2‐10 世界樹幼稚園 2


子どもたちは、一日たてば一回り、

二日たてば二回りと日々大きくなっていった。


(『おかしいな…子育てってこんな感じだったっけ…???』)


(ハルカ、どうしたの?)


(『ちっちゃいうちはもっとこう、戦争といっても過言ではないほどの…寝たい食べたい(飲みたい)歌わせたい!(母親に)そしてウンチ出た!…の、泣き声ループのはず』)


(えぇっと、異世界だから?)


(『そっか…そうだった、異世界だったか』)


ぶつぶつ呟くハルカが、いつになく怖いので、とりあえず異世界だからで誤魔化しておく。

ハルカの口癖『異世界だからアリか』である。すごく便利な言葉だ。


地球人…ハルカを通して見た日本人はすごく真面目で現実的なのに、正反対のもの、例えば都市伝説やファンタジー、ゲームや漫画、不確かなものや物語の世界などをとても好きなように見えた。『異世界物』というのも不思議な発想だと思う。

だけど、確かに面白い。

どこか夢見がちで、なんでも楽しむ力がある彼らのこと、私は好きだなと思う。


子供たちが殻を破ってから10日。

個人差はあるものの、幼稚園児くらいの大きさにまで育っていて、最近では子竜は念話で、子エルフは口頭で話し始めている。

子竜も口でおしゃべりをすることはできるんだけど、舌が長くて難しいみたい。私や精霊に話しかける時は、すぐに伝えられるからと念話ばかりを使って話す。

でも念話が繋がらない子エルフとは話せないとうまく意思疎通ができないので、がんばって口で話そうと練習もしている。

それを見つめながら応援する子エルフたちは、お互いの小さなお手手をにぎにぎして遊んでいる。


(『尊い…!尊いよ…!』)


(うん、尊いね…!)


(『うむ、トウトイとはなんだ?』)


(『エモイ…エモーショナル…感情が動く…的な』)


(『感情が動く…そうか、確かに子育てはエモイな。そしてトウトイ…尊い。こんな風に感じたのは初めてかもしれない』)



こんな風に影から成長を見守る内に、数日でなんだけど、もう紐でつなぐ必要は無いんじゃないかな?と思い始める私。


(もう紐いらないかな?)


(『この10日、自由にさせても問題は無かったしな』)


(『うん。それに、確かに幼稚園児を紐でつなぐってのはちょっと無いかもね。自由にさせて色々やってみる時期だもん』)

とハルカ。


しかし放置もしたくない。どうしたものか、と唸る私。


(『幼稚園児を放置なんてとんでもないもんね~』)


(うん)


(『そういうものなのか…ようちえんじとは…?』)


(『幼稚園児っていうのはね~』)



二人の声を聞きつつ、魔力の蔦紐で私と繋がった子どもたちと森をお散歩しながら考える。

一番動き回りたい時期だから、けっこうな力であっちこっちに引っ張られる紐。


ある程度以上は伸びないようにしているし、紐と紐はすり抜け合うようにしてあるけど、やっぱり自由にさせてあげたいとも思う。


(…私が10人…5人??

イヤ、せめて3人いれば…)


