2-3・ 蛙娘、ミリアの初恋:神薬だってよ!?
祭壇から不思議な動きをしながら歩くミリアにくっついて、獣人の町『藍川の鮎』に到着した。
町は私が思っていたよりも広く、栄えていた。
(細長くないな…)
期待していたのは、こう…迷路都市みたいにくるくるした感じだったんだけども。
(町の名前が藍川の鮎って聞いたからなんかこう…細長い感じなのかと思ってたんだよね)
「普通だね…」
うん、普通だ。
森から町の北門までは飛び石が敷かれていて、次に来ようと思ったら迷わず来ることができそうだ。
ミリアは北門のベルを鳴らして門番をしている兵士を呼んだ。
木の大きな外門は開かれているが、内側に作りつけてある鉄の門は、誰かが通るたびに開けたり閉めたりするらしい。
「あぁ、ミリアか。あんまり急いで森に向かうから、心配していたんだぞ?」
詰所の2階で四方を見張っていたらしい少年が飛び降りて来る。 長い尻尾に三角の耳。猫人族だろうか。
私と同じくらいの背丈だけど、背丈の倍はある高さの鉄門を軽々と開けて見せた。
尻尾が揺れるのを目で追っていると、少年が私の鼻先に顔を近づけて睨んでくる。
「なんだ?お前」
そう言って、こちらをじろじろと見回してくる。失礼な子どもだなぁ…
「私はユーリカだよ」
「ユーリカ?ユーリカなんて名前はいくらでもいるぜ。
女神様の名前を貰ったにしては、パッとしねぇなぁ。
耳がまだ成長しきってないのか…ん?尻尾がないじゃないか。スフィンクス種じゃないのか?
っていうか、猫人族じゃないのかよ。
…兎人族の毛がない種族か?」
私の周りをクンクンしながら歩き回る少年。何度もミリアが止めさせようとするけど、私から目を離さない!
「お前、怪しいなぁ。本当に獣人か??」
怪しい?私怪しいの??
「ユーリカ様は天使様でゲス!」
プンプン怒るミリアが叫ぶ。
「天使ぃ?」
うーん、それは止めてとは言ったけど、この少年にはそれで行こうかな?
「これが?バカだなミリア!
天使様はな、もっとこう、儚げでな!」
「儚げでゲス」
私の背中をぐいと押し出すミリア。
ミリア!なんか私の扱いが変わってない!?
「そ…うとめ言えなくもないか?
…いや、でもな、もっと背が高くて、おっぱいとかもな!
ボンキュボンってなってるんだぞ?」
途端に私の背中から手を離すミリア。
「さて、こんなところで油を売っている場合ではないのでゲス
もう行くのでゲス」
(ん?言い返さないのかな?)
「あっ、こら!」
背後で騒ぐ少年にあっかんべーをしておく。フン!
北門から入ると、道は石のタイルで平らに整備されていて、雨が降っても流れるように溝も掘られている。
2階建ての木造住宅の立ち並ぶ中に時折レンガ造りの施設があって、何の店なのかわかるように旗には商品の絵がデザインされたものを看板のように掲げている。
風に靡く色鮮やかな布は美しく、青い空に映えているよ。
ちょっと気の利いた雑貨屋のようなオシャレさがある町並みだね。
砂利敷きの大通りには噴水のある広場があって、そこに水を汲みに来る女たちが井戸端会議を開いている。
子どもたちが駆け回って、ワーワーという声が響く。それがなんだか心地良い。
いくつかある出店の主人が客寄せに何かの肉を焼いていて、肉汁と甘辛い匂いが混じった、食欲をそそる香りが風に乗ってくる。
(いい匂い。暮らしている人たちの空気も交じって、居心地がいいな。懐かしい気がする町っていいよね)
「町っていうより『街』って感じだね~。思ってたより大きい建物も多いし、お店も多いね」
「この町は元々は蛙人族が作った集落だったのでゲス。でも力仕事には向いていなくて、猿系獣人に来てもらったのでゲス。
猿系獣人は器用でゲスから、小型の種族は商売人、大型の種族は大工が多いのでゲスよ」
「へぇ~」
「今では様々な種族の獣人が集まってくれているでゲス。
河川沿いだし、小さな港もあるでゲス。
だから、人間も来るのでゲス」
珍し気に見まわす私に、ミリアがぽそぽそと教えてくれる。
行きかう獣人たちは様々な出で立ちで、冒険者のような風貌の者がやや多い印象だ。
耳や尻尾があるだけで、人間と変わらない。
むしろ、ミリアが言っていたように、たくましい筋肉ムキムキな人も、筋肉もありながらしなやかな曲線を持っている人も多くて、男性も女性も、一切着飾る必要が無いほどに美しい。
フードを深くかぶり縮こまって下を向くミリアにも「よお」とか「ミリア、元気かい?」など声をかける人がたくさんいて、住人の心根もまっすぐなように感じる。
「みんな、顔が見えなくてもミリアだってわかるんだね?」
「獣人族は匂いを覚えれば大抵忘れないでゲス。見た目をあまり覚えないっていうのもあるのでゲスが…基本は匂いとか、気配で判断するでゲス」
(そんな環境にいて、見た目のことを気にする必要は無い気がするけど…ちがうのかな?)
