1-11・一ノ樹の子☆

「ピカピカ一!」

(『おおう、ぴっかぴかぁ。眩しいな~!』)


世界樹の周りは、てっぺんにある子葉から卵型に覆われたベールに包まれていて、その中は優しい薄黄緑色の魔力の光で満たされている。


世界樹の根元では小さな子供のような精霊が生まれては育ち、生まれては育ってすぐに周囲を守るように飛び回る。

その中でも一回り大きな精霊が他の精霊に指示を出すように動いている。


「君たちが、エルフと一緒に生まれるっていうお世話精霊?」

私がそう聞くと、私の手のひらサイズではあるものの、ちゃんと人の形に育ち切った精霊たちがはーい、と手をあげて肯定の返事をしてくれる。

(かわいい…!)

(『お~、かわいい!!』)


精霊たちがテレテレと頭を掻いたり顔を隠しては自分の仕事に戻っていくのを眺める。

(慌てて来たけど、私たちにできることはなさそうだね)

卵型の膜の中には私のお世話精霊たちも一緒についてきてフワフワと浮かんでいる。

(この子たちもこんな風に生まれたのかな…?)

私といっしょに生まれたという精霊たちは、なんだか大きくて、かわいいっていう感じではないのであるけれども、こんな時期があったのかと少しほっこりした気持ちになる。

(あっ、私200歳だもんね、精霊も200歳じゃもうとっくに成体か…私は違うけど、まだまだ成長期だけど)

隣でフヨフヨしている私付きの精霊たちが呆れている気配がする。

(…なんか君たち、翡翠に似てきたよね?)

(『あはは、かわいいじゃん、大型犬みたいで』)


エルフの実を守るようにハラハラと落ちた葉を精霊たちが整えていくのをお手伝いしていると、根元が光る速度が速くなって、遂に光りっぱなしになる。


「生まれるの?」

精霊が大きく頷いて踊りだす。


くるくる、くるくる。

精霊が起こした風を含んで柔らかく膨らんだ葉が魔力で光る。


白、ピンク、薄緑に赤、青、紫…たくさんの精霊の優しい魔力が葉をふんわりと持ち上げる。

虹色のふかふかの小さな山のようにこんもりと積もったその上に、一つ。


世界樹が生んだ実がぽふん、と音を立てて落ちた。


なぜか、とても胸が熱い。

命が確かにそこにあって、ゆっくりと息をするように魔力を光らせる。

黄色くて、強い光だ。


(私と、一ノ樹の子…)


ぽわぽわと光りながら、今にもころころと転がって行ってしまいそうなほどに揺れている。

(『元気だねぇ~』)

(そうか、これは元気だからなんだ)

くちびるが、息を吸うたびに少し痺れるように震えた。

しばらく眺めて、目を閉じてからもう一度しっかりと目に焼き付ける。


聞いていたエルフの生まれ方を、しっかりと頭の中で思い起こす。

世界樹から落ちた実の中身が出たら卵になること。

卵になって、その中でまだ不安定な魔力でできた身体を成長させて、安定させてから殻を破って出てくるっていうこと。


私がやれることは、殻を破って生まれてくるまで魔力をあげるだけ。

実の状態からちょっとずつ捲れ上がってくる皮は無理やり剥いてはいけないのだということを忘れてはならない…。捲っちゃダメって言われると捲りたくなるものらしい。ハルカ談。


そわそわ。ふるふる。


そわそわ。ぶるぶる。


(『お、押さえるべき?だっこ?』)

(ハ、ハルカ、いつまでこのまま置いておくべき?)

(『う~ん、普通と違いすぎて分かんない!』)

(『…そのままで大丈夫』)

((『初代~~~~!』))


「だ、ダメだ!ちょっと私こういうの始めてだから、母樹と翡翠に聞いてきたいな…!この子、翡翠のところに連れていっても大丈夫?」


(この子の母樹から離したら駄目な気もするよね?!)

そう思って目の前の世界樹と精霊たちに確認する。

この子達もこの前生まれたばっかりなのだ。本能でやり方はわかっているんだろうけど、やっぱり翡翠や母樹に確認したい。私が何かしら間違っても、この子達から私を止めたり怒ったりすることはできないだろうし。


一ノ樹がすぐに『どうぞ』と頷いてくれる。

ここから離れている間、私の魔力を優しく纏わせてあげていれば大丈夫らしい。

この卵型の結界みたいな感じにすればいいのかな?


