1-4・世界のルール。☆
「むう…つまりだな」
翡翠は頭を捻ったままの私を見て、どう説明すれば伝わるのか考えるように爪で顎を搔いた。
私や翡翠は滅多に死なない身体を持っていて、赤ん坊の時期はあっても、成体になればもう老いはしない。
身体が入れ替わるのは翡翠は1000年ごと、私は1000年の時もあれば2000年の時もあるらしい。
身体の消滅と共に外に出た魂が【新しい身体】を創り出すため、空白の時間は無いのだという。
翡翠は母樹の根元に卵が落ち、私の場合は母樹の枝に実が生るらしい。
(『不老長寿だね。っていうか、実の中に赤ちゃん?桃太郎みたいで可愛い~!…ん、やっぱり既視感が!?』)
「不老長寿?桃?きし?」
「む、人間の使う言葉で言えば、まぁそれも近い言葉ではあるが、不老長寿とは少し違う」
「うん…?」
「我々の身体は魔力で出来ている。そして魔力は魂で出来ている。
身体はただの入れ物であり、魂を表現するための殻。
魂が強ければ強いほど【殻】の形は何ものにも影響されず、不変。
お前や我はずっと昔から変わらぬ、同じ姿形のままだ」
「魂の入れ物が新しい物に代わって、生まれ変わる…」
「うむ。それがこの世界の理である」
「理」
(『理ね…うんとね、ルールのようなものだと思えばいいかな~?
………多分ね、多分。
あはは…スマホか電子辞書が欲しいな~!』)
(ルール、守らなきゃいけない約束。
うん、なんとなくわかったよ?ありがとう、ハルカ)
「他の生き物もまた同じようにそれを繰り返す。人も、虫も、獣も。
ただし、姿や形が変わる生き物はそれまでの記憶を失う。
だから我らと違い、ほとんどの生き物は真新しい生を、まるで初めて生まれ出たかのように生き、死んでいく。
理など知ったことではないと言うかのようにな」
どこか遠くを見るような目で翡翠がそう言うと、それを見た『私の心』が一瞬、息を止めた気がした。
「羨ましい?」
私の口がそう動くと、翡翠は目を瞬かせた。
「否。浮き草のような生を羨ましいとは思わん」
『あら。そうやって魂を循環させて、この世界の生き物の生活は成り立っているのよ?』
「それは、わかっている。小さき生き物が循環せねば種は途絶え、やがてバランスを崩す」
(『へ~…面白いけど、不思議だね。
食物連鎖とかそういう話?とは違うのかな。
地球で生きている時も、何となく魂とかはあるんじゃないかなとは思ってたけどね。
あ、死んだ私がここにいるんだからやっぱりあるのか。
しかし、この世界の理ね…。地球にも輪廻転生っていう言葉はあったけど、それと似ている感じなのかな』)
ぶつぶつと話すハルカは楽しそうに見える。
(身体と魂…地球にいたハルカでも、地球のことでわからないことがあるんだね)
(『そりゃあそうだよ~。不思議でいっぱいで面白いよね、どこの世界も』)
私がハルカとやり取りをしている間、翡翠は私をじっと見つめている。
見た目では分かり辛いけど、母樹も私を見ているのがわかる。
「とにかく、この世界では私が死んでもまったく同じ身体が生み出される。
いつもそこに私の魂が入るようになっている…うん、なんとなくわかった」
(不思議。)
ハルカが言うように、それを不思議だと感じるのは私が彼女の考え方に影響されているからだろうか?
ここでは無い世界で生きていた頃の話を聞いて、彼女の記憶や感情や歴史を感じていたからだろうか。
(【地球】にも行ってみたいなぁ)
(『そうだね…良いところだよ、食べ物も美味しいしね!』)
ハルカに同調する感覚とは別に、この世界の【理】についても腑に落ちている感覚がある。不思議だと思いながら、ああ、確かにそうだった、そういう風にこの世界は巡っているんだった、と。
(『あ、やっぱり?』)
(え?)
(『思い出したんだよね、ここの理の話。聞いてたなって、ここに来る前に…あなたから』)
(私から…?)
(『あ~、ううん、ちょっと違うかな、気付いてない?ユーリカの中に【ユーリカ】がもう一人いるの』)
(え、と…前に見せてくれた怖い映画のハナシ…?)
(『ちがうちがう、そうじゃなくて。多分、身体を動かしていたのはあなただよね?【ユーリカ】』)
(ユーリカ…ユーリカ?)
瞼の裏がゆっくりと熱くなるのがわかった。引き離されていく、自分の熱が奪われていく感覚。涙があふれていくような感覚が全身に広がって、じわりじわりと、身体が分裂する、そんな感じ。
それにつられて、頭がゆらりと揺れた。
翡翠や、母樹の気配が薄れていく。葉が揺れる。遠くで母樹がユーリカ、と呼ぶ声が聞こえた気がした。
心の中の空間。懐かしい、夕暮れの色に満たされた部屋で、
いつの間にかテレビの前に置かれたソファに座るハルカが、私の隣を見つめている。
(『久しぶりだね…ユーリカ』)
(『…』)
彼女が頷くのにあわせて、私と同じ色の髪がサラリと流れる。
もう一人の私、ユーリカの魂。
私を見つめる私。
(『ユーリカ、とユーリカ…?
う~ん、ややこしい~!!ユーリカとユーリカってどう呼び分ければいいかな?』)
(えっ、ごめん…?)
(『…おいで、ユーリカ、ハルカも』)
二人目の私が私に腕を広げるのがわかった。
彼女に抱き寄せられるまま、今度は私がズブリズブリと彼女の中に入っていく。
ハルカの腕が【ユーリカ】と私を抱きしめるのがわかった。
二人の腕に抱かれたまま、私が溶け込んでいく。
自分が溶けていくのに、恐くはなかった。
ただ、懐かしいと感じた。
彼女の記憶の中を泳いだ。延々と続く、幅広く永い水路を、ただただ泳いだ。
ハルカがいない。そう思うと、ユーリカは
(『ハルカは中には入れない』)
(『でも、ここで同じものを見ている』)と言った。
体中が目になったようだった。
全てを見て、感じていた。
目に映るすべてを、知っていたのではないかとぼんやりと思う。
ユーリカは寡黙で、私の些細な疑問にひとつずつ答えるように細かく映像を見せてくれた。
とても長くて、遠い蜃気楼のような白昼夢。
永遠にほどけては紡がれる細い泡のように淡い記憶たちが、私と彼女を包んでいた。
一瞬だった。
その長い記憶の旅はほんの一瞬だったのが分かった。
目を閉じて、目を開けるまでに起こった出来事だったのだと私は理解していた。
「ユーリカ」
目の前の竜が懐かしい声を発すると、私の胸がこみ上げる感情で震え、熱をもったのがわかった。乾いた目の表面に水の膜が浮かんだ。
「大丈夫、ちょっと眩しかっただけ」
「そうか?」
一言一言、翡翠や母樹と話すことで、ユーリカの記憶が流れ込んでくる。
この100年の記憶も一緒に。
最初とは違う。今度は映像だけじゃない。声や、温度も伝わってくる。
ハルカの『うわ~、本当に100年なんだね。100年間の子育てはすごいよ、感謝しなきゃだね』という言葉に、それもそうかと思って二人に向き直る。
「お世話をしてくれて、ありがとう」
母樹と翡翠が微笑んだ気がした。…うん、どっちも、見た目では殆どわからないんだけど。
「…えっと、脱皮したら?死んで生まれ変わったらすぐに意識があるのかな?私はどれくらいで大人になる?」
(脱皮って言っちゃうとハルカの記憶にあった蛇とセミの抜け殻しか想像ができないんだけど)
「ふむ…記憶が無いとそういうことも分からんのか。話し出すのは2歳ころだが、意識があるのはもう少し早いであろうな。
成体になるのはその時々で違う。20歳の事もあれば100歳の事もある」
(『私もさっきユーリカの記憶はなんとなくさらっと一緒に見たけど、細かいところまでは分かんなかったよね、何歳で立ったとか?』)
(うんうん、普通の赤ちゃんならそんなの分かんないよね…え、ユーリカは分かってるのかな…?)
