1-10・自分を鑑定
世界樹を育てるには、太陽と月と星の光、豊かな土。
それに水と、風と、たくさんの精霊の祝福が必要とのこと。
精霊はこの森には元々たくさんいて、世界樹たちを自由に(無限に)祝福してくれているし、そこは大丈夫そう。
「それとお父さん…じゃなかった、お母さんの…愛情のこもった~魔力!」
ちらつく魚の映像をかき消したながら魔力をかける…じゃなかった。注ぐ。
それはもう丹念に精密に、余すことなく葉脈の一本一本まで行き渡るように魔力をこめて、10本にしっかりと毎日魔力を注いだ。
大きくなあれ、大きくなあれ、と、一週間。
一週間…で、世界樹はすぐに育った。
簡単に、実がなった。
うん。
…早くない?
(『さすが異世界転生モノ!』)
(イセカイテンセイモノ、しゅごい…)
_______________
「種を蒔いて1日2日で私の背を追い抜くとは思わなかった…うちのコ、恐るべし」
1週間の間止まることなく、日を追う毎に枝も葉も繁り続け、世界樹の高さは倍、倍またその倍…と伸びていった。
10個の世界樹の種を育て始めて10日目。
母樹の木陰から、翡翠の背中に寄りかかって四方を眺める私の目には育ちきった世界樹の姿が目に映っている。
世界樹から世界樹までと、世界樹から母樹までは、それぞれ1キロ以上離れている。
(母樹の指定だよ。喧嘩しないようにそうした方が良いって。)
(『母樹の周りは季節によって咲く花であふれているけど…確かに木は生えてないんだよねぇ。アハ、意外と喧嘩っ早いのかな~?』)
ハルカがそう言ったので、私は思わず目の前の母樹に
「え、喧嘩するの?母樹が?他の木と?」と聞いてしまった。
そうしたら母樹はしばらくの間、楽しそうにクスクスと笑って言った。
『他の木はみんな、なんだか遠慮しているのよ。
別にいいのにね。
だから花を咲かせているの。
私が、さみしいから』
そうか、さみしいよね、やっぱり。
そう思って、私は母樹の幹に頬をつける。
温かい。
「母樹はここから動けないから、さみしくて当たり前だと思う」
そう答えた側から、疑問が湧いてしまった。
「あれ、母樹って動けないよね…?」
根っこをこう…にょきッとして、足みたいにして歩く母樹を想像してみる。
(……………うん、大地抉れるね??)
(『下手したらこの陸地ごと、割れるんじゃない?』)
『試してみてもいいけど…?』
軽い感じで、一緒に歩いてみる?と聞いてくる母樹に大きく手をバツにして見せる。
「だめだめ!母樹の周りで咲いてる花たちが死んじゃうよ」
『うふふ、そうね。ユーリカは優しい子ね』
(『新しく植えた世界樹は動けるのかな~?』)
確かに。母樹よりは身軽そうに見える。
(『………』)
うむん、確か、動く木の魔物がいたはずだ。
むかーーーし翡翠に聞いたことがあって、気になっていた魔物だ。だって歩くんだよ?木が。
あまりにも気になって、すでに初代の記憶で見てもいその魔物を見てもいる。
(世界樹が歩くのか、は記憶にない…よね?)
二人の記憶が全て見えるわけではないということは何となく分かっているから、初代に聞いてみる。こくりと頷く初代。
そうか、記憶にはない…ただ、私は知っている。ハルカの記憶に刻み込まれた言葉を。
『知らないこと=知ってること×無限大』なのである。
『人間みんな知ったか兄弟』も好きだし、ハルカ語録の『みんな赤ちゃんだと思え』も好きだ。うへへ。みんな赤ちゃん。うん、かわいい。
「20メートル超の世界樹がよちよち歩いてたら…かわいいかもって…」
(『確かに~!かわいい!!ひゅーひゅーだよ!』)
『翡翠、ユーリカの妄想が暴走し始めたわ?』
「我に言われても…」
「ここにトレントを呼ぶのはどうかな」
良いアイデアじゃない?
植物の仲間として、世界樹たちに歩き方を教えて貰えるのでは…?
