第3話 高校デビュー【梨衣目線】【胸糞注意】

 ああ、ほんと男の子ってバカばっかり。


 小中と眼鏡をかけて、地味だったときはキモい、デブ、地味、ってもの凄くバカにして嫌ってたくせに、頑張って痩せておしゃれで見た目をよくしたら、手のひら返して言い寄ってくるとか、本っ当に気持ち悪くて靴でも舐めさせてやりたい気分。



【過去の屈辱は絶対に忘れないから】



――――中学二年生の頃。


 それまでは引っ込み思案でただの地味子で済んでいたのだれど、推しのVTuberが不祥事を起こして引退してしまい、そのロスから過食になって私の体重は見る見るうちに増えてしまっていた。


「うわっ!? マジかよ~、ジミデブと日直とか今日は最悪だ……」


 そんなときに私の隣に座った男子が手を頭の後ろで組んで椅子にもたれながら、私に聞こえるように独り言を言う。


 わざわざ、そんなこと口に出して言わなくてもいいのに……。


「だなぁ、ブスは死ねばいいのに」


 後ろの席の男子が同意して、もっと酷いことを言っていた。


 そんなことは日常茶飯事で私はせめて、本の中でならと夢を見ていたのだけど、彼らはそれすら許さない。


 私はお昼休みに一番後ろの窓際の席で人目を忍ぶように小説を読んでいたのに、目の前に気配を感じて身体がビクッと震えたときだった。


「あっ!?」


 私の読んでた小説を無理やり取り上げて、ブックカバーをしていたのに剥がして、表紙を見て鼻でせせら笑った男子。


 金髪碧眼へきがんの王子さまが、幸薄さちうすそうな黒髪の女の子をお姫さま抱っこしているイラストが描かれており、家族にも愛されず婚約者にも裏切られ、不遇な目に遭っていたその女の子が王子さまに溺愛されるというものだった。


 読んでるときは物語に浸って幸せになれていたのに、鎖を首に巻きつけられて夢見心地から一気に現実に引き戻され、私に見たくもないものが突きつけられる。


「こいつ、マジキモいよな。イケメン王子さまに溺愛できあいされるとか、つ~かその前に鏡見ろよ!」


 別の男子もやってきて開いた鏡付きのエチケットブラシを机に向かって投げつけると、私の太った醜い顔が写って泣きだしそうになるが、悔しさも相まって立ち上がり男子たちに本を返すように手を伸ばしていた。


「返して、返してよ」

「ほい、パスぅ」


 逃げ惑う男子を端に追い詰めたかと思ったら、別の男子に本を放り投げる。


「うわぁ、デブ地味子がこっちきたぁぁ~、圧しつぶされるぅぅ」


 私が本を受け取った男子の方へ向かうと、嘲笑からかうように大げさに怖がったふりをして逃げてしまった。


 私から取り上げて、取り返そうとすると男子たちはパス回しした挙げ句、私が手もつま先も伸ばして、取り返そうとすると男子は高く手を掲げていた。


「そらシュートッ!」

「そんなっ!?」


 バスケットのレイアップシュートのような大げさなモーションを取り、私の小説は低い位置にあるゴミ箱へと入ってしまう。


 シュートを決めた男子がガッツポーズを決めると私をいじめていた他の男子たちがハイタッチや拍手をして彼を賞賛していた。


 はぁ……はぁ……。


 一方の私は彼らを追いかけたことで息が切れてしまい、膝に手を置いて休んでいると自分が惨めで涙があふれ出てきていた。


 それでも私はゴミ箱に捨てられた小説を拾いにゆく。


「ははっ! あれ見ろよ。ジミデブが豚みてえに、ゴミ箱漁ってんぞ!」

「ぶひっ、ぶひっ、ぶひぃ~」

「マジ草生えるからやめろ~、声当てると笑い死ぬぅ~」


 ゲラゲラとお腹を抱えて私を笑う男子たち。誰もそれを止めようとするクラスメートはいなかった。


 なぜ静かに生きてるだけで、これほどの屈辱を受けないとならないの? 私が前世でなにか悪いことでもしたとでも言うの?


