2-8・ ミリアの旅立ち!道のり、行く道、30年?だってよ。
私は今、ミリア御一行が旅立って行くのをピパピパの柔らかソファーに座ったまま、ゆったりと見送っている。
空は高く、雲一つない青空。旅立ちの日にはもってこいの朝だ。
この世界にも四季の移り変わりがあって、今は春。
私が目を覚ましたのも春。
(意識を取り戻した?)
(自我が芽生えた…??)
(ば、ばぶぅ…?)
そう、まだ私、ユーリカは0歳なのである!ばぶぅ!
身体はオトナ!頭脳は0歳!って流行る?…え、流行らない?
ですよね~?
昨日はルヴァとグロリアの結婚式だったんだけど、夜通し飲み明かした蛙人族は早朝の出発にもケロッとした顔で全員現れた。蛙だけにゲコかと思ったら、
起伏の激しいヴィクトル王国では、旅人は基本的に船か徒歩で移動するのが普通らしく、山中の村々にも満遍なく訪れる気概で臨むミリア御一行は早朝に出発することになっていたんだけど、周りにもちらほら旅立とうとしている人たちがいる。
ヴィクトル王国で商売をするには足腰が強くないと難しいんだろうなと思う程、みんながみんな筋肉ムキムキである。
冒険者を雇う必要あります…?と思う程の猛者揃いの商人たちが出発していくのを眺めていると、一番最後にミリアがやって来た。
…踊りながら。
「『愛情の国ロマリア』…っ
名前だけで素敵でゲス~!早く行ってみたいでゲスぅ!」
と言いながら扉を勢いよく開けるミリア。
「忍長はやはり起き上がることが出来ず…ユーリカ様に申し訳ないとのことでした」
ユミンがそう言うと、
「根性ナシでゲス。放っておくでゲス」
少し間をおいてミリアがそう言った。寂しそうに見えるのは気のせいかな?
(見送って欲しかったのかな)
(信じて、認めてほしかった、とか)
この世界での成人とはいえ、15歳って言ったらまだ子どもみたいなもんじゃん。
15歳の一人娘を旅に出すなんて、そりゃ倒れもするんじゃないかなぁ…父親なら
「旅でついでに良いお婿さんを見つけて来るのでゲス!
帰ってきたら結婚式をするでゲス!
エヘヘェ」
(シノビオサ…)
(…倒れた原因これ?)
ここは大陸の北北東で、ロマリアは西南端だ。
ミリアは位置関係とか距離とかわかっているのかな…?
いぶかしむ私の耳元でユミンがそっと囁く。
「ミリア様は初めてこの町をお出になります」
「お、おぉう…」
大河沿いに行けば、いつかは着くだろうけど…
(いつかは、ね…)
街道をどんな早さで進んでも、街町村に滞在し、薬の作り方を含めて広めようとするなら一か所につき1年…はかからなくても、数ヶ月はかかるだろう。
大河沿いにまっすぐ行ってもロマリアまでは片道10年…イヤ、…12年はかかる、かなぁ。
何もせずにただ進むだけなら船もあるしそんなにかからないけどね。
ちなみに、昨日の内にお付きのユミンには、大陸の地図を渡している。
なんだかんだ一番しっかりしていそうなので…うっかり無くすとか…売るとか…はしなさそうだし。
今の時代、渡した地図ほど正確な情報は無いらしく、目を見開かれた。
更に私の魔改造付き地図なのです。
「このピカピカ光ってる白い点がミリアね
で、この桃色の点がユミンさん。
青がカクサンで赤がスケサン。黄色がハッチで黒がヒコザルで、この紫のがもう1人の人。
紫のは消しておく?この点に指を乗せて「消えろ~」ってやると消えるし、目の前にいて地図に触りながら出ろってやればまたつけられるよ」
紫の人は、いるっぽい、と思った所にいたので、追加しておきました。
「でね、ここにお手紙のマークがあるでしょ?」
「はい」
「ここに触ってみて?」
「もっ、!文字が、目の前に…!?」
「それは昨日書いてユミンさんに送っておいたやつ。
本人と、触ってる人にしか見えないからね?