この森の西側にある魔人王国の針山と、東側の精霊の森に棲んでいるって聞いて、いつか絶対に会ってみたいと思ったんだよ。
岩山にいるザックウムは火の玉になった実を投げて来て危ないけど、トレントは踊ったり歌ったりするだけらしいし、マンドラゴオラは歩いて話す大根みたいなかわいい植物らしい。
時々人里に住み着く子もいて、花との物々交換で欲しい物をねだるんだとか。なにそれかわいい。
魔の物は時期によっては攻撃的になることもあるけど、友好的な魔の物も沢山いる。
動植物から変化した、森の恵みだ。
「マンドラゴオラをここに誘ってみるのもいいかもしれないよね?」
『そうねぇ、世界樹が歩き出すよりは小さくて良いわね』
「えっ、世界樹歩いちゃダメ??」
『ダメじゃないけど…ムリじゃないかしら』
「じゃぁ、とりあえずマンドラゴオラとトレントに世界樹を見てもらって…」
そう母樹と二人で話していると、翡翠が頭を横に大きく振った。
「マンドラゴオラとトレントは五月蠅くてかなわんから駄目だ」
私は眉を下げて翡翠を見上げる。
「駄目だ」
『翡翠ったら、どんどん頑固になっていくわね』
(うーん?)
「でもさ、子供は?ここに子供が産まれたらにぎやかになるよ?うるさくて嫌だ?」
フン!とそっぽを向いたまま翡翠が鼻息を飛ばす。
「子供はいずれ大人になり、分別もわきまえるからよい。
だがマンドラゴオラはいつまでも子供気分でいるだけの騒がしい生き物だ。分別もない。
それと、トレントは歌いたがりの年寄りが多い。ほとんど同じ歌をエンドレスでだ」
「あのさ、ちょっとここから森を眺めていると、こう…なんだかさびしいっていうか…草原にぽつんと佇んでいると、世界に私一人!みたいな気持ちになってくるんだよね。」
(『10キロ四方の野原にポツンと母樹がいた今までを思うとね~。ついあの歌を歌いたくなっちゃうな~。ふふぅふふーふふふふふふふぅん~』)
(『…ハルカ…お前というやつは…』)
私がいて、翡翠がいてもここは…なんていうか、寂しいよ。
(私が人形みたいだった頃とか、シュールすぎない?)
(『うーん、実際より広く感じるは感じるかな?』)
私は腕を組んで母樹の周りをゆっくりと歩きながら考える。
「母樹の周りにお家でも作ろうかな?公園とか」
『テレビ』で見た大きな塔のある公園や街並みを思い浮かべる。いいんじゃない?
…人がいないと余計シュールだけど。子供が増えるんだし。
(『子供たちが遊ぶ場所も寝る場所も必要だしね~』)
(うん)
私は翡翠の上で寝たり、母樹が幹の中に作ってくれた洞部屋に入って寝たりしているけど、子供たちが増えるならそれでは足りないだろう。
(母樹が穴ぼこだらけになっちゃうし)
(『おお、確かに。』)
私は歩きながら10本の世界樹を一本ずつ眺めていく。
「ねえ母樹、世界樹たちって、もう育ちきったのかな?
それとも、あの子たちも母樹と同じくらいの高さになるの?」
ここ2~3日の間、世界樹は育っていない。
赤ちゃんが入った実は少しずつ大きくなっているけど、世界樹の高さは同じに見える。
(今は少し休んでて、もう少ししたらまだ大きくなるんだろうか?)
(『そうしたらあっちの森の向こう側の木には太陽が当たりにくくなるかもねぇ』)
『あの子たちはあれくらいで成長が止まるから、大丈夫よ』
私が心配していると、母樹がそう教えてくれる。
「そっか、もう大人なんだね」
(『世界樹たち、一本残らず20メートル以上あるよ…すごいな~。日本にも確か巨木だらけの街道があったはずなんだけど、こんな感じだったのかなぁ。見てみたかったな~』)
ここから見ても、いつの間にか世界樹たちは背景の森に埋もれなくなった。
後ろの木々から頭一つか二つぶん飛び出している。てっぺんにはぴょこんと子葉が乗っている。大きな子葉だ。かわいい。
かわいいけど、正直、育ちすぎである。子葉ってあんなに育つの…?
ちょっと羨ましい。
(う~ん、50センチでいいから、くれないかな…?)
本当はこの100年で、50センチくらい身長が伸びるんじゃないかなって思ってたんだ。
200歳までには、って。
私の身体は長生きみたいだし、翡翠も母樹も大きいし。
その…2メートルになるのも夢ではないかなって。
背が伸びた自分を想像してみる。
…うん。かっこいいな!
実際の所、私の体はどれくらいまで背が伸びるんだろう?
