2-10・2回目の夏

子どもたちがいる夏。


私にとって、二回目の夏が来た。

精霊たちが張り切ったせいなのか、森の木々や草花はより一層ふくよかに色濃く息づいて、水流も勢いを増している。


子どもたちはわらわらと集まっては離れ、また集まってを繰り返しながら浅瀬で水遊びをしている。

森にはいくつもの湧き水を湛えた湖があって、そこから伸びる川には海と行き来をする魚も多い。


一人の竜の子どもが槍を投げる。

鳥を取ったようだ。

エルフの子どもは、弓か魔法で獲物を狙う。

魚を網で取る子もいれば、木の実を集める子供もいる。


生まれて1年しかたっていないというのに、子供たちは私の胸の上程までの背丈にまで成長していて、お世話精霊たちも、もうほとんど見守るだけになっている。


最初の10人の子どもたちが1歳の誕生日を迎えたのは春で、それはもう盛大にお祝いをした。

世界樹幼稚園ではそこから毎月お誕生日会がある。

最初の10人だけが競うように同じ日に生まれた後は、複数の子どもが同時に生まれるということは無かった。

示し合わせたように各世界樹がそれぞれ順繰りに実を落としてくれたので最初のように焦ることも無く、準備をすることができた。


世界樹幼稚園では生まれた子ども全員の誕生日も把握してくれているから、当日にはその子をみんなでお祝いしてくれるし、私にもお知らせをくれる。

子どもたちそれぞれのお世話精霊たちが円を組んで『世界樹幼稚園からのお知らせ』を覗き込む姿は、さながら我が子のためにPTAに集まる親の姿そのものである。


(『幼稚園ってありがたいよね~…』)


私は湖で水遊びをする子どもたちを眺めている。

たまに主っぽい大きい魚が見えるので、いつか釣ってやろうと糸を垂らして待つ。


里は平和だ。


(世界樹の里と名付けてみた…とりあえず)


(『獣人族とか他の地域の住人になんて呼ばれていようと、

『神の森の者でーす』とか

『神の森から来ました~』とか…

 自ら名乗れないしね~…』)


世界神樹も、それを遠まきに囲むように伸びた世界樹も

森も連山も、木々や果実も豊かすぎるほどに繁っているが、陽を遮りすぎることもなく、神の森は常に明るい。


(魔力が光ってるからかな?)


世界の魔力を含んだ湧き出る水源が揺らす水面では、キラキラと光が散っては消えていく。


「消えない【花火】みたいだね」

きゃっきゃと騒ぐ子どもたちが打ち上げた水しぶきが虹を作り、その上を色とりどりの精霊たちが光と共に舞い踊るのを眺める。

珍しく神樹の根元を離れた翡翠が水面に尻尾をつけたまま欠伸をかみ殺している。


涼みに来たのかな?

里の中なら母樹から離れても大丈夫なのだそうだ。

昔も、こんなことがあったような気がする。

二人で、ここに来た。そんな記憶データがある。


「ん?ねーねー翡翠、こっちに【花火】ってある?」


「この世界には無い」


「そっか、それもハルカの記憶かな…でも、魔法でできそうだよね」

というか、したことがある、気がする。

ウルリカの記憶だろうか。


(記憶データを意識するたびに近づく感じはするんだけど、なんかまだまだ、遠い昔の【映像】って言うか)


私は指で翡翠の鱗をなぞる。

宝石のような表面の硬質感からは想像できないような、熱をもった体温が皮膚を通して伝わってくる。


(こういう現実感が、この世界みたいには無いって言うか…

一本なんだけど、終わらない、長い【映画】を少しずつ観ている…みたいな)


記憶の中で二人の体の中に入って行っても、記憶通りに動く着ぐるみを着ているみたいな、勝手に動くアトラクションのマシンに座っているような感じだ。


(ウルリカの記憶もハルカの記憶も、私の物だという感覚はほんの少しも無いんだよね)


すぐ近くで子どもたちが声を上げて笑う。に引き戻されるように、はっとする。


「あ、あんまり深いとこに小さい子と行かないでね~」


私が子どもたちに声をかけると、精霊たちがそれを面白がって木霊にする。

木霊になった私の声が小さな丸い生き物になって、ケラケラと笑いながら、生やした手足を振り回して走りまわる。

ちょっとホラーだ。


子どもたちに向かって走り出した100以上の木霊は、私の声を子どもに伝えて、笑いながら子どもにくっつく。子どもたちの手に捕まったら消えるシステム。


こういう時、対象の子ども一人につき、ひと木霊が自動で走るようになっている。

そうじゃないと、みんなに伝わらないからだ。

…子どもが多すぎて。


私が生み出した世界樹は10本。

なのに1年と少したったばかりの今、子どもはもう100人をとっくに越えている。

(『お世話精霊と幼稚園があって、本当によかった~!』)

(うん、一人じゃ無理だったね…)


