第2話 日直

 もうそろそろチャイムが鳴ってしまいそうだったので、急いで俺は教室に駆け込もうとしていたのだが、余計なものを見つけてしまう。


 玉田ぁ……まだそんなとこにいたのかよ。


「伊集院さん、おパンツ見せてくださいっ」


 誰もいなくなった玄関でひたすら祈りを捧げていた玉田はなにを血迷ったのか、俺の股間に顔面を頭突きばりに押し当てようとしてきた。


「危ねっ! なんのトラップだよ!」


 俺はさっと玉田の頭突きみたいな顔面すり寄せ攻撃を回避すると彼はそのまま突っ込んでいって、ヘッドスライディングしたあと、床に伏してぶつふつつぶやいている。


「なんだ……鈴城かよ……体当たりして損した」


 つか普通に抱きついたり、押し倒そうすんなよ。


 玉田の伊集院に対する想いはもはや天使を崇める信仰に近いらしい。一ヶ月足らずで男子をここまで洗脳する伊集院梨衣、なんて恐ろしい女の子なんだ……。


 ポケットにしまい込んだ彼女からのラブレターのことを思うと額から冷や汗が滴り、震えが止まらなくなる。


 あとで黒魔術の刻印でもされてないか、調べ上げなければならないな。


 床に突っ伏して倒れた玉田は正気に戻っても意味不明なことを言っていた。


「鈴城……俺は三角形が嫌いだ!」

「は?」


 玉田は図形恐怖症とかなのか? それとも夢で三角木馬に乗せられたか? 絶対にありえないが妄想の中で三角関係に悩んだとかか?


 だとするとかなりの人生ハードモードだな……。


 俺が袖触れ合った陰キャ仲間のことをミクロン単位でわずかばかりに思うと玉田は壁に向かい胡座あぐらをかいて独りちる。


「三角形には頂点と底辺があるだろ。頂点の奴だけが、伊集院や水上みたいなかわいい女の子と付き合えるんだ。底辺の俺たちはこうやって床を這いつくばり、高校三年間を彼女のひとりすらできずに卒業していく。こんな世の中理不尽だと思わないか?」


 これじゃまるで禅寺の高僧じみた質問だ。


 高校は卒業できるが、童貞は卒業できない。確かに由々しき問題ではある。


 それにしても玉田の中じゃ、彼女ができないのはすでに決定事項なんだな……。


 たぶん、キモい行動を止めるだけでも“三角の距離は限りないゼロ“ではないと思うんだが。俺は三次元に彼女が存在しなくとも二次元彼女たちに指揮官と呼ばれ、慕われるだけで十分ハッピーだ。


 好みは人それぞれだし、ねる公然わいせつ物を放置しておいたら、ただでさえ俺の評判なんて地に落ちてるのにさらに炎上しそうなので仕方なく声をかけた。


「彼女がいなけりゃセフレを作ればいいじゃん!」


 冗談で沈んだ玉田を励まそうと馬鹿なことを言ってみたが、どちらかというとセフレの方が俺たち陰キャにとってはハードルが高そうに思える。


 ま、俺たちには彼女もセフレのどっちも無理なんだがな!


 だが俺の言葉に玉田の坊主頭がLED電球のようにまぶしく光って、胡座からジャンプして立ち上がった。


「それだっ! 鈴城、おまえマジ天才だな。なんで俺はそのことに気づかなかったんだ……。セフレさえいれば俺はなにもいらない。最高でハッピーでやりまくりの人生が送れる! 今日からマッチングアプリに登録するぜっ」


 こいつマジで馬鹿だ。マッチングアプリが18禁ってことを知らないのか?