(大人サイズのユーリカの画像…駄目だ、出てこないや)
この森には鏡が無いから、基本的に自分の姿は見えない。
記憶の中でも初代ユーリカの目線で世界を見てるから、私の心の中で話している時に見える初代の顔も、水面に映ったボンヤリとした姿から創られた【初代ユーリカっぽい形】で見えている。
ハルカはばっちりくっきりちゃんと【ハルカ】だけどね。
(鏡が欲しいな)
(『鏡ってガラスと銀で出来てるんだよね~。このくらいの知識で作れるかな?』)
(あとでやってみよう…できれば現実の方で欲しいから)
精神世界の鏡と現実世界の鏡は違うモノが映る気がする。なんとなくだけど。
世界樹たちは自分のいる場所から後方の森側全体に魔力を張り巡らせて、自分たち独自の簡易型結界を張っている。
お互いの結界と繋がり、そこからまた広がっていて、美しく輝くオーロラのようなベール状だ。
翡翠と母樹の結界ともリンクしていて、この森の結界も前より少し広がって見える。
(こんなに生命力があるのに、世界樹ってなんで無くなっちゃったんだろう?)
(『確かに。自分で結界が張れるなら、自己防衛ができるってことだもんね~?』)
自分で自分やその周りを守ることもできる、その世界樹から生まれた精霊やエルフがいれば、動けない世界樹にだって防衛手段はいくらでもあるんじゃないかな。
(うん、やっぱり気のせいじゃないよ。この世界樹たちはこの森の中で一番強い植物。じゃあ、なんで枯れちゃったの?)
(『守られなければ生きられないような、植木鉢の中に隔離された植物とは違うもんねぇ…う~ん』)
「この10本は今までの世界樹とは違うぞ」
「え?」
いつの間にか、翡翠が私の隣でこちらを見ていた。
「本来は成樹になるまで何十年か時が必要だ。
子を内包する実がつくまでは100年かかる。
実が落ち、卵となってから生まれるまでの期間は100年もかからんが、それでも4~5年は卵のままだ。
つまり100年以上かかるのが常。これは子を成す世界樹が育ち、子を成し、生まれるまでの時間だ。
子を成さぬ世界樹はもっと時間が短いが、その分手がかかる。だから世界樹を枯らさぬようにお前は各地を回っていた。
神に近い存在の中で誰よりも人種の側にいたのはお前だったからな…。
…む、とにかく、この10本の成長がこんなに早いのは今のお前の称号のせいであろう」
「称号?」
(『称号!異世界転生的定番設定だね』)
翡翠が鼻息をふんと吹き出す。
「…自分を鑑定してみろ」
「自分を鑑定…?」
(『わーすーれーてーたーーー!基本的に鑑定って人にもできるんだよね。そかそか。そう言えばそうだわ。定番中の定番だわ、ステータスとか、メニューってやつもあるのかな~。
一緒に色々鑑定して見てきたけど、私たち、食べ物にしか使ったこと無かったね~!あはは』)
(確かに…!美味しいとかまだ早いとかしか見てなかったかも…)
ちょっと恥ずかしくなって舌を出す。
自分を鑑定するぞ、と思いながら魔力を自分の身体にぴったりと沿わせるように広げて包み込む。
(『鑑定魔法は、人や物を調べるときに使う。
…今まで使っていたのだから分かるだろうが、対象が物なら名前、種類、使い方、効能、状態が見える。
鑑定の内容が魔力でできた透明な壁に光る文字となって浮かび上がるが、これは他人に見せようとしなければ鑑定した本人にしか見えない。』)
(うんうん、了解)
(『食べられるものを鑑定するとさ、今日が一番美味しいとか書いてあったよね~。スーパーで使えたら最強だっただろうな~』)
(『…。鑑定対象が人種や動物なら、名前、年齢、種族、状態。後は称号があれば称号が見える。
称号には不思議な力があって、それに関係する能力が使えるというもの。
これは特殊な技能(スキル)を使うことができる基礎のようなもので、この称号があればこのスキルは使えるという基準になる。
それと似た種族特性のようなものもあって、有翼獣人なら『飛行』土竜獣人なら『土潜行』。
他にも、それぞれの獣人が『木登り』『水中生存』『泳力』『爪斬』『牙突』『毒生成』等、自分の種族特有の能力がある。
鑑定では派生する特性や能力は『見よう』としなければ見えない。種族と称号からそこを掘り下げていくと見えてくる。
もし誰かと戦うとなった時に気を付けるべきなのは魔法。鑑定では分からないけど、この世界の生き物は自分の魔力に応じた魔法が誰でも使える。
私たちのように自由自在にとまではいかないけど、得意不得意はあっても、誰でも魔法を使うから気を付けて。動物も草花も私たちには絶対に敵意を向けたりはしないけど』)
めっちゃ喋るな、初代。
(ありがとう、初代。戦わないけどね)
(『わかりやすいよ!戦わないけどね~』)
(『…そう、私も、その方が良い』)
「鑑定!」
言わなくてもできるけど、何となく口に出してみる。
ハルカ的には、呪文を言っちゃうのは中二病だけど、楽しむためには必要なことらしい。
じゅもんはちゅうに。
はんこうきといっしょ。
覚えた。
プウォン、と音を立てて目の前に透明な四角い窓が開く。
__________________
名前: ユーリカ・リサリエ 【ハタモリ ハルカ】
年齢: 200歳 【28】
種族: ハイエルフ 【転生者】
称号:
・ハイエルフの王
・樹竜王の姫
・世界神樹の娘
・世界樹の守り人
【せいじの母】
【地球から愛をこめて/0】
_________________
(翡翠も母樹もきっと、このステータス?は見てるんだよね)
人形状態だった私を心配して鑑定している、と思う。
(『ステータスっていう感じじゃないけど、フムフム…。
…あ~、
こういうやつか…!
違うゲームだな~
あんまり知らないタイプのやつだ~
先輩ぶろうと思ったけど無理だ~』)
翡翠が少し間をおいて鑑定するように言ったのは、この世界の文字ではない【これら】があるからなんだろうか。
「翡翠はこれ、読めた?」
私そう言うと、翡翠は鼻を振って答えた。
「いいや、だが内容は知っている」
『私が教えたわ』
「母樹は読めるんだね」
『ええ、地球の文字よ』
「地球のもじ…」
(ハルカの生きていた場所)
私が読めるのは、ハルカの記憶のおかげなんだろう。
(ユーリカ・リサリエっていうのが初代の名前なんだね…、
全部ちゃんと知ったの初めてなんだけど…
ハイエルフの王?一人だからねぇ。
…誰かそれっぽい子が生まれて、育ったら交代してもらえるかな…?
あっ…、ハイエルフは私以外には生まれないんだっけ…?
母樹にもう一人頑張ってもらえないかな…っ?
うう、責任が重くのしかかる…)
(『う~ん、日本のドキュメンタリー見せすぎたかなぁ?』)
(『あの、ばぶるきとやらの崩壊を描くドラマや、戦争系の映画のせいではないか…?』)
(ぅう、切腹、コワイ…)
(『時代劇だった』)
(『しかし、う~ん…【転生者】か~』)
(異世界転生モノとは違うの?)
(『いやいや、いっしょだよ。多分。転生物のドラマとかゲームとかでこう、「転生者め!」とか「転生者だって!?」みたいに言われるから隠すのがベストってくらいしか分かんないけど。大体日本人なんだよね~。
っていうかさ、私生きてるんだなって思って。転生ってことはさ。
死んじゃってて、魂だけでここにいるんだと思ってたからちょっと意外~』)
そうか、ハルカはそう思ってたんだ。
私はどうやってハルカと私かユーリカの新しい体を作ってうつすか、しか考えてなかったや。
私って深く考えないタイプだったのかな…イヤ、ハタモリ家に入り浸りすぎたせいかな…口癖とかうつってるし…
(こほん、えっと、日本…【地球】はハルカの世界… 【ハタモリ ハルカ】、【28歳】…)
(『あっ!年齢止まってるってことだ?わ~い』)
(うん?、えっと、【せいじの母】…)
セージの母ってなんだろ?
あの蜂蜜とか薬とかスパイスとかになるやつ?
万薬の葉っぱの母ってこ……………
(『そっか、
やっぱり見えてなかったんだね、
変だなって思ってたんだよ。
テレビが偏ってるなって…ユーリカには
…せいじは私の』)
「?…あっ!?」
視界の端で、広がった世界樹の枝葉が光っている。
ゆっくりと点滅していた光が速くなり、ピカピカピカピカと激しく強く光を放っている。葉先もざわざわと揺れていて、精霊たちも集まっているのが見える。
「あれは!?ピカピカのやつ!」
『生まれるわねぇ』
生まれる⁉
「実が落ちると言うことだ。中身が出てくるのはまだ先だぞ」
中身って!
「あわわ、お、お湯はどこじゃぁ?!」
(『ユーリカ、やっぱりドラマ見過ぎ~。特に時代劇』)
呆れたように目をつぶる翡翠。
「慌てるな、お湯などいらん!
生まれる瞬間が見たいのなら早く行け。
転移魔法をかけてやろうか?慌てると変な場所に飛ぶぞ」
胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をする。
「ううん、自分でいく!よし!」
ハルカ直伝の中二ポーズで呪文を唱える!
「転移!とうっ!」
(『…じゅもん…?』)
わくわくする心を落ち着かせて、私は光っている世界樹の根元に転移した―――
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