この子たちが生まれる前の卵の時も、生まれた後も、10本の世界樹たちの所を順に廻る世界樹ツアーは毎日の日課だ。

ハルカの記憶で見たアレと似ている。犬の散歩屋。

樹と樹の間の距離は、普通におしゃべりしたり遊びながら足で歩くだけで15~20分かかる。

それぞれの母樹と触れ合ったりおしゃべりしたりしながらそこで遊んで2~30分。


最初に向かう世界樹の順番を毎日一つずつずらしていき、誰かの母樹の所でお昼ご飯を食べることにしている。

これがとても楽しいらしくて、みんな自分の母樹でお弁当を食べる順番が来るのが待ち遠しいらしい。

今日は1ノ樹から始まる日だったお弁当は4ノ樹の根本で食べた。


10カ所廻って、そこから母樹の所に帰るだけで、夕方になる。

帰ってきたら、みんなで翡翠とお昼寝。お夕寝?するんだ

こんな感じで毎日過ごしている。

保育園みたいだな。ハルカの記憶てれびでしか見たことないけど。


『おかえり、ユーリカ』


母樹の力に包まれて、きゅう、と胸が鳴る。


「ただいま、母樹」


私も母樹に根を絡ませるように魔力を伸ばして抱きしめる。


お散歩から中央に帰ると同時に、世界樹たちが『新しい実をつけたよ』と念話を送ってくる。

世界樹と私は一本の線で。

世界樹同士は円で繋がっていて、私だけとも、みんなででも、念話で話すことが出来るようになった。


『…新しい子、できた』と10ノ樹。

おう

『私もできた。私とユーリカの子~』と3ノ樹

お、おう?

『私だってできた!もちろんユーリカの子』と、1ノ樹

………何このハーレム??


私、女にだらしないダメ男みたいじゃない?


(『異世界物の定番だね~』)


「また実がなったようだな。賑やかになる」と翡翠。


『こんなに子どもが多かったことは無いけど、なんだか懐かしいわね』と母樹。


寄り添い合うように話す翡翠と母樹はなんだか楽しそうだ。


新しい実の数の分だけ、それぞれの樹で、魔力の光がチカチカと明滅したり、波のように揺らいでいるのが見える。


「また、新しい子どもたちが生まれるのか…」

(『早すぎない?』)

ぅう。そうだよね?

(早いよね…??)

うれしいよ、うれしいんだけども…

物理的に…

人手が無いから…

無い…

から?


「…保育園…?幼稚園…子ども園…?そういうやつがあれば安心、だよね…?」


「ほいくえん、ようちえん…?なんだそれは?」


記憶で見た幼稚園での様子を思い浮かべながらどういうものなのか、翡翠に話す。


「ん?ああ、この世界にはそういうものは無いな。子どもは自分の手で育てる。竜も人も獣も同じだ」


(『家族や近所の繋がりが強いんだね。

面倒見てくれる人がいるならそれでもいいよね。

でもどんな場所だって…異世界だろうと、困ってる人はいると思うけどね』)


(親が孤立してて繋がりが無かったり、まだ子どもが小さい内に片親になっちゃって、働けなかったり…?)


(『ああ、私、私もそうだった、気がする。

変だよね、自分のことなのに思い出すのが難しいんだよね。両親のことについては、テレビの向こうのテレビでも見てるみたい。…もうずいぶん昔のことみたいに感じるなぁ…』)


いつも明るいハルカの声が沈んで聞こえる。


(ねぇ、ハルカが言ってたよ…記憶のテレビの中で。

人はみんな助け合わないと、命を繋げないって)


私のまわりに、自然と子どもたちが集まってくる。


(『こう、心が揺れる時。

子どもとか動物って不思議と近くにやって来て、寄り添ってくれるんだよね~…』)


(『ふふ、そうだな…』)


(そうなんだ?)


ソワソワ落ち着かない子竜を小脇に挟んで、魔力を練る。

無いなら作ればいいんじゃないかなって。


「よぉーし、赤ん坊たち、お母さん(?)の魔力ですんごいの作っちゃうからね~!」

集まってきた子どもたちが、きゃいきゃいと笑っている。


ねり、ねり…

「えっと…名前…名前…」


ねり、ねりねりねりねり…


「うーん、暫定で、とりあえず『世界樹幼稚園』ってことで!」


そう。幼稚園。支えあって、寄り添いあう場所。


フワリ、と舞い上がる光が集まって、私の手のひらの魔力と混じり合うと、ブワッと丸く地面に広がる。


「幼稚園って広さ、これくらいだよね…?うちの子たち大きいからな…ちょっと大きめに…あと、飛ぶから天井高めで…」


私の目の前に広がっていく柔らかな土。

にょきにょき生える遊具たちに、建物。


「二階建てで…吹き抜けで…図書スペース欲しいな」

本は大事だよ、本は。語彙力…!