「あ、いや頑張れよ」


 かけられる言葉がそれしか思い浮かばなかった。


 俺は無力だ。


 立ち上がった玉田は、靴箱へと向かってゆく。


「おい、なにしてんだ。いまから帰るつもりか!?」

「ああ……セフレとやる前の思い出に、せめて梨衣ちゃんの靴を舐めてえ……」


 せめてリコーダーにしとけよ、とツッコミそうになったが、それはそれで問題がある。


「悪いことは言わん、止めとけ」


 どこまでも底辺まっしぐらな玉田に頭が下がる。これじゃ、犯罪者になって自分から底辺にわざわざなりに行ってるようなもんじゃねえか。


 俺は人生自体を縛りプレイをしたい玉田の救済を

あきらめ、教室へ入ろうとしていると化粧っ毛の薄い残念美人がつかつかとパンプスを鳴らして、こっちに向かってきていた。


「経世、なにしてるんだ。早く教室に入れ」

「あ、はい」


 声をかけてきたのは、俺のクラスの担任の寿桜ことぶきさくら。背が男子並みに高く背筋がしゃんとしてるのでパンツスーツとポニーテールがよく似合うアラサー。


 もう結婚しててもおかしくなさそうな名前だが、未婚である。


「玉田くんが朝のホームルーム、マジだりぃって、バックレそうになってます」

「なんだと!? とりあえず玉田の奴には放課後に反省文をたっぷり書かせてやる」


 にっこり笑えば、結婚相手でもすぐ見つかりそうなのに、仏頂面が怒りの相になって玄関へダッシュしていった。


 ――――玉田ぁぁぁーーーッ! 貴様なにをしてるんだっ!!!


 ――――ひっ!? 桜ちゃん!?


 ――――気安く名前で呼ぶんじゃねえーー!!!


 朝から担任の怒号と玉田の悲鳴が響き渡って、俺の学校はとても平和が保たれてる。生徒ガチャに失敗した担任にせめて玉田の問題行動で責任を問われることのないよう忖度そんたくしておいた。



 二人をさておき、教室に入るとその中心だけ異世界だ。


 空気が違った。


 教室の中心はとても美しい聖女さま然とした伊集院梨衣から放たれる慈愛で満たされているような雰囲気がある。その傍らには水上たちのようなS級侍女がはべってる感じ。


 そこに男子たちが蝿のようにたかるが、その中で異彩を放ち勇者みたいなハイスペックを誇る男子が伊集院に声をかける。


「梨衣おはよう」

「おはよ、木崎きざきくん」


 さらさらとした茶髪のメンズボブカットでアイドルグループのメンバーかと思うような中性的な顔立ちの男子は、馴れ馴れしいのを通り越して幼馴染っぽく彼女の名前を呼び捨てにしていた。


「あー、やっぱり木崎くんが伊集院さんと付き合っちゃうのかな?」


 俺が席に座ろうとすると机の上で、伊集院たちの様子をチラ見しながら頬杖ついた小太りの男子生徒が愚痴をこぼしたあと、瘴気しょうきのような紫色のため息を吐き出した。


「うっす、太田。んなしょげんなよ」

「あー、鈴城くん、おはよう。ボクの梨衣たんの処女が木崎に奪われちゃうよ」


 汗と涙を周囲に撒き散らしながら、BSSみたいなことを言っているのは、俺の席の後ろに座る太田拓哉、通称キモデブ。あの俳優と同じなのは名前だけで容姿は似ても似つかない。


 俺はキモタクの方がいいんじゃないかと思うが。


 鞄を机に置いて教科書などなどを引き出しに収納し終わると、椅子に逆向きに座って太田に語りかけた。


「おいおい、木崎も太田も伊集院と四月に知り合ったばっかだろ。あんなのアプローチしたもん勝ちじゃねえのか?」


 あくまで他人ごとなので応援するふりをしながら、無責任に煽ってみる。煽ったところで太田はぶつぶつ言って、努力しないだろうし。


 しかし太田の返答は俺の予想を裏切る。


「したよ。したけどあいつら俺が梨衣たんに近づくとキモデブは消えろ、って排除しようとしてくるんだ」


 驚いた!


 太田が努力するなんて……。やっぱり伊集院は男をおかしくする魔性の女の子に違いない。


「おい、カスにキモデブ!」


 俺が太田の成就することない恋バナを聞いていると、ワックスでつんつんに尖らした前髪うに頭の男が凄んできた。


 ちなみにカスというのは俺のことで鈴城と中身スカスカのカステラと混ぜても安心、鈴カステラとなり、それがまるっと省略されてカスとなってる。


 ところで混ぜる意味あったのか?