 分からない、分からない、世の中は理不尽だ。



 そんな苦行のような日々を送っていると些細なことでも、本当に幸せを感じるときがあった。


 たまたま推しのサイン会に出かけたときに事故の影響からか、駅から大量の乗客が乗り込んできて、足の踏み場もなくなった満員の電車内で圧しつぶされそうになってると、そっと私の前で壁になって守ってくれたあの名前も知らない男の子だけ。


 顔もまともに見れなかったけど、キリトのようなマントを羽織りコスプレをしていた彼は多くの乗客とともに降りていっちゃった。


 ありがとうって、勇気を振り絞り、彼に消えそうな声でお礼の言葉を継げたら後ろ向きで手を上げて応えてくれたのが、嬉しかった。


 私が想いを寄せるのはあの彼だけだから。


 クラスの男子全員落として、み~んな都合よく使って彼を見つけ出し、本当の告白しようと思う。


 でもコンプリートするには一人だけ足りない。



 それがいま私の隣にいる地味でモブい鈴城経世。


「伊集院、左半分頼む」

「あ、うん」


 彼は本当にやる気なさそうに私と一緒に日直で黒板を消している。私が日直に付き合ってあげてるんだから、もっと楽しそうにやりなさいよ!


 なんの努力もしようとせずに冴えない感じが昔の私を見ているようで実はすごくムカつく。



 数々の屈辱をバネに少しずつ努力を重ねた結果、中学三年生の終わり頃には体重は減って、マックスから三十キロも落ち、顎の輪郭からプロポーションまでほぼ別人と言ってよいほど、私の容姿は変貌へんぼうげていた。


 大学生でモテるお姉ちゃんに色々教えてもらい、高校デビューを果たした私。


 ゴールデンウイーク直前にはクラスのほとんどの男子は骨抜きになっていたのに彼だけは違った。


 私は登校中の彼を追い抜き、振り返ってとびきりの笑顔であいさつする。私に笑顔で朝のあいさつをされた男の子はデレデレして、誰でも気持ち悪いくらいの笑みを浮かべていた。


「鈴城く~ん、おはよー!」

「ふあぁぁぁ~伊集院か、おはよ」


 なのになんなの? あの態度!!!


 あいつだけ、欠伸あくびしながら気だるそうに返してくる。


 あれだけで五人も落ちたっていうのに!


 でも手段はそんなもんじゃなく、ちゃんと他にもある。


 落としのテクニックとして、私は消しゴム飛ばしのスキルを身につけていた。


「あっ」


 わざと消しゴムを手が滑ったように装って、意中の男の子の拾いやすい場所へと弾く。すると消しゴムを見た男子が私のところに持ってくるの。


 男子たちは私の持ち物までひとつひとつチェック入れてるんだよね。ちょっとキモいけど。


「伊集院さん、落としたよ」

「わ~、わざわざありがとう! ごめんね、迷惑かけて。キミって本当に優しいね」


 男の子にお礼の言葉と合わせて、消しゴムを渡そうとする手を両手で握ってあげると、その瞬間に目の色が変わるのが分かる。


 男の子の瞳孔がピンク色のハートマークになったみたいで、マジキモいよ。


 まだある。


 どうしても限られてしまうが、教科書を持ってきているのにわざと忘れたふりをして、隣の席の男子に見せてもらうように頼むのだ。


 授業始めに身を乗り出して、なるべく耳元に近いところで息を吹きかけるように、甘えたようなかわいい声でお願いする。


「玉田くん、ごめんね。教科書見せてほしいんだ。私うっかりして忘れてきちゃった……」

「はっ、はいぃぃぃーーー!」


 キモキャラのこいつはホント分かりやすくていい。気持ち悪いくらい大きな声で驚いて、先生から「玉田うるさいぞ!」と怒られている。


 お互いの机を合わせて、ギリギリ肩と肩が触れるか触れないかの距離で玉田の開いた教科書を二人見ていた。


 教科書の歴史上の人物の写真には漏れなく落書きされており、まともに授業を受けていないのが手に取るように分かった。これじゃ成績が低いのも当然よね。


 玉田はホントバカ!