魔力をそっとなじませる。

それを見て精霊がチェック。うんうんと大きく頷く。OKみたい。


実を大切に手の平に乗せて、翡翠と母樹に見せに行く。

(あわわわ。)


「転移ぃ!」

あっ、忘れた。

「とうっ!」


私は慌てて翡翠と母樹に駆け寄って、

…しかし何を聞けば…!?と、おろおろしてその場で足踏みをする。


(『落ち着いて、ほら、報連相!』)

「ちょっと、ちょっと翡翠さん!生まれたんだけど、ヒスイサン?!」


「ああ、そうか。早かったな(…ヒスイサン?)」


「冷静すぎ!ね、ねぇ、小さくない?私の顔より小さい。

 ケースに入れなくて平気?!【NICU】とか無いの!?大丈夫!?この実から生まれるの!?何かした方がいい!?ぶるぶるしてるけど、病気!?それともこれが普通?!私もこんなだった?!」

「焦りすぎだ。まぁ…、こんなであったな」

煩そうにしながらも、こちらをチラチラ見て覗き込む翡翠。ツンデレのおじいちゃんみたいだ。余裕の態度に少し心が落ち着いてくる気がする。

『大丈夫よ、ユーリカ、ちゃんと育ってるし、守れているわ』と母樹が微笑んだ。


焦っていた気持ちが、翡翠の言葉と、母樹の魔力で柔らかくゆるむ。

「そう………ほへぇ…よかった…」

私は生まれた実にそろりそろりと顔を近づけて、じっと観察する。


鑑定はしないよ。あとのお楽しみ。


男の子かな?女の子かな?

丸い実の外側の皮はとても柔らかいようで、中の子が手や足をつき出すたびにぐーん、ぐにゃん、と押し伸ばされるのがわかった。…あっ、少し捲れた。


「懐かしいな…え、懐かしい?」

(『お腹の中から、小さい手や足の形がわかるのが、嬉しかったんだよね』)


(お腹の…中から…)

ああ、そうか。

これは『ハルカの記憶』なんだ

私は、ハルカの目線で、ハルカの人生を一度、生きている。


記憶の中で私には見えていなかった部分も、経験しているんだ。

「ねえ翡翠、私…子どもを産んだ記憶があるみたい」

「うむ…思い出し始めたか。【ハタモリハルカ】は地球で【せいじ】という子供を産んだようだな」

そうだよね。書いて、あったもんね…私、自分の鑑定、読んだのに、頓珍漢でごめん。

とんちんかんは漢だから男にしか使わないのかと思ったらボーダーレスの時代だからねぇ、とハルカが言ったのを思い出す。たわいのない記憶が、映像が私の心に現れる度に心が落ち着いていく。


(翡翠は、私に私のものじゃない記憶があって、変になってるのを、知っていたんだね…)

人形のようになっていた私を。

(母樹も…だから、甘やかしながら、色々教えてくれたんだね…?)


【ハタモリ ハルカ】の記憶、感情。

【ユーリカ・リサリエ】の記憶、感情。

そして、記憶の無い、私の感情。


ぐるぐると回る記憶の奔流が緩やかに地面に浸み込んでいく。


「【転生者】って…【輪廻転生】の転生だよね…?」


「【輪廻転生】という言葉が我にはわからぬ」


「あー…そかそか、私もよくわかんないまま浮かんだから言ったわ…」


そういうことは、今まで何度もあった。

よくわからないのに知っている言葉たち、この世界とどこか嚙み合わない知識…ハルカの記憶と、初代ユーリカの記憶と、そのどちらでもない私がぐちゃぐちゃに混ざり合った世界。


私たちはぐちゃぐちゃに溶け合って、一つになったんだ

いつのことだったのか、もう分からないほど、遠い昔に。


「輪が廻るように魂が転じて生まれ変わり、違う生命として生きる、というものなら、この世界にもそれはある。むしろそれしかない」

「うん」


「前にも言ったがな」

「うん」


「この世界では人は人を繰り返し、草花は草花を繰り返し、馬は馬、魚は魚に繰り返し生まれ変わる。我らのように魂の強い者は殻も変わらん。新しい身体に乗り換えるのみ。ハイエルフであるユーリカ・リサリエも同じ。

 だから教えた通り、ユーリカとも永い付き合いだ。200年よりもずっとずっと遠い昔に、ユーリカに教えた魔力の練り方や、使い方をお前は自然とやっておる。記憶がなかろうがな。

 創生の時代に覚えたことを、魂は忘れておらん。ほんの少し教えただけで、お前はこの世界のことも知っているように話す。覚えているということだ。我がしたのは呼び水を撒いただけのこと。体はユーリカを繰り返す。

 だが…ユーリカ。今のお前は特殊な状態すぎて、我にもよくわからん」

そう言って翡翠が首を傾げるのを、私はぼんやりとした頭で眺めている。


「うん、私たちも、よくわからないよ」

『…』

母樹はきっとわかってる。でも、教えようとはしてくれない。

きっと意味があってそうしているんだろう。だから、聞かない。


「まぁ、その時がくればわかるのであろう」

(その時って…次に死ぬ時ってことかな?)