(『…』)私たちに向かってこくりと頷く。
(『え―――――!?すご!ユーリカすごいな~。人間には無理だよ…多分だけど。え、無理だよね?』)
翡翠は記憶を手繰るように目を眇めている。
「今までは一度もお前が『人形のように』なってしまうということは無かった。
この世界が創生されて数億年の間で、初めてのことだ」
((『数億年!』))
(『……』)
「だから、その状態のお前が急に話し始めたので驚いた。」
お人形状態だった私が普通に『喋った』ことに驚いたのだと翡翠が言うから、私も大きな竜が人間の言葉で流暢に話していることに驚いたと伝えた。
ユーリカの記憶の中では当たり前のことなのが分かったけど、ハルカの記憶では違ったから。
ハルカのテレビで見た真っ黒い竜みたいな怪獣は、ガオー!と鳴いていた。ギャオー!とか、キュオー!!とか。
だから竜が…翡翠が普通に言葉を使うのに驚いてしまったのだ。
私は深呼吸をしてから翡翠と母樹に身体を向け直した。
「【生まれて人形状態だった100年】と【その前の数億年とかいうやつ】のことをちゃんとは覚えていないよ」
そう伝えて、私は目を伏せないように努力して彼らを見つめた。
正直、ちょっとドキドキしていた。
(だってユーリカの記憶の中で見た日々は、愛があふれていたもん)
ユーリカのことを凄く大切に見守る二人。家族の愛情というものを、私は知らないから。
もしユーリカ身体の中の魂が違うモノだったら、悲しませるんじゃないかなって、そう思った。
【ユーリカ】と私は同じなのかもしれない。それは、分からないけど
確実なのは私に彼らから愛された昔の記憶は無いって言うこと。
それなのに覚えているように見せながら嘘をつき通すのは、私には無理だなと思う。
「思い出そうとすれば断片的に思い出せるけど、それが自分のものだとは思えないんだよ。
…あのさ、さっきの話に出て来た、姿や形が変わったら記憶を失うってやつに引っかかったのかもしれないよね?ほら、魂の殻がどうこう、みたいなやつ。だって、心と身体が繋がっていなかったんだもん、それのせいなんじゃないかな?」
彼らの反応が気になってそわそわしながらそう言うと、翡翠は不満そうに首を振った。
「…お前に限ってはそんなことはありえない」
「でも、覚えてないし…?」
「思い出そうと思えば思い出せるのであろう?」
「うーん、まぁ、いちおうは…」
(そりゃあ【ユーリカ】に聞くか、繋がってるところを探れば少しは、引き出せるけど…思い出せるっていうのとは)
「やっぱちが…」
「ならばそれで良い」
(えぇ…)
「私が思い出した記憶が偽物だったら?」
「む…?では、いつのものでも良い。赤ん坊の記憶を始めから言ってみろ」
「赤ん坊の…?」
「生まれ変わった頃の記憶だ」
(生まれ変わった頃の記憶…)
【ユーリカ】が見せてくれた記憶にそっと触れる。波紋が広がるように、目の前に広がる鮮やかな母樹の緑、そして翡翠の魔力に包まれている【私】がいる。
(『…真っ裸だね』)
(うん、裸んぼうだね)
そう思った瞬間、画面がプツンと消えた。
(『…』)
最後に見えた映像は【私】のお尻を翡翠がペロンと…
私は翡翠の方を見ないで言った。
「おしりペロンは…ちょっと…ねぇ?」
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