「気にしすぎなんじゃない?蛙族の見た目のことなんか、気にしている人はいなさそうに見えるけど」
「…ここには蛙人族の見た目が苦手な人間もやって来るでゲスから…顔を見せない方がいいのでゲス」
「そっか…?」
フードを深くかぶったまま下を向いていても人にぶつかることなく、足早に歩くミリアについて歩く。
私の後ろをピパピパがついてくる。乗って欲しそうにこっちを見てくるけど、私もたまには歩かないとね。うんうん。
すれ違う人間たちは、ミリアよりも、大きなピパピパが短い足ですばやく移動するのに目を丸くして、二度見している。
(やっぱりミリアを蔑むような視線は感じないんだよなぁ)
「しつこかったらごめんだけど、みんな、どっちかっていうとピパピパを見てるよ?」
ひゅっ、と息を吸い込んでから、ミリアはそれを少し吐き出した。
「『蛙人族を思い出すだけで吐き気がする』とか」
「特に獣人差別がひどい人間の国の貴族様からは、蛙族は『あまりに邪悪で封印するべき生き物』だとか言われているそうでゲス」
はぁあ???
「なにそれ~。イヤな感じだね」
そんなことを言う奴の方がよっぽど邪悪だと思うけどね!
「…自分でも、もう、
他人から言われ続けたから自分を『醜い』と思っているのか、
もともと自分自身が鏡を見て醜いと感じたのか、わからないのでゲスよ」
(自我が先か、第三者の評価が先か…って、もう醜形恐怖的な意識が深層心理に染みついてるな…)
(私が本当にかわいいなって思って伝えても、上書きなんてできないよね…)
「ここでゲス」
大通りのつきあたりにある、他の建築物よりも一回り大きなレンガ造りの建物の前でミリアは一度立ち止まった。
「天使…ユーリカ様…えっと…世界樹様の御使い様を御連れしたでゲス」
誰もいないはずの壁に向かって話しかけるミリア。
『水ノ精霊神様ハ』
「河童のおっさん」
壁の奥でカチッと音がする。
「おおぉう」
(忍者屋敷~!合言葉~…?うん、かっこいい!)
ミリアは店の裏手に進んで行き、壁を押して入り口を開けた。
「どうぞでゲス」
私とピパピパが入ると壁はすぐに閉じられた。
(外に誰かいたのはわかってたけど、全然見えなかったな~)
(忍術も翡翠から教えてはもらったけど、見るのは初めてだ。今度やってみようかな)
階段は人一人が通れるぎりぎりの幅で、ピパピパは普通に歩くのが無理だと判断したのか、はじめからこともなげに、悠々と壁を歩いている。
(足の裏、どうなってるのか気になるな~)
そんなピパピパを、ミリアは羨望のまなざしで見ている。
心なしか建物中から同じ気配を感じるんだけど…
ピパピパを鑑定したらいつの間にかこうなっていたよ…
__________________
名前: ピパピパ 〈
年齢: 0歳
種族: ハイエルフの眷属
称号:
・
・自由自在の身体
・忍術皆伝
・世界神樹の加護
・樹竜王の加護
・フルオートベビーカー
・蛙族の信仰を集める生物 New!
__________________
(シノビアシン(仮)って何だろ?ミリアに出会ってから変わったんだよね、たぶん?っていうか『New!』って)
薄暗い階段をしばらく上がって、狭い入り口から普通の室内に入ると、窓際に置かれた質素な木のベッドに横たわった人間がいる。
その周りを守るようにいくつもの気配。
目に映る蛙族3人より、数倍人数は多い。
(この部屋だけで15人、建物周辺を含めると50人ってとこかな)
「ただいま帰ったでゲス!グロリア、師匠は⁉」
「ミリア様…!ルヴァ様は…もう…。
熱が下がらず、意識も途切れている時間が増えて…今夜が、山かと…」
うぅ、と崩れ落ちる蛙人族の女性が涙を落とすと、それがルヴァに当たり、光って吸い込まれていく。
(おぉ…!蛙人族の油だね…!)
ちょっとした回復能力があるんだけど、やっぱり瀕死の状態では効果が無いようだ。
「ま、待っていてほしいでゲス!
世界樹の葉っぱをいただいたのでゲス!
今すぐ、今すぐ煎じてお薬を作るでゲスから…!!」
(イケメン師匠だなぁ…ミリアの頬がピンクに…なるほどぉ??)
ミリアが走って調薬室と書かれた部屋に入るのについていく。
(お手伝いお手伝い…っと)
(薬の作り方ね…えっと、きれいな水で…お湯を沸かすんだったっけ?)
昔、母樹や翡翠に教わったような記憶を思い出す。
これ!って思うとデータが引き出されるんだよ。
ハイエルフの脳、ハイテク!