 俺は太田が、将来魔改造エロフィギュアでひと山当てて社長にでもなったりしたら、相談役を勤めたい思惑から話を聞いてやっていたのだが、浜田に邪魔され不機嫌そうに答えた。


「なんだ浜田かよ。俺たちは終末世界の未来について話し合ってる。邪魔しないでもらいたい」

「けっ、おまえらが梨衣と付き合うなんて、ねえよ絶対」


 木崎と同じカーストに所属しており部活はサッカー部、露骨に俺たちを見下してくる嫌な奴だ。


 だが伊集院に関しては、俺も浜田の意見に全面的に同意する。


 伊集院からラブレターをもらってるけどな。


 伊集院のことだ、他の男子にも送ってる可能性もあるし、なんのマンウトにもならないのならここは黙っておくのが得策だろう。


「は、浜田くん……ボ、ボクは梨衣たんを見てるだけで十分なんだな……そんな寝取るとかしないよ」

「はあ? てめえ寝言言ってんじゃねえぞ、こらあ!」


 太田は浜田に睨まれたことで慌てて弁解するが、しどろもどろになって寝取るキャラ願望を口が滑って言ってしまい、胸ぐらを掴まれシメられようとしていた。


 ピッ♪


 俺はスマホを取り出し、二人の様子を撮影する。


「ああっ!? なに撮ってんだカス!」

「いじめダメ、ゼッタイ」


 浜田が俺にも凄んでくるが目線をスマホに落として、ダサいいじめを皮肉る。すると浜田は捨て台詞を残して、伊集院たちのところへ消えていった。


「ボケが! 覚えてろよ。まあ、どうせおまえらが頑張ったところで梨衣は俺が落とす! 仮にでも梨衣がおまえらと付き合うようなことが起こったら、俺は裸で土下座してやるよ」


 すごい自信だ……。


 やっぱりカースト上位になろうと思えば、それくらいの自信過剰さが必要なんだろうな。俺には無理だけど。


 そんな男子の裸土下座を見たら目が腐りそうだから、止めてほしいと言おうと思ったんだが行ってしまったのならしょうがない。


 玉田もそうだが、太田のこぼしてたことじゃないが、伊集院みたいな女の子はハイスペックな男子と交際し結婚して、さらに優秀な遺伝子を残す。一方的俺たちみたいな底辺は底辺のままであり、頂点はさらに高みに至るといったところか。


 とんびたかを生まない限り、ああいった奴らに下克上する機会は与えられないし、そもそも俺ら世代での逆転はない。加えて彼女ができずに朽ちていくなら、転生後に賭けるしかないという悲哀を大いにはらんでいる。



 みんな現実を見ろ。現実を……。


 

 なかなか戻ってこない婚期を逃しそうな担任だったが、ようやく教室のドアが開いて入ってきた。


「みんな、おはよう。遅れてすまん」


 丁寧に謝る担任だったが、クラスのみんなは入室してきた担任に畏怖テラーのデバフを植え付けられてしまっていた。顔面から血を流して、目が虚ろになっている玉田の襟首を掴んで引きずってきたからだ。


 それでも冷静に朝のホームルームを進行しようとするのは、もうすぐベテラン教師の仲間入りする年季のなせる技だろう。


「今日の日直は……」


 う~んと唸りながら、辺りを見回してめぼしい生徒を物色する行かず後家。その目を女豹そのものだ。


 ヤバっ!?


 担任と目が合ってしまった。こういうときって間違いなく、当ててくんだよな。


 あれ? 伊集院とも目が合ってないか?


 俺がたまたま気づいたと思ったら、案の定担任は俺たちを指名してきていた。


「んじゃ、今日の日直は経世と伊集院な」


 担任は俺だけ下の名前で呼ぶ。理由はあるんだが、それはそれとして伊集院が「よろしくね」と言わんばかりにやんごとない方々っぽい手の振り方をしながら、俺に微笑んだ。


 そのとき、クラスの男子たちの舌打ちとため息が一斉に漏れたのは言うまでもない。


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お読みいただき、ありがとうございます。フォロー、ご評価をいただいて涙が出るくらいうれしいです。


作者、メガニケにはまっておりまして、たたのケツゲーだと舐めてかかったら、シナリオとかいろいろ運営の力の入れ方にビビった(゚Д゚;) 澤野弘之さんとか声優さんが豪華すぎなんですよね。


ブルアカもやってみたいんですが、やってしまうと小説書くリソースがなくなってしまいます(・_・、)


話が逸れましたが、またよろしければフォロー、ご評価いただけますとうれしいです!

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