「手洗い場と水遊びできるところと…」

小さな山の滑り台、ブランコ、砂場に、鉄棒に、地球儀、シーソーに

ぴょんぴょんタイヤ…タイヤ??


この世界にタイヤってあるのかな?

無いものも作れる…のかな。

この世界に無いものってなんだろう?

化学製品…?

地球の物だって『何か』から作り出されている。

作れない物なんて、無い…のかもしれない。


「えっと、かわいい天窓が欲しいな」

白い壁にオレンジの瓦屋根。真ん中に丸い天窓。

柔らかなクッションタイルが敷かれた教室には、様々なオモチャ。

カラフルなトイレ、本棚にはたくさんの絵本。

ぬいぐるみ、クレヨン、オルガンに太鼓や小さな楽器。

ついでに小さな椅子と、みんなで囲める。丸い机。


「花や畑もみんなで育てよう!」

花壇に畑、果樹をぐるりと生やして、柵で囲む。

一応申し訳程度の門を作って母樹に向かって開くようにする。


(あとは先生がいれば完璧だね)


そう思った瞬間、目の前に魔力の渦が8つ。


『あなたが『生んだ』施設に特化した精霊が、一緒に生まれるのよ』


(生んだから、生まれる?…建物も、子どもたちと同じなの?)


『もちろん』


渦が次第にまとまって、形作られていく。

パン!と弾けるように殻状の魔力を飛ばして、人型の大きな精霊が現れた!


「『鈴城』『天野』『鬼瓦』…先生だ!?」


大きく名前の書かれたジャージを着た大人が三人。

天使、天使、鬼である。


(『聞き覚えと見覚えがありすぎる…!?』)


ニコニコツインテールの鈴城ヒナ先生、

ユルフワボブの天野キョウコ先生、

パッつんポニテの鬼瓦マサミ先生である。☆


(『いや、鬼瓦先生優しくて好きだったけど!?鬼!?名前の印象だけだよね?』)


続いて、マイクを持った二人が現れ、すぐにカラフルなピエロのような衣装を着た男女がバク転で飛び出してくる。


(『【テレビ】の中で見ていた、当時の歌のお兄さん、お姉さんと、体操のお兄さん、お姉さんだ~!』)


最後に、猫耳をつけ、フリフリの衣装を着た女の子がぴょんぴょんと跳び跳ねてからくるりと回って、「にっこりにゃん!」


(にゃんにゃん村のアイドル、ニャインちゃん…!)


なんということでしょう…っ!

最推しがいまここに…!!

魔力スゴい!


(『みんな、私にとって【地球】での子育てには、不可欠だった存在だよ』)


ニャインちゃんはいつも元気で、素直で。

ニコニコ笑って何にでもチャレンジする幼女が、少女へ成長していく姿は、子育て中の親の心の支えになっていたみたい。


(『うちの子も、こんな風にひとつずつ、できることが増えていくんだなって思ったんだったっけ…」)


歌のお兄さん、お姉さんも、体操のお兄さんお姉さんも、もちろん幼稚園や保育園で働く人たちも、ハルカの記憶の中で、確かに見たことがある。

そこに必ずいた、ハルカの愛しい存在がうっすらと光って見えていたんだった


(『自分がどんな風に教えてもできなかったことを、

子どもが、子ども向けのテレビを見て、ストンとできるようになったりね

私には気づけなかった子どものことを、気づかせてくれたり

あの子が、私がいない時にはお友達を守ろうとする、強い子だって、教えてくれたんだ』)


子育てには欠かせない、スゴい8人だね…!!


(子どもと親のための子育て特化型精霊たちに、幼稚園…!完璧すぎる…!)


子どもたちや他の精霊たちが、特化型精霊たちと触れあって、キャッキャと笑って手を叩いて楽しんでいる。

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