「ミリア~、お湯沸かすね?」
「あ、ありがとうございますでゲス!」
(聖水しかないけど、まあいいか)
異次元から大鍋を取り出して、聖水を一瞬でお湯にする。
(その後は…えぇっと?)
「ミリア、世界樹の葉っぱ、刻んで入れちゃうね?」
ミリアは大きな口をパカッと開けてこちらを見ている。
「ふぁっ?(あのきらめきは…聖水…なのでは、でゲス??)」
空中に浮かせた世界樹の葉を細かく細かく、目では見えないくらいまで粉砕して、鍋に入れる。
(うん、分量はむかーーーしに教えてもらった通りに入れたし、後は専門家の魔法かな?)
「じゃぁ、ミリア先生『調薬』魔法、お願いしま~す」
「ぅぇえええええ⁉ちょ、ちょ、『調薬』!!」
(『調薬魔法』は、定められた薬の材料を正しい知識を持って使うと薬ができる魔法だよ)
(実際に手で作ったことがある人が使わないとできない、シビアな魔法なんだけど…)
大鍋からは眩いほどの光が溢れ出し、部屋中に魔力の渦が巻き起こった。
パチンパチンと弾けるように光ってから、世界神樹の葉が聖水に解け出るのがわかる。
「ほうほう」
(パッと光って出来上がりって聞いてたけど…
ちょっと聞いてたより大がかりだな~?
でもきれいだからいいか…
あ、ミリアの魔力と相性がいいのかも?)
光が収束して、大鍋にはたっぷりの薬が出来上がっている。
ミリアと私の声が被る。
「「鑑定!」」
__________________
名称: 神薬 New!
材料: 世界神樹の若芽・聖水
状態: 最上級
※薬師の聖女の魔力により進化して、効果が上がっている
薬効: 死者蘇生(1日以内)
__________________
「おお」(ミリアって聖女なんだ)
「ぇええええええええええええええ?!
し、し死者蘇生ぃいぃぃぃい⁉
それに、せ、せせせせせ、聖女……⁉
あぶヴぁ」
(…あ、今までちがったんだ?)
(称号って簡単に変わるんだなぁ…?)
「ミリア~、飲ませやすいように瓶に入れちゃうね?」
口を開けたままガクガクと頷くミリアを横目に、瓶を【ペットボトル】で製造して自動で注いでいく。
(瓶だと割れちゃうもんね~)
このペットボトルはちゃんと成分保護されるように設定した。
何を隠そう、『時間停止』機能付きである!えっへん!
【地球】と魔力の合わせ技だよ。製造魔法、便利~!
それをミリアに伝えると、また口を開けて『あぶヴぁ』と言った。
あぶヴぁって流行ってるの?
ミリアが時間停止しているので、扉の外にいたグロリアさんに薬を手渡す。
「神薬一丁あがり!一番テーブル、おねがいしまーす」
「しん…?ぁ、ありがとう、ございます…っ!!」
駆け出すグロリアさんの背中を見送って、ミリアのところへ戻る。
(気付けに『神薬』でも飲ませようかな?)
(かけても効果はあるけど、濡れちゃうからねぇ)
ミリアの口に神薬をこくこくと注いで飲み込ませる。
「ミリア~、ミリアのこと鑑定してもいい??」
「ほえぇ⁉
(じ、人物の鑑定もできるのでゲスかっ??
物質、植物、人間、魔物の順番にマスターしないと名前すら出ないはずなのに、でゲス!!…っもう、この人は規格外すぎて驚くのが疲れたのでゲス…人ではないのでゲス。
天使様なのでゲスから、疲れたら損でゲス…)
ど、どうぞでゲス。私のことは好きにしてほしいのでゲス」
「ミリアのことは良い娘だなと思うけど、好きにしたいことは無いかな~?じゃあ鑑定するね~」
__________________
名前: ミリア 〈忍蛙〉
状態: 初恋中
年齢: 15歳
種族: 蛙族
称号:
・
・薬師の聖女 New!
・忍術皆伝:くノ一1級
・世界樹の加護 New!
・ユーリカの加護 New!
・銭ゲバ
__________________
にやぁ、と笑うユーリカに、ミリアはびくりと肩を震わせた。
「なるほどねぇ」
「な、なんでゲスかぁ?」
「初恋中かぁ…相手はさっきのルヴァさん…かなぁ?」
「…っあ…あぶヴぁぁ⁉」
ルヴァが寝ていた部屋の方から、わぁっ!という歓声と、拍手が起こる。
『『『おめでとう!グロリア!!』』』
『そ、そんな、私なんて…っ』
『頼む、グロリア、君がいないと私はもう生きていけないんだ…っ!』
そりゃあ隣の部屋だからね、そんなに騒いだら聞こえますよ…??
私はそっと、ミリアの肩を叩いた。
__________________
名前: ミリア 〈忍蛙〉
状態: 失恋 New!
年齢: 15歳
種族: 蛙族
称号:
・忍蛙神の加護
・薬師の聖女
・忍術皆伝:くノ一1級
・世界樹の加護
・ユーリカの加護
・銭ゲバ
__________________
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