1-9・200歳の黒歴史
翡翠と母樹に教わりながら、私は世界樹を育て始めた。
あれから、ハルカと初代の声は聞こえないままだ。
不安だったけど、育てるのは本当に簡単だった。
(大きくな~れ~)と思いながら魔力を注ぐだけでいい。
はた、と考える。
『お母さん』ってなんだろう。守るだけでいい?生んで、育てる人?
この種の元のトマトのような実をつけた植物は私が生んだわけじゃない。母樹だ。
そこから出たのだから母樹が生んだ種だ。
それを母樹と翡翠に支えて貰いながら私の魔力で育てた。
生まれた10個の種は3人の子供?
それともこの子たちも生みの親はやっぱり母樹ってことに?
で、私の魔力が…
雄しべと雌しべ的なことになってきた?あ、でもそうしたらやっぱり私の子か。
うん。育てるのは私が主体になるつもりだし、半分は私の子供みたいなことでいいかな?
仮に私の子供だ。っていうことにしておく。
(母樹の種だから…母樹の子で、私の妹弟とも言える気がしてしまうけど。魔力って何?)
ちょっとずつ全部違う…気がするんだよね。
(こんな時、初代とハルカがいてくれたらこんなに悩まないのに…)
今の私の気持ちとしては、育ての親のような、でも【幼稚園の先生】的なポジション…のような気持ち…かもしれない。
母樹はお母さんだ、って思える。
(生まれる世界樹は『植物だから』子供だと思えないのかな?いや、母樹だって大きく言ったら植物…あれ、私も植物??)
ハルカの記憶を探ってみる。
ハルカは適当なところも多かったけど、色々調べるのが好きだったみたいで、幅広い知識が残っていてありがたい。
(えっと、なになに?…自分で動く生き物は動物、と。なるほど。)
幅広く…薄いけど。
(納得するのが早いんだろうな…。ハルカはスナオな性格ってやつだね…)
「え~っと、私がおとうさ…お母さんダヨ?」
話しかけながら、ハルカの記憶が暴走して魚の映像が流れ出す。
(魚は雄が雌の生んだ卵に精子をかける…から、魔力をかける私は雄…お父さん???
迷走してる。私のこの状態は、メイソウというやつだ。瞑想じゃない方。)
…この子たちが育ったらこの気持ちも変わるかな?
ぷりぷりの葉っぱにそっと指で撫でる。
(子供が生まれたら親の実感がわいてお父さんになっていく…ってあれ?ムムム)
お母さんだってば。
(この子たちが育って世界樹になって、そこからエルフが生まれたらその樹が母樹なんだから、私は…育てのおばあちゃん?)
うん、お世話をするのは確定だね。
子供たちを守る立場に、って…、まただ、なんか、変だ。
私…何を求めていたんだっけ。
(それってお母さんじゃないよね?
まあ、いいか…。)
種をまいて、まだ1日だ。
初代ユーリカも、ハルカもまだ少し遠い感じがするけど、存在は近くに戻ってきている、と分かる。
声は聞こえない。でも、側にいるのが分かるのだ。
お~いと呼びかけても、応えは無い。
寂しいけど、そういう事もあるかなと思う。私たちは一つの体の中にいたけど、最初はずっと別々だったんだから。
やっぱりどうにかして他の身体を用意したい。
二人が消えてしまうのは嫌だ。
私だって消えたくない。
せっかく自由自在に動けるようになったんだから。
考えがまとまらないまま、ふわふわと種を蒔いた10カ所を回る。
(ここでエルフの子供たちが育つんだなぁ)
ふんふんと鼻唄を歌いながら、それぞれに魔力を注ぐ。
((まあ、いいか?))
(私、まあいいか、って思った…?で、忘れようとしていた?)
何かが歪められている気がした。最初の思いが、感情がわけの分からない内に変わっている。
(別にお母さんじゃなくてもいいじゃない、って思っている、私)
今の気持ちは、違う。
最初の突き上げられるような感覚は遠くに消えていた。
(子供のように泣いてまで、子供が欲しいと訴えていたのに)
怖い。自分の感情が、不安定で今にも崩れそうな大きな大きな積み木に思えた。
(『情緒不安定?』)
(ハルカ?)
(『更年期の可能性もあるかな~』)
(え、更年期?)
(『身体は200歳だしな………』)
(初代!)