「私は…【ハタモリ ハルカ】という名前の人間だった」

「ああ」

「地球という、違う世界で…」

「ああ…そうなのであろうな」


「でも、私はハルカじゃないんだよ。ハルカは別にいる」

「ふむ…?」

(初代ユーリカも、別にいる…)

でもまだ、これを言うのは…

(『こわい?』)

私は二人に頷いて見せる。


「…もしかして、私の魂が、本当はこの体に転生するはずだったユーリカの魂を、邪魔してるのかもしれない」


母樹が否定の感情を込めて葉を揺らす。

翡翠も顎を鳴らして言う。


「お前はユーリカでもある。ちゃんとな。わかっているであろう?」

(そうか、そうだね。…ユーリカは私の中にいる)

翡翠の目を覗き込む。透き通った、きれいな瞳を。

(ハルカと、初代ユーリカと、私が…いる。)


「ユーリカと、ハルカとが一緒になってるから…どっちもあって、でもどちらもちゃんとは見えない」

『あなたはもう、ユーリカとも【ハルカ】とも違う。

 二人と一緒にいる子。でも三人はは同じ。新しい名前がほしい?』


ドキン、と胸が跳ねた。

(母樹は私がいることを受け入れてくれた?

 三人…ユーリカ・リサリエと、ハルカと、私を)

私のせいで、ユーリカの魂が薄れてしまったかもしれないのに。


「ううん。…いらない。私はどっちもちゃんと知りたいし、この身体はユーリカの物だもん。ユーリカが良いって言うなら、ユーリカの名前を引き継ぐよ」


抱きしめていた実を見下ろして、自分の中に問いかける。


(『…もう、ユーリカはお前だよ』)

(初代…)

(『よ~し、じゃあ初代の名前を決めなくちゃね~』)

(『…別に初代のままで良いんだが』)

(『ダメダメ!うーん?…ウルリカはどう?

 確かハワイ辺りで縁起のいい言葉だった気がするんだけど』)

(『!…ふふ、偶然か?そうか…それも運命かもしれない。この世界は【ウル】という』)


(ウル?)


(『ああ。ウルリカ…耳に馴染む音だ』)


(『へ~!じゃあ、偶然だけどこの世界を見守ってきた初代にはぴったりだね!

 私って「もってる」んだよね~』)

(盛ってる…?)

(『漏ってる…?』)

(『も~!』)


(えへへ、冗談だよ。うん、私もいい名前だと思う。あ、初代の名前を貰っちゃって申し訳ないけど)

(『こちらこそ…私の名を背負わせてすまない、ユーリカ』)


(ううん。私、二人がいて良かった。)

(『ユーリカ…』)


私の腕の中で揺れる命が私と二人を、もう一つ深いところで繋げていくのが分かった。

(あたたかい)

実がトクントクンと揺れ動くたびに、命の力が伝わってくる。


「ねぇ。翡翠、あったかいよ」

「ああ…そうだな。これを見ているとお前の時を思い出す」


「そう…そうだよね」

いっしょに生まれてきてくれて、ありがとう、ユーリカ、ハルカ。


「ありがとう、母樹」

ここしか知らないけど、私はここが好きだ。


「ありがとう、翡翠…精霊たち」

育ててくれて、ありがとう。


__________________




パチン。


頬を、叩かれたような気がした。


そんなふうに、記憶がはじけて、現れた。


(生まれてきてくれて、ありがとう【せいじ】)


私は、確かにそう言って、子どもを、抱きしめた。


腕に残る重みや、体温を、


私の魂は…確かに覚えている。


(ここに、いた)


私ではない、私の身体に、お腹の中に、あの子はいた。


【せいじ】は、もう、死んでしまっているのだろうか。


(ハルカが死んで、魂が違う場所から来て、200年過ぎてる…普通の人間なら…死んでる、よね?もう、会えないんだよね)


【輪廻転生】って、【地球】でもあるのかな。


もしかしたら、生まれ変わって、どこかにいるのかな。記憶はあるのかな。


ハルカみたいに、もしかしたら、異世界転生、してないかな?


(知りたい…)


【お母さん】だった頃の全てを…【せいじ】のこと…


【ハルカ】と【せいじ】と【ユーリカ】のことを。


いつかちゃんと、知りたいな。そう思った。

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