で、私が今からこっちの地図の同じマークの所からお手紙を書いて送って見せるから、同じように返事をしてみて」
ユミンと何度かやり取りをして、問題なさそうなので説明を終える。
ミリアや他の人にも、使い方を教えてあげてね、と伝えて手渡す。
「ユーリカ様…ありがとうございます。
必ずやミリア様を助け、ユーリカ様から賜った聖なる神薬(そして共に信仰)を拡げて参ります!」
そういって、ユミンは手を合わせて平伏しようとするので、止めに入る。
ユミンは、私から見た蛙人族の中でも一、二を争うクールビューティーである。
上から順番に、クールで、たゆんたゆんで、きゅっ、プリっ、シューッ!なのである。
そんな彼女が、目を潤ませながら、上目遣いで、たゆんたゆんの部分と、お膝を汚して私に手を合わせるのである。
男どもはソワソワするし、
ミリアは私と同じくお胸がのっぺらぼうなので、なんだか目があえば郷愁、なのである。
うん、もう、お腹いっぱいです。
「うんうん、たまに会いに行くからね
(週一くらいで…)その時に旅先で食べておいしかった食べ物とか教えてね~」
「ハハァッ!かならずや!私の命に変えましても…っ!」
お胸が汚れなくて良かった…。
山中の村とか、すごい山賊料理とか食べてそうだよね!わくわく!
(蛙人族の信仰心…重すぎる)
(元々は『神の森』への信仰から私にも、って感じなんだろうけど…)
(え、私って教会の司祭様的な存在?)
獣人族の街町村は他の国と同じように『豊穣の国ヴィクトル』の領土全体に点在しているけど、彼らが広く信仰している『神の森』と接しているこの北東部には、特に町や村が集中している。
小さな集落や移動しながら暮らす種族は地図に載らないけど、それらの人口を足したら、国民の半分以上がこの森の近くに暮らしていることになる。
ちなみに森真東には精霊の森が、その下の南側には人間の国で唯一、神からの祝福がある『平等の国セイラン』がある。
森の北西は魔人の国で、やはり祝福された『安らぎの国カインリール』がある。彼らもこの森の近くに町を作って暮らしているけれど、獣人ほどではない。
ヴィクトル国内の街は、元々は種族毎に作った集落が始まりだ。
街町村として整備をした後も、名前は始めに集落を作った種族が決めた呼び名をそのまま残しているところが多い。
元虎人族の街『
元獅子人族の街『
で、ここは元蛙人族の里から町になった『
その土地の名士と言えばやっぱりその街に名前を残した種族が多い。
だけど今はすべての街を自由に、多々様な獣人が行き来をしている。
まさに百獣の世界だ。
この光景を見ていると、よくぞこの多種多様な人種、種族入り乱れた状態で平和な様相を維持しているものだ、と思わずにはいられない。
(人種が違っても、認め合って暮らしているのはスゴイよね)
昔は、血で血を洗う種族間の争いがあったそうだ。
獅子、虎、兎に猫、犬、ネズミ、牛、馬、猪、魚に鳥…。
猿人族か、蛇人族か、獅子人族かという、
いわゆる巨大勢力の三つ巴、最終決戦間際になった時に、
神々が降臨したのだという。
獣人たちは、はじめは誰も信じなかった。誰かの魔法で、幻影だと。
直接神に立ち会ったことの無い世代がほとんどだったから。
それより更にずっと昔には、毎日神が現れ神託や加護を与え、触れ合うことさえあったというのに。
すべての始まりの『始祖竜』
始祖竜を頂点とした、10柱の神々。この世界の日常には、かつて本当に神がいたんだ。
それぞれの神には『好きな場所』があった。
よく訪れていた場所に、その1柱を中心とした『神殿』が建造された。
昔の人々の手によって建てられた神殿はその神に直接祝福されている。