木霊が飛んでいったのは今日の食事当番じゃない、遊びに来ている子どもたちのところだけである。

もっと世界樹を育てようと思っていた私は、あまりにもポコポコ生まれる子供たちに(…10本でいいかな…)と思ってしまった。


(『ん?10本の世界樹がこれ以上ハーレム要員を作らせないために頑張ったとかある…?』)

(『む…?』)


(あ、ありえる…)


いや、かわいいんだよ。

世界樹も、子どもたちも。


でも、同時に生まれる大きめの精霊が親代わりになって育ててくれていなければ私の生活は絶対に成り立っていないだろう。


私が育てた世界樹の実からは、エルフと精霊と竜が生まれた。

だけどそれは普通では無かったらしい。

(どうりで記憶データに『子育て天手古舞の図』が無いわけだよ)


先代までのユーリカが子育てに困っている様子きおくなんて、いくら探しても1つも見つからなかったのだ。

だから勿論、子育ての困りごと対策なんかも無かった。

(こんな状況でもサラっとやってのける超人だったのかと思ったら、今が異常だった件)


今までは、世界樹からは、何年もかけて1人、普通のエルフだけが生まれ、

お世話精霊たちも同じ世界樹から生まれるエルフとほぼ同時に生まれて、その子を育ててくれる。


数年に1人。だから普通に成り立っていたと聞いて、納得した。



最初の実がなった時、翡翠が言った。

「エルフにしてはでかいな」と。


エルフの実は、はじめは手のひらサイズだった。

後から竜が生まれた実は、はじめからその3倍大きかった。

すぐ近くに大きな精霊が生まれて、その実から竜の卵が生まれた。

手や足とは別に、角や翼の形が柔らかな殻を押し、形が写し出されていた。


1エルフにつき1人の大きな精霊、1竜につき1人の大きな精霊である。

一緒に生まれる、たくさんのお世話精霊たちを引率するリーダーみたいな存在。


はじめの10の実は5人のエルフに5体の竜が。

(竜は一匹ではなく、一頭でもなく、一体と呼ぶことになったBY翡翠)


その後は、エルフ、竜、エルフ、エルフ、竜。そんな感じの日々がしばらく…、

…しばーらく、

そう、毎日、続いたのであります。


長い間神の森が光り続けていたのを、周辺の国や町、村は固唾を飲んで見守っていたとか、何とか…はユミンさんの定期連絡メールで後から知った。


旅先からも光が見える程だったらしい。

結界仕事してる?結界。

そう聞いたら、母樹の結界が特別なだけであって、中の物を見えなくする機能は世界樹たちには無いらしい。

頑張りますって言ってたけど、もう見えちゃったもんはしょうがないから気にしないでと言っておいた。

出産ラッシュも終わったから、夜中の間もずっと光ってるとかはもう無いしね。


100人を超えたあたりから緩やかになって、今は月に何人かずつ生まれては大きくなっていって、を繰り返している。名前も付けてるし認知もしてるつもりだけど…

本当に、お世話精霊様々世界樹幼稚園様々である。

1人じゃ 絶対無理だったよ。まじで。



歴代樹竜王から引き継いだ知識がなんちゃらだと威張っていた(いない)翡翠は

「こんなにポコポコ生まれるとは…」

「竜まで…」

「え。でかい精霊生まれすぎじゃない?」

と、ドン引きしていた。


知らなかったなら、まあ…しょうがないよね?



里は大きく変わったと思う。


それぞれの母樹の近くに子どもたちの住み拠を拵え、

世界神樹の近くに世界樹幼稚園を作った後、はじめの幼稚園があっという間に手狭になったことで、第二幼稚園、第三幼稚園を作った。

その内地球のように、小中学校とかも必要なのかな?ともこっそり考える。


世界神樹を囲むように遊歩道が伸び、各幼稚園と大きな公園を繋いでいる。


竜のままでいる子ども、

竜人化したり竜に戻ったりする子ども、

色々な肌の色をしたエルフ、

大量の精霊たち。

中には夜を好む子どもや精霊もいて、

朝、昼、夕、夜、深夜と早朝にも、

世界樹幼稚園では魔力の光が常に灯り、楽しそうな声が途切れることはない。




一気に増えすぎて五月蠅くないかな?と思ったんだけど。


『なんだか…エルフが増えたら、懐かしいかな、と思ってたけど…』

『……ちょっとちがったみたい。

 でも、にぎやかで楽しいわ。うふふ』


母樹は、なんだか楽しそうだし


「うむ」


翡翠も楽しそうだ。

翡翠は滅多に笑わないけど、それは元々みたいだから。


(よかった。)


初めて自分の手で触れた二人は、私の中でも家族のような存在になっている。

もし私が消えても、彼らには笑っていてほしいと思う。

ずっと。

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ハイエルフ転生!~地球から愛をこめて~ wAo @threepeace

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