1-8・世界樹の種とハイエルフ☆
(私が死んだらエルフ族、絶滅するのか。
それは…それは…嫌かな?うん、嫌だな)
私の頭の中にはフルフルと震えて必死に生きようとする絶滅危惧種のヒナの姿を見守る母鳥やフレームインした飼育係の人間の映像が繰り返し流されている。
妄想の中ではすでに大量の小さなエルフの子供たちが私を囲んで、震えながらこちらを見上げて震えている。うぬぬ。
(私の魔力でしか生まれないんだもんね………?)
(『でもさ、生んだら責任が伴うよ?分かってる?)
うん、でも、
「…絶滅はちょっと嫌だな。
最後の一人とか…想像してみなよ、死んだら剥製にでもされちゃうんじゃないの」
翡翠は「そんなことできる奴はおらん」と言いながら髭を扱いて母樹の方に顎を向けた。
「そんなに気になるのなら、神樹に種を貰って世界樹を育てればいい。普通のエルフならすぐ生まれるであろう」
「へ?世界樹って…そんなに簡単に育てられるの?」
頷く翡翠。
「ハイエルフならな」
「ほう…へ、ぇ?ハイエルフとは?」
私がそう聞くと、翡翠が大きな目を開けて、小さくため息をついた。
「エルフとは違う者。エルフを生む者。世界樹の守護者だ」
(『守護者!かっこいい!なにその中二的【称号】!』)
(しゅごしゃ)
(『ちゅうに…』)
「この地でお前が世界樹を育てれば世界樹の実からエルフの卵が生まれる。
普通のエルフは身体をもって子を産むから、何本か世界樹を育てればエルフは勝手に増えるであろう。
100年くらいすればまぁ…何人かは生まれる」
「ほう?」
「お前はハイエルフだから、世界樹を育てられるはずだ」
(あ~、私のことね?やっぱり私がハイエルフなんだ)
(『あ、やっぱり途中から分かってなかったんだね…初代もなんか悶えてるし』)
翡翠の目が、少し寂しげに私を見る。
「お前はハイエルフだ」
私はキリッとした顔で頷いて見せる。
「うん、わかった」
うん、分かった。私はハイエルフ。
「…」
なんで翡翠はそんなに残念な顔をしたのかな?
「じゃぁ母樹、子供を増やすから、世界樹の種をちょうだい」
『いいわよ。でも…私たちがいるのに、さみしいの?
本当に、子供を増やしたい?』
(『………』)
(母樹は、寂しくないのかな。だって母樹は)
(『子供がさ、子供を産むのを心配しない親は…いるかもだけど、基本的にはいないと思うよ?子供はいくつになっても心配だと思うよ…私はね』)
ハルカの意識が少し薄れた。初代も、じっと何かを考えているようだ。
私はそっと、母樹に抱きつく。エア巨乳に挟まる気持ちです。
「寂しい…気がする」
(『人恋しいって世界樹の神様に言っていいのかな~?「樹木では満たされないのね…」とか思っちゃうかな?』)
初代の記憶、私たちの記憶。
その中で母樹はいつも温かい。いつだって優しいし、見守ってくれているのが分かる。ここにいれば、子供のままでいれば、楽なのだ。いつまでも子供でいたいという甘えた気持ちに支配されそうになる。
母樹の洞の中で、ずっと引きこもって眠っていたい。
(『この世界が終わるまで、ずっと?』)
「世界が終わる?」
『終わらせたい?』
母樹の声が甘く響いた。
「ユーリカ!」
翡翠が私を見ている。
母樹が、私を待っている。
私は、
(私は世界が見たい。初代ユーリカが見せてくれた世界も、できるならハルカが見せてくれた世界も、それ以外の世界も)
だから、
「増やしたい」
翡翠のことも、何だかんだいって私を育ててくれた家族みたいに思ってる。
(ちょっと…かなりうるさいけど。
甘えたりはしたいと思わないけど?)
(『ちょっとくっついて暖をとったりはするけども…甘えてなんかいないんだからねっ!っていうツンデレごっこを挟みつつ?』)
(『………』)
(あ、母樹が笑ってる。)
だけど、そうじゃなくて。
それとは別に、こみ上げる何かがある。
『子供を守らなきゃ』っていう想い。
絶滅危惧種だから?