祝福は場所にのみ与えられる人への加護より強い繋がりで、半永久的に消えない結界が張られる。その中にいると、その神の得意な分野、事柄や魔法や魔術が覚えやすくなったり、上達しやすくなったりする。
しかし、神々が姿を現す時代は長く訪れなかった。
神が現れなくなると、人は不安定になった。
加護は元々与えられることが少なかったから影響は無かった。
しかし、ほとんどが結界の中にいれば自然と与えられていた『守護』さえもが、与えられなくなったのである。
『守護』は時と共に薄れ、消えていくもの。
なぜ、我々は『愛されなくなったのか?』
『信仰が足りなかったのではないか』
そう考え、焦った。
そうして、
多種多様な人種族はそれぞれに立ち上がり、自分の信仰する神が『一番』だと争い始めたのだ。
(私は…ユーリカは、その時は死んだばかりで
同じ『入れ物』に戻る、竜や龍や精霊族やらの魂と、暗闇を揺蕩っていた)
(私が寝ていた、魂で過ごす異空間での、その百年か、千年かの間に)
神々が各地に、同時に顕現したのである。
はじめは信じなかった人々は、時が経つ内に理解した。
目の前にいるものは決して、人の身で作り出すことなど叶わないのだということに。
目の前にある存在が、なんなのかを。
この世界の子どもたちは、各地に残る神語や絵画を見て、知っている。
神は竜の姿をしていることを。
普通の竜よりも大きくもなれれば、
アリより小さくもなれることを。
その日、神々は、大陸のどの土地からも見えるように、
大きく、大きくなって顕現したのだという。
争う民は畏怖し、跪き、ただ祈った。
『我らにとって始祖竜が唯一天上の存在である』
『その下に双頭の竜がいて』『不死の竜がいる』
『太陽と月と星があり』『水と風と地があり』
『闇がある』『すべては別々であり』
『すべてはひとつである』『能力を持ち寄って暮らせ』『小さき力を集めればこの地は豊穣となるであろう』
誰の目からも見えた竜たちの『神託』によって、
獣人同士の争いは無くなったという。
(神殿の真上に現れた神は【リアル】だったんだろうな…
忘れられた神々が、本当に現れたんだから)
争いは一瞬で止まった。
獣人族同士で共に補い合い、更に足りなかった力を長齢種のドワーフやエルフに頼み、補って、ヴィクトルは豊穣の国と呼ばれるようになった。
(…とまぁ、こんな経緯を経てできた国だから…
信仰がゆるいけど重い、という、
どっかの八百万の国みたいな、こう…
雑多な感じになったんだろうなぁ…)
土地を束ねた王『地王』が治めるヴィクトルはとにかく自然が多い。
山、森、川、湖、街(、山、森、川、森、湖、街…エンドレス)、
割合いでできている。
国の中央にある首都エストールから西は海に面していて、北にはドワーフが集中する鉱山群がある。
そこを更に北に下って大河から分かれた分岐流河を渡ると、人間が建てた小国が集まってできた『ラムフス連合諸国』がある。
ロマリアに行くには、二つの道がある。
ヴィクトルの南南西にある鉱山群を抜け、ロザリア川岸の関所から連合諸国に渡り、魚人種に許可を得て海王の治める水神殿からロマリアに入るか、
ヴィクトルの南西にある細長い浮島(自由の国メルユーイの飛び地)を通って国境を越え、商業民主国家『ニカイア』を通り、ロマリアに入るというルートである。
(あ、行きと帰りで違うルートを選べばいいのか。
ロマリアから連合諸国を廻っていく感じかな)
やっぱり慣れた自国の道である程度は整備されているとしても
広大な上に自然に満ちた中を抜けるのは大変だ。
(もし連合諸国の8国を廻るなら、帰り道は更に時間がかかるとして…余裕を見て行って帰ってきてで30年…かなぁ)
(んん、ミリア30年後は45歳だけど、蛙人族の平均寿命、たしか55歳だよ)
帰ってきて結婚式…するって言ってたな。
ユミンさんは何歳になるんだろう…??
