side:ハルカ
『私のせいじゃないかなって』
『なにがだ?』
表で、ユーリカが
ユーリカは彼らに夢中で、こちらに関心を向けていないと踏んで、私はそっとウルリカに話しかけた。
首を傾げたウルリカの腕を掴んで、自分の部屋に引き込んで扉を閉める。
ここなら、呼びかけても聞こえないというのは実験済みだ。
『ハルカ、どうした?』
『あの子が子供が欲しいって、こう…守りたいとか、保護欲みたいなものを燻ぶらせてるのって、私のせいかなって』
『む、魂が繋がっているのだから、少しくらいの影響はあるかもしれないが、』
何かを言いかけて止めたウルリカの手を握ったまま、少し待って私は目を閉じた。
『記憶の中でね
私、あれからずっと、誠治を見ないようにしてた
思い出さないように、思いに引きずられないように。
記憶の中で、そこにいるはずの誠治を、
この手で抱きしめているはずの子を、見ないようにしてたの』
『…そうか』
『ユーリカに誠治のことが見えていないのは、たぶんそのせいだよね』
『ああ、それはそうだろうな。
ハルカの記憶が子供を見ないようにしているならば、
それは誰にも見ることは出来ない』
『私のせいで、…誠治は死んだ』
私があのアパートに住んだから
あのアパートの住人と仲良くなんてしたから
『あの人を好きになったから、誠治に出会えた』
夫と出会った時、急激に心が惹かれるのが分かった
私の両親みたいに、子供の近くにいてくれない人なんて絶対に嫌だって、
そんな人とは結婚しないって、決めてたのに
だめだった。
戦場に行く報道カメラマンなんてお断りだって思っていたのに。
平和のために飛び回るあの人を、子供と二人で待っていようって
思ってしまったあの時から、誠治の運命は決まっていた
『8年だよ?
たった8年の内に、父親が死んで
目の前で母親が死んで、
自分も殺された。
そんな運命を背負わせたのは、私なんだよ』
くそくらえだって思った。
あの瞬間、誰に向けたか分からなくなるくらいの怒りが、私の中で爆発していた。
でも、だから、一番憎んだのは自分だったから。
『…産んでごめんって、言っちゃったの』
ほんの一瞬。
心の底で浮かんだその言葉を、私は自分が死ぬ瞬間に、死にゆくあの子に、聞かせてしまった。
でも、ウルリカがいたから、私はあの時に戻って助けることができた。
『あなたが、私の魂を取り込んで、あの子を助けてくれたから、
私はあの子にそれを言わずに済んだ』
目の前で私が死んだとしても、笑顔で、最後にちゃんと『愛している』と伝えられた。
あの子は生きている。遠く離れていても、私はそれを感じている。
別れてからずっと考えていた。
あの子について。
どんな風に成長するのかな
どんな仕事をするんだろう
どんな人を好きになるのかな
どんな風にでもいいから、自分なりの幸せを見つけてほしいって
『私を思って、泣いたりしないでいてくれたら、万々歳だなって。
私がここで笑っていれば、あの子も笑えるんじゃないかって、そう思ってる』
『…そうだな』
『暗闇の中で、永い時間を漂いながら、そんな風に未来の誠治のことを考え続けて
でも、だからこそ、誠治と過ごした日々を思い出すことはできなかったんだ』
テレビに自分の記憶が映るようになっても、心が拒絶した。
見たかったし、声だって聞きたかったし、髪に触れて、抱きしめたかったけど。
成長しないままの小さなあの子を、置いてきてしまった、宝物を見てしまったら、駄目になると思った
『あの日、私たちの魂はもう二度と地球に行くことはできないって言われた。
そう告げられても、私はあの子を助けたかったし、迷わなかったのに』
もう二度と、私があの子に会うことはできないとしても、それで良かった。
『なのに、思い出すのが、こわいんだ』
『…そうか』
『ここでもさ、夢を見るでしょ?』
『ああ』
『思い出すのはこわいのにね、
夢で逢えると、すごく幸せなんだよ』
『…そうか』
私たちの魂は、時間と場所を越えて、地球で、誠治を助けた。
そして、ここに引き戻された。
ユーリカの、魂の中に。
暗闇の中で、私と初代ユーリカは別々の場所にいた。