(『…ああ、やっと繋がった…』)
(『ただいま!ユーリカ!』)
こうして、戻ってきた二人との会話で、私の中に前触れなく生まれた感情は一瞬で遠くへ行ってしまった。
不安な感情だけが残っている。
(今はどうしようもないってこと…かな)
(『そうそう。何でもね、一旦心のどっかにしまって置いとくのも大事だよ~!できないときはやらない!大事よ!』)
(『…ハルカが昔言っていた『心に棚を作る』っていうやつか?』)
(『それとはちょっと違うんだけど、まぁ言葉の捉え方次第ではそれもありだよね的な~?あはは』)
(うん、考える度に頭の中が混乱するんじゃ、駄目だよね)
だから、いったん保留することにした。棚に置いておく。心の中に作った棚に。
消えたわけではない『お母さん』への渇望のような『執着心の記憶』。
この感情が何なのかは、もう形を捕らえられなくなる程に歪んでしまっている。
思い返そうとすると、歪められて遠くに逃げていく。
記憶の種が、パッと芽を出してその瞬間に枯れていく、みたいな。
誰かの魂が、拒否している?
ついそう考えそうになって、頭を振って思考を霧散させる。
(『もっと単純なことかもしれないしね~』)
(うん、例えばエルフ種の保存というか、絶滅への漠然とした危機感やら、その他諸々がきっかけになった…とかもありえるかな?うん。)
…そうじゃない、と分かっているのに、二人には言えない自分がいる。
今までとは違う自分の感情に、戸惑いを感じる。
(『死に際に生殖本能が~的な?』)
(うんうん)
だけど、安心する。
こうだと良いなと思うことを言葉にするといいって…なんだっけ。どこで、聞いたんだったっけ…?
(『それとも思春期かな?遅れてきた反抗期が~的な?瞬間湯沸し器的なのも反抗期あるあるだしね~』)
(反抗期かぁ)
ああ、そうだった。たしか【言霊】だ
そう言っていたのは、誰だった?
(『…ハルカ』)
(『待って、200歳が欲しいものがあるのに貰えなくて泣くって…く、黒歴史…っ?うぷぷ!黒歴史爆誕だね~?』)
(『……』)
(そっかぁ、ワタシ、反抗期か~)
歪んだ記憶の感覚は喉の奥に詰まったように貼り付いたままだけど、私は思考を切り替えるように、自分の頬を両手で打った。
(エルフ族は増やしたい。私が200年間何もしなかったからそうなったのかもしれないし。)
だから、いい方向に進んだのだと思い直す。
(森の仲間は、家族だもんね)
家族に黒歴史を見られたところでなんとも思わないもん。
………思わないもんね?
(人型の家族が欲し…ゲフン。)
翡翠や母樹はもちろん大切な家族だ。
正直、発想の時点では暇だったっていうのもあったと思うんだけど。
(そんなことで泣いたとは思えないしね…暇で泣くって何?私の情緒、まだ赤ちゃんなのかな?)
何だかよくわからない感情のせいで自身の人生に黒歴史を追記してしまった事を記憶の後ろの方にもうひとつ棚を作って置いておくことにして、ちいさなかわいい葉っぱを愛でる。
黒歴史ってちょっと恥ずかしい。
全然ステキじゃないや…。
(なんだかんだ、この葉っぱたちが特別にかわいく見えるよ)
人間や動物のお腹の中で細胞分裂する自我の無い肉塊をかわいいと思うのと同じだと思う。
(『かわいいよね~』)
ポンポン弾けて出てきた種の時点でも可愛かった。
落としたらヤバイ、って受け止めた時は冷や汗が噴き出た。
芽が出た瞬間なんて、ハルカみたいにヨダレが出た程である。
(ぷるんとする丸い葉っぱがたまらん)
(『かわいいよね、ぴょんとした子葉!』)
子葉ばっかり可愛がり過ぎたせいか、子葉をしっかりと残したまま、今はもう私と同じ背丈まで育っている。
…木のてっぺんに子葉が伸びてるけど、これは良いのかな…?
(えっと、不思議な執着心は薄れているものの、暇だから育てちゃお、とかいう軽い気持ちはうっすらとも無いので、ご安心を…)
(『ん?私に言ってる?誰もそんなこと思ってないよ?
…あ~、この子たちに言ってるのか。そうだね、もう子供同然の愛情を感じるよ、私も』)
(うん、ありがと)
「よ~し、母樹みたいになれるように、がんばるぞ~」
(『がんばれ~』)
母樹には負けるだろうけど【子供を守るお母さん】のような存在に…私はなる!
今のところ魔力を注いでるだけだけど…ウンチもしないしねえ。
(…あ、ウンチは、舐めないよ?)
(『だから、誰に言ってるのさ?』)
さあ、レッツ子育て!
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