 ちょっと虫酸が走るんだけど、偶然を装い玉田の手に軽く私の手を当てると玉田が驚いたのか私の方を向く。


 私は恥ずかしそうにさっと手を引いて、電車で守ってくれた彼から「かわいいね」って言われるのを妄想しながら、玉田から顔を背けた。


 たぶん玉田はこう思ってるだろう。


 梨衣ちゃんが俺の手に触れたことで頬を赤くしてるってね。


 日本史の授業が終わって、机を分けたあとも玉田は終始鼻歌混じりで上機嫌だった。完全に私の手に落ちちゃった、ははっ。


 そうなると私はトイレの個室で男の子のバカさ加減を鼻でせせら笑ったあと、ほくそ笑むの。私の虜になってしまった男の子は数日の間に告白しにくる。


 案の定その日の放課後、玉田は私に告白してきた。もちろん断ったけど。


「ごめんなさい……私、好きな子がいて。でもキミが私のこと、そんなに思ってくれてたなんて、すごくうれしい。これからもお友だちでいてくれるかな?」


 ちゃんと断るのは大事。でももっと大事なのはその子が嫌いだから、付き合えないってことを強調すること。


 それらを巧みに使い分け、私にクラスの男子全員が告白してきた。あの鈴城経世だけを除いて。


 仕方ない……。


 証拠みたいなのが残ってしまうから、使いたくはなかったんだけど、私は朝早く学校に出てきて、あいつの靴箱に嘘のラブレターを入れておいた。


 彼が登校してこないか陰から見ていたことで気づいたのだけど、なんでモテるようになった私があんな冴えない男の子に振り回されないといけないか、疑問でならない。


 だけど、ひとつだけ欠けてるというのも、すごく悔しいし、なんとも気持ちが悪かった。それに自己満足だけど達成感がなにより欲しかった。


 隠れていると彼がやってきて、靴箱を開けラブレターを受け取ったのは確認できた。


 私はなにくわぬ顔で彼が走り去るところを見て、やっと恋に落としてやったと満足する。


 途中、バカの玉田の邪魔が入ったが、些細なことだろう。


 放課後になり、待ち合わせの体育館裏へ向かうために靴箱の扉を開ける。すると靴箱の上に封筒が入っているのを見つけた。


 また誰か男子が私にラブレターを送ってきたのかと思って、あとで確認しようとしたのだけど差出人の名前くらいは見ておかないといけないと思い直し、封筒の裏を確認すると驚いた。


 あの鈴城経世からだったから。


 待っていれば、私から告白されるというのに、ラブレターの返事を手の込んだ手紙でするとか、よっぽどシャイなのか、古風なのか、よく分からない男の子だ。もしかして待ちきれなくなって、先に告白してきたとか?


 まあ、私のは嘘告なんだけどね~。


 だったら大した子じゃなかったってことよね。この程度のことで簡単に落ちるならなんでもっと早く実行しておかなかったのか後悔した。


 ぴたりと隙間のないくらいのり付けされていた封の上を手紙を破らないように開けると便箋が一枚だけ入っていて、ほんのわずかだけどきどきしながら、読んでみた。



 なんじゃ、コリャーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーァァァァァァァァァァァ!!!



 私の手はぷるぷると震え、彼からのふざけた返事に手紙を怒りから真っ二つに引き裂いてしまってた。


 ありえない、ありえない、ありえないって!


―――――――――――――――――――――――

悲しくも腹黒美少女になっちゃった梨衣。経世の手紙の内容は書けたら明日にでも。


フォロー、ご評価いただけますと執筆意欲が上がりますのでよろしくお願いいたします。

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