戸惑いはあった。


 鈴城くんは虎どころか、チベットスナギツネみたいに世の中を諦めたような顔してるけど。


 戸惑いはあった。まさか私を家に上げてしまうとか、学校では素っ気ない態度だったのにぐいぐい来るとか、やっぱり家庭訪問の威力は絶大だ。


 でも“ずんば“ってなんだろう?



 ずんばもんなのだ!



 年頃の男の子の家に上がったことでテンパってしまい、緑髪の妖精のイメージが思い浮かんだけど、首を左右に振って必死に頭からかき消す。


 つっかけと黒とピンクのスニーカーの三足しか並んでいない狭いたたきに靴を脱いで「お邪魔しまーす」とひとこと言って恐る恐る伏魔殿の中へ入ったものの、普通の中流家庭のマンションの部屋といった雰囲気で、特段変わったものが見られないことに拍子抜けした。


「いま妹しかいないから、あいさつはなくていい」


 えっ!? それってヤバくない?


 ちょっと警戒して胸元に手をやって襲われてたりしないか心配していると、


「あ、伊集院ごめん。テレビ消してくからちょっと待ってて」


 そう言い、私の心配などお構いなしにリビングのドアを開けて、テーブルの上のリモコンを手に取る。


 えっ!?


 私は絶句した。


 開いたドアから見える光景はプリキュアのエンディングが流れてて、彼はテレビ画面を数秒眺めてから、肩を落としてため息をついたあと、ボタンを押してテレビを消したのだ。



【私の告白はプリキュアの再放送以下の扱いなのかァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!】



 心の中で絶叫して、拳を固く握りしめわなわな震える私に大きいお友だちが心配してくる。


「どうした伊集院? 顔色悪いぞ」


 てめえのせいだよ、てめえの!


 私はおまえの方が心配だよ、その思考が。


「ううん、気にしないで。ちょっと貧血気味だから」


 ちげーよ、てめえのおかげさまで、どたまに血が昇りきって顔に血が行かねーんだよ!


 あまりの興奮から心の中で口汚く彼を罵ってしまっていた。玉田みたいなキモい男子でも顔をしかめることなく、にっこり笑う腹芸を身につけた私でも、平静を保つのが難しい……。


 後ろについていると彼の部屋に案内された。


 彼がドアを開け、大きいお友だちの部屋の中はどんなものかと私は両手で目を覆っていたのだけど、恐る恐る手をどけると綺麗に掃除され、意外なほど殺風景なことにびっくりする。


 フィギュアとか、オタクっぽいグッズだらけと思ったのにほとんどなかったのだ。


 鈴城くんはクローゼットの中からお座布団を取り出すと、ぽんぽんと叩いてテーブルのそばに置く。


「話があって来たんだろ。狭くてムサいとこだけど、どーぞ」


 手を差し出し、私に座るよう促した。溜まりに溜まった怒りを腹に収めて彼に言ってのける。


「あのね、鈴城くん。私、キミの返事が待てなくて来ちゃった」


 ほんとは私をこけにしてくれた目の前の男の子を闇に葬りさりたい気分だったけど、てへへって舌を出して、ちょっとおバカ感を演出し、彼の前で精いっぱいかわいくなるようつくろってみせた。


 するとあろうことか、元からあったお座布団にかけた鈴城くんは、まっすぐに私の目を見つめてきて語り出した。


「伊集院はいつもキラキラ輝いていて、眩しいほどだ。はっきり言って、あの国民的グループアイドルの黄泉坂49のメンバーにならないかって、お誘いが来てもなんら疑うことはない。むしろオファーが、もう来ちゃったりして。つかもう研修生でデビュー間近とかじゃないの?」


 私が受けた屈辱はそんな見え透いたお世辞で許してあげないんだから!


 でもいつも胸の内を隠してるから、裏腹なことを無意識に口走ってた。


「いやそんなヤダー、誉めてもなんにもあげないってば~」


 と彼に答えつつも、来年のバレンタインは義理チョコぐらいならあげてもいいかと思ってしまう。


 鈴城くんの私への惜しみない賞賛は留まるところを知らず、両親にすらそんな誉められたことがない私を夢見心地へといざなってゆく。


「ううん、この程度誉めたくらいで伊集院のかわいさは表せないよ。本当につやつやの髪はもうこの世のものとは思えないくらい美しいから。その瞳もそうだ、一目見るだけで伊集院の魅力に惹きこまれて、二度と抜け出せなくなりそうなくらい澄んでいる」


 な、なになに? これってガチで口説いてきてる?


「ちょちょちょ、もう恥ずかしいって」


 私は熱い眼差しを向けてくる鈴城くんの視線をさえぎるように手をかざしながら、後ずさりする。だけどテーブルの上に両手を置いて、まだまだ私を誉めちぎる気まんまんだ。


「いやいや、まだまだ伝え足りないよ。なんて言ったってクラス男子全員の憧れだからね! 顔の輪郭も素晴らしいよ。マシュマロみたいに柔らかそうなほっぺたに、うるうるのお肌、毎日お手入れを欠かさずにしているんだろうなぁ。そういう美への努力できる女の子って素直に尊敬できる」


 いやもうダメだって。


 彼から視線を逸らして見えたベランダへのガラス扉に映った私の顔は完熟リンゴのように真っ赤になっていた。


 このままベッドに押し倒されちゃって、ゴールインというかホールインワンしちゃう勢い醸し出すとか鈴城くんは私にベタ惚れじゃない。


 だ、だめだったら、今日はそんなつもりできてないし、下着もスポブラしかしてないから、脱がされちゃうとほんと困るから。


 あ、でもキスくらいなら受け入れてあげてもいいかな。いやいや、こんなときは焦らした方が恋愛巧者に見える? 


 分かんない分かんな~い。


 鈴城くんってまったく私にそんな素振り見せなくて素っ気ない態度ばっかりで心配しちゃったけど、な~んだただのツンデレ屋さんだったんだぁ!


 良かった!!!


 すでに私が鈴城くんをベタ惚れにさしていたことに安堵していたときだった。


「でもなぁ、ひとつだけ気になることがあるんだよな……」

「な、なになになに?」


 テーブルから手を離し、胡座をかいて腕組みしていた彼のことが気になって、逆に私がテーブルに手を置いて訊ねてしまっていた。


「伊集院はなんで俺なんかを構うの? 俺、陰キャモブだよ。ラノベみたいに都合よく伊集院みたいなかわいい子がラブレターなんて送ってこないだろ、普通」


 私は背筋が凍る思いがした。


 太陽ぐらい燃え盛っていた鈴城くんの熱い眼差しはどこえやら、マイナス三十度の冷凍庫に入ったかのような冷気を漂わせ、疑問を呈してくる。


 冷や汗がだらだら垂れ、心臓がばくばく脈打ち、口の中が渇いて舌が喉に張りついていた。


 ただの変な陰キャモブだと思われた鈴城くんはあのクラスの浮かれた男子たちの中で誰よりも冷静だったのだ。


―――――――――――――――――――――――

ラノベじゃない♪ ラノベじゃない♪


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みんなが寝静まったら、こっそり書いてるかもw

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