(頑張れ、ミリア…御一行…)
「「「行ってらっしゃいませ、ミリア様…!!」」」
南の正門から、川沿いの街道を行くミリアたちの姿を見送るのは蛙人族だけじゃない。町の人たちも、見送っている。
(元々慕われてるじゃない。ねぇ、ミリア。)
ミリアは照れたようにくねくねと、相変わらずすごい早さで歩いていく。
それを当然のように受け入れる御一行。
普段通りの穏やかな表情でサササ、シュシュシュ、、と追いかける忍3人、商人1人に用心棒1人。隠れ忍者1人。あの人どうやって隠れてんの!?隠匿にしては私にも見えなくて驚く。気配ははっきりわかるけど。
あの集団、控えめに言ってもカオスである。
混沌、またはケェィオス!なのである。
(※発音には個人差があります!)
川沿いから右に曲がり、小さな森に入る道に入ろうとしているミリアたちが振り返ったので、ピパピパの上から手をふる私。
大きく飛び跳ねて声を上げる御一行。
「「ユーリカ様ぁ~~!!行って参りますでゲスぅ~~!!」」
(こ、声、でかすぎぃ)
遠くでこちらに手を振るミリア。
平伏している御一行。
…何事か!?と、あちらとこちらを二度見する、無関係な旅人や冒険者たち。
(あ、怪しいよなぁ)
ミリア御一行にはシノビアシンの加護と、ユーリカの加護が生えた。
ミリアを含む4人の蛙人族は元々小さめの収納魔法が使えたらしいのだが、空間が広がったそうだ。
商人枠の猿人、ハッチも異次元収納魔法が使えるようになったらしい。
(ヒコザルはだめだった…加護は貰えたのにね?)
シノビアシンの加護が生えた瞬間に、猿忍者の称号も増えていたんだけど、大岩投げとか、大ジャンプとか、筋肉倍増とか。主に攻撃に特化している。
話が逸れたけど、収納魔法持ちだらけのミリア御一行は手ぶらである。
一見旅の行商人とそれを守る冒険者に見えなくもないのだが、武器以外は手ぶらの状態で旅に出るミリア御一行は怪しいのである。
絶対すごい収納魔法持ってんじゃーん、っていう、下手したら悪い奴らに狙われるパターンである。
(なんでカモフラージュしないかなぁ…?)
そんな御一行が遠くから土下座をする。
パッと見、蛙っぽい何かに座っている、ただの少女(見た目年齢8~10)に向かって。
これじゃあまるで、蛙人族を手先にした悪の組織のボス的美少女☆なポジションになってるんじゃ…?
娯楽の少ないこの世界ではこんなことでも面白おかしく脚色されて話のタネにされるかもしれない。
(私じゃないよ、って顔をして周りを見回したら、みんな帰りかけてるんだけど!?)
(ちょっ)
(信仰は!?信仰はどこに行った!?置いてくってどういう宗教!?いや、信仰いらないんだけども!!)
何度も頭を地面にこすりつける御一行。
何度も
…何度も。
(怪しい・オブ・ザ・イヤー受賞だよ?)
うん、ピパピパの横ノビスマイルと相まって、私はただただ怪しい子どもなのである。
無関係の人たちの遠巻きにこちらを見る目が痛い。
この世界はちょっとしたことですぐ称号をつけようとする。妙な噂のせいで変な称号が付いたらどうしてくれるんだ。ぉおう?。
『土下座やめろ』
そうミリアに念話をすることにした。
ピぃ!という小さな叫びが
森の街道に響いたとか、響いてないとか…。
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