大きな大きな塊だったウルリカの魂は地球に行くのに力を使って削られてはいたけど、やっぱり今でも私の何重倍も大きいのが分かる。
『ここに来てからずっと、夢なんて見たことなかったのに、
ユーリカがあらわれて、見るようになった』
それをすっぽりと包み込んでなお、
ユーリカの声を聞くまで、私が居たところから、ずっと遠く離れた場所にウルリカの存在を感じていた。
なのに私たちは繋がったままだった。
繋がったまま、断絶されていた。
『テレビだってそう』
この世界の仕組みは、ウルリカと最初に繋がった時に何となく聞いて理解していた。
『ユーリカは、
今、表にいるユーリカの魂は、大きすぎるよね?』
そして、小さな存在のはずの私の感情に影響を受けるくらい、繊細で、幼い。
『ねえウルリカ、ユーリカは、何者なの?』
『ユーリカは…』
そう言いかけて、ウルリカはやっぱり口を噤んだ。
彼女には珍しく目が泳ぐのがわかる。
『あ~。…まあ、無理に言わなくていいよ。
だって私、あの子のこと嫌いじゃないしね。悪い子じゃないっていうのくらいは分かるし。
でも…ねえ、ウルリカ』
『…』
『ちゃんと言ってなかったかな~って、だから言うね』
『…?』
『ありがとう、ウルリカ』
私の魂を、すくい上げてくれて
願いを、叶えてくれて
『ありがとうね』
ウルリカが唇を噛んだ。
『…ハルカの魂が私のところに来たのは、偶然ではないんだ』
『うん?』
『ユーリカは地球で生まれた神だ。ユーリカの魂が、ハルカの魂を私の元に運んだ』
『…神?』
金色の光が、ウルリカの眼の淵をゆらりと泳いだ。
ウルリカの姿は、ユーリカに似ている。
肌全体に黒いもやがかかっているけれど、ユーリカを大人にして、ちょっとクールにした感じだ。
ウルリカの瞳は、鋭い光を宿したままユーリカの方を見上げている。
『だからいつか、地球に戻る。
それが、地球との約束だ。
私の魂も消える。この世界の物だから。
でも、ハルカの魂は分からない。
…消えるのか、地球に戻るのか。
どうなるのか、分からない』
私の唇の端から、ひゅう、と息が漏れた。
地球に、戻る?
誠治の生きている、地球に
『それは、いつ…?』
『この世界が終わる時に』
私は、緊張で吸いすぎた息をほうぅ、と吐いた。
この世界が終わる時。
それはずっと未来のことだろう。だってここは、緑に溢れていて、環境破壊とは無縁そうに見えるのだから。
『そっか』
私はウルリカの目を見て、笑って見せる。
安心させたかった。
ウルリカは私なんかよりずっと強そうに見えて、でもいつだって壊れてしまいそうにも見えるから。出会った頃からその印象は変わらない。震えていて、壊れそうな、小さな少女だ。見た目は大きいけどね。
『急に連れ込んでごめんね
ユーリカが不安定なのも気になってたし…
ああ、ほら、私たちの声が届かなくなったりもしたし。私が何か影響してたら、どうにかしなきゃかなってのもあってね…』
『もうすぐだ』
『…えっ?』
『…何もしなければ、あと1000年はもたない』
ウルリカの言葉に、私はコクリと息を飲み込んだ。
地球とこの世界の時間軸は異なっている。
こちらの1日は、地球での60秒だ。
1000年なら、ゼロをうつして365000日。
こちらの365000日は…地球では365000分。
つまり、たった254日間足らずだ。
ユーリカの魂とつながったままの私は、彼女と共に地球に戻れるかもしれない。
私は死んでいる。魂だけで戻ることになる。
こちらの世界のシステムとは違うから、体が無ければ死んだままだ。
地球で死んだ後、すぐにこっちに来たから分からないけど、幽霊に、なれるのだろうか。
幽霊でもいい。
それでも。生きている誠治の未来を見ることが出来るかもしれないのなら
ユーリカについて言い淀んだウルリカの胸の内や、
この世界の終わりを遠ざけたいのかもしれないということに気づきながらも
そこに思いを向けられない自分に
ほんの少し、吐き気がした。
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