だって翡翠や母樹は私より強い。
うん。
どうやら『守られるばかりでは嫌だ』という気持ちが私の根底にはあるみたいだ。
「母樹を守って、
翡翠を守って、森を守って…。
私、それだけじゃまだ足りないみたい」
守るためには、存在が必要なんだよね。
守る対象が欲しいのかな?
(だから子供が欲しいって、変だよね…?)
(『守りたいから子供が欲しいのかな…本当に?本当は…』)
ハルカの声が消える。風に飲まれるように、存在が遠くなる。
母樹が待っている、ただそれだけを感じていた。
「『子供』がいないと、ダメみたいな感じ、かな。
私が守らなきゃいけない、みたいな…、私が今度は、
ちゃんと守りたいっていうか……え?」
(今度は…?って、なんだろう。)
「『会いたいなぁ……』」
ハルカの閉ざされた記憶がジワリと滲んだ。
私の目から、ポタリと涙のような物が落ちる。
(ああ、ハルカにも、いたんだね、会いたい人が)
落とした涙が魔力の塊になって、魔宝石になる。
ころころと落ちる。
精霊が周りを飛び回る。
魔宝石は、精霊にとっては宝物だから。
「持って行っていいよ?」そう言うと、心配そうにしながらも精霊たちはきゃいきゃいと喜んで私のおでこにキスをしていく。
母樹の魔力が、優しく葉を揺らし、翡翠の鱗が、キシキシと何度も落ち着かなげな音を鳴らす。
(翡翠は私が泣くと焦るんだよね、昔から、そうだった、昔から…)
私はこれも、経験している…?
ハルカや初代ユーリカを近くに感じられないと、私は途端に何も知らない存在に戻ってしまう。知っているような、知らないような、ふわふわとした記憶たち。
生まれたての感情を持て余してしまう。
「なんでだろう。わからないんだけど、私はすごく『ちゃんとしたお母さん』になりたいみたい」
魔法石を指でつつきながら、エヘ、と笑って見せる。
寂しいのか悲しいのか、何に会いたいのか、私には自分の気持ちがわからない。
母樹の枝葉が揺れて、光が影を揺らした。
『いいのよ。何もわからなくたっていいのよ。あなたがそうしたいのなら、そうすればいいの』
母樹が私に魔力の手を伸ばす。
それが優しく身体の中に入ってくるのがわかって、鼻をすすりながら私もいっしょに魔力を流す。そうするんだっていうことが、自然にわかる。
(母樹も翡翠も、小さな私に、こうやって『魔力』の使い方を教えてくれたんだったよね…200年よりももっと『かなり昔』な気がするけど…200年前だってかなり昔だからね。でもきっと、これはもっとずっと、昔の、初代の…)
頭がぼんやりとする私の背に、翡翠が手を当てるのがわかった。
二人の温かな魔力に包まれる。
母樹の根元から、ぽこりと芽が出たと思うと、あっという間に私の背丈より高く伸びる。
「わぁ」
つぼみが膨らんだかと思うと、瞬きの間に鈴なりに七色の花が咲いた。
花がふくふくと膨らみ、そのひとつひとつから花びらが舞い落ちる。
トマトのような実が風船のように膨らんで…ポン、と弾けた。
ポポン、ポンポ、ポン!と種が飛び出してくるのを、おぉ、と見ていると
「落とした種は育たないぞ」と翡翠が背後から言う。
「っ!ぇえ~!?もっと早く言ってよ!?」
「ほれほれ、落ちるぞ」
翡翠の声と同時に、どんどん飛んでくる種。
私は必死になって、落とさないようにと魔力を伸ばしてキャッチする…!
(ひ~!?
でも、魔力ってやっぱり便利だ~)
「わわ、1、2ぃ、…~10個ぉ!、ぜ、全部だよね、ね??」
『そうね、それで全部』
「うむ」
『全部、守ったね。さすが『お母さん』ね』
「えへ」
母樹の声に、私は不思議な満足感に満たされたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます