蛙娘は薬師の聖女。

2-1・ side:蛙娘 蛙娘と神の森。

「お願いでゲス…どうか…

助けて欲しいでゲス…

一枚で…一枚でいいのでゲス…」


ここは、獣人族が『神の森』に捧げものをする祭壇。


大きな石が組まれた土台の上に、猿獣人が細やかな彫刻を施した香木の一枚板でできた大きなお盆が設置されている。

森に入る時にその上に神様への捧げものを置く。そして森の恵みを頂き、帰る時にはまた感謝を捧げる。


私も獣人族の端くれとして、月に一度はこの『神の森』に捧げ物をしにやってきていた。

捧げものは森の恵みであってはならない。

だから、自分たちで作った野菜や食べ物、お花や商品やお金を置く人が多い。



獣人族はほとんどの種族が美しく整った容姿をしていて、強靭な肉体を持っている。


冒険者界隈では『かわいい』『強い』『カッコいい』と持て囃され、

『仲間に一人は獣人族』と言われているくらいだ。仲間であることが一種のステイタスともいえる。


だから冒険者として成功している者も多いし、猿人族なんかは器用だから商人や職人でうまくいっているお金持ちも多い。


冒険者たちは手に入れたお金をすぐに使っちゃう人も多いけど、それは人間だって同じだろう。


私は貧乏だから自分の『油』くらいしか捧げる物はないのだけれど…それでも、神の森は私のような貧しい者にも分け隔てなく奇跡の恵みをくださる。


…ううん、くださっていた、が正しい。



(神様も、美しいものの方が好きかもしれないでゲス)


そんな風に考えてから、頭を振る。神様がで好き嫌いしたりするわけ無い!…と、思いたい。


「だけど…」


だけど…私たちは虐げられてきた。


私たち『蛙族』は、醜いから。


人間は、私たちを見るとまず嫌な顔をする。それだけならまだいい。

悪い人間に見つかれば「魔物め」「退治」してやる、と暴力を奮われることもある。

悪い薬師につかまったら、薬の材料となる油を取るためだけに、死ぬまで飼い殺しにされる。

人間に捕らえられ、逃げても、次には私たちが逃げられないようにする技術を磨く。


人間たちのは他のものから搾取することばかりに使われているのかと思うほどだ。


…もちろん、ごくたまに優しくしてくれる人間もいる。


獣人の街町村にやって来る人間は獣人に偏見を持たない人たちだし、その中に蛙人族が嫌いな人がいても、その人の仲間の獣人に嫌われたくないから私たちにわざわざ絡んだりはしない。


たまに本当に蛙人族にも偏見のない人間がやって来るが、私の師匠はその一人だ。


師匠はもう十年も不器用な獣人たちのためにここで『薬屋』を開いてくれている。

さらには、蛙族から油を『買って』くれているのだ。


人間が、蛙人族にお金を払うだなんて。


最初は驚いて、嘘つきだと思った。蛙人族を騙そうとしているのだと。


「油は鮮度が命だからね。商店に卸すよりも高く買うよ」


師匠は、時間をかけて私たちを待っていてくれた。

私たちが遠巻きに見ている間、この街の獣人のお店から買った油を、君たちが住んでいるここの油だから、他の街で買う油で作っていたころより薬がずっと良くなった、と笑って言った。


初めて師匠の所に油を持って行った時、ありがとう、と言ってくれた。

商店で貰う代金の、倍のお金をくれた。


私たちは、師匠を利用しようとした。

私たちが薬師になれるなら、こんなにいいことは無いと思ったからだ。


商店に油を卸す蛙人族が、弟子にしてほしいと言って、そうでなければ油を卸さないと言って。

ここに根付いた薬師だった師匠が、断れただろうか?



その師匠が襲われた。

原因は、酷い言い掛かりだ。

ここ最近、急に誰も『神の森』に入ることができなくなった。


神の森は元々、神様の結界に守られていて奥に進むことはできない。奥に入りたくても、外側の浅い部分をぐるぐると迷わされるだけだった。


だけど、結界の外側には十分な量の『ご加護』や『お恵み』と呼ばれる特別な薬草、神の加護付きの食料、精霊が触れた果物や茸がある。それらを採取させて頂いて、薬師は様々な『特別な薬』を作るのである。


神の森の外側に入ることができなくなって一週間もすると、人々は騒ぎ始めた。


冒険者ギルドには薬材採取の依頼が乱立し、それが達成できないことで、様々な場所から集まってきた冒険者たちは明らかに苛立っていた。


特別な薬の材料が集まらない。


薬師たちは、昔ながらの、普通の森に生えている普通の薬草を使った、普通の薬を作ることしかできなくなった。

材料自体に十分な魔力が無ければ、薬師が技術や魔力を駆使しても、効き目は弱くなる。

今までの薬を飲めば数秒で治っていた傷が、1日たっても治らなくなった。


…うちの、師匠の薬以外は。


師匠の薬には、蛙族の特別な油が使われている。

私たちの魔力が込められた…特別な油だ。


獣人族は、放出型の魔力を持たないと言われている。

体や力を強くする、身体強化魔法を使うための魔力路はある。それを変換して、外に出す回路がないのだ。

精霊と仲良くなれば放出型の魔法を使うために精霊が手伝ってくれることもあるけれど、効率は悪い。

だから、獣人族が魔法を使えることはあまり知られていない。効率が悪すぎて使う獣人が少ないからだ。


一方で、蛙人族の油に魔力があるのは知られている。蛙人族の油は、塗り薬に抜群の効果を発揮する。

だから私たちは、悪い薬師に捕まってしまう。


材料として。


でも、師匠はそうはしなかった。私たちの油をちゃんとお金を出して『買って』くれたし、お金をくれた上に感謝までしてくれる。

私たちが半分脅すように何度も弟子入りをお願いしたら、最後には受け入れてくれた。


『まぁいいさ。良い薬師が増えれば、助かる人も増えるからね。

その代わり中途半端はゆるさないよ?』


彼と出会って、搾取され続けて死んでいくしかないと思っていた私に、夢ができた。


蛙人族を誰からも頼られる偉大な薬師集団にするという夢が。



だから、私たちは師匠に感謝の気持ちを込めて『特別な油』を渡した。


蛙人族に伝わる、秘密の油。

一日に一人が出せるのは1滴。

神の森の素材にも匹敵するそれを渡したのは、感謝と謝罪の気持ちだったのかもしれない。

師匠を喜ばせたかった。


だから、森に入れなくなっても、師匠の薬だけは特別なままだったのだ。



なのに…見知らぬ顔の冒険者や、遠くから来た商人や薬師から、神の森の薬草を独占しているのでは、と疑われた。


獣人族の街だけで特別な薬を売る人間。


『人間のくせに』『人間の敵だ』と言われ、悪い噂を流されて、

…とうとう店は、襲われてしまった。



「ぅう…ひどい…ひどいでゲス…」



師匠の腕は、酷く折られていて。

薬やお店の物は、全て奪われ、壊されていて…。


私たちの作るいつもの薬では、師匠の腕を、治すことは不可能だった。

酷い怪我のせいで、高熱も下がらないまま…。

内臓が、損傷しているのかもしれなかった。

師匠は、師匠は。

このままでは、死んでしまうかもしれない…

神の森の、特別な薬草が一枚だけでも、あったなら。


「お願いでゲス、…っお願い、

森に、入れて欲しいでゲス…っ

…っ、神、さまぁ…っ」



「いいよ?」



歌うような、キレイな声がした。

私は、声がした方向に…鼻水と、涙まみれの、いつもより一層醜いであろう顔を向けた。


「ぁ~、もしかして世界樹を植えて、結界が、強くなったからかなぁ?

締め出すつもりは無かったんだけどな~。ごめんごめん、ごめんね?」


そう言うとそのお方は異空間に突っ込んだ腕をごそごそと動かして、


「薬草が欲しいんだよね?これじゃダメ?これならいっぱいあるんだけど」


私の目の前で手を開いた。


「こっ…!?これは、せ、世界樹の葉…っ、なのでゲスかぁっ!?」


差し出した私の両手の平の上には、神々しい世界樹の葉が、こんもりと乗せられていて…


「鑑定したらわかるけど、世界一の薬草になるらしいよ?

世界樹の葉、だけに、世界一ってね!

あはは…違う?…これじゃダメ??

もしも~し、

…あれ?

お~~い」


「…じ、十分すぎる、…でございますでゲス……」


これが、


美しく、可憐な、

少女のような神の御使い様が、


私に初めての奇跡をくださった瞬間だった